第二話:武闘会
「……え゛っ……!?(う、うそ……においでそんなことがわかるの!? もしかしてレイオスさん、とんでもない上級の変態!?)」
「初代ラインハルトの手記には、『聖女様はお日様のような香りがする』と書かれてあった。そしてルナからは……お前とシルバーからは全く同じにおいが、お日様のような香りがした!」
自身の考えを強く言い放ったその瞬間、レイオス脳にとある記憶が蘇る。
(……いや、待てよ。そう言えばあのときの声、あれはまさか……!?)
およそ一か月前、シルバー・オウル・レイオス・カースの四人が、レオナード教国で宿を取った夜のこと。
伝令役を任されたレイオスが、シルバーの部屋へ赴き、扉をノックしたそのとき――女性の声が聞こえた。
【シルバー、まさかお前――聖女様と<交信>していたのか!?】
【ふぅ……聞かれてしまっては、仕方がありませんね】
【で、ではやはり……!?】
【えぇ、レイオスさんの推察した通りです。私は毎晩こうして聖女様と交信し、三百年後の世界の状況を――人類の様子を事細かに報告しています】
シルバーはそう言ったが、今になって考えれば、明らかにおかしな点がある。
(<交信>で繋がっているのなら、わざわざ声に出さずとも、思念による意思疎通ができたはず……。奴の口ぶりからして、聖女様との交信は極秘事項。わざわざ肉声で話し、無用なリスクを負う必要はない。つまり――聖女様と通じていたというのは偽証!)
レイオスの思考は、かつてないほどに研ぎ澄まされていく。
(であれば、声の主は誰だ? あの場にもう一人女性がいた? いや、違うな。室内にあった気配は一つ、シルバーのもので間違いない。つまり、奴の中身は女性……。ということは、まさか……ッ!?)
そしてついに辿り着く。
唯一にして絶対の真実へ。
「とても信じられない。が……もはや、これしか考えられない。ルナ・シルバー・聖女様――この三人は、同一人物じゃないのか!?」
「ま、まさかぁ……そそそ、そんなわけないじゃないですかぁ(ぎ、ぎくぅ……ッ。この人、どうして今日はこんなに鋭いの!?)」
聖女様、嘘をつくのがド下手糞。
泳いだ目・上擦った声・間延びした台詞、どこからどう見ても尋常の様子ではない。
(ど、ど、ど、どうしよう!? もう……ラインハルトのバカ! 『お日様のような香りがする』とか、何わけのわからないことを書き遺してるの!?)
混乱の極みに至った聖女様は、自分が黒歴史を遺したことを棚にあげ、初代ラインハルトを叱責する。
「その反応、やはりルナが――」
「……っ」
絶体絶命の危機に瀕した彼女のもとへ、強力な援軍が駆け付ける。
「ルナがシルバー様で聖女様……? ないないない、それはない」
ローは真顔でブンブンと手を横に振り、
「まったく、何を言い出すかと思えば……。聖女様の転生体はこの私、サール・コ・レイトンですわよ?」
サルコは呆れ返った表情でため息を零し、
「この超ポンコツなルナさんが、聖女様なわけないじゃないですか!(ま、マズい……。とにかくここはフォローしなきゃ!)」
ウェンディは聖女バレを防ぐため、全力でルナのことをけなした。
「そ、そうそう! みんなの言う通りですよ!」
親しい友達はみな口を揃えて、「ルナが聖女なわけない」と否定した。
聖女バレを防ぐという観点から見れば、これは非常にありがたいことなのだが……。
どこかちょっぴり悲しくもあった。
「しかし、今の動揺した反応は――」
尚も食い下がるレイオスへ、カースが引導を渡す。
「レイオス……。いくらなんでも、ルナちゃん=シルバーさん=聖女様は苦しいて。自分も男や、大人しくお縄につこう」
「カスは引っ込んでいろ!」
「痛い!?」
カースを文字通り一蹴したレイオスが、ルナをさらに問い詰めようとしたそのとき――ゴーンゴーンゴーンと時計台の鐘が鳴り、演壇に立ったバダムがゴホンと咳払いする。
「さて、懇親会はこれにて閉幕。聖女パーティを組み終えた生徒は放課後、職員室で登録手続きを済ませるように。そして未だパーティを結成できておらぬ者は、三日以内にメンバーを選定し、学年主任のジュラール先生へ報告するように。では――解散」
バダムの指示を受け、両学院の生徒は、それぞれの教室へ戻っていく。
「さ、さぁ! 私たちも教室へ帰りましょう!」
ルナはロー・サルコ・ウェンディの手を取り、大急ぎで教室へ向かった。
そんな彼女の背中をレイオスの鋭い眼光が射貫く。
(……節穴の目ならばいくらでも欺くことができよう。しかし、この俺は騙せないぞ、ルナ……!)
彼はルナ=シルバー=聖女と仮定し、厳重に監視することを決めるのだった。
■
一年C組へ移動する道中、
(マズい、マズいマズいマズい……っ。どうしよう、このままじゃ聖女バレしちゃう……ッ)
かつてない窮地に追いやられたルナは、ハイライトの失せた瞳をグルグルと回し、
「びっくりしたよね。もう大丈夫だよ」
ローは不安そうな主人をよしよしと優しく撫ぜ、
「実力は確かなのですが、まさかあのような変態だったとは……」
サルコは重々しいため息を吐き、
「ルナさん、お気を確かに(これは多分、においを嗅がれたショックより、聖女バレの衝撃だろうな。あぁもう歯痒い……っ。いっそのこと『私も知ってますよ』って伝えたら……ダメだ。パニックで爆発しちゃいそう)」
聖女の正体を知るウェンディは深く思い悩み、
「ボクもそろそろ友人Aとして、『インタビューの練習』しとかなあかんかもなぁ……。『レイオスくんですか? いや、真面目な人でしたよ。それがまさか、あんな変態だったなんて……正直とても驚きました』。うん、我ながらええ感じや!」
カースはいつものように軽口を叩く。
「「「「……」」」」
刹那の空白の後、
「「「「……え゛っ……!?」」」」
四人はギョッと目を剝いた。
「カースさん、いつの間に……!?」
「私の魔力感知に引っ掛からないなんて……っ」
「あなた、いったいどうやって……!?」
「もしかして、<魔法探知不可>を使ったんですか……?」
矢継ぎ早に質問を受けたカースは、得意気に微笑む。
「いいや、なんの魔法も使っとらんよ。ボク、あまりにも魔力がなさ過ぎて、ほとんどの探知に引っ掛からへんねん」
弱過ぎるがゆえ、探知されない。
なんとも悲しい特技だ。
「それで……『変態一号』がなんのよう?」
ローはそう言って、鋭く目を尖らせた。
言うまでもなく、『変態二号』はレイオスのことだ。
「まぁまぁローちゃん、そんな邪険にせんといたってや」
カースは苦笑しながら、コホンと咳払いをする。
「まず結論から言うと、今回の件はレイオスが100%悪い。それはもう間違いない。――でも、これだけは理解したってほしい。あいつは決して不埒な思いで、あんな真似をしたんやない。頑固で不愛想で融通の利かん奴やけど、劣情に駆られてセクハラに走るような下種やあらへん。これだけはボクが保証する」
「では、いったいなんの目的で、ルナの髪を嗅いだのですか?」
サルコの率直な問いに対し、カースは困り顔で頬を掻く。
「レイオスはドが付くほどの『天然』やから、たまに頭のおかしいことをしよんのよ……。多分あいつは、初代様の手記に書かれとったことを確かめようとして、ルナちゃんのにおいを嗅いだんやと思う。どうやら、本気でキミのことを聖女様や疑うとるみたいや」
「……っ」
本気でルナのことを聖女だと疑っている。
その言葉は、彼女のお腹にズシンと響いた。
「まぁなんかいろいろ言うたけど、ボクが伝えたいことは一つ。レイオスは変態やなくて、ただ純粋に天然なだけ、これだけは勘違いせんといたってほしい。――この通りや」
カースは珍しく真剣な表情で、深々と頭を下げた。
そうして旧友のフォローを入れた彼は、「ほな、さいならー」といつもの軽い調子で歩き出し、突然ピタリと足を止める。
「っと、あかんあかん忘れ取ったわ!」
制服の内ポケットを漁り、メモの切れ端をピッと飛ばす。
「それ、ボクの住んでる学生寮の部屋番号、もしよかったらいつでも遊びに来たってな!」
どこまで行っても、カースはカースだった。
■
迎えた放課後。
ルナは文学部の部室に寄らず、一直線に学生寮へ帰宅。
制服に皺が付くのも厭わず、そのままバタンとベッドに倒れ込み、
「う゛ぅうううううう……う゛ぁあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛……」
枕に口を埋めたまま、苦悶の叫びを響かせる。
聖女脳が焼き切れ、過大なストレスが掛かった際に見られる、聖女様の貴重な鳴き声だ。
ひとしきり気持ちを吐き出してから、過酷な現実と向き合う。
「……どうしよう。レイオスさん、思っていたよりも鋭いかも……」
彼の目は節穴だから、大丈夫だと高を括っていたのだが……。
どうやらその見立ては、少し甘かったらしい。
「うぅ……これはマズい、本当にマズイ。聖女バレだけは絶対に嫌だ……っ」
既に焼き切れた聖女脳を無理矢理に再稼働させ、この難局を乗り切る策を必死に考える。
しかし、いつものことながら、碌な案は浮かんで来ない。
「こういうときは……ゼルに相談っ!」
<交信>を発動し、頼れる仲間へ思念を飛ばす。
(ゼル、今ちょっといい?)
(はい、いかがなされましたか?)
(実は今日、学校でちょっとトラブルがあってさ。相談したいことがあるから、そっちに行ってもいい?)
(えぇ、もちろんでございます。いつでもおいでくださいませ)
(ありがと)
<交信>を切断し、<異界の扉>を展開、聖王国にあるゼルのログハウスへ飛ぶ。
「やっほ」
「いらっしゃいませ」
主人の来訪を受け、恭しく頭を下げる。
「急に押し掛けてごめんね。予定とか大丈夫だった?」
「どうかお気になさらず、聖女様より優先すべきことなどございません」
彼はそう言いながら、先ほどまで読んでいた新聞を折り畳み、机の端へスッと置いた。
その際、ルナの聖女眼が、とある記事のヘッドラインを捉える。
(『天獄八鬼が再始動か!? 王国北部で目撃情報あり!』……?)
天獄八鬼。
大魔王に付き従う、八体の大魔族の総称。
彼らは理の外を行く存在であり、単騎で国を墜とすほどの力を持つ、正真正銘の化物だ。
「あれ……。天獄八鬼って、三百年前にほとんど倒さなかったっけ?」
「えぇ。八体のうち五体を討伐し、残る三体は雲隠れ。我々は魔王討伐を優先するため、残党たちは一旦捨て置き、魔王城へ向かいました」
「その天獄八鬼が、また活動し始めたの?」
「この記者が書くところによれば、そのようですね。問題を起こしているのは、逃げ延びた八鬼なのか、新たに補充された八鬼なのか。はたまた討ち取った八鬼が、魔王の転生魔法で現代に蘇ったのか。いずれにせよ、奴等は極めて厄介な存在、警戒しておくに越したことはないでしょう」
ゼルは短く話を纏め、コーヒーの準備を始めた。
「それよりも聖女様、本日はどのような御用向きでしょうか? 先ほど『トラブルがあった』と伺っているのですが」
「あっ、そうだった」
ルナはソファにポスリと座り、『とある男子生徒』について相談する。
「――っというわけで、そのレイオスって人が、思ったよりも鋭くてね。このままじゃ、聖女バレしちゃいそうなんだ……」
「なるほど、それは由々しき事態ですね(昔から聖女様は、うっかりしておられる。やはり聖女バレを隠し通すなぞ、土台無理な話だったか……)」
「こういうとき、どうしたらいいんだろう。何かいい案はないかな……?」
「ふむ、そうですね……」
ゼルは顎に右手を添え、静かに思考を深める。
「ここはやはり――」
「やはり……?」
「屠りましょう」
「屠りません」
ゼルの出した妙案は、即座に却下された。
「遥か古より、『死人に口になし』という言葉がございます。安全性を考慮するならば、やはり息の根を止めておくべきかと」
「そういう物騒なのはダメ。そもそもレイオスさんは、ラインハルトの子孫なんだよ?」
「ラインハルト……あぁなるほど、件の男子生徒は、あの青髪の聖騎士だったのですか」
「あれ、レイオスさんのこと知ってるの?」
「レオナード教国で一度手合わせしました」
「なるほど、そういうこと」
ゼルはレオナード教国の地下深くで掘削作業をしていた際、オウル・レイオス・カースと剣を交えている。
「しかし、相手があのラインハルトの子孫であるならば、そこまで憂慮する必要はないのでは? あやつは忠義に生き、忠義に死んだ男。その血を引くレイオスもまた、聖女様への忠義が厚いのではと愚考します」
「まぁ確かに、そうなんだけど……。私、自分が聖女であること、他の誰にもバレたくないんだ」
「左様でございましたか」
既にウェンディにはバレているのだが……そんなことは知る由もない。
「なんとかレイオスさんを誤魔化して、聖女バレを防ぎたいんだけど……。私一人で考えても、全然ダメダメでさ。何かいい案はないかな?」
「ふむ……レイオスの頭にルナ様=シルバー=聖女様という図式があるのでしたら、それを崩せばよろしいかと」
「どうやって?」
「一般的には、先の式を否定する材料が必要です。もっとわかりやすく言えば、ルナ様=シルバー=聖女様、これが矛盾する状況を作り出せばよいかと」
「私=シルバー=聖女が矛盾する状況……」
ルナが真剣に考え込んだところで、コンコンコンとノックが鳴った。
「――ゼル様、お手紙が届いております!」
陽気な郵便屋の声が響き、
「むっ、またか……」
ゼルは眉間をポリポリと掻き、玄関口へ足を向け――そこでピタリと止まる。
「っと、聖女様、どうぞあちらへお隠れください」
彼はそう言って、クローゼットに目を向けた。
「隠れる? ……あー、なるほど」
ルナ・スペディオは領主の娘。
ゼルの家にいても、そこまで大きな違和感はないのだが……。
念には念を。
聖女バレの可能性を1%でも減らすため、ゼルと一緒にいるところは見られない方がいい。
そんな腹心の意図を察したルナは、音を立てないようにソファから立ち、クローゼットの中にいそいそと身を隠す。
ゼルは銀色のアホ毛が収納されたことを確認してから、玄関の扉をギィと開ける。
「すまない、待たせたな」
「いえいえ、滅相もございません! どうぞ、こちらでございます!」
「むっ、これはまた凄い量だな……」
「さすがはゼル様、世の中が放っておきませんね!」
郵便屋の男は陽気に笑った後、「それでは失礼します!」と言って、次の届け先へ走って行った。
「さて……」
ゼルは玄関の扉をしっかりと施錠し、両手に抱えた大量の手紙を机の上に置く。
「――聖女様、もう大丈夫ですよ」
その言葉を受け、ルナがクローゼットからひょっこりと顔を出した。
「うわぁ、凄い量……。これ全部、ゼル宛てなの?」
「正確には、私とシルバー宛てですね。現状、シルバーの居場所が不明なので、私のもとへ送ってきているようです」
「なるほど。にしてもこの量は、とんでもないね」
「えぇ、以前はここまでじゃなかったのですが……。武道国と魔道国を傘下に置いてから、爆発的に増えました」
「誰から来てるの? 偉い人?」
「帝国の商人・神国の聖女派・王国の貴族、その他にも商会の主・小国の王・聖女教の幹部などなど……。聖女様に会いたい。シルバーと話したい。聖王国と取引がしたい。そんな者たちが、こぞって文を送ってきております」
「へぇ、そうなんだ」
ルナがなんとなく手紙を眺めていると、その中に見知った名前があった。
「……ニルヴァさん……?」
「おや、知り合いですか?」
「うん。エルギア王国の宰相さんで、レオナード教国の件を依頼してきた人」
「なるほど……せっかくですし、中身を検めてみますか?」
「うん、お願い」
「承知しました」
ゼルは<炎>の魔法で、精緻な封蝋を溶かし、中の手紙を取り出す。
親愛なるシルバー・グロリアス=エル=ブラッドフォールンハート殿へ
突然のご連絡、失礼いたします。
先般、レオナード教国の折は御助力いただき、ありがとうございました。改めてここに感謝の意を申し上げます。
さて此度、我がエルギア王国では武闘会が開かれます。これは三百年と続く、聖女学院の伝統行事。是非ここにシルバー殿をご招待したく存じます。
またその後、王城にてささやかな会食でもと思っているのですが、ご都合のほどはいかがでしょうか。三日後、ゼル殿のお住まいへ連絡役を遣わせますので、ご返事を頂戴できれば幸いです。
今後とも変わらぬご交誼を賜りますよう、お願い申し上げます。
エルギア王国宰相ニルヴァ・シュタインドルフ
「どうやら『武闘会』とやらのお誘いのようですね」
「それ、今度私が出るやつかも」
「聖女様が……?」
「うん、聖女学院のイベントの一つでね。あんまり乗り気じゃないんだけど、サルコさんにどうしてもって頼まれちゃってさ……」
困り半分、嬉しさ半分。
ルナはちょっぴり複雑な表情で苦笑する。
「ふふっ、いい御学友をお持ちのようですね」
ゼルは好々爺のように優しく微笑み、封筒の中に手紙をしまった。
「では、この件はお断りしておきましょう。聖女様が武闘会に出場なされるのであれば、シルバーとして出向くわけにはいきませんからね」
そのとき、ルナの脳裏に電撃が走る。
「……あっ、いいこと思い付いた!」
「いいこと?」
「ねぇゼル、こういうのはどうかな……?」
「――なるほど、確かにこれならば、イケるかもしれません」
「でしょ!」
ルナの思い付いた案は、彼女にしては珍しく、とてもまともなものだった。
「しかし、聖女様……大丈夫なのでしょうか?」
「何が?」
「ニルヴァ殿の手紙には、『王城にて会食』という文言がございます。おそらくその場には――」
「――大丈夫! 偉い人とのごはんぐらい、へっちゃらだよ! なんと言っても私は、聖王国の参謀だからね!」
ルナは自信満々に胸を張り、
「……!」
ゼルはその力強い言葉に心を打たれた。
(さすがは聖女様……私が知らぬ間に頼もしく成長なされた……っ)
思い起こされるのは、ルナが『虫メガネ』を展開し、ナターシャを討ち取った場面。
手加減を知らぬ昔の彼女であれば、あの時点で全てが終わっていた。
聖女の魔法は戦略兵器。
太陽を凝縮したあの一撃は、敵味方の別なく全てを焼き払い、ゴドバ武道国とカソルラ魔道国は共に消滅――両軍の兵たちは跡形もなく消し飛ばされる、はずだった。
しかし、現実はそうならなかった。
ルナは三百年前から大きく成長し、手加減できるようになっていたのだ。
そして今、主人はさらなる飛躍を遂げようとしている。
腹心である自分が、どうしてそれを止めることができようか。
(……まったく、歳は取りたくないものだな。涙腺が緩くなっておる……)
主人にバレぬよう、こっそりと翼で涙を拭い、力強くコクリと頷く。
「このゼル、会食が上手く進みますよう、心より応援いたします!」
「うん、任せといて!」
こうして何も理解していない聖女様は、無駄に大きな自信を抱えたまま、死地へ飛び込むことになるのだった。
■
それから一週間が経過し、ついに武闘会当日を迎えた。
「うわぁ、凄い人……っ」
ルナは大きく目を見開き、グルリと周囲を見回す。
時刻は午前八時三十分。
平日の朝にもかかわらず、特別競技場の観客席は満員御礼。
大勢の王国民たちが人類の希望を、『聖女の卵』を一目見んと駆け付けていた。
「ふっふっふっ、ついにこの日がやって参りましたわ!」
いつも通り自信満々なサルコは、不敵な笑みを浮かべ、
「まっ怪我しないよう、ほどほどに頑張ってねー」
メンバーから外れたローは、軽い調子で応援を送り、
「この観客の数、さすがにちょっと緊張しますね……っ」
ウェンディは胸に手を添え、長く浅い息を吐く。
いつもの仲良し四人組に加えて、ここにはもう二人、聖騎士学院の生徒がいた。
「ふん、この国には暇人が多いな」
レイオスは観客たちに毒を吐き、
「うぉっ、最前列におる茶髪の子、あかん……ちょっと可愛過ぎるでアレ!? あぁ、その後ろには黒髪ロングのスーパービューティ!? もぅ……ほんまたまらんわ!」
カースは観客席の女性たちに釘付けとなっていた。
今より時を遡ること五日前――。
レイオスが変態の二つ名を手にした後、サルコはレイトン家の調査チームを派遣し、彼の身辺を徹底的に洗った。
その結果、レイオスが色恋に無関心であること、恐ろしく身持ちが固いこと、超ド天然であることが発覚。
調査チームからあがってきた情報を総合的に判断し、先の行動は不埒なモノじゃないと結論付けた。
「一応、『白』のようですけれど……悩ましいですわね」
サルコは難しい表情で考え込む。
(レイオスは聖騎士学院で三本指に入る実力者。しかし、彼をパーティに入れれば、ルナの心を傷付けてしまう……。やはりここは、別の生徒に声を掛けましょう)
サルコは友達思いな少女。
それをよく知るルナは、慌ててすぐに声をあげる。
「さ、サルコさん! 私のことはどうか気にせず、あなたが一番強いと思うパーティを作ってください!(マズい。レイオスさんがパーティに入らなかったら、せっかく立てた計画が台無しになっちゃう……っ)」
「ルナ、本当にあなたという人は……ッ」
サルコは何やら深く感動した様子で、ルナの手をギュッと握り締めた。
「……わかりましたわ。明日もう一度、お誘いしてみようと思います」
そのような経緯を経て、二度目の勧誘を実施。
レイオスは『ルナを監視するにはちょうどいい』と考え、これを快諾した。
武闘会に臨む聖女パーティは、ルナ・サルコ・ウェンディ・レイオスと固まり、残すところは聖騎士枠の一人のみとなる。
しかし、ここから先が大変だった。
レイオスは非常に愛想が悪く、聖騎士学院でも浮いた存在であるため――端的に言って嫌われているため、わざわざ彼とパーティを組みたがる者はいない。
手当たり次第に勧誘してみたものの、取り付く島もなく断られてしまい……残すはカース、ただ一人。
サルコは「……やむを得ませんわね」と断腸の思いで決断し、この歪なパーティが出来上がったのだ。
そして現在――集合場所である中央の石舞台へ移動したルナたちは、既定の時間を迎えるまで静かに待機する。
(とにもかくにも、今はルナだ! この武闘会の場で、こいつの正体を見極める!)
(レイオスさん、もはや確信に近いレベルで、私のことを疑っている……。早いところ、計画を実行に移さなきゃ……っ)
既に仕込みを終えたルナは、絶対にボロを出さぬよう、静かに『そのとき』を待ち続けた。
およそ五分が経過し、時計の針が午前九時を示す頃――特別観覧席に座したバダムが、ゆっくりと立ち上がる。
「――え゛ー、おほん。私は聖女学院の学院長バダム・ローゼンハイム、皆様、此度は我が聖女学院へよくお越しくださいました。さて、本日は記念すべき、第300回目となる武闘会。開式の辞に代わり、簡単にルール説明をいたします」
バダムは挨拶も手短に、ルール説明を始める。
「武闘会は五人組の聖女パーティが、トーナメント形式で覇を競うイベント。聖女パーティは先鋒・次鋒・中堅・副将・大将に分かれて戦い、先に三勝した者たちが次のラウンドへコマを進めていく」
彼は一息を置き、続きを語る。
「武器の持ち込みは禁止。武闘会運営委員が、予め刃を鋳つぶしたものを用意しているので、必ずそちらを使用すること。また当然ながら、相手を死に至らしめるような攻撃は禁止。その他、聖女として不適切な行いの一切を禁ずる。その他の細則については、武闘会憲章に記されている通りじゃ」
大枠を語り終えたバダムは、観客席全体に目を向ける。
「さて、年寄りの長い話は終わりにして、そろそろ始めるとしよう。それではこれより、第300回目となる武闘会を――ここに開幕する!」
バダムの宣言と同時、まるで地鳴りのような大歓声があがる。
特別競技場が大熱狂に包まれる中、外壁にトーナメント表が張り出された。
「一・二・三・四・五・六……うわぁ、三十二組も参加するんだ」
「なんか……パーティに名前が付いてない?」
ルナとローが言う通り、トーナメント表には三十六組の聖女パーティがあり、それぞれに名称が付されていた。
「でも私達、パーティ名なんて決めていなかったような……?」
ウェンディが不思議そうに呟くと、サルコが「ふっふっふっ」と不気味に笑う。
「万事、問題ございません! この私が至高のパーティ名を付けておりますわ!」
彼女が指さした先には、『聖女サルコと愉快な仲間たち』という、とんでもない名前があった。
「う、わぁ……」
ルナは思わず言葉を失い、
「センスねー……」
ローは率直な感想を零し、
「さすがにちょっと恥ずかしいです……」
ウェンディは静かに顔を伏せ、
「……正気か?」
レイオスは怪訝な面持ちを浮かべ、
「サルコちゃん、さすがにアレはないわ……」
カースはフルフルと首を横へ振る。
なんとも言えない空気が漂う中、中央の石舞台に審判役の女生徒があがる。
「さぁそれでは、記念すべき第一戦! 『聖霊の盾』VS『ホーリーグレイル』の戦いを始めます! みなさん、盛り上がって行きましょう!」
■
表舞台で華やかな戦いが繰り広げられる中、教師専用の特別観覧席では……。
「――リリシア・ディーゼルハイト:魔力量D-/魔法技能C/膂力B+/体力C-/聖女適性C+」
「――ネール・レオーネ:魔力量B/魔法技能C+/膂力D/体力E+/聖女適性C」
「――レベッカ・トライハード:魔力量C/魔法技能C+/膂力D/体力D/聖女適性D+」
聖女学院の教師陣が、生徒たちの戦いぶりを具に観察し、それぞれに評価を付けていた。
この武闘会は、聖女の転生体を見つけ出すイベントの一つ。
華やかな表舞台の裏では、厳格な採点が行われているのだ。
そんな中――特別観覧席に座したバダムが、感心したように喉を唸らせる。
「うぅむ、今年の一年生はまっことレベルが高いのぅ……。さすがは聖女様が転生なされるという三百年目の世代じゃ」
その呟きに応じたのは、一年C組の担当教師かつ学年主任のジュラールだ。
「えぇ、特に次のパーティは――『聖女サルコと愉快な仲間たち』は殊更に粒揃いかと」
「むっ、どれどれ……」
バダムは手元のマル秘ファイルをめくり、パーティの構成メンバーに目を通す。
「なるほど、サール・コ・レイトンとウェンディ・トライアードか。確かにこの二人は、極めて優秀な生徒じゃな」
「はい。そして何より――ルナ・スペディオ。私は彼女に特段の注目を置いております」
「ルナ・スペディオ……聖女適性試験で特別合格になった生徒の一人じゃったな。……はて、あの子は支援科ではなかったかのぅ?」
「仰る通りです。しかし彼女は、普通の支援科とは一味違う。率直に言って、聖女科への繰り上げを検討すべき逸材かと」
「ほぅ……面白い。辛口のお主がそこまで言うか」
バダムは平時より前のめりになって観戦に臨み、他の教師陣もいっそう鋭く目を光らせるのだった。
■
時計の針が十二時を回る頃、午前の部最後の試合が――『聖女サルコと愉快な仲間たち』の出番が回ってきた。
「それではこれより、『聖女サルコと愉快な仲間たち』VS『聖十字騎士団』の試合を行います! まずは先鋒戦カース・メレフ対バザック・ドーミー! 両者、舞台へお上がりください!」
審判のアナウンスを受けたカースは、
「さぁて、ついにボクの出番やな!」
大袈裟に肩を回し、舞台へ続く階段を登る。
「カースさん、死なないでください!」
「カース、骨は拾ってあげるからねー」
「カース、どうせ負けるのですから、『巻き』でお願いしますわー!」
「カースさん、どうか無理せず、早めの降参を……!」
「カス、時間の無駄だから、変に粘らなくていいぞ」
パーティメンバーから寄せられる心無い声援、
「……みんな、ボクへの評価低すぎひん……?」
カースは割と真剣に泣きそうになっていた。
心に深い傷を負った彼が、しょんぼりと舞台へあがると、先鋒戦の相手バザック・ドーミーがニヤリと笑う。
「よっ、カース。お前にゃ悪いが、サクッと勝たせてもらうぜ!」
バザックはカースと同じ、聖騎士学院一年A組の生徒。
カースの実力をよく知るバザックは、戦う前から既に勝った気分でいた。
そしてこの場に集う観衆もまた、同じような考えのようだ。
「よー、あのカースって男、なんでも聖騎士学院で『最弱の騎士』らしいぞ?」
「ははっ、それなのに武闘会に出るなんて、中々に面白ぇ奴じゃねぇか! もしかして、笑いでも取りに来たのか?」
「実力差のあり過ぎる試合って、マジでつまんねーんだよな……。さっさと終わらせて、早く次の戦いを見せてくれよ」
パーティメンバー・クラスメイト・満員の大観衆、この場にいる全ての人が、カースの敗北を確信していた。
前座of前座。
圧倒的なアウェー。
凄まじい逆風に晒される中、カースは不敵に嗤う。
「く、くくっ……はははははは……!」
「お、おい……どうした、大丈夫か……?」
優しく声を掛けるバザックを他所に、カースはゆっくりと前髪を掻き上げる。
「だーれも、わかっとらへん。原初の法則――『世界の真理』っちゅーもんを、誰も理解しとらへん」
彼の纏う空気が、明らかに変わった。
「なぁ、知っとるか? 糸目の方言キャラは……本気出したら強いて、相場が決まっとるんやで?」
カースはゆっくりと剣を引き抜き、鮮やかな紫紺の両目をカッと見開く。
「こ、こいつ……まさかっ!?」
十秒後、
「――勝者バザック・ドーミー!」
石舞台の上には、顔をパンパンに腫らせたカースが倒れ伏していた。
【※とても大切なおしらせ】
この下にあるポイント評価から、1人10ポイントまで応援することができます。10ポイントは、冗談抜きで本当に大きいです……!
どうかお願いします。
ほんの少しでも
「カース、やっぱり弱い……(笑)」
「聖女様の計画とはいったい!?」
「一人で会食って……ゼルを連れて行かなくて、本当に大丈夫!?」
「面白いかも! 続きを読みたい!」
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