第五話:小旅行
皇帝アドリヌス・オド・アルバスが、聖女の正体はロー・ステインクロウだと睨んだ翌日――一人の少女が、皇帝の執務室に呼び出された。
「――お呼びでしょうか、陛下」
「うむ、よくぞ来てくれたな、『ダイヤ』よ」
ダイヤと呼ばれた彼女は、帝国の秘密諜報員――ウェンディ・トライアード。
つい先日、王国聖女学院に転入してきた、ルナの生涯の宿敵だ。
十年前、幼少のウェンディを見たアドリヌスは、彼女の内に眠る天性の才覚に気付いた。
彼はすぐさまトライアード家と接触、そこでいくつかの契約を結び、ウェンディを帝国の特務機関で預かり――凄腕の諜報員に育て上げた。
ちなみにウェンディは、皇帝に尽くす見返りとして、呪いに伏した母の莫大な治療費を帝国に肩代わりしてもらい、通常ならば予約に数か月掛かる名医を毎週のように派遣してもらっている。
「此度、ようやく聖女の目星がついた。聖女学院一年C組ロー・ステインクロウ――見知った顔だな?」
「はい、同じクラスで席も近いのですが……彼女が聖女だったのですね」
「確たる証拠こそ掴んではおらぬが、周辺状況と俺の勘からして、十中八九間違いないだろう」
「なるほど……」
ウェンディとしても、聖女=ローという図式は、納得のいくものだった。
ロー・ステインクロウは、不思議な空気を纏っている。
どこか超然としているというか、達観しているというか……十五歳とは思えない『風格』のようなものがあったのだ。
(それに何より、陛下の勘はよく当たる)
彼がここまで断言するのだから、きっとローが聖女なのだろう――ウェンディは心からそう思った。
「さて、ここからが本題だ。我が国で一週間後に開かれる『大転生祭』、ここにローを連れ出すことは可能か?」
「申し訳ございません。現在の関係性では、彼女を単独で帝国に招くことは難しいかと。ただ……周囲の学友を巻き込めば、おそらく可能です」
ウェンディの脳裏に浮かぶのは、いかにも巻き込みやすそうな、頭ふわふわの聖女様。
将を射んと欲すればまず馬を射よ。
ローとルナは仲睦まじい関係を築いており、ルナを釣ればローも付いてくるだろうという考えだ。
「うむ、それで構わん。ローを帝国に連れ込めば、必要条件は満たされる」
アドリヌスは満足気に頷き、話を進める。
「大転生祭当日の十五時ちょうど、俺は帝都の中心部で『ちょっとした騒ぎ』を起こす。これを受けたローが、どんな反応・動きを見せるのか、それをよく観察しておけ」
「騒ぎとは?」
「仔細は明かさぬ。人間どうしても、既知の出来事には耐性が――不自然さが生まれてしまう。お前がここで騒ぎの内容を知れば、それはもはやトラブルではなく、ただのイベントに成り下がるからな」
彼は一拍置き、続きを語る。
「敢えて言うまでもないことだが、聖女とシルバーは聡い。ダイヤの反応を見て、そこに何かしらの違和感を覚えれば、二人は目立った行動を取らなくなるだろう。だから、お前はそのままだ。何も知ることなく、自然体のままに祭りを楽しめ」
「承知しました」
「では、改めて指令を出そう。ダイヤ、お前はロー・ステインクロウを大転生祭に招き、その一挙手一投足を具に監視せよ。そしてこやつが聖女であるという確信を持ったならば――構わん、殺せ」
アドリヌスの理想とする世界に、聖女という劇物は不要だった。
「……御言葉ですが、聖女暗殺という大任は、私には荷が勝ち過ぎるかと」
「問題ない。今の聖女は酷く弱っている、代行者の保護を必要とするほどにな。……まぁとはいえ、任務遂行が困難だと判断した場合は、無理をせずに退け。決して『聖女の正体に気付いている』と勘付かれてはならん。――お前の働きに期待しているぞ、ダイヤ?」
「はっ」
皇帝の勅命を受けたウェンディが、執務室から退出しようとしたそのとき――アドリヌスが「思い出した」とばかりに口を開く。
「あぁそう言えば……スペディオ領には、特筆するところのない凡俗がいたな。名は確か、ルナ・スペディオと言ったか? もののついでに見張っておけ」
「お任せください」
こうして我らが聖女様は、もののついでに見張られることになったのだった。
■
スペディオ領に課された地税の問題を解決したルナは、しばらくの間、聖女学院で落ち着いた生活を送る。
転校生のウェンディとは、席が隣同士ということもあって、それなりに仲良くなった。
『悪役令嬢』と『メインヒロイン』、互いの属性は対極に位置するのだが……。
同じ授業を受け、休み時間に雑談を交わし、昼時には一緒にごはんを食べる。
そんな毎日を送る中で、友達と呼べる関係になった。
穏やかで楽しい時は流れ――聖女学院が連休を迎える今日この日、ルナ・ロー・サルコ・ウェンディの四人は、アルバス帝国へ一泊二日の『小旅行』に来ていた。
「おーっ、ここがアルバス帝国!(凄い! 三百年前に来たときよりも、めちゃくちゃ発展してる!)」
ルナは小さな子どものように目を輝かせ、
「へぇ……噂には聞いてたけど、王国よりも全然活気があるねー」
ローは感心した様子で街並みを見回し、
「あら、あんなところに新しい魔道具店が……。また後でチェックしておかなくてはなりませんね」
親が商社を営んでいる関係で、頻繁に帝国へ出入りするサルコは、何やら熱心にメモを取っていた。
「みなさん、うちのお屋敷はこちらです。凄い人混みですから、はぐれないように付いて来てくださいね」
ウェンディは勝手知ったる足取りで、往来の活発な大通りを進んで行く。
今回の小旅行のきっかけは、彼女のお誘いからだった。
【実は私、次の連休に一度、帝国の実家へ帰る予定なんですけれど……。もしよかったらみなさん、うちへお泊りに来ませんか? 帝都ではちょうど大転生祭が開かれる時期なので、きっと楽しいと思いますよ?】
とある日の放課後、ウェンディはそう言って、ルナ・ロー・サルコの三人に声を掛けた。
(友達の家にお泊りして、一緒にお祭り……)
敵からの誘いではあるが……。
お友達とお泊り&お祭りというイベントは、三百年前に『灰色の春』を送ったルナにとって、あまりにも魅力的だった。
「私、ちょっと行きたいかも……!」
「次の連休ねー。うん、ちょうど時間も空いてるっぽいし、私も行こっかな」
主人が参加するとなれば、当然侍女のローも付き従い、
「せっかくの機会ですし、私も参加させていただきますわ!」
友達の少ないサルコもまた、意気揚々と同行を決めた。
そういうわけで現在、ルナ・ロー・サルコ・ウェンディの四人は、みんなで仲良く帝国への小旅行に来ているのだ。
「それにしても、凄い活気だね。なんかみんな、とっても楽しそう」
ルナは大通りを歩きながら、そんな感想を口にし――ウェンディがそれに同意する。
「帝国は高度経済成長の真っただ中、みんなが一斉に豊かになっているので、街全体の雰囲気が凄く明るいんですよ」
実際、アルバス帝国の発展速度には、目を見張るものがあった。
エルギア王国とアルバス帝国は、同程度の人口・国土面積・経済規模を持ち、互いに切磋琢磨しながら成長を競い合っていたのだが……。
十年前、第三十三代皇帝アドリヌス・オド・アルバスが即位してから、両者の関係は激変した。
帝国はアドリヌス主導のもと、魔石を用いた魔道具の大量生産・獣人という優れた労働力の活用・明朗な人事評価制度の導入といった抜本的な構造改革により、めざましい発展を遂げる。
一方の王国は、旧態依然とした身分制度と上流貴族による既得権益の独占により、自由な発展が阻害されたまま……。
結果として、両国の間には途轍もなく大きな経済格差が生まれてしまった。
「しっかし、王国と違って『獣人』がいっぱいだねー」
「言われてみれば……確かにたくさんいらっしゃいますわね」
ローとサルコの言う通り、狼・熊・兎、街のいたるところに獣の特徴を持った人間が見受けられた。
獣人とは、人と獣の血が混ざった種族。
人間と野獣、両方の特性を持っており、身体能力・保有魔力・寿命――全てが人間を大きく上回る。
その出自と異形さゆえ、『不浄の者』と蔑まれ、世界中で差別を受けているのだが……。
アルバス帝国においては、世界の常識など一切通用しない。
「帝国社会は徹底した『実力主義』、人と獣人を区別することなく、個人の能力のみが評価の対象になります。そのため優秀な獣人のみなさんが、世界中からここへ集まってくるんです。きっと住みやすいんでしょうね」
ウェンディはそう言って、帝国の内情を説明した。
アルバス帝国においては、皇帝こそが法であり、唯一絶対の秩序。
アドリヌスが獣人を良しと言えば、それが国の方針であり、逆らった者は容赦なく処刑される。
「獣人差別のない社会……帝国はとてもいいところだね!(ゼルがこの景色を見たら、きっと喜ぶだろうなぁ……)」
ルナは聖女パーティにいた、とある獣人剣士のことを思い出し、
「まぁ……良くも悪くも『実力主義』が行き過ぎた社会なので、たまにちょっと息苦しさを感じちゃいますけどね」
ウェンディはポリポリと頬を掻き、苦笑いを浮かべた。
そんな話をしているうちに目的地へ到着。
「――っと、着きました。ここがうちのお屋敷です」
ウェンディの実家は、帝都の一等地に構える、巨大なお屋敷だった。
「うわすっご、めっちゃデカいじゃん!」
「あら、これはまた風情のあるいいお屋敷ですわね」
ローとサルコが絶賛する中――ルナは小刻みにプルプルと震えていた。
「も、もしかして……っ。ウェンディさんの家って、凄い貴族だったりしますか……?」
「えーっと、自分ではなんとも言い難いのですが……。一応、侯爵の地位をいただいております」
「侯しゃっ!? へ、へぇー……そう、なんだ……。侯爵かぁ……侯爵、か……」
ルナは必死に平静を装っているが、どこからどう見ても普通じゃない。
(くそぅ、いいなぁ侯爵……っ。羨ましぃ……ッ)
彼女は悔しさに奥歯を噛み締めた。
ルナのスペディオ家は辺境の伯爵、ウェンディのトライアード家は中央の侯爵、両者の差は単純な爵位以上に大きい。
それに何より、『侯爵令嬢』という点が非常に小憎らしかった。
敢えての侯爵、『公』爵ではなく『侯』爵――上から二番目という『成り上がりの余地』を残した最高のポジション。
ちょうどいい、文字通り、全てがちょうどいい。
ウェンディはまさに完璧なメインヒロインだった。
(でも……私は負けない! 考え方を変えれば、この小旅行は『千載一遇の大チャンス』! ここでウェンディの駄目なところをいっぱい見つけて、彼女のメインヒロインレベルを落とせば……最終的に私が勝つ……!)
自分の悪役令嬢レベルを高めて勝つのではなく、敵のメインヒロインレベルを下げて勝つ。
それはもはや悪役令嬢でもなんでもなく、『卑怯なモブ敵A』の戦法なのだが……。
錯乱状態にある聖女様は、気付いていないようだ。
(ふっふっふっ、覚悟はいいですか? 我が宿敵ウェンディ・トライアードよ! これより先、私はチクチクとあなたの弱点を突き、その『メインヒロイン』というメッキを剥ぎ取ってくれましょう!)
聖女からモブ敵Aにまで身を落としたルナは、邪悪な笑みを浮かべながら、トライアード家の屋敷にお邪魔する。
大きな扉を開けて、エントランスホールに入ったその瞬間、
「「「――お帰りなさいませ、ウェンディ様」」」
待機していた使用人たちが、一糸乱れぬ動きで頭を下げた。
「うん、ただいま」
優しく丁寧にそう返したウェンディは、
「みんな、こっちだよ、付いてきて」
正面階段を上って二階に移動し、長い廊下を真っ直ぐ進み――とある部屋の前で足を止める。
「あの、さ……ちょっとだけ、時間をもらってもいいかな?」
何故か深刻な表情を浮かべた彼女は、申し訳なさそうにそう言った。
「はい、いいですよ」
「別に構わないよー」
「どうかお気になさらず」
「……みんな、ありがとう……」
感謝の言葉を述べたウェンディは、目の前の扉をコンコンコンとノックし、ガチャリと開けた。
「――お母さん、お友達が来てくれたよ」
彼女の視界の先には、大仰なベッドがあり、その上にはウェンディの母親――テーラー・トライアードが仰向けに寝かされている。
テーラーの顔には紫色の痣が広がり、瞳は薄灰にくすみ、ただただボゥっと虚空を見つめていた。
「こ、これは……っ」
「……呪い、だね。それもかなり強力なやつ」
「いったい何があったんですの……?」
ルナ・ロー・サルコが驚愕に瞳を揺らす中、ウェンディは訥々と語り始める。
「昔、二人でピクニックに行ったとき、凶暴な魔獣に襲われてね。母はまだ小さかった私を庇って……こうなってしまったの。最初の頃は歩けたり話せたりしたんだけど、それからどんどん悪化する一方で、最近はもうずっと意識がない状態が続いているんだ」
十年前――ウェンディとテーラーは、帝都近くの草原にピクニックへ行き、そこで『正体不明の謎の魔獣』に襲われた。
【お、お母さん……っ】
【ウェンディ、あなただけでも逃げなさい!】
【で、でも……】
【いいから、早く行きなさい……!】
【……ッ】
これまで聞いたことのない母の怒鳴り声を聞き――ウェンディは逃げた。
母を置いたまま、逃げ出した。
もちろん、この判断は正しい。
当時まだ五歳の彼女に、魔獣を倒す力はない。
それからほどなくして、皇帝直属の近衛兵が現着し、速やかに魔獣を討伐。
しかしこのとき既に、テーラーは生きているのが不思議なほどの重傷を負っていた。
帝国病院での懸命な治療の甲斐もあり、なんとか一命は取り留めたものの、邪悪な呪いを受けてしまい……現在に至る。
ウェンディはこの事件がトラウマになり、今でもよく夢に見ては飛び起きる。
彼女が取った行動は、間違いなく正しいものだった。
しかしそれでも――ウェンディはあのときの判断を、母を置いて逃げたことを悔い、自分を責め続けている。
「調子がいいときは、少し反応を返してくれることもあるんだけど……今日はあまり優れない日みたい。――ごめん、ちょっと重たい話だったよね。私の友達を見たら、お母さんが少しでも喜んでくれるかなって思って……せっかくの楽しいお祭りなのに、暗い空気にしちゃってごめんなさい」
ウェンディは悲しそうな顔で、深く頭を下げた。
「ちょっ、そんなの謝んなくていいってば……!」
「えぇ、あなたが謝る必要など、どこにもありませんわ」
ローとサルコが優しい言葉を掛ける中――。
「……ひぐ、うぇぐ……っ(……いい子、ウェンディさん、敵ながらめちゃくちゃいい子だ……ッ)」
ルナはポロポロと涙を零しながら、メインヒロインの境遇に心を痛ませた。
(……駄目だ、勝てない……)
主人公の境遇に気持ちを重ねてしまった。
彼女のことを可哀想だと、力になってあげたいと思ってしまった。
ルナは没入感という名の『敗北』を噛み締める。
(……私は……ミジンコだ……っ)
ほんの数分前、ウェンディを貶めて精神勝利を飾ってやろうと思っていた自分が、どうしようもなく浅はかで惨めな存在に思えた。
重たい空気が流れる中――サルコが「あっ」と声を漏らす。
「私、いいことを思い付きましたわ! ルナにお願いして、ポーションを作ってもらうのはどうでしょう!」
「ルナさんにポーションを……?」
ウェンディはポツリと呟き、不思議そうに小首を傾げた。
「えぇ、この子はポーション作りの天才! あの至高の逸品を飲めば、魔獣の呪いなんか、一瞬で消え去ってしまいますわ!」
サルコの提案に対して、周囲は懐疑的な反応を見せる。
「確かに一部の高位ポーションは、呪いを無効化するって聞くけどさ……」
「ルナさんのポーションって、そんなに凄いんですか……?」
ローとウェンディの問いに対し、サルコが胸を張って答える。
「ルナのポーション作りの腕前は、間違いなく『超一流』ですわ! このレイトン家が長子、サール・コ・レイトンが保証いたします!」
「へぇ……あのサルコがここまで言うなんて、よっぽど凄いんだろうね」
「超一流……(陛下からいただいた調査書には、そんなこと書かれてなかった。でも、レイトン家はあの当主からして、『不思議な力』を持っている。もしかしたら、もしかするかも……)」
サルコは畳み掛けるようにして、ルナの実力を喧伝する。
「それに、ルナの腕を保証するのは、何も私だけじゃありませんわよ? 王国聖女学院の薬学担当教師であるジュラール先生も、彼女に最高ランクの『S評価』を与えておりますわ!」
その言葉を受け、ウェンディは目を見開く。
「じゅ、ジュラールってうちの担任の……薬学界の権威ジュラール・サーペント!?」
「えぇ、あの超強面教師ですわ!」
ウェンディは今度こそ真剣に考え込む。
(レイトン家の跡取り娘が太鼓判を押し、薬学会の権威がS評価を与えたポーション作りの腕……)
字面だけを見れば、ルナの実力は超一流――いつでもどこでも薬屋を開けるレベルだ。
「ウェンディ、このお屋敷にポーションの材料はございますか?」
「えっと……中位ポーションの素材なら、まだ余っていたと思いますけど……」
「十分。今すぐここへ持ってきてくださいまし、先生の腕が光りますわよ!」
「う、うん……!」
ウェンディはコクリと頷き、小走りで部屋を後にした。
当の本人を置き去りにしたままで、とんとん拍子に話は進んで行く。
(……よくよく考えれば、これは『ナイスアシスト』かも……)
友達のお母さんに掛けられた呪い、ルナとてこれは治してあげたい。
しかしここで「はいはい! 自分、治せます!」と手をあげるのは、いくらなんでも怪し過ぎる。
そういう意味では、サルコの後押しは非常にありがたかった。
(それにこれは、今度こそ間違いなく『千載一遇の大チャンス』!)
名誉挽回、汚名返上。
浅ましく惨めな自分と決別するためにも、生涯の宿敵にいいところを見せるためにも、ここは一つ『最高のエリクサー』を作らなければ!
ルナの心は熱く燃えていた。
およそ三分後、ウェンディが部屋に戻って来た。
彼女が持参したバスケットには、薬草・純水・試験管――ポーション作りに必要な材料が揃っている。
「ルナさん、持ってきました」
「ありがとうございます」
ルナは軽く浅く息を吐き、試験管をグッと握る。
「それでは始めますね」
彼女は軽く腕まくりをして、ポーション作りを開始した。
まずは試験管に純水を注ぎ、そこへ薬草を入れる。
二・三回クルクルと回し、薬効成分を染み出させた後は、自身の魔力をいつもより多めにギュッと込め――完成だ。
「よし、できた!」
「「「……えっ?」」」
周囲から零れたのは困惑の声。
「さ、さすがはルナですわ! 中位ポーションを一分以内に作りあげるだなんて……なんという神業でしょう!」
サルコは惜しみない賛辞を送り、
「いや……中位ポーションの生成って、普通もっと時間が掛かると思うんだけど……?」
ローは不思議そうに小首を傾げ、
「それ……本当に大丈夫なの?」
ウェンディは、とても不安そうな表情を浮かべている。
(し、しまった……っ)
ルナはポーション作りがどれほど難しく、長い時間の掛かるものなのか、これっぽっちも理解していなかった。
しかし、それも無理のない話だろう。
彼女からしてみれば、ポーションに下位も中位も高位もない。
そこらの水に自分の魔力を混ぜるだけで、全てエリクサーになってしまうのだ。
「あ、あはは……! 私のポーションは『早い安い美味い』が特徴なんですよ……!」
ルナは笑って誤魔化しつつ、
「それよりもウェンディさん、ポーションは鮮度が命ですから、早くこれをお母さんに飲ませてあげてください!」
ウェンディにエリクサーを手渡して、強引に話を進めた。
試験管の中で揺れるポーションを目にしたウェンディたちは、みな一様に感嘆の息を吐く。
「うわっ、凄い透明度……!」
ローは目を丸くし、
「そうそう、これこれ、これですわ! この純度こそまさに、ルナのお手製ポーション!」
サルコは満足気に頷き、
「……綺麗……」
ウェンディは意外そうにつぶやく。
(もしかしたら本当に……いや、あり得ない、そんなことあるわけがない。たとえどれだけ品質がよくても、素材に使っているのは中位。魔法の基本は等価交換、礎より高位なものはできない)
希望が大きければ大きいほど、それに比例して、絶望もまた大きくなる。
彼女は過度な期待を抱かぬよう、『これでは無理だ』と自分に言い聞かせた。
しかしそれでも――手元のポーションから感じる、並々ならぬ聖なる波動に、自然と胸は高鳴ってしまう。
「お母さん、ポーションだよ。私のお友達が作ってくれたの」
ウェンディは試験管を傾けて、ゆっくりとテーラーの口に注いでいく。
しかし――何も起こらない。
(……ほら、やっぱりね)
ウェンディは下唇を浅く嚙み、クルリと振り返った。
「ルナ、ありがとう。でもやっぱり――」
彼女がもの悲しそうに微笑んだ次の瞬間、
「――ギシャァアアアアアアアアッ!」
テーラーの体から、邪悪な蛇が浮かび上がった。
「ちょっ、何これ……!?」
「きっとお母様に掛けられた呪いですわ!」
「そんな……実体化するほど強力な呪いだなんて……っ」
テーラーに掛けられた呪いは、想定を遥かに上回るほど、強力なものだった。
しかし――聖女のポーションは文字通りの『規格外』。
「あ、あれを見てくださいまし……!」
サルコが指さす先、テーラーの背後から、神々しい光を放つ二本の腕が立ち昇る。
慈愛に満ちた両の手は、激しく暴れる呪蛇を優しく包み込み、
「ギ、ギギ、ギィイイイイイイイイ……ッ!?」
万力の如く、ゴギュゴギュと擦り潰した。
「「「……え?」」」
【※とても大切なおはなし】
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