第一話:激震
その日、世界に激震が走った。
「――号外! 号外だよぉッ!」
ゴドバ武道国とカソルラ魔道国の戦争。
所詮それは小国同士の争いであり、世間の耳目を集めるものではない。
「お、おいおい、マジかよ……!?」
武道国と魔道国、どちらが勝とうとも、アルバス帝国が漁夫の利を得るだけ。
とどのつまりは既定路線。
敷かれたレールを走る、トロッコのようなもの。
しかし、
「……嘘、だろ……?」
世間のそんな冷めた目は、聖女陣営の介入により一変する。
『緊急速報:聖王国が武道国と魔道国を接収! このまま大国へ名乗りをあげるか!?』
仲裁に入ったシルバーが、その圧倒的なカリスマで戦を治め、両国を支配下に置いたのだ。
聖王国はこれにより、莫大な力を手にした。
武道国の肥沃な土壌・鉱山資源・伝統武術。
魔道国の豊富な魔石・魔石研究・魔道具の権利。
両国の人口・経済・領土、その全てを掌握したのだ。
「あの女狐め……っ。しくじるだけならばともかく、厄介なことをしてくれたな……ッ」
史上最高と称される名君は憤怒を燃やし、
「は、はは、ははははッ! やはりあの男はモノが違う! 単なる『同盟』に飽き足らず、『支配』してしまうとは……それも二か国同時に! やはり私の直感は正しかった! もはや疑う余地はない、次代の覇者となるのは――聖王国だ!」
世界を股に掛ける巨大財閥の総帥は、シルバーの辣腕っぷりに心酔する。
これまでの勢力図を塗り替える大事変を受け、王族・貴族・豪族といった現代の顔役たちは、蜂の巣を突いたように騒がしくなった。
「『陰の英雄』シルバー・グロリアス=エル=ブラッドフォールンハート……。この男ならば、我が国の混乱を治められるかもしれぬな……」
「今すぐシルバー殿へ文を送れ! なんとしても、聖女陣営と縁故を結ぶのだ!」
「聖王国は『鉄板』だ! すぐに商取引の許可をもらいに行きな! 特大の青い海、絶対に逃すんじゃないよッ!」
そうして世界中を震撼させた聖女様は――今日も今日とて、幻想悪役令嬢ムーブに耽っていた。
しかもどうやら今回は、いつもより手が込んでいるようだ。
薄明かりの灯る部屋の中。
神妙な面持ちで佇むルナは、喉を「んんっ」とチューニングし、如何にも三下っぽいダミ声を作り上げ、『悪役令嬢に嵌められた敵役A』を演じる。
「き、貴様……いったい何手先まで読んでいやがる!?」
その後、トテテテテッとベッドの上に跳び乗り、予め用意しておいた黒いローブを羽織って、邪悪な瞳と冷たい微笑みを浮かべた。
「――もちろん、全てよ」
そうして『悪役令嬢的小芝居』を完遂した彼女は、ベッドにバタンと倒れ込む。
「んーふふっ、ふふふっ、ふふふふふふぅー……ッ(最近の流行りは、『知略系の悪役令嬢』かぁ……。うん、これもいい! クールビューティな私には、こっちの路線が合ってるかも……!)」
枕にギューッと顔を埋め、はしたなくパタパタと足を振り、心地よい妄想に浸る。
しかし次の瞬間、
「――ルナ様、お気は確かですか?」
キンキンに冷えたローの声が、頭の上から降って来た。
「うっひゃぁ!?」
ルナは蛙のように跳び上がり、シュババッと戦闘態勢を取る。
「ロー……ノック、した?」
「はい。しかし、いつものように返事がないうえ、不気味な鳴き声が聞こえて来たので、勝手ながら入らせていただきました」
「そ、そう……なら、仕方ないね」
今日は休校日、先般実施された神国聖女学院との合宿、その疲労をケアする五連休の最終日だ。
聖女学院の生徒たちがリラックス休暇を満喫する中、ルナはゴドバ武道国とカソルラ魔道国の騒ぎで大忙し。
せめて最後の一日ぐらいは、ゆっくりまったり過ごしたい。
そう考えた彼女は自室に引き籠って、大好きな小説をひたすらに読み耽り――時折、幻想悪役令嬢ムーブを行って、一人悦に浸っていた。
しかし、
(……ルナ様の様子がおかしい。どこか病院へ連れて行った方がいいのかな……)
日に日に悪化していく主人の奇行、侍女の心労は募るばかりだ。
「ルナ様、本当に大丈夫なのですか?」
「えっ、何が?」
「その奇妙な小説を読み始めてから、ずっと様子がおかしいように思います。ですから、その……頭、大丈夫ですか?」
「むっ」
ローの直球を受けて、ルナは不機嫌そうに口を曲げる。
頭の心配をされたから――ではない。
自分の大好きな小説を『奇妙な本』呼ばわりされたことが、彼女の癇に障ったのだ。
「この本は――『悪役令嬢アルシェ』は、とっても面白いんだよ! 実際に三百年前から……ゴホン、昔から凄っっっく大人気で、何度読み返しても心に沁みる、不朽の名作なの!」
「はぁ……そうですか」
心ここに在らず、お手本のような生返事だ。
「まったく信じてないでしょ!? とにかく……はいこれ! ローも一度読んでみて! 絶対にハマるから!」
ルナは半ば無理矢理に第一巻を渡し、ローは途轍もなく面倒臭そうな顔で受け取った。
「ふぅ……わかりました。また気が向いたら、読んでみることにします」
彼女は呆れたように呟き、「おやすみなさい」と退出する。
「まったく、これだから素人は……ふわぁ……」
ルナの口から、自然と欠伸が零れた。
チラリと時計を見れば、既に深夜零時を回っている。
「もうこんな時間か……」
ササッと寝支度を整え、ベッドに入る。
「タマー、おいでー、一緒に寝よー?」
「わふっ!」
部屋の隅で歯磨き用のおもちゃを噛んでいたタマは、大好きな主の声に反応し、勢いよくベッドに跳び乗った。
「はっはっはっ……!」
「あはは、もぅ、くすぐったいよ……っ」
ルナの顔をペロペロと舐めたタマは、掛け布団の中でクルリと丸くなる。
「ふふっ、タマはあったかいねぇ……」
「わふぅ……」
優しく喉元を撫でてあげると、タマはとろけそうな声をあげ、そのままスヤスヤと眠りについた。
もふもふの毛並みに顔を埋めながら、ぼんやりと明日のことを考える。
「学校に行くの、なんだか久しぶりだなぁ。サルコさんとウェンディさん、元気にしてるかな……?」
大切な友達のことを思い浮かべながら、深い微睡の中に沈んで行った。
翌朝。
時刻は七時、ルナの部屋にノックの音が響き、扉がガチャリと開かれる。
「ルナ様、おはようございます」
「ふわぁ……おはようロー……って、あれ?」
「いかがなされましたか?」
「目元、クマができてるよ」
「……少し寝つきが悪かっただけです」
珍しく歯切れの悪い彼女は、キョロキョロと室内を見回す。
「どうかした?」
「いえ、あの……続きを、ちょっと……」
「『続き』?」
「……小説の続き、第二巻はどちらに……?」
ローは髪を指でいじりながら、どこか気恥ずかしそうに問いを投げ、
「……!」
こういうときだけ無駄に察しのいいルナは、嬉しそうにアホ毛をピンと立たせた。
「ねぇ、読んだんでしょ?」
「えぇ、御命令でしたので……」
「面白い? 面白かった? 面白かったよねぇ? ねぇねぇねぇ?」
「……くっ」
調子に乗った聖女様のウザさたるや、それはもう筆舌に尽くし難いものがある。
『面白い?』の三段活用攻撃を受けたローは、ちょっぴり悔しそうにプイとそっぽを向く。
「ま、まぁ……それなりに興味深いストーリーではありました。主人とのコミュニケーションを円滑に図るという目的では、一読の価値があると言ってもいいかもしれません」
この主人にして、この従者あり。
二人とも、素直じゃなかった。
「まったくもう、しょうがないなぁ……」
ルナは「やれやれ」といった風に肩を竦めると、本棚から悪役令嬢アルシェの第二巻を取り出す。
「はい、どうぞ」
「あ、ありがとうございます!」
ローは子どものようにキラキラと目を輝かせ、主人より借り受けた続刊を大事そうに抱える。
この様子だと、今晩にでも読み始めるだろう。
その後、朝支度を済ませた二人は聖女学院へ向かい、教室の扉をガラガラと開く。
「――あっ、来ましたわね」
「ルナさん、ローさん、おはようございます」
声を掛けてくれたのは、既に登校していたサルコとウェンディだ。
「おはようございます、サルコさん、ウェンディさん」
「おはよーっす」
ルナは礼儀正しく挨拶し、ローは外行きの軽い感じで手を振る。
「そう言えばルナ、お休み中はどこへ行ってらしたの? みんなでお茶会をしようと思って、何度かお誘いにあがったのですが……」
「しばらくの間、お留守にしていましたよね?」
実はこの五連休を利用して、サルコはお茶会を計画。ルナ・ロー・ウェンディを誘うため、それぞれの学生寮へ足を運んでいた。
しかしタイミング悪く、ルナはそのときちょうど外出していたため、仕方なく延期することになったのだ。
「あ、あ゛ー……すみません、実は野暮用がありまして……」
まさか『ちょっと戦争を止めてきた』などと言えるわけもなく、『野暮用』というふわっとした理由で言葉を濁した。
その後、仲良し四人組は、連休中の出来事を語り合う。
ルナはペットのタマが可愛くて、一緒に寝ると落ち着く話。
ローはストレス発散として、ランニングを始めた話。
サルコは新しく見つけた、美味しいケーキ屋さんの話。
ウェンディは最近流行している、知的な悪役令嬢の小説の話。
仲のいい友達同士が集まって、他愛もない雑談で盛り上がる。
どこにでもあるような普通の日常。
しかしルナにとっては――三百年前、灰色の青春を送ってきた彼女にとっては、このありふれた日常が、どうしようもなく楽しかった。
それからしばらくすると、教室の前の扉がガラガラと開き、一年C組の担当教師ジュラール・サーペントが入ってくる。
教壇に立った彼は、ゴホンと咳払いをして、生徒の注目を集めた。
「――おはよう諸君。早速だがこれより、臨時の学年集会が開かれる。まずは大講堂へ移動してほしい」
ジュラールの指示を受け、ルナたちC組の生徒は、そぞろに移動し始める。
「これって……例のアレよね」
「えぇ、タイミング的に間違いないかと」
「うわぁ……どうしよう、ついに来ちゃった……ッ」
周囲の生徒たちは、学年集会の内容にアテがあるらしく、何やら浮足だった様子だ。
(この感じ……。また何か、テストみたいなのが始まるのかな?)
ルナは『聖女適性試験』のことを思い出しながら、人の流れに乗って移動し――大講堂へ到着。
ジュラールの指示のもと、出席番号順に並び、静かに待機すること約三分。
恰幅のいい老爺が、中央の演壇に立つ。
「え゛ー……おっほん。皆の衆、ごきげんよう。聖女学院学院長バダム・ローゼンハイムじゃ。今日ここへ集まってもらったのは他でもない――『武闘会』が迫っておる」
バダムの言葉を受け、周囲がにわかに騒がしくなった。
「やはり来ましたわね……っ」
「うぅ、お腹が痛くなってきたよ……」
「ここまであまり目立てていませんから、なんとかいい成績を残さなくては……ッ」
緊張感が張り詰める中、何も理解していない生徒がここに一人。
「……ぶとうかい……?」
ルナが小首を傾げると、隣のローが素早く耳打ちをする。
「武闘会は聖女学院が執り行う、聖女様の転生体を見つけ出す年中行事の一つです」
「なるほど、この前の適性試験と同じような感じか」
「はい、そのような認識で問題ありません」
二人が密談を交わしている間にも、バダムは話を先へ進める。
「武闘会はこれより一週間後、聖女学院内の特別競技場で、五日間にわたって実施される。まぁ既にみな知っておると思うが、簡単に武闘会のルールを説明しておこう」
彼はそう言って、ゴホンと咳払いをした。
「武闘会は、諸君ら一年生が主役となる武の祭典。聖女科より二人・支援科より一人・聖騎士学院より二人、合計五人からなる『聖女パーティ』を組み、トーナメント形式で覇を競う。これを制した者たちは、当代の聖女候補筆頭と見られ、後日国王陛下の晩餐会へ招待される。これは非常に名誉なことであり、諸君らの御両親も、きっとお慶びになるじゃろうな」
武闘会優勝という栄誉は、生徒のみならず、その家名にも齎される。
当然、親類から寄せられる期待は凄まじく……。プレッシャーに圧し潰され、本番当日に実力発揮を出来ない、というのはよくある話だ。
「そして肝心の聖女パーティについてだが……。今日の放課後、この大講堂で聖女学院と聖騎士学院による懇親会を実施する。そこで有望な聖騎士をスカウトするとよいじゃろう」
一通りの説明を終えたバダムは、「ふぅ」と小さく息を吐く。
「ここまでいろいろと話して来たが、武闘会への参加は強制ではない。おそらく当日は、諸君らの雄姿を一目見んと、多くの国民たちが観戦に訪れる。腕に自信のない者は、無理に出場せんでもよい。ただまぁ……聖女学院の学生は『人類の希望』。国民の期待に応えるべく、我こそが聖女様の転生体たるやという者は、積極的に参加してもらいたい――以上じゃ」
バダムが言葉を切り、学年集会は終了。
生徒たちはそれぞれの教室に戻り、いつものように授業を受ける。
そうして迎えたお昼休み。
ロー・サルコ・ウェンディは、お弁当を持ち寄って、ルナの机に集まった。
「早速ですが、『聖女パーティ』を組みましょう!」
まさに開口一番、意気揚々と宣言したサルコは、野心に満ちた瞳を走らせる。
「まずは支援科枠として――ルナ!」
「えっ、私……?」
小さな口を大きく開けて、玉子焼きを頬張らんとしていた聖女様は、突然の指名にキョトンと目を丸くする。
「ルナの秘めたる実力は、前回の適性試験でバディを組んだこの私が、他の誰よりもよく知っておりますわ! 凶悪な魔獣を振り切る強靭な脚力! 私を背負って走り回る驚異の体力! 死の谷を登り切る異常な腕力! あなたは支援科の最強格! 真っ先にスカウトしようと思っておりましたの!」
彼女は支援科における最強格どころか、世界全土における最強生物なのだが……。
当然、サルコは知る由もない。
「い、いやいや、私なんかなんの役にも立ちませんよ……!?」
「いいえ、過酷な武闘会を勝ち抜くには、ルナの力が必要不可欠です。どうか是非、私のパーティに入ってくださいませんか?」
自室に引き籠ってほとんど外に出ないルナ――とても押しに弱い。
過酷なマウント山を生き延びてきたサルコ――とても押しが強い。
そして何よりこれは、大切な友達からのお願い。
ルナは仕方なく、コクリと頷いた。
「正直、あまり戦力になるとは思いませんが、そこまで言われるのでしたら……(武闘会って具体的に何をするのかよくわかってないけど……多分大丈夫、だよね?)」
「さすがはルナ、ありがとうございます!」
ルナの武闘会参戦が決定すると同時、教室内に小さくないどよめきが起こった。
「くそ、取られたか……っ」
「さすがはレイトン家の跡取り娘、お父上譲りの目利きぶりですわね……ッ」
「次、次を探しますわよ!」
本人はまったく気付いていないのだが……聖女適性試験を経て、ルナの評価は大きく上昇していた。
実際、彼女に声を掛けようと思っていたパーティは、他にもいくつかあったらしく、周囲からは悔しがる声が聞こえてくる。
他の生徒が次のターゲットに狙いを変える中、サルコはさらに戦力増強を推し進めた。
「『聖騎士枠』については、放課後の懇親会で探すとして……。残す聖女科枠は、私を除いて後一人」
視線の先には、ローとウェンディ。
(この二人は、聖女科でもトップクラスの実力者。これは非常に悩ましい問題ですわね……)
サルコが難しい表情で考え込んでいると、ローがひらひらと手を振った。
「あー、私は面倒くさいからパス」
彼女はカルロとトレバスより、ルナの護衛を命じられており、不用意に目立つことを嫌ったのだ。
「まぁ、ローらしいですわね。――ではウェンディ、消去法のような形になって申し訳ないのですが、あなたの力をお貸しいただけますか?」
「はい、私でよろしければ是非」
ウェンディはそう言って、メインヒロイン然とした柔らかい微笑みを浮かべた。
「では、私・ルナ・ウェンディの三人で決まりですわね! 武闘会の開催は一週間後! 目指すは優勝あるのみ! みんな、気合を入れて行きますわよっ!」
「「おー!」」
ルナとウェンディは元気よく拳を突き上げ、
「頑張れー」
ローはいつもの軽いノリで、応援を送るのだった。
■
放課後。
聖女学院と聖騎士学院の生徒が懇親会に出席する中、特別棟の屋上で一人の生徒がたそがれていた。
彼の名はレイオス・ラインハルト、第三聖騎士小隊の隊長であり、代々聖騎士を輩出する名家の長子だ。
「……」
レイオスが目を落としているのは、初代ラインハルトの遺した手記。ラインハルト家に代々引き継がれ、嫡男が十歳となったとき、当主より直々に手渡されるものだ。
彼は静かにページをめくり、三百年前の記録に想いを馳せる。
『聖女様はお日様のような香りがする。彼女はまさしく人類の太陽、彼女が笑えば花が咲き、彼女が泣けば雨が落ちる。長きにわたる歴史において、これほどまでに優れた人はいないだろう』
『……時折、聖女様は信じられないようなミスをなされる。しかし、それもまたご愛敬。人間というのものは、どこか欠陥のある方が好ましい』
『…………聖女様が力加減をお間違えになり、王国北部の大農園が魔族の軍勢と共に消し飛んだ。幸いにも負傷者はいなかったものの、復旧には十年以上と掛かる見込みだ。前述撤回、大き過ぎる欠陥は、直した方が好ましい』
初代ラインハルトは聖女との交流があったらしく、手記の中には、当時のエピソードが散りばめられている。
そしてその中に一つ、とても気になる記述があった。
「……『お日様のような香り』、か……」
レイオスは先日、ワイズ=バーダーホルンという魔族と戦い、辛くも敗れた。
切り札の天恵【限界突破】でも仕留めきれず、絶体絶命の危機を迎えたそのとき――突如として現れたのが、聖女の代行者シルバー・グロリアス=エル=ブラッドフォールンハート。
彼の大きな背に守られたあのとき、確かにお日様のような香りがした。
(それ自体は、別におかしなことではない)
シルバーは聖女の代行者であり、両者は密に連絡を取り合っている。
実際にレオナード教国へ同行した際も、二人が<交信>する場面に出くわした。
あれだけ頻繁に交流しているのだから、同じにおいがしても不思議ではない。
(しかし、俺は以前……これとまったく同じものをどこかで嗅いだことがある……)
聖女様のお日様のような香り。
シルバーのお日様のような香り。
そして……何者かが漂わせる、お日様のような香り。
(いつ、どこで、誰からだ……?)
レイオスはこのところ、ずっとそのことばかり考えていた。
しかし、どれだけ頭を捻っても、思い出すことができない。
「……くそっ……」
頭を乱雑にくしゃくしゃと掻くと、遠巻きに「おーい」と声が掛かった。
チラリとそちらへ目を向ければ、見るからに軽薄そうな茶髪の男が――カース・メレフがいた。
「なんやおらん思たら、やっぱりここかいな。聖女学院との懇親会、もうとっくに始まってんで?」
「……あぁ、今行く」
レイオスは初代の手記を<次元収納>に入れ、カースと共に大講堂へ向かうのだった。
■
聖女学院の大講堂には、既に大勢の一年生が集まっていた。
「あのすみません、うちのパーティに入っていただけませんか?」
「自分、こういっちゃなんすけど、けっこう剣術には自信あるんすよね!」
「魔法が得意な方、大募集中ですー!」
勧誘に精を出す者・実力を売り込む者・希望の人材を求める者、熾烈な引き抜き合戦が行われている。
「ほへぇ、なんやえらい盛り上がっとるなぁ」
カースは感心したように呟き、
「ふん、くだらん」
レイオスは不快げに鼻を鳴らす。
そんな折、とある女生徒が声を掛けてきた。
「あ、あのレイオスくん、もしよかったら私達のパーティに入っていただけませんか……?」
レイオスは聖騎士学院でも指折りの実力者であり、もしもパーティに引き込むことができれば、武闘会の優勝に大きく前進する。
なんとか彼を勧誘できないものか。
そう考える聖女学院の生徒は、決して少なくなかった。
だがしかし、
「……」
パーティに誘われたレイオスは、仏頂面を浮かべたまま、品定めするような鋭い視線を向けるのみ。
「ぇ、えっと、あの……その……失礼しました……っ」
勇気を振り絞って声を掛けた女生徒は、逃げるように走り去っていく。
その後、いくつもの聖女パーティが、レイオスの勧誘に動いたのだが……。
「レイオス様、うちのパーティに――」
「……」
「レイオスくん、どうか力を貸して――」
「……」
「レイオスさん、少し話を――」
「……」
彼の放つ無言の圧にやられ、皆おずおずと引き下がる。
「あ、あれ、おかしぃなぁ……。なんでボク、誰からも声掛からんの……?」
狼狽するカースを他所に、レイオスは深いため息を零す。
(どいつもこいつも情けない。この程度の圧にも耐えられんとは……所詮は聖女モドキ。やはりこの中に聖女様の転生体はおられないな)
そんな中、
「――あら、こんなところにいましたの」
レイオスの圧をモノともしない、鋼の精神を持つ生徒が現れた。
「レイオスあなた、うちのパーティに入らなくて?」
「……サール・コ・レイトンか」
サール・コ・レイトン。
レイトン家が長子にして、聖女候補の筆頭格として知られる、風魔法のエキスパートだ。
「あなたもラインハルト家の嫡子として、武闘会には並々ならぬ思いがあるでしょう? 私の聖女パーティに加入すれば、優勝の栄誉は手中に収めたも同然。お互いに悪い話じゃないのではなくて?」
ラインハルト家は、王国でも指折りの名家。
歴代当主の多くは、若かりし頃に武闘会で優勝し、聖騎士学院を首席で卒業――剣聖の称号を授かった。
そしてレイオスは、ラインハルト家の次期当主。
彼に向けられた周囲の期待は凄まじく、偉大なる祖先の軌跡を辿ることを望まれている。
(サールは喧しいが、それなりに優秀な女だ。パーティを組む相手としては……まぁ悪くない)
レイオスはサルコに対し、一定の評価を与えていた。
「……他のメンバーは?」
「聖女科はこの私とウェンディ、そして支援科からはルナ――最強の三人が集っておりますわ!」
サルコが自信満々にそう言うと、レイオスはその審美眼を光らせる。
(ウェンディ・トライアード、帝国聖女学院から転校してきたエリート。幅広い分野の知識を持ち、その実力は聖騎士顔負けと聞く……)
ウェンディの優秀さは聖女学院を飛び越え、お隣の聖騎士学院にまで届いていた。
(サールとウェンディについては、悪くない……。問題はこいつだ)
目の前でポカンとアホ面を晒す聖女モドキ――ルナ・スペディオ。
かつて自分に大恥を掻かせた、忌まわしき女だ。
(ルナは支援科の中でも、特別無能な生徒だと聞く。ただ……こいつには妙なところがある。いったいどんな手品を使ったのかわからないが、既製品のレイピアを以って、俺の退魔剣ローグレアを叩き斬った。おそらくは……なんらしかの【天恵】を隠し持っている)
レイオスは深く考え込み、これまでの戦力を纏めていく。
サール・コ・レイトン――優秀。
ウェンディ・トライアード――優秀。
ルナ・スペディオ――不明。
「まぁ……可もなく不可もなく、と言ったところか」
レイオスの率直な感想を聞き、
「……はぁ゛?」
サルコの額にピキリと青筋が走る。
自身の考えた『最強の聖女パーティ』に対し、「可もなく不可もなく」という舐めた評価を付けたレイオス。
これが彼女の逆鱗に触れたのだ。
「まぁお前がどうしてもと言うのなら、入ってやらんこともない。ただ、勘違いするなよ? 聖女様が率いるからこその『聖女パーティ』であり、貴様等のそれは『聖女モドキパーティ』だ」
レイオスの歯に衣着せぬ放言を受け、サルコの堪忍袋の緒がぶち切れる。
「黙って聞いていれば、好き放題に言ってくださいますわね……っ」
自慢の金髪ロールが逆巻き立ち、『夜会の女王スイッチ』がオンになる。
それと同時、ルナが慌てて仲裁へ入った。
「ま、まぁまぁ……サルコさん、少し落ち着いて……っ」
すると次の瞬間、清涼感のある優しい香りが、レイオスの鼻腔をくすぐる。
(……こ、これは……!?)
あり得ない。
小さく頭を横へ振り、『とある可能性』を強く否定した。
(しかし、今の香りは……っ)
揺れる思考を鋼の精神で抑えつけ、勢いよくバッと顔をあげる。
「ルナ……!」
「は、はいっ」
突然大声で名前を呼ばれ、目を白黒とさせる聖女様。
そんな彼女の前へ、レイオスはズンズンと歩みを進める。
「そこを動くな」
「えっ……いや、ちょ……~~ッ!?」
レイオスはおもむろにルナの髪を手に取ると、スンスンとにおいを嗅ぎ始めた。
その瞬間、彼の脳裏に電撃が走る。
「……お、お日様のような香りだ……っ」
突如として女生徒の髪を嗅ぎ、雄弁な感想を述べる漢レイオス。
周囲がフリーズする中、彼の脳内では激しいスパークが起こっていた。
(初代が遺した手記、お日様のような香り、聖女様の代行者シルバー……)
点と点が一本の線となり、やがて一つの『結論』に辿り着く。
「ルナ、お前はまさか――」
レイオスが思考の海から戻るとそこには、絶対零度の視線があった。
「へ、変態……っ」
ルナは胸の前で両手を組みながらフルフルと左右に首を振り、
「最っっっ低……」
ローはゴミを見るような瞳で侮蔑の言葉を吐き、
「淑女の髪を嗅ぐとは……笑止千万! そこにお直りなさい!」
サルコは怒髪天を衝く勢いで叱責し、
「レイオスさん、心の底から軽蔑します」
ウェンディは言葉のナイフで滅多刺しにし、
「レイオス、自分それはあかんて……完全にライン越えや」
あのカースにさえ、諭される始末だ。
ハッと我に返り、自分の蛮行を理解したレイオスは、必死に弁解を述べる。
「ち、違う……! 誤解だ! 俺は断じて、変態的な行為に及んだのはない!」
しかし、突如として女子生徒の髪を嗅ぎ、まるでソムリエのように感想を語った。
この揺るぎない事実は、未来永劫変わらない。
今の彼は、どこに出しても恥ずかしくない立派な変態だ。
「「「「「……」」」」」
極寒の視線に晒されたレイオスは、
「ぐっ、この大馬鹿者どもめ……ッ」
苛立ちまじりに毒を吐き、とっておきの札を切る。
「単刀直入に聞くぞ。――ルナ、お前が聖女様じゃないのか!?」
「……え゛っ……!?」
【※とても大切なおしらせ】
この下にあるポイント評価から、1人10ポイントまで応援することができます。10ポイントは、冗談抜きで本当に大きいです……!
どうかお願いします。
ほんの少しでも
「レイオス草。これは完全にライン越え(笑)」
「聖女様、大ピンチ! レイオスは節穴じゃなかったのか!?」
「面白いかも! 続きを読みたい!」
と思われた方は、下の【☆☆☆☆☆】を【★★★★★】にして、応援していただけると嬉しいです!
今後も『定期更新』を続ける『大きな励み』になりますので、どうか何卒よろしくお願いいたします……っ。
↓広告の下あたりに【☆☆☆☆☆】欄があります!
(※『読んだよー』の一言でも感想をいただけると、作者がウキウキと喜びます)