第一話:聖女教
予定通り、本日から第7部の連載を開始します!
一度始めたからには、きっちりと最後まで書き切るので、どうぞ楽しんで行ってください!
(聖女様の物語は、毎週日曜日の『定期更新』です!)
天獄八鬼を討ち取ったルナは、臨時の休校期間を利用して、ゼルのログハウスを訪れていた。
自身の悪役令嬢ムーブや国王マグナスとの会食について話していると、コンコンコンとノックの音が鳴る。
「むっ、聖女様」
「うん、わかってる」
聖女バレを防ぐためにクローゼットへイン、ドアの隙間からこっそりと外の様子を窺う。
「ゼル様、お初にお目に掛かります。私は聖女教の祭司ツェリィ・ランドール。教皇がシルバー様とお会いしたいと――」
「――どうぞお引き取りください」
ゼルは超高速で扉を閉め、厳重に厳重に施錠した。
「お、お待ちください、ゼル様! せめてお話しだけでも……!」
「残念ですが、あなた方とお話することはありません」
「どうかそのようなことを仰らないでください。――あっ、そうだ! 今、扉をお開けいただければ、特別に入信特典のタオルをプレゼントします!」
「けっこうです」
その後いくつかの押し問答を経て、ツェリィは「また明日お伺いします」と言い残し、渋々といった様子で引き下がる。
「ふぅ……行ったか」
ゼルが大きなため息をつくと同時、クローゼットの扉がキィと開き、アホ毛がひょっこりと顔を覗かせる。
「今のって、聖女教の人だよね?」
「はい。ここのところ毎日うちの戸を叩いては、『シルバーに会わせろ』と言って聞きません」
「うわぁ……大変だね」
「今回の女性などは、比較的まだ大人しい方です。酷い時は数時間と居座ったり、扉の向こうで泣き喚いたり、勝手に聖女様コールを始めたり……もう無茶苦茶だ」
呆れ返ったとばかりに首を横へ振るゼル、その顔には濃厚な疲労の色が浮かんでいた。
「聖女様はこの邪教――聖女教について、どのようにお考えですか?」
「厄介ファンの集まり」
「まぁ、それは間違いありませんね」
彼は苦笑を浮かべた後、真剣な表情で語り始める。
「ただ……我々が思っているよりも、聖女教はずっと強く大きな存在のようだ。奴等の存在を公式に認めるのか否定するのか、そろそろこのあたりで判断を付けるべきかと」
「え゛、えぇー……っ」
聖女様は露骨に眉を顰めた。
あんな頭のおかしい連中とは関わりたくない、というのが嘘偽らざる本音だ。
「私達とはなんの関係もないんだし、別に放っておいたらいいんじゃないの?」
「私も最初はそのように考えていました。しかし世間は、聖王国と聖女教を同一視しているきらいがある。実際にレティシア殿も、我々と邪教が繋がっていると勘違いしていた」
「むぅ……」
ルナの脳裏をよぎるのは、レティシアと交わしたとある会話。
【我が国は、聖女パーティの皆様に救われました。そのお礼ではないですけれども、武道国の国教として『聖女教』を認可したいと――】
【――いえ、けっこうです。あの異常者たちは、うちとは完全に無関係なので】
【そ、そうなのですか?】
【はい。あの厄介ファンたちには、こちらも頭を痛めているのですよ……】
世に誤った理解が広まっていることは、レティシアの例からも間違いなさそうだ。
「これ以上、あの頭のおかしな連中を野放しにしては、聖王国の――聖女様のイメージが棄損されてしまう。我々と聖女教の関係が、既成事実と化してしまう。それを避けるためにも、早急に手を打たなければなりません」
「……確かに」
ルナの同意を得たところで、ゼルはさらに話を進める。
「ただ、我々は聖女教についてほとんど何も知らない。このような状態で、適切な対策を講じるのは難しい。まずは奴等の素性を洗い、情報収集に努めるべきかと」
「情報収集ってどうするの?」
「やはり資金の流れを追うのが定石でしょう」
ゼルはそう言って、自身の考えを述べる。
「あれほど大きな組織を維持するには、多額の活動資金が必要となってくる。金は組織における血液、その流れを追っていけば、自然と奴等の勘所に辿り着く」
「な、なるほどぉ……っ」
参謀ルナの口から、感嘆の声が零れる。
「聖女教は碌でもない宗教団体だ。人身売買・薬物の密売・殺しの斡旋、どうせなんらかの悪事に手を染めているはずです」
ゼルの聖女教に対する評価は地の底に落ちており、まず間違いなく『黒だ』と確信していた。
「奴等の悪行を暴き、確たる証拠を掴む。その後は聖王国として公式声明を出し、聖女教を強く糾弾する。そうすれば、我々と邪教が無関係であると国際社会にアピールできます」
「もしも聖女教が、ちゃんとした団体だったら?」
「天地がひっくり返っても、そのようなことはないと思いますが……。その場合は、また考えましょう」
ゼルはそう話を結び、今後の行動方針を述べる。
「私はこれより三日ほど、聖女教を探ってみようと思います」
「……ねぇそれ、私も手伝おっか?」
そう言ったルナの目は爛々と輝き、アホ毛がピーンと立っている。
情報収集という『探偵っぽい』仕事に対し、強い興味を持ってしまったようだ。
(……この流れはマズい……っ)
聖女様、戦闘面では圧倒的な力を誇るのだが……。
こういう諜報活動では、なんの役にも立たない。
かつての冒険からそれをよく知るゼルは、優しい声色でやんわりと軌道を修正する。
「いえ、この程度の些事で、聖女様の手を煩わせるわけにはいきません」
「えっでも、暇だし……」
「ルナ様は聖王国の『最終兵器』。然るべきとき、然るべきタイミング、然るべき事案で、そのお力を発揮していただきたい。ですから、どうかこの場は、私めにお任せを」
「……最終兵器、かぁ……。ふふっ、そういうことなら仕方ないね」
ルナはちょっぴり嬉しそうに微笑んだ。
相も変わらず、チョロい聖女様である。
「それじゃゼル、聖女教の調査はお願い」
「はっ、承知しました。早速これより、調べて参ります」
ゼルはそう言って、ログハウスを後にした。
それから三日、ルナは例の如く学生寮に引き籠る。
「タマ、行くよー? そーれ、取っておいでー!」
「わふーっ!」
おもちゃのボールを投げ、「取って来い」をして遊んだり、
「――ふふっ。この程度の結界、すぐに解析してしまいますわ!」
悪役令嬢の小説を読み、好きだったシーンを演じてみたり、
「うーあー……」
「わーふぅー……」
ベッドの上でタマと一緒にゴロゴロしたり、前世では考えられないようなダラダラとした日々を過ごす。
ちなみに……聖女様が束の間の休息を満喫している間、ローは聖王国の建国作業に尽力し、『万能メイド』にふさわしい活躍を見せていた。
そうしてあっという間に三日が経過する。
「ゼル、今そっちに行っても大丈夫?」
「はい、もちろんでございます」
親しき中にも礼儀あり。
きちんと<交信>で許可を取った後、<異界の扉>を使い、聖王国のログハウスへ飛ぶ。
「やっほ」
「ようこそいらっしゃいました」
「聖女教のこと、何かわかった?」
主の問いを受け、ゼルは顔を曇らせる。
「その件についてなのですが……。かなり深くまで調査を進めたところ、とんでもない事実が明らかになりました」
「やっぱり悪いことしてた感じ?」
「いえ、むしろその逆……。聖女教は慈愛と博愛の精神を併せ持つ、恐ろしいほどにクリーンな団体でした」
「……え……?」
驚愕の報告を受けたルナは、真っ先に腹心の頭を心配した。
「ゼル……大丈夫? 疲れてない? もしかして、変な洗脳を受けたりとか……」
聖女然とした優しい表情で、ゼルの顔や頭をペタペタと触る。
「いえ、私は至って正常です」
彼はそう言いながら、大量の羊皮紙を机に広げ、調査結果を報告する。
「まずは予定通り、金の流れにフォーカスしたところ……。彼らは如何なる悪事にも手を染めておらず、『真っ白』であることが判明。外部の資金源がないのであれば、教徒から搾りあげているのかと思い、そちらの線も調べてみたのですが……教典の定めによって、献金は御法度でした」
「それじゃ活動資金はどうしてるの? 大きな組織を回すには、たくさんのお金がいるって話だったよね?」
「聖女教は『質素倹約』を旨とし、ゴミ拾いや慈善事業で得た僅かなお金だけで、活動しているようです。しかも残った資金は全て、恵まれない人々や福祉施設に寄付しているらしく……。実際に登記簿を漁ってみたところ、彼らの運営する孤児院や病院が、全国各地で確認できました」
「え、えー……っ」
「きっと『ナニカ』を見落としているに違いない。そう考えた私は、さらに調査の手を広げ、教皇や祭司たちを徹底的に洗いました。この手の不審な団体は、上層部の腐敗が定番ですからね。しかし、むしろトップの教皇や幹部の祭司たちの方が、より清貧な暮らしをしていることがわかり……聖女教は『白』だという結論に至りました」
調査報告が終わり、静寂が降りる。
「その話、本当なの……?」
「はい、間違いありません。正直、私にも何が何だか……」
周囲から見れば異常な集団だが、彼らはただ聖女の信仰を広めているだけ。
それどころか、恵まれない人々へ救済の手を差し伸べていた。
思想が強烈に濃いという一点を除けば、聖女教の行いは真実『正義』と呼ぶにふさわしい。
これでは『邪悪な宗教団体』ではなく、『善良な慈善団体』だ。
「もしかしたら、ちょっと色眼鏡で見ていたのかも……」
「はい。あの異常な祈りから、外面だけで判断していたのやもしれません」
その瞬間、二人の脳裏に過るのは、聖女教徒による熱狂的な祈り。
【【【聖女様ッ! 聖女様ッ! 聖女様ッ!】】】
周囲の冷ややかな視線をまったく意に介さず、お揃いの十字架を握り締め、喉が張り裂けんばかりに叫ぶ。
その光景はまさしく『異常』の一言。
「いや、やっぱりアレはおかしいよ」
「えぇ、やはりおかしいものはおかしいですね」
ルナとゼルは、ギリギリのところで流されなかった。
「けど、困ったなぁ。向こうが悪いことをしてるんだったら、いろいろ手の打ちようはあるんだけど……。ゼルの話を聞く限り、ちゃんとした団体っぽいし……」
「正直、あまり気乗りはしませんが……。教皇と話し合いの場を持ち、あの異常な祈りと無茶な布教の是正を求める、というのは如何でしょう?」
「でも、私達の言うことを素直に聞いてくれるかな?」
「その点については、おそらく問題ないかと。彼らの聖女様に捧げる信仰は本物です。シルバーの状態で会談に臨み、『これは聖女様の要望だ』と伝えれば、大人しくこちらの言うことを聞き入れるでしょう」
腹心からの提案を受けた聖女様は、しばらく悩んだ末にコクリと頷く。
「……わかった。それじゃゼル、聖女教のトップにコンタクトを取ってもらえる?」
「はっ、承知しました」
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どうかお願いします。
ほんの少しでも
「第7部、待ってたぞ!」
「聖女教が善良な団体……だと!?」
「早く続きを読みたい! 陰ながら応援してるよ!」
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