第五話:初クエスト
「あ、あの……大丈夫、ですか?」
ルナが恐る恐る問い掛けるも、オウルから返答はない。
(ど、どうしよう、本当にやっちゃったかも……っ。軽くパンチしただけなのに、そんなつもり全然なかったのに……ッ)
彼女が目をグルグルと回していると、背後からカンカンカンと階段を下りる音が聞こえてきた。
「凄い音と揺れでしたけど、下でいったい何をし、て……オウルさん!?」
様子を見に来た受付嬢は、信じられない光景に目を見開く。
「な、何をしているんですか!? みなさん早くこっちに来て、彼を壁から掘り出してください!」
彼女にそう言われて、呆然と立ち尽くしていた冒険者たちがおずおずと動き出した。
三人掛かりでゆっくりと下半身を引っ張り、壁に埋まったオウルの上半身を慎重に発掘していく。
「よ、よかった、まだ息はある……!」
受付嬢はホッと胸を撫で下ろし、すぐさま上の階に応援を呼ぶ。
「――すみません、大至急備蓄のポーションを持って来てください! それからすぐに病院へ連絡を……!」
オウルは完全に意識を失い、戦闘不能になっていたが――それでもまだ生きていた。
【死の前兆】でルナの次の攻撃を正確に予知し、強化系の天恵で敏捷性・反射神経・幸運などのステータスを大幅に向上させることで、本来ならば鼻っ柱に直撃していたはずのパンチをほんの数ミリ横にズラシたのだ。
たかが数ミリ、されど数ミリ。
この僅かな差が、彼の生死を分けた。
(あぁ、よかったぁ……。オウルさんが生きていて、本当によかった……)
ホッと安堵の息をつくルナの背後で、冒険者たちがざわつき始める。
「つ、つーかよぉ、いったい何が起きたんだ……? まばたきをした次の瞬間には、オウルさんがぶっ飛んでいたんだが……」
「……わからん、俺もまばたきをしちまっていたみたいだ」
「お、俺も気付いたときには、オウルさんが壁から生えていたぜ」
この場にいる冒険者全員が、偶然にも同じタイミングでまばたきをしたため、誰もその瞬間を見ていなかった。
当然ながら、実際のところは違う。
彼らはまばたきなどしていない。
ルナの動きがあまりにも速過ぎて、視認できなかっただけだ。
「しかし、あのシルバーって冒険者は、只者じゃねぇな……」
「あぁ、天賦の剣聖をボコしちまうとは、とんでもねぇ奴だ」
「お、俺……ちょっとサインもらってこようかな」
ルナの背中に好奇の視線が刺さる中、バーグが感心しきったように頷く。
「あの馬鹿が油断し過ぎたとはいえ、正直この結果には驚いたぜ。シルバー、お前中々やるじゃねぇか――合格だ!」
「あ、ありがとうございます!」
「よし、それじゃ最後に別室で簡単な講習を行う。こっちだ、付いて来い」
「はい」
バーグに連れられて一階の会議室へ移動したルナは、それからみっちりと三時間、『簡単な講習』を受けることになった。
「冒険者は如何なるときも、自分とパーティの命を最優先に考えなければならない。クエストの達成なんざ、二の次三の次だ。その心はな――」
バーグの指導は、とにかく熱かった。
冒険者の基本的な知識や心構え。
さらには彼の提唱する独自の理論――装備が壊れているかもしれない、ポーション瓶に穴が開いているかもしれない、あそこの岩陰に魔獣が潜んでいるかもしれない、『かもしれない冒険』の極意を叩き込まれた。
「――よし、まぁこれぐらいでいいだろう」
「あ、ありがとう……ござい、ました……っ」
知恵熱を出しそうなほど憔悴したルナが、ペコリとお辞儀をする。
「さぁ受け取れ、これがシルバーの冒険者プレートだ!」
「お、おぉ……!」
手渡されたのは、鉄製のプレート。
シルバーという名前と登録番号が彫られたそれは、冒険者の身分証明書だ。
「新人冒険者はみんな、最下位の鉄級からスタートする。その後、難易度の高いクエストをこなして、『上』に実力を認められることで、鉄→銀→金→白金→ミスリル→オリハルコンってな感じで昇格していく」
「なるほど……」
真面目な顔で説明を受けてはいるが、ルナの内心は嬉しさでいっぱいだった。
(えへへ、鉄級冒険者かぁ……っ)
三百年前、彼女はあくまで『聖女』という枠であり、『冒険者』ではなかった。
冒険者という新たな身分を手に入れたことが、新しい人生の一歩を踏み出したような感じがして、なんだかとても嬉しかったのだ。
「それでどうする、早速受けてくか?」
「えっと、何をですか?」
「馬鹿、依頼に決まってんだろ」
「あっ、そうですね。せっかくなので、ぜひお願いします」
「クエストの受注は、あっちの受付でやっている。その冒険者プレートを渡せば、後はまぁ流れで行けるだろ」
「はい、わかりました」
そうして受付に足を向けたルナは、途中でピタリと足を止め、クルリと振り返った。
「どうした、まだ何か聞きてぇことでも――」
「――バーグさん、いろいろと教えていただき、ありがとうございました」
彼女はそう言って、ペコリと頭を下げた。
バーグは恐ろしいほどの強面で、講習も信じられないほど長かったのだが……。
自分のギルドで活動する冒険者を無駄死にさせたくない――そんな熱い想いが、しっかりと伝わってきた。
「馬鹿野郎、俺はただ自分の仕事をやっただけだ。礼なんざいらねぇよ」
彼はぶっきらぼうにそう言って、ぷいとそっぽを向いた。
それが単なる照れ隠しであることは、誰の目にも明らかだ。
こうして無事に冒険者登録を済ませたルナは、今度こそ受付へ向かい、冒険者プレートを提出する。
「すみません、クエストを受けたいのですが」
「は、はい! クエふゅとの受付ですね!」
正面に立つ受付嬢は、いっそ清々しいくらいに噛んだ。
「……」
「……」
なんとも言えない沈黙が流れ――顔を赤くした受付嬢がペコリと頭を下げる。
「し、失礼しました。実は私、今日初めて現場に入らせてもらっていて……あなたが、担当する冒険者さん第一号なんです。――あっ、申し遅れました、私はオッチョ・ナバーロと申します」
彼女はどこか気恥ずかしそうにしながら、自分がまったくの新人であることを打ち明けた。
オッチョ・ナバーロ、十六歳。
身長は160センチ、ほっそりとした体型をしている。
亜麻色の髪は背まで伸び、非常にスタイルがよく、白のブラウスに黒のスカート――ギルドの制服に身を包んでいる。
「それは奇遇ですね。自分も今日冒険者になったばかりなんです。よろしくお願いします、オッチョさん」
「は、はい! こちらこそよろしくお願いしますね、えーっと……シルバーさん!」
ルナの冒険者プレートをチラリと見て、『シルバー』という名前を確認したオッチョは、コホンと咳払いをする。
「それでは改めまして――冒険者ギルドへようこそ、今日はどんな依頼をお探しでしょうか?」
「最初のクエストですし、比較的簡単なもの……そう、薬草採取なんかはありませんか?」
「薬草採取ですね。えーっと……シルバーさんは鉄級冒険者なので、発注可能な薬草採取のクエストはこちらになります」
オッチョは「よっこいしょ」と言って、大量の依頼書をドシンと受付台に乗せた。
「け、けっこうあるんですね……っ」
目の前に積まれた、山のような三つの書類の束。
予想していた数倍の量を提示されたため、ちょっと引いてしまう。
「薬草はポーション作りに必須ですからね。しかも最近は、魔族や亜人との戦いが激化していて、ポーションの数が全然足りていません。だから今、この手のクエストは、けっこう入ってきている――って、ギルド長のバーグさんが言っていました」
「なるほど」
「ちなみにシルバーさんは、どのあたりで活動される予定ですか?」
「特にここという場所は決めてないんですが……少し遠いところ、自然の綺麗な場所がいいですね」
ルナは今回、入学試験の合否待ち――その悶々とした気持ちを吹き飛ばすために外へ出た。
移動には空間魔法<異界の扉>を使うつもりなので、距離はまったく問題にならない。
どうせなら近場ではなく、ちょっと遠出をして、リフレッシュしたい――というのがルナの偽らざる気持ちだった。
「ふむふむ……それでしたら、こちらのクエストはいかがでしょうか?」
オッチョはそう言って、一枚の依頼書を提示する。
カノプス平原の薬草採取
必要量:薬草ミリア7kg
報酬:10000ゴルド
「ここカノプス平原は、王都から距離もありますし、何より自然がとても豊かで息抜きにもなりますよ」
「カノプス平原……」
ルナは顎に手を掛け、三百年前の記憶を辿る。
(カノプス平原は確か、青々とした草原と綺麗な湖が広がる、長閑な平原だったはず……。うん、気分転換には申し分なさそう)
自分の希望にぴったりと当てはまる素晴らしい提案。
ルナの中で、オッチョの評価がぐーんと上昇する。
「では、そちらのクエストをお願いできますか?」
「はい、承知しました」
オッチョは元気よく頷き、所定の事務手続きをさらさらとこなす。
テキパキとしたその働きっぷりは、とても今日が仕事初日だとは思えなかった。
「クエストの達成期限は本日を含めて一週間。もしもこれに間に合わなかった場合、キャンセル料として報酬の10%分の支払義務が生じますので、くれぐれもご注意くださいね」
「わかりました」
無事にクエストを受注したルナは、小さくお辞儀し、冒険者ギルドを後にするのだった。
■
ルナがギルドを退出すると同時、
「……ふぅー、これがギルドの受付嬢ですか。中々やり甲斐のあるお仕事ですね!」
無事に初仕事をやり遂げたオッチョは、ホクホク顔でガッツポーズを取り――そこへバーグがやってくる。
「おぅオッチョ、初仕事はちゃんとやり切れたみてぇだな」
「はい、それはもう! バーグさんにみっちりと教え込まれましたから!」
「へっ、そりゃよかった。それで? シルバーのやつはどんな依頼を受けたんだ?」
バーグが興味津々といった様子で問い掛けるが、返って来た答えは、予想とまったく違うものだった。
「薬草採取です」
「や、薬草採取ぅ? なんだ、案外堅実な奴だ、な……っておい待てオッチョ! お前まさかこのクエストを発注したのか!?」
「はい、F級クエスト『カノプス平原の薬草採取』ですが、それがどうかしまし――」
「――馬鹿野郎ッ! てめぇ、自分が何をやったのか、わかってんのか!?」
バーグの凄まじい怒声が、ギルド全体に響き渡る。
「えっ、あ、あの……私、また何か……?」
「今日の朝礼で周知したよな!? カノプス平原は今、王国政府が指定した『特別立入禁止区域』だ!」
「……あっ!?」
オッチョの顔が真っ青に染まっていく。
「や、やっちゃった……私、どうすれば……っ」
「カノプス平原に行くなら、北のゲートを通るはず……まだそう時間も経ってねぇ、今すぐあの新人を連れ戻して来いッ!」
「は、はぃ……!」
彼女は大慌てでギルドを飛び出し、シルバーの後を追い掛けていった。
「……あぁ畜生、なんてこった……っ」
ギルド長バーグはスキンヘッドの頭を乱雑に掻き、足元の椅子を荒々しく蹴り飛ばすのだった。
■
エルギア王国領カノプス平原。
中央に綺麗な湖、その周囲に青々とした草原が広がるこの場所は、年中穏やかな気候と気持ちのいい風に恵まれ、訪れる人に安らぎを与える。
観光地としても人気なこの平原は今――激しい戦場と化していた。
「今だ、撃てぇええええ……!」
「「「――<獄炎>ッ!」」」
王国全土より選抜された五十人の魔法士部隊が、一斉に火属性の中位魔法を発動。
討伐対象――『月下の大狼』に向けて、総攻撃を敢行する。
五十発にも及ぶ灼熱の炎塊は、全て目標に着弾、凄まじい轟音と巨大な爆炎が吹き荒ぶ。
濃密な土煙が立ち込める中、
「……や、やったか……?」
魔法士の呟きに応じるように、低い唸り声が響く。
「――くだらぬ」
土煙が晴れるとそこには、無傷のムーンウルフが君臨していた。
「「「ば、馬鹿な……!?」」」
愕然とする魔法士部隊へ、月下の大狼は警告を発する。
「ここより先は、私の大切な思い出の場所。無粋の輩に踏み荒らされたくはない。――これは最後通告だ、早々に立ち去れ」
月下の大狼、幻獣種ムーンウルフ。
カノプス平原に生息する、名札付きの魔獣だ。
自ら人間を襲ったことはないものの……これまで『力試し』に挑んだ冒険者たちが、何十人と返り討ちにあっている。
自国の領土に住まう凶暴な魔獣、これを放っておくわけにはいかない――そう判断した王国政府が、此度の討伐作戦を決行に移したのだ。
「ぐっ……ひ、怯むな! 第二弾を準備せよッ!」
魔法士部隊は、すぐさま魔力を練り、さらなる攻撃魔法の準備に入る。
それを目にしたムーンウルフは、呆れたように呟く。
「一応、警告はした。――黒咆」
その大きな口がゆっくりと開いた次の瞬間、凄まじい魔力の込められた極大の衝撃波が吹き荒ぶ。
「「「ぐぁああああああああ……っ」」」
王国自慢の魔法士部隊は、たったの一鳴きで壊滅。
彼我の実力差は、あまりにも大き過ぎた。
「……くだらぬ。何故このような劣等種族に……っ」
憎悪を滾らせたムーンウルフは、小さく頭を振り、ため息を零す。
そして――倒れ伏した魔法士たちに止めを刺すこともなく、そのまま踵を返した。
すると次の瞬間、何もない空間に大きな扉が浮かび上がり、そこから全身プレートアーマーに包まれた大男が現れた。
「……新手か」
ムーンウルフは不機嫌そうに喉を鳴らしながら、ゆっくりと振り返る。
一方、
「え、えー……っ」
空間魔法<異界の扉>を使用し、王都からカノプス平原に飛んだルナは、あんぐりと大口を開ける。
焼け焦げた草原・めくれあがった大地・土臭い空気、記憶にあった美しいカノプス平原はどこへやら……眼前に広がるのは激しい戦いの跡。
そして何より――。
「お、おっきいワンちゃんだぁ……っ」
眼前に佇むは、見上げるほどに巨大な白銀の狼。
鋭く光る蒼い瞳・光沢のある白銀の毛並み・鋭く尖った白い爪、威風堂々としたその立ち姿からは、威厳や貫禄のようなものが漂っている。
「今更になって援軍か……。貴様等人類は、いつも遅いな。周回遅れもいいところだ」
「いや、私は援軍ではなく、ただの冒険者――」
ルナが誤解を解こうとしたそのとき、背後から決死の叫びが響く。
「――そこの冒険者、今すぐ逃げるんだ……!」
「助けに来てくれたことは感謝する。しかし、そいつは正真正銘の化物……戦っちゃ駄目だ!」
「俺たちのことはもういい、キミだけでも逃げてくれ……!」
ルナのことを『応援に来た冒険者』と勘違いした魔法士部隊は、死力を振り絞って逃げるように伝えた。
これは紛れもなく善意100%の行動だったのだが……今回に限っては完全に逆効果だ。
「ふん、やはり仲間ではないか」
「い、いやこれは勘違いで――」
「――くどい。既に警告はした――黒咆」
次の瞬間、途轍もない魔力を込められた咆哮が、再び解き放たれる。
それを受けたルナは、
「……っ」
思わず顔を歪めた。
(な、なんて大きな鳴き声……っ。このままじゃ近隣住民の方々に迷惑が……ッ)
両手で耳を塞ぎつつ、高速で思考を回す。
(ペットの無駄吠えは、深刻なご近所トラブルに発展しやすい。もしも苦情がたくさん入って行政が動いたら……悲しいことになってしまう)
もはや行政のトップである王政府が、討伐に乗り出しているのだが……当然ルナはそんなことを知る由もない。
なんとしてもここで、無駄吠えだけはやめさせなくては――そう決意した彼女は、スッと顔を上げる。
「とりあえず……おすわり!」
天高く跳び上がり、額に優しくチョップ。
次の瞬間、
「ゴ、ァ……ッ」
ムーンウルフの頭部に尋常ならざる衝撃が走り、ゆっくりと前のめりに倒れ伏す。
「「「……は?」」」
信じられない光景を目にした魔法士部隊は、漏れなく全員が口をポカンと開けた。
一方、頭に強烈な衝撃を受けたムーンウルフの脳裏には、生後間もない頃の朧気な記憶が蘇る。
それは――群れからはぐれた自分を拾い育ててくれた、とある人間との温かく幸せな時間。
【こーら、歯が気持ちわるいのはわかるけど、そうやってなんでもすぐに噛んじゃダメ!】
【きゃぅーん……】
【もう、そんな泣きそうな声を出さないの。ほら、大好きなミルクをあげるから、元気だして?】
【はっ、はっ、はっ…!】
無駄噛みしないよう怒られたあのときも、額に優しくチョップをされた。
「その優しい声に偉大な力……もしや、御主人ですか?」
ムーンウルフは首元のふさふわの毛の中から、「タマ」と書かれた、ボロボロのネームプレートを取り出した。
「御主人って……んん?」
古いネームプレートを見たルナの脳裏に三百年前の記憶が蘇る。
それはしんしんと雨の降る、冷たい夜のことだった。
【……あっ、捨て猫だ】
【くぅーん……】
群れから逸れたと見られる猫の赤子(?)を発見したルナは、その子を拾い上げ、世話をすることにした。
【決めた、あなたの名前はタマよ!】
【わふ?】
【ほら、ニャー。一緒に言って、ニャー!】
【にゃ、にゃー……?】
【ふふっ、上手上手。それじゃミルクを温めてあげるから、ちょっと待っていてね】
【わおーんっ!】
聖女の魔力が込められたミルクを飲んで育った子猫(?)はやがて、うちに莫大な魔力を宿す月下の大狼となった。
【タマ……落ち着いて聞いてちょうだい。あなた、猫じゃなかった……犬だった……ムーンウルフだったの】
【わふっ!】
【ムーンウルフは家族をとても大切にする種族なんだって。きっと今頃、あなたのお父さんとお母さんが、森中を必死に探し回っているはず】
ルナはタマを拾った森を隈なく捜し、やがてムーンウルフの番を見つけ出した。
その二匹がタマの両親であることは、一目見てすぐにわかった。
顔も毛の色もそっくりだったし、何よりも、タマが嬉しそうにぶんぶんと尻尾を振っていたのだ。
【それじゃタマ、元気でね】
【くぅーん……】
【はい、お別れのプレゼント。……うん、これならすぐに見分けがつく。――元気でね、タマ。私のこと、忘れちゃいやだよ?】
【アォーンッ!】
そうしてネームプレートをプレゼントしたルナは、ぽろぽろと涙を流しながら、タマにお別れを告げたのだった。
「あなた、もしかして……タマ?」
「……ッ!!!」
次の瞬間、月下の大狼の巨体はみるみるうちに縮小し、聖女ルナに拾ってもらったときの、手のひらサイズの小さなムーンウルフとなる。
「よかった、御主人、よかった……っ」
三百年ぶりの再会。
タマは尻尾が千切れんばかりに振り、アーマープレート越しにルナの顔をぺろぺろと舐め回す。
「こんなに大きくなっていたなんてびっくり、それに言葉も喋れるなんて……タマは本当に頭のいい子なのね」
「わふっ!」
一方――その様子を遠巻きに眺めていた王国の魔法士部隊は、驚愕に目を見開く。
「馬鹿な……あの月下の大狼を調教した、だと……!?」
「いったい何者なんだ、あのアーマープレートの冒険者は……!?」
「わ、わからん……。しかし、最低でも『ミスリル』クラスの実力者であることは、まず間違いないだろう」
壊滅的な被害を負いつつも、なんとか命拾いした彼らは、重たい体を引き摺って撤退――王政府に謎の冒険者の話を報告するのだった。
■
月下の大狼を保護したルナは、上機嫌に鼻歌を奏でながら、目的のブツを――薬草ミリアをえっさほいさと回収し、持参した革袋に詰めていく。
「それにしても、タマは長生きだねー。もう三百歳になるんでしょ?」
「わふっ!」
聖女の魔力が籠ったミルクを飲んで育ったため、タマの肉体は寿命という概念を超越していた。
「よっこいしょっと、この辺りの薬草はもういいかな。一つの場所で採り過ぎたら、生えて来なくなっちゃうもんね」
ルナが次の採集スポットを探すため、周囲に目を向けると――。
「――わふわふっ!」
タマがとある場所に向かって元気よく吠えていた。
「んっ、どうしたの……ってこれは!?」
そこにはなんと、群生した大量のミリアがあった。
「凄いね、タマ! 私のために見つけてくれたの?」
「わふっ!」
「ふふっ、ありがとう。それじゃ一緒に採集しよっか!」
その後、ルナとタマは二人で協力して、薬草集めに励むこと一時間。
「ふふっ、大量だね!」
「わおーんっ!」
空っぽだった革袋は、今やパンパンに膨らんでいる。
「これだけあればもう十分、それじゃ帰ろっか?」
「わふっ!」
「危ないからちょっと離れていてね――<異界の扉>」
空間魔法を発動。
一気に王都近隣の森まで飛んだルナは、寄り道することなく、真っ直ぐ冒険者ギルドへ向かった。
ちなみに……タマは喜び疲れてしまったのか、器用にもルナの頭の上で――鉄製の兜の上で、すやすやと眠っている。
冒険者ギルドに到着したルナが、扉を開けるとそこには――見るからに憔悴し切った様子のオッチョが、生気の抜けた顔でパイプ椅子にちょこんと座っていた。
「あ、あの……オッチョさん、大丈夫ですか?」
ルナが声を掛けると同時、彼女は勢いよく跳ね起きる。
「し、ししし、シルバーさん……!?」
「は、はい、なんでしょう?」
プレートアーマーをベタベタと触り、ちゃんと影があることを――幽霊じゃないことを確認したオッチョは、ホッと安堵の息を零し、
「よかった、無事で……本当に……よがっだ……ッ」
ボロボロと大粒の涙をこぼした。
「え、えーっと……?」
完全に置いてけぼりとなり、困惑するルナ。
それから少しして、泣き止んだオッチョが事情を語り始める。
「カノプス平原は『月下の大狼』という、凶暴な魔獣の生息地でして、近日中に大規模な討伐作戦が実施される予定だったんです。私、うっかりそのことを忘れていて、シルバーさんに危険なクエストを紹介してしまったんです……」
「なるほど、そうだったんですね(そんな危険な魔獣が近くにいただなんて……。タマがいじめられる前に回収できたのは、不幸中の幸いだ)」
頭の上に月下の大狼を載せたルナは、ホッと安堵の息を吐く。
「此度は私のつまらないミスのせいで、シルバーさんを危険な目に遭わせてしまい、本当にすみませんでした……ッ」
オッチョはそう言って、深々と頭を下げた。
くだらない言い訳を並べず、きちんと自分のミスだと認め、誠意を以って、真摯に謝罪した。
確かに彼女は、昔から本当におっちょこちょいだが、決して心の腐った人間ではない。
ルナにはそのことが、はっきりと伝わった。
「オッチョさん、顔をあげてください。特に何も危ないことはありませんでしたし、そんなに謝ってもらわなくても大丈夫です。それに――おかげで、いいこともありましたしね」
ルナはそう言うと、兜の上ですやすやと眠るタマの頭を優しく撫でた。
「いいこと、というのは……もしかして、そのわんちゃんのことですか?」
「えぇ。昔、飼っていた猫……じゃなくて、犬をカノプス平原で見つけましてね。また一緒に暮らすことにしたんです」
「そ、それは凄い偶然ですね!」
「はい、今日はとてもラッキーでした」
ちょっとした世間話を挟み、オッチョが少し元気を取り戻したことを確認したルナは、肩に掛けた革袋を受付台にドスンと置いた。
「さて、そろそろ本題に移りましょうか」
彼女が革袋の口紐をほどいたその瞬間、青臭いにおいが立ち昇り、大量の薬草が顔を覗かせた。
「凄い、こんなにたくさん……!」
計量器で測った結果、ルナの回収した薬草は10kgもあった。
クエストで求められているのは7kg、超過分の3kgはギルドにプレゼントすることにした。
「シルバーさん、こちらが報酬の10000ゴルドになります」
「確かに、頂戴しました(こんな簡単なクエストで、10000ゴルドももらえちゃうんだ……。ふふっ、今度このお金で、現代の悪役令嬢の小説を買いに行こっと!)」
いいお小遣い稼ぎの場所を見つけたルナは、かなりのホクホク顔である。
「――さて、それではオッチョさん、私はこのあたりで失礼しますね」
「はい、ぜひまたいらしてください!」
こうして無事に初クエストを達成したルナは、スペディオ家に帰るのだった。
■
ルナが冒険者ギルドを発ってから少しして、行きつけの定食屋で夕食を取り終えたバーグが職場に戻った。
「バーグさんバーグさん、聞いてください! シルバーさん、無事に帰ってきてくれたんです!」
「そうか、そりゃよかったな。シルバーの奴には、今度俺からも詫びを入れておく」
「ありがとうございます。バーグさんも、此度はご迷惑をお掛けして、本当にすみませんでした……っ」
「今回の件で痛ぇほどわかったと思うが、ギルド職員ってのは責任の重い仕事だ。一個のミスで簡単に人が死ぬ、それも自分じゃなくて、自分の担当する冒険者がな。もう二度と同じミスはするんじゃねぇぞ?」
「はい……今日一日、生きた心地がしませんでした。今後はこのようなことがないよう、細心の注意を払って頑張ります」
「おぅ、頑張れ」
バーグはそれ以上、追及することはしなかった。
オッチョが一日中王都を駆け回り、足の豆が潰れて声が枯れ細るまで、ずっとシルバーを探していたことを知っているからだ。
「そう言えば……一つ、面白ぇ話を聞いたぞ」
「面白い話? なんでしょう?」
「なんでもあの月下の大狼が、調伏されたみてぇだ」
「そ、それは凄いですね! さすがは王国随一の魔法士部隊!」
両手を打って喜ぶオッチョに対し、バーグは首を横へ振る。
「いいや、どうやらそっちは失敗したらしい。手痛い反撃を受けて、壊滅的な被害を負ったそうだ」
「えっ? でも今、月下の大狼は調伏されたって……」
「王国の魔法士部隊は、大狼の一鳴きで壊滅した。だがその直後、突如として現れた謎の冒険者が、圧倒的な腕力で――たったの一撃で捻じ伏せちまったらしい」
「ひ、ひぇええええ……っ。世の中には凄い人がいるものですねぇ」
「それで、だ。なんでもその冒険者ってのは、全身にプレートアーマーを纏った大男だったそうだ」
「プレートアーマーの大男……って、まさか!?」
「あぁ。……もしかしたらあいつは、とんでもねぇ冒険者なのかもしれねぇな」
伝説の冒険者『シルバー』の名が世界に轟くのは、まだもう少し先のお話――。
第二章:冒険者編、完結。
【※とても大切なおはなし】
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ほんの少しでも
「シルバー強過ぎて草」
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