第六話:天獄八鬼
【※読者様へ】
あとがきにてさらなる情報が解禁されておりますので、是非あとがきも最後まで読んでいってください!
ps:次回更新は5月26日! 聖女様の物語は今後、『毎週日曜日の定期更新』となります!
ゼルが護衛の任に就いたその頃、聖女学院の広大なグラウンドでは、学院長と天獄八鬼――二人の巨漢が静かに視線をぶつけていた。
「ふむ……お主が音に聞く、天獄八鬼じゃな。名をなんという?」
「はっ、礼儀のなってねぇ爺だな。人に名を聞くときは、まず自分からってのが筋だろ?」
「ほっほっ、これは失敬。儂はバダム・ローゼンハイム、聖女学院の学院長を務めておる者じゃ」
「バダム・ローゼンハイム……おっ、当たりじゃねぇか! 手配書にあるぜ、エルギア王国の特級戦力『天倫のバダム』!」
「ほぅ、手配書ときたか(魔王軍は人類の戦力を調べてきておる。ただでさえ戦力差があるというのに……厄介じゃのう)」
バダムが立派な長い髭を揉んでいると、獰猛な笑みを浮かべた魔族が口を開く。
「俺は天獄八鬼が一つ、炎獄のヴァルトラ! 龍の血を引く、最上位種族だ!」
炎獄のヴァルトラ、外見年齢は30歳、身長2メートル30センチ。
大木のような逞しい腕・巨躯を支える太い脚・全身を覆う真紅の鱗、頭部に生えた双角・鋭く尖った爪――世にも希少な龍人族だ。
お互いに名乗り合ったところで、バダムが問いを投げ掛ける。
「ヴァルトラよ、お主の目的はなんじゃ? なんのために我が聖女学院へ参った?」
「聖女の転生体をぶち殺す、これ以外にあるか?」
「まぁそうじゃろうな」
バダムは<次元収納>から魔法の杖を取り、戦闘準備を整えた。
(陽も落ちて久しいうえ、今宵は新月と来たか……。まったく、タイミングの悪い奴じゃのぅ)
太陽と月が共に姿を隠した今、彼が世界に誇る固有魔法『天倫』は使えない。
両翼をもがれたこの状況で、天獄八鬼を相手に戦うのは悪手。
本来この場は撤退し、時を改めるべきなのだが……。
敵の狙いは聖女の転生体。
聖女学院の長として、これを見逃すわけにはいかない。
「おっ、やるか! 話の早ぇ奴は好きだぜ!」
ヴァルトラが大きく体を開き、臨戦態勢を取ると同時、
「――あ゛?」
天より落ちる巨岩が、龍人の体を押し潰した。
「さて、これで終わってくれると楽なんじゃがのぅ」
無詠唱化した土魔法。
強烈な先制攻撃を決めたバダムは、隙の無い構えで目を細める。
その直後、
「ぷはぁ……い~ぃ火力だ!」
巨岩を殴り砕いたヴァルトラが、晴れやかな笑顔で姿を見せる。
その体にはほんの僅かな裂傷さえも見られない、まったくの無傷だ。
「並の魔族であれば、今ので即死なんじゃが……。さすがは天獄八鬼と言ったところかのぅ(恐ろしく頑丈な肉体。しかと芯を捉えねば、碌にダメージが通らぬな)」
無詠唱化した――速度重視の魔法では、削ることさえままならない。
そう判断したバダムは、すぐさま方針を転換する。
「――<焦熱の焔>×<氷刃嵐舞>×<雷轟>!」
彼が杖を振るえば、上位の魔法が雨や霰のように吹き荒れた。
超高等技能『三重詠唱』。
バダム・ローゼンハイムは、エルギア王国が世界に誇る大魔法士。たとえ固有魔法が使えずとも、その実力は比類なきものだ。
「ははっ、こいつは凄ぇな!」
ヴァルトラは両翼をはためかせ、大空へ飛び上がった。
「逃がさんぞ!」
バダムはすぐさま杖を振り上げ、天を舞う龍人へ魔法を追従させる。
夜空を高速で飛び回るヴァルトラ、その軌跡を鮮やかな魔法が辿っていく。
(この爺、特級戦力というだけあって相当に強ぇ。魔法の質・魔力の量、三百年前でも十分通じる水準だ。……ただまぁ、所詮は人間! どれだけ強力な魔法を使えても、本体のスペックが決定的に足りてねぇ!)
ヴァルトラは龍鱗に邪悪な魔力を巡らせ、防御力を大幅に強化。
「はっはぁ……!」
魔法の弾幕を真っ正面から強引に突破し、必殺の間合いへ踏み込んだ。
「ぬぅっ!?」
バダムは咄嗟に攻撃を中断、すぐさま防御魔法を構築せんとするが――間に合わない。
「そぉら、終いだッ!」
ヴァルトラの強烈な右フックが、皺の入った顔面を正確に打ち抜く。
「が、ふ……っ」
芯を捉えた確かな感触がずっしりと拳に残り、真っ赤な鮮血が周囲に飛び散る。
勝負アリかと思われた次の瞬間、
「ぬ゛ぅんッ!」
「ぉご……!?」
バダムの痛烈な右フックが炸裂し、ヴァルトラは大きく後ろへ吹き飛んだ。
翼を必死にはためかせ、なんとか着地するものの……想定外の反撃を喰らい、視界がぐにゃぐにゃに揺れ動く。
「てんめぇ……なっ!?」
ゆっくり顔を上げるとそこには、『筋肉の宮殿』があった。
バダムの一見すれば脂肪に思えたそれは、尋常ならざる剛筋だったのだ。
「……はっ、随分と健康的な体じゃねぇか。趣味は筋トレってか?」
「ほっほっ、儂をそこらの魔法士と括るでない。弱点の接近戦は、既に対策済みじゃ」
バダムは血痰を吐き捨て、ゴキゴキと首を鳴らす。
対するヴァルトラは、脳に魔力を集中させてダメージを回復、両の拳に邪悪な黒炎を纏う。
「お前、いいな……俄然面白くなって来やがったぜ! ――<獄炎拳>!」
それを受けたバダムは、両の拳に聖なる白炎を纏う。
「――<聖炎拳>!」
闇属性と聖属性、相反する力を宿した二人は、
「ハァアアアアアアアア……!」
「ぬぉりゃああああああああ……!」
地面にべた足を着けたまま、ただただ全力で殴り合った。
「おらぁッ!(面白ぇ! 劣等種族の中にこれほどの『個』がいるとはな!)」
「ぬぅんッ!(さすがに強い……っ。じゃが、負けるわけにはいかぬ!)」
岩を割り鉄を穿つ拳が、雨や霰のように行き交う。
パワータイプによる乱打戦は壮絶を極めた。
「いいねぇ! いいねぇ! 熱くなって来たぜェ!」
殴り合いを重ねるごとにヴァルトラのボルテージは上がっていく。
「まったく、老骨には堪える戦いじゃのぅッ!」
一方のバダムは、ゆっくりとしかし確実に当初の勢いを失っていった。
彼は既に百二十歳。
絶大な魔力で老化を遅らせているとはいえ、本質的な衰えを隠すことはできない。
固有魔法<天倫>さえ使えれば、どうにでもひっくり返せるのだが……ないものねだりをしても仕方がない。
(このまま体力勝負に持ち込むのは愚策……。幸いにもこやつは、戦いに悦を見い出すタイプじゃ。ここは一つ誘うか)
それから数度の殴り合いを経て、
「おらぁッ!」
「ぬぅん!」
強烈な右ストレートが両雄の頬を捉え、お互いに大きく後ろへ吹き飛ばされる。
一定の間合いが開いたところで、バダムは「ふぅ……」と長い息を漏らし――それを目にしたヴァルトラは、大袈裟に両手を広げる。
「おいおいどうした、もうバテちまったのか? 勝負はまだまだこっからだろ!」
「いや、年寄りは飽きやすくてのぅ。殴り合いばかりで、ちと興が冷めてきた。ここらで一つ、趣向を変えてみんか?」
言うが早いか、バダムの頭上に灼熱の大炎塊が浮かび上がる。
「ほぉ、火力勝負か……。いいぜ、乗ってやるよ!」
ヴァルトラは好戦的な笑みを浮かべ、胸部の内燃器官に灼熱の魔力を滾らせた。
二人は静かに視線をぶつけ合い、ほとんど同時に動き出す。
「――<始原の黄玉>ッ!」
「――<龍王の絶火>ッ!」
最上位魔法が相克し、大爆発が巻き起こる。
白光が世界を包み、濃密な土煙が舞い上がる中――夜闇に流れる一陣の風が、立ち込める火煙を運んで行った。
「はぁ、はぁ、はぁ……っ」
片膝を突いたバダムは、荒々しい息を繰り返し、
「ぐ、ぉ……っ」
右腕を欠損したヴァルトラは、全身に重度の火傷を負っている。
最上位魔法による火力勝負は、バダム・ローゼンハイムに軍配が上がった。
「ゃ、やった! 学院長の勝ちよ!」
遠巻きに戦いを見守っていた生徒たちが、ワッと歓喜の声をあげる。
しかし、
「……今一歩、届かなんだ、か……っ」
バダムが口惜しそうに呟いた次の瞬間、
「ふぅ……ったく、死ぬかと思ったぜ」
ヴァルトラの肉体は、瞬きのうちに再生した。
勝敗を分けたのは――種族の差。
龍の血を引く最上位魔族にとって、四肢の欠損なぞ然したる問題ではなく、ほんの一呼吸の間に完治させられる。
「天晴だ爺。お前こそまさに種の極致、卑賎な人族に生まれ落ちながら、よくぞこの領域へ至った」
ヴァルトラの言葉は、嘘偽りのない称賛。
彼はこれまで一万を超える人間を喰らってきた。
その中でもバダムは――『たった一つの異常値』を除けば――最強の個体だった。
「ここまで楽しませてもらった礼だ。せめて痛みなく消してやろう」
大空へ飛び上がったヴァルトラは、胸部の内燃器官に莫大な魔力を凝縮。
「――<龍王の絶火>!」
万象を焼き尽くす灼熱のブレスが、凄まじい速度で解き放たれた。
満身創痍のバダムにこれを防ぐ手立てはない。
「……ここまで、か……っ」
彼がグッと奥歯を噛み締めたそのとき、
「――御見事でしたわ、学院長。後はこの私にお任せを!」
金色の髪をたなびかせた少女が、風のように颯爽と駆け付けた。
「さ、サール!? 馬鹿者、お主の勝てる相手ではない! 逃げるのじゃ……!」
バダムは必死に声を張るが、サルコは小さく首を振る。
「いいえ、逃げません。聖女様はその人生において、たったの一度として逃げなかった。どのような苦境であっても、相手が大魔王であっても……!」
サルコの聖女道に『撤退』の文字はない。
彼女はその体に宿す全魔力を燃やし、バッと右手を前に突き出す。
「――<風神の破斬>ッ!」
上位魔法<風神の破斬>、幾重にも折り重なった風の刃を射出し標的を切り刻む、サルコが行使可能な『最強の風魔法』だ。
灼熱のブレスと鋭利な風刃、二つの魔法が激しくぶつかり合う。
(くっ、なんて威力ですの……ッ)
上位魔法と最上位魔法、両者には埋めようのない大差があった。
風の刃は一つまた一つと砕け散り、邪悪な焔が牙を剝く。
「ぐっ、<魔力付与>……!」
バダムは瀕死の体に鞭を打ち、自身の魔力をサルコに分け与え、<風神の破斬>を強化した。
しかし、所詮は焼け石に水。
出力の差は歴然であり、じりじりじりじりと押し込まれていく。
「ここは儂が受け持つ……。サルコ、お主は早く逃げるのじゃ!」
バダムは険しい表情でそう命じるが……彼女は強く首を横へ振り、不甲斐ない自分を叱り付ける。
「こんの……いい加減になさい、サール・コ・レイトン! 貴女は聖女様の生まれ変わりでしょう!? 転生による弱体化だか何だかしりませんが、ここで目覚めずして何が聖女ですかッ!」
サルコが力強く叫んだ瞬間、その体から聖なる大魔力が溢れ出した。
<風神の破斬>の出力は10倍以上に跳ね上がり、<龍王の絶火>を一気に押し返していく。
「な、にぃ!? ぬ、ぐっ、ぉ、ぉおおおおおおおお……!?」
風の刃はヴァルトラを飲み込み、その強靭な肉体をズタズタに引き裂いた。
想定外のダメージを受け、たまらず大地へ不時着、
「はぁはぁ……っ。今のはまさか、『聖女の魔力』……!?」
ヴァルトラは驚愕に瞳を揺らし、
「お主、その力は……!?」
バダムは信じられないといった風に目を見開き、
「や、やった……やはり私は……っ」
当の本人たるサルコは、名状し難い充足感のようなものを噛み締めていた。
聖女の魔力は万物を浄化し、その性能を最大限に引き出す。
聖女の作りし増強剤を飲んだタマが、月下の大狼と化したように。
聖女のエリクサーを服用したテーラーが、人間離れした膂力を得たように。
聖女適性試験でルナのエリクサーと回復魔法を摂取したサルコもまた、人を超えた力を手にしていた。
ヴァルトラは回復魔法で裂傷を癒しつつ、鋭い眼光を光らせる。
「……そこの女、名をなんという?」
「我が名はサール・コ・レイトン! レイトン家が長子にして、聖女の魂を継ぐ者!」
「サール・コ・レイトン……お前が聖女の転生体だな?」
「ふっ、今更になって気付くだなんて、天獄八鬼は随分と鈍いのですね」
サルコの挑発を意に介さず、ヴァルトラは喉を鳴らす。
「くくっ、そうかそうか……。つまり――お前さえ殺せば、再び魔族の時代が来るのだな?」
彼の顔が邪悪に歪むと同時、その巨体は霧のように消え――サルコの背後から、氷のような声が響く。
「――死ね」
「なっ!?」
振り向くとそこには、鋭く尖った魔爪。
確かにサルコは、人族の限界を超えた。
しかし相手は天獄八鬼、魔族の限界を超越する存在。
両者の間には未だ、天と地ほどの開きがあった。
(く……っ)
風属性の魔力を体に宿し、最高速で回避を試みる。
しかし、
(は、速いッ!? 駄目、間に合わない。こんな、ところで……っ)
眼前に魔爪が迫る中――純白の翼がはためく。
「――見事な魔法だったぞ、美しき心の人族よ」
「あ、あなたは……!?」
「貴様……ゼルッ!?」
ヴァルトラの爪撃は、鋼のような翼に止められ、
「――<風羽>」
「ぐ、ぉ……!?」
激しい烈風によって、遠く彼方へ吹き飛ばされた。
当面の脅威を遠ざけたゼルは、
「ここは危険だ。下がっていなさい」
「は、はぃ……っ」
安全地帯でサルコを降ろし、再び戦場に舞い戻る。
「久しいな、ヴァルトラ。元気そうで何よりだ」
「ゼル、てめぇの出る幕か……っ」
化物には化物を。
天獄八鬼の相手は、聖女パーティがふさわしいだろう。
「しかし、驚いたぞ。お前は聖女様に討たれたと記憶しているのだが……魔王に転生してもらったのか?」
「へっ、俺だけじゃねぇぞ。あの化物に殺された天獄八鬼は全員、この現代に転生している。ただまぁ……『転生による劣化』ってのが、思いのほかにえげつなくてな。かつての力を取り戻すのに苦労したもんだぜ」
ヴァルトラは会話を繋ぎながら、遥か後方に控えるサルコへ視線を向ける。
(聖女の魔力を宿し、ゼルが守護する女……もはや疑う余地はない。サール・コ・レイトン、こいつが聖女の転生体だ!)」
サルコ=聖女の生まれ変わりと断定。
ゼルのことはひとまず隅へ置き、魔王より下された最優先任務――転生体の抹殺に動く。
(こいつさえ……こいつさえ殺せばッ!)
真紅の両翼をはためかせ、最高速でサルコのもとへ迫った。
しかし、
「――どこへ行くつもりだ?」
進路上に鋭い羽根の矢が放たれ、
「ちぃ……ッ」
ヴァルトラは後退を強いられた。
大剣士ゼル・ゼゼドの脅威は、決して無視できるものではない。
彼を自由にしたまま、転生体を抹殺することは困難を極める。
「あ゛ーったく……うざってぇなァ゛!」
その後、壮絶な空中戦が繰り広げられた。
「ハァアアアア!」
「オラァアアア!」
白銀の双剣と邪悪な火炎が激しくぶつかり合う中、
「ぬん!」
「こ、の……っ」
ゼルの双剣が着実にヴァルトラを削っていく。
「どうした、動きが冴えないな。それが『転生による劣化』というやつか?」
「ぐっ……ほざけぇ゛!」
ゼルの指摘通り、ヴァルトラは精彩を欠き、劣勢に立たされていた。
理由は二つ。
一つは、ゼルのコンディション。
鳥の獣人は、羽の状態によって、その強さが大きく変動する。
かつてレオナード教国でオウルたちと剣を交えたとき、彼の羽は酷く痛み切っており、本来の力の一割以下だった。
それから二度の換羽を経た今、七割ほどの状態にまで引き上げてきている。
そしてもう一つは、ヴァルトラの散漫な注意。
(くそっ、シルバーの野郎は、どこに隠れていやがる!?)
この場には、聖女の転生体と大剣士ゼルが集っている。
ヴァルトラの視点からすれば、陰の英雄を警戒するのは必然。
(苦しいが、『奥の手』を使うのは奴が現れてからだ……っ)
切り札を温存したまま、シルバーの奇襲を警戒しつつ、七割のゼルを相手にする。
天獄八鬼ヴァルトラと雖も、この難行を成すのは至難の業だ。
「何を企んでいるのかは知らぬが……。『龍化』もせずに戦うとは、随分と舐められたものだな」
「が、は……っ」
ゼルの双剣は鋭く、強靭な外皮がいとも容易く斬り裂かれる。
(くそ、このままじゃマジでヤバい。いっそのこと龍化を――いや、逸るな。転生体の尻尾は既に掴んだ。ここで最悪なのは、俺が討たれて情報を失うこと。最も注意すべきは死角からの攻撃、すなわちシルバーの奇襲だ……っ)
様々な情報がノイズとなり、判断に迷いが生じる。
その隙を見逃すほど、古の剣士は甘くない。
「どうした、戦いに身が入っておらんぞ?」
「しまっ!?」
白銀の剣閃が踊り、龍人の右腕が夜空を舞った。
「~~っ」
燃えるような痛みを噛み殺し、全身に灼熱の焔を纏う。
「――<紅蓮憑依>ッ!」
広範囲の魔法攻撃を見たゼルは、決して無理をすることなく、余裕を持って後方へ飛び下がった。
(さて、そろそろ仕留めるか)
炎が消えると同時に首を刎ね落とす。
ゼルが剣の持ち手に力を込めたそのとき、
「――<天炎之儀>!」
グラウンドの中央に大きな祭壇が出現。
「あれは……儀式魔法?」
ヴァルトラは泣き分かれた右腕を触媒に、儀式魔法を遠隔展開した。
「これより一刻の間、学院全域を地獄の炎で焼き尽くす! ゼル、てめぇならこの程度は問題にならねぇだろう。だが、ここにいる劣等種共はどうかなァ?」
「くっ、外道め……ッ」
「さぁ選べ! 俺を殺して、転生体を見捨てるか! 転生体を助けて、俺を取り逃がすか! 二つに一つだ!」
ヴァルトラはそう言って、儀式魔法を起動。
ゼルは逡巡の間もなく、グラウンドの中心へ飛ぶ。
主人より下された命は学友の護衛、天獄八鬼ヴァルトラの討伐は二の次だ。
「ふんッ!」
祭壇を斬り裂けば、儀式魔法は消滅。
ヴァルトラはその隙に二つの魔法を紡ぐ。
「――<魔力探知不可>・<異界の扉>」
追跡を防ぐために自身の魔力を隠匿し、逃走用の出口を背後に生成する。
「非常に癪だが、この場は退かせてもらう」
理想を言えば、この場で聖女の生まれ変わりを始末したかった。
しかし、転生体の正体は掴んだ。
収穫は十分。
今ここで無理をするよりも、この情報を魔王のもとへ持ち帰るべき。
ヴァルトラはそう判断した。
「今回はただの偵察に過ぎん。だが次は、魔王軍の本隊が動く! そして――聖女の転生体、貴様だけは確実に殺すッ!」
龍人はサルコを睨み付けながら、異空の彼方へ消えていった。
■
ヴァルトラが逃走した直後、参謀本部は蜂の巣を突いたような大騒ぎとなる。
「天獄八鬼ヴァルトラ、<異界の扉>および<魔力探知不可>を発動! 魔力反応、消失しましたッ!」
<天盤>から、邪悪な魔力がフッと消えた。
情報士官の報告を受け、ニルヴァはすぐに次の策を打つ。
「聖女学院を中心とした半径10kmに聖騎士を展開! <異界の扉>の有効射程は、それほど広くない! 絶対に逃がすな! なんとしても見つけ出すんだ!」
それは、あまりにも無謀な命令だった。
エルギア王国は、四大国でも屈指の面積を誇る。
その広大な領土の中から、<魔力探知不可>で身を隠した一体の魔族を見つけることは、砂漠の中の針を探すに同じ。
とてもじゃないが、見つけられるとは思えない。
天獄八鬼討伐作戦は失敗、参謀本部に重苦しい空気が流れる。
「……くそ……ッ」
険しい顔をしたニルヴァは、珍しく自制心を失い、力強く机を叩いた。
天獄八鬼が国境を越えたという情報は入っていた。
敵の狙いは十中八九、聖女の転生体の抹殺。
おそらくは王国全土に魔獣を召喚し、こちらの戦力を分散させ、その隙に聖女学院を強襲するだろう。
魔族の戦略をそう読んだニルヴァは、万全の備えをしてきた。
王国全土を薄く広くカバーできるように聖騎士を配備し、王都には『天賦の剣聖オウル・ラスティア』を、聖女学院には『天倫のバダム・ローゼンハイム』を置いた。
敵の襲撃がシルバーとの会食と被ったときは、心の中で『僥倖だ』とさえ思った。
もしも彼の目の前で、天獄八鬼を退けられたならば、聖女陣営に王国の武威、すなわち利用価値を示すことができる。
そうすれば国王マグナスの秘策、シルバーをアイリスの後見に付け、聖王国の間接統治を望む――この達成見込みが大きく高まる。
しかし、現実は甘くなかった。
天獄八鬼は想定を遥かに超え、その圧倒的な力を前にバダムは敗北。
大剣士ゼルの助力のおかげで、学生こそ助かったが……。
結果を見れば、討伐作戦は大失敗。
シルバーの中で、王国の評価は大きく傷付いただろう。
これではとても、聖王国のパートナー候補に成り得ない。
(腐敗した王国の起死回生となる妙手、千載一遇の好機をみすみす不意にしてしまった……っ)
その落胆ぶりたるや、筆舌に尽くし難いものがある。
「……シルバー殿、面目ない。天獄八鬼を取り逃してしまったようだ」
ニルヴァは目を伏せたまま、申し訳なさそうに謝罪する。
しかし、いつまで経っても返事はない。
「……シルバー殿……?」
ゆっくり顔を上げるとそこに、シルバーの姿はなかった。
「お、おい、シルバー殿はどこへ行かれた!?」
「そう言えば……作戦の中ほどで離席されてから、まだ戻ってきていませんね」
報告を受けたニルヴァは、がっくりと肩を落とす。
「……そうか。いや、当然だな。我等の作戦があまりに拙きゆえ、呆れて帰られたのだろう……」
「い、いえ、決してそのようなことは……っ」
情報士官の一人がすぐにフォローを入れるも、ニルヴァは力なく首を横へ振る。
「実際、何もできなかった。もしもゼル殿の助力がなければ、今頃聖女学院の生徒たちは、皆殺しにされていただろう……」
沈痛な空気が参謀本部を支配する中、突如として<天盤>に巨大な球体が浮かび上がる。
「こ、これは……王国北部ヒゾル森林に巨大な魔力反応が発生!」
「パターン黒、天獄八鬼ヴァルトラです!」
「おいおい、なんて魔力だ……っ。さっきの二倍、いや三倍……まだデカくなるぞ!?」
「奴がこれほどの大魔力を解放する相手……まさか!?」
ニルヴァは呆然と<天盤>を見上げながら、とある確信のもとに呟く。
「……間違いない、彼だ……っ」
血が滲むほどに拳を握り、卓越したニルヴァ脳を回す。
(何時だ、どこでわかった……ッ)
シルバーは作戦の途中に離席し、単独でヒゾル森林へ向かった。
まさか適当にぶらりと出歩き、偶然天獄八鬼と出くわしたということもあるまい。
彼はなんらかの『確信』を持って、あの場へ赴いた。
此度の戦いの結末・ヴァルトラの思考・敵の逃走経路――その全てを誰よりも早く読み切り、余裕を持ってヒゾル森林で待ち構えたのだ。
「シルバー・グロリアス=エル=ブラッドフォールンハート、あの男はいったい何手先まで読んでいるのだ……っ」
『王国の頭脳』と呼ばれるニルヴァは、遥か格上の智者を前に、生涯初となる敗北の味を噛み締めるのだった。
【※特報!】
なんと本作、コミカライズが決定しました!
漫画です! 漫画になります! 漫画になっちゃいます!
聖女様が、ローが、サルコが!
ゼルが、節穴が、カス(カース)が!
漫画になって自由自在に動き回ります!
レーベルや掲載媒体はまた後日、情報解禁日になりましたらお知らせします!
もう後は六日後に発売を控える、書籍版第一巻さえ売れてくれれば……アニメ化も夢じゃありません!
書籍版には新規書き下ろし『三百年前の物語』が収録されておりますので、聖女パーティの成り立ちや活躍が気になられた方は、どうぞ手に取ってみてください!※三百年前の物語は、一巻限りの読み切りではなく、書籍版で継続連載していく予定です。
ここまで来られたのも皆様のおかげです!
Webで応援してくれた皆様、書籍版を買っていただける皆様、本当にありがとうございます!
また、目標の『16万ポイント』まで、後たったの『6156ポイント』……!
後ほんのもうちょっと! しかし、ここからの伸びが本当に難しいんです……っ。
この下にあるポイント評価から、1人10ポイントまで応援することができます。10ポイントは、冗談抜きで本当に大きいです……!
どうかお願いします。
ほんの少しでも
「シルバーがついに動くぞ!」
「さすがは聖女様、いったい何手先まで読んでいるんだ……!?」
「……本当に読んでいるのか……?」
「面白いかも! 続きを読みたい!」
と思われた方は、下の【☆☆☆☆☆】を【★★★★★】にして、応援していただけると嬉しいです!
今後も『定期更新』を続ける『大きな励み』になりますので、どうか何卒よろしくお願いいたします……っ。
↓広告の下あたりに【☆☆☆☆☆】欄があります!
(※『読んだよー』の一言でも感想をいただけると、作者がウキウキと喜びます)