第一話:聖女断罪
聖暦1700年。
この日、『聖女』の断罪が執行される。
「――偽りの聖女ルナ、貴様を火炙りの刑に処す」
人間世界の中心にある終審裁判所で、理不尽な判決が言い渡された。
(……あーあ、私って今まで何をやってきたんだろうなぁ……)
大広間の聖十字に四肢を縛られ、磔にされた聖女ルナ。
彼女は灰色の虚無感を抱きながら、眼下に広がる聴衆を見回す。
憎悪の視線を向ける青年・したり顔で嗤う貴族・罵詈雑言を吐き散らす老人――誰も彼もみな、ルナがこれまで助けてきた人々だ。
人間という生き物は本当に醜い。
優しくすれば優しくしただけ付け上がり、自分が偉くなったと錯覚する。
どうして受けた豊かさを、自分だけのものにしたがるのだろう?
どうして受けた施しを、周りの人達と分け合えられないのだろう?
どうして受けた優しさを、自分への隷属だと勘違いするのだろう?
結局、ことここに至っても尚、ルナには理解することができなかった。
「――偽りの聖女ルナ、最後に何か言い残すことはないか?」
処刑人は感情のない声で、冷たい視線を向ける。
その右手には、紅焔の灯る松明が握られていた。
「……そう、ですね……」
ルナは視線を空に向け、これまでの人生を振り返る。
たったの銅貨三枚で、自分を売り払った愛のない両親。
真実の愛を囁きながら、地位や名誉と引き換えにして、自分を裏切った貴族。
聖女ルナを『人間』ではなく『兵器』として扱い、離宮の最奥に閉じ込めた王族。
聖女という『絶対的な武力』を求め、痛ましい戦争を始めた列強の国々。
戦禍によって引き起こされた飢饉・疾病・貧困などにより、酷く荒廃した世界。
それら全ての責任を自分一人に押し付け、処刑しようとする人類。
艱難辛苦に満ちた人生、その全てを顧みた結果――。
「――何もありません」
零れたのは、空虚な告白。
何も出てこなかった。
憎悪の叫びも、悔恨の思いも、怨嗟の声も、自分でも驚いてしまうほど、何一つとして出て来なかった。
ルナはもう、この救いようのない世界に呆れ果てていたのだ。
「な、何もありませんって……なんだそのふざけた態度は!?」
「お前のせいで、どれだけの人が犠牲になったと思うんだ!」
「なんとか言ったらどうなんだ!? あ゛ぁ!?」
「とにかく謝れ! 今すぐ謝罪しろ!」
四方八方から醜い罵声が響く中、ルナを縛る十字架に火が灯された。
全身が炎に包まれていく中、彼女はたった一つの『心残り』を見つける。
(……あっ、そう言えば……。読み掛けだった悪役令嬢の小説、あの続きだけはちょっと気になるなぁ……)
彼女はぼんやりそんなことを思いながら、灼熱の業火に焼かれていくのだった。
■
次の瞬間、ルナの瞳に映ったのは、温かく優しい光。
(う、うぅん……っ)
体を包むものは得も言えぬほど柔らかく、この世のものとは思えないほどふかふかだった。
(あ、れ……?)
ゆっくりと五感が戻っていく中、明滅する視界が捉えたのは――見知らぬ天井。
自分がベッドの上で仰向けに寝かされていることに気付くと同時、耳のすぐそばで嗚咽のようなものが聞こえた。
仰向けになったまま、視線だけをそちらに向ければ――。
「ルナ、しっかりしろ! 大丈夫、絶対に大丈夫だ! きっと助かるからな……!」
「ルナ、ルナぁ……っ」
枕元に立つ老夫婦が顔をぐしゃぐしゃにしながら泣いており、その後ろには難しい顔をした医者らしき壮年の男が、沈痛な面持ちで立っていた。
(えっと……?)
突然の事態にルナが困惑していると――部屋の扉がキィと開き、非常に整った顔の男が入ってくる。
「これは……酷い状態だね」
貴族服に身を包んだ彼は、全身に包帯を巻かれ、たくさんの管に繋がれたルナを一瞥し、僅かに眉をあげた。
「この子ったら……。領内の子どもを守ろうとして、暴走したハワード様の馬車に轢かれてしまったのです……っ」
老婆はそう言って、悲しみと恨みの混ざった視線を尖らせる。
「そうか、それは悪いことをしたね」
ルナを轢いた男――ハワード・フォン・グレイザー公爵は淡々とそう述べ、白衣を纏った医者へ声を掛ける。
「そこの街医者、ルナの状態は?」
「……頭部・腰部・四肢を含めた、十数か所の骨折。肝臓・脾臓・腎臓などの重要器官の損傷・破裂。ポーションの循環治療と回復魔法の継続使用によって、なんとか命を繋いでおりますが……。正直、生きているのが不思議な状態です」
「回復の見込みは?」
「とてもじゃありませんが……現実的ではございません」
医者の宣告が響き、重苦しい空気が張り詰める。
「う、うぅ……っ」
「ルナ、ルナぁ……ッ」
老夫婦のすすり泣く声が響き渡る中、
「――ルナ。すまないが、君との婚約は破棄させてもらうよ」
ハワードは突然、婚約破棄を申し出た。
「は、ハワード様……!?」
「こんなときにいったい何を……!?」
驚愕の表情を浮かべる老夫婦に対し、ハワードは不思議そうに小首を傾げる。
「おや、何かおかしなことを言ったかな?」
「おかしいも何も……っ。娘が懸命に戦っているときに、なんて酷いことを仰るのです!」
「あなたに人の心はないのですか!?」
「ふむ、そう言われてもね。こんな体では、まともに夜の務めも果たせないだろう? ボクに『欠陥品』を愛でる奇特な趣味はないよ」
淡々と紡がれるその言葉は、酷く冷たいものだった。
ハワードにはルナを轢いたという負い目はおろか、彼女の容態を慮る心さえなかった。
「き、貴様ぁ……ッ」
激情に駆られた老爺は、ハワードの胸倉を掴み上げる。
それと同時――彼の首元に槍の穂先がズラリと並ぶ。
ハワードの後ろに控えていた護衛たちが、職責を果たさんとしているのだ。
「さて……その振り上げた拳は、どうするおつもりかな? カルロ伯爵?」
氷のように冷たい瞳が、真っ直ぐに老爺を射貫く。
ハワードは『公爵』である一方、老爺ことカルロ・スペディオは『伯爵』。
両者の間には、天よりも高く海よりも深い身分の差があった。
「あ、あなた……っ」
「カルロ様、どうかここは落ち着いてください。今あなた様に何かあれば、多くの領民が路頭に迷います……っ」
老婆と医者に宥められた老爺は、拳を下ろし、小刻みに震えながら頭を下げた。
「た、立場を弁えぬ……ご無礼……っ。大変申し訳ございませんでした……ッ」
耐え難い屈辱を噛み締め、謝罪の言葉を絞り出す。
「うん、そうだね。命は大切にした方がいい。――それでは失礼するよ」
ハワードはそう言って、部屋を出て行った。
「くそ……っ」
「うぅ……ッ」
老爺が壁を荒々しく殴り付け、老婆は悲しみにすすり泣き、陰鬱とした空気がルナの私室を支配するのだった。
(……んー……?)
ベッドに寝かされたルナは、ゆっくりと現状理解を開始する。
(私は火炙りにされた後、どういうわけかこの世界に転生を果たした。転生先の少女は、馬車に轢かれて危篤状態の伯爵令嬢。多分だけど……彼女はそのときに亡くなって、私の魂がそこに納まった。その後、婚約予定だった貴族に欠陥品のレッテルを貼られ、婚約破棄を告げられ――現在に至るって感じかな)
彼女のこの推理は、『中らずと雖も遠からず』、だった。
(さて、これからどうしよう……)
せっかく手に入れた二度目の人生。
できることならば、自由で快適な毎日を送りたい。
しかし……すぐにわかった、わかってしまった。
この体に流れる聖女の力は、前世のまま。
ルナという器には、『途轍もない生命力』と『莫大な魔力』で満たされているのだ。
それを裏付けるようにして、つい先ほど馬車に轢かれたらしいこの体は、もうすっかり完治している。
(ここまでの話を聞く限り、私は相当な重傷だったみたいだし、普通に起きたら絶対に怪しまれるよね……)
聖女頭脳をフル稼働させ、今後の活動方針を練り始めたそのとき――「ぎゅるるるるーっ」とお腹の虫が鳴った。
「「「……!?」」」
シリアスな雰囲気の中、シンと静まり返った部屋に、空腹の福音が響き渡る。
(~~ッ)
ルナは顔が真っ赤になるのを必死に堪えたけれど……耳まで真っ赤になっていた。
(うぅ、なんでこのタイミングなの……っ)
ルナは昔から、ずっとこうだ。
世界に祝福された存在――聖女であるにもかかわらず、絶望的に間が悪い。
「せ、先生、今のは!?」
「ルナ、お腹が減っているの!?」
老夫婦の視線を受けた街医者は、しかし、小さく首を横に振る。
「残念ですが……これほど重篤な状況で、腹の虫が鳴ることなどあり得ません。おそらくは、集団幻聴の類で――」
「ぎゅるるるるーっ」
空腹の福音は、自己主張が激しかった。
(……二度目の幻聴、いただきました。はい、これは間違いなく集団幻聴ですね。えぇ、間違いありません。聖女は嘘をつきませんから)
ルナはそびえ立つ現実から逃避を始めたが、現実は否応なしに追い掛けてくる。
「今、確かに大きな腹の音が聞こえたぞ!?」
「げ、幻聴じゃない! 今のは絶対に幻聴じゃありません!」
「いやしかし、まさか……そんなはずは……っ」
大きな動揺が駆け巡る中、老爺は凄まじい勢いで、両目を閉じたルナへ問いかける。
「ルナ、何か食べたいものはないか!? なんでもいいぞ! お前の好きなもの、今食べたいもの、口に入れられるものを言ってくれ……!」
あれほどの快音を響かせてしまった手前、このまま狸寝入り決め込むのは難しい。あまりにも不自然だ。
そう判断した彼女は、目を閉じたまま、控えめな願望を口にする。
「…………何か、甘いものが食べたいです」
「「「しゃ、喋った!?」」」
それと同時、途轍もない衝撃が走った。
まさか返答があるとは、誰も夢にも思っていなかったのだ。
(いや、今のは罠でしょ!? 罠だよね!? 普通、あんな風に聞かれたら、答えちゃうってば……!)
それからしばらくして――ルナの前には、果物がこれでもかというほどに並べられた。
彼女はベッドの背板に体重を預けながら、一口サイズにカットされたリンゴをいただく。
「どうだ、ルナ? おいしいか? ちゃんと味はするか?」
「は、はい……ありがとうございます(大変おいしゅうございました……と言いたいところだけど、そんなにジーッと見つめられたら、味なんか全然わからないよ……)」
彼女が味のしないリンゴを平らげたところで、老爺が恐る恐ると言った風に尋ねる。
「それでルナ、体の方は本当に大丈夫なのか?」
「えーっと……はい、おかげさまでなんとか」
彼女がコクリと頷くと同時、老夫婦は膝から崩れ落ち、歓喜の涙を流した。
「き、奇跡だ……っ」
「あぁ、『聖女様』に感謝を……ッ」
二人は大粒の涙を流しながら、両手を組んで聖女に祈りを捧げた。
(この世界にも、『聖女』という概念はあるんだ。それに……私とは違って、ちゃんと崇められているみたい)
ルナは少し複雑な気持ちを抱きながら、老夫婦の祈りを見つめるのだった。
■
街医者から「不思議なほどに健康体」との診断を受けたルナ。
彼女は現在、スペディオ家の書庫に籠り、情報収集に努めていた。
(ふむふむ……)
歴史書・地理誌・風土記はもちろん、自分がお世話になっているこの家――スペディオ家の家系図やスペディオ領の地図などなど、目に付いた書物を次から次へと読み漁る。
そうして三時間が経過する頃には、いろいろなことがわかった。
「……なる、ほど……」
様々な知識を得たルナは、「ふーっ」と長い息をはく。
「どうやら私は、三百年後の世界に転生したみたい……」
敢えて言葉に出すことで、自分を取り巻く周囲の状況を――現実というものを呑み込んだ。
(誰かが転生の大魔法を使ったのか、それとも聖女という役回りがそうさせたのか。何故こうなったのかは、いまいちよくわからないけど……)
確かな事実は一つ。
聖女ルナは、この世界に再び生を受けたのだ。
「それにしても、三百年経ってもまた戦争、か」
手元の歴史書に記された、自分の死後の歴史に目を向ける。
『聖女様を処刑した後、列強諸国の争いは収束し、平穏な日常が訪れた。しかし、すぐさま暗黒の時代が到来。大魔王が食料と資源を求めて、人類社会へ攻め込んできたのだ』
『人間という種族は、魔族や亜人に比べて貧弱である。我々は遥か古より、外敵から侵略を受け、生存圏を縮小してきた過去を持つ。そんな被虐の歴史をひっくり返したのが、無敵の強さを誇る聖女様だ。彼女の存在があったからこそ、人類は安寧を享受できた』
『聖女様という絶対的な抑止力を失った今、外敵を阻むものは何もない。今や人類はただひたすらに貪られ、生存圏を縮小する一方だ。聖女様の復活を望む民衆は、ひたすらに贖罪の言葉を述べ、救済を求めた。しかし、どれほど祈ろうともう遅い。聖女様はもういない。愚かな人類は、自らの手で希望を摘んだのだ』
歴史書には、後悔と贖罪の文言がずらりと並ぶ。
(そう、全てはもう遅い。私はもう……聖女を辞めた)
仄暗い気持ちを胸に秘めたルナは、続いてスペディオ家の家系図へ目を移す。
(父カルロ・スペディオ、母トレバス・スペディオ……二人の子供が私――ルナ・スペディオ)
カルロとトレバスは共に六十歳。
一方のルナは十五歳。
(……四十五歳差?)
両親との年齢が開いていることに違和感を覚えたけれど、何か複雑な事情があるのかもしれないため、ここはあまり深く掘り下げない方がいいと判断。
とにもかくにも、自分が処刑された後の歴史と自身の周辺状況の知識を仕入れたルナは、ぐーっと大きく伸びをした後、この先についての考えを巡らせる。
「これからどうしよっかなぁ……」
一度目の人生は、聖女として生きた。
『個人』としてではなく、『人類救済の御旗』として生きた。
せっかく手に入れた第二の人生。
今度は一人の人間として――ルナとして生きたかった。
「うーん……」
自分の夢・やりたかったこと・なりたかった職業、いろいろなことを考えた末――彼女の頭にポッと浮かんだのは、あの言葉。
「……悪役令嬢」
ルナは小説の中にある悪役令嬢に魅かれていた。
悪役令嬢は、自分勝手で、自由奔放として、我儘な存在。
聖女とは真逆の存在に対し、強い憧れのようなものを抱いていたのだ。
「――よし、決めた。もう誰かが困っていても、絶対に助けたりなんかしない。悪役令嬢に……私はなる!」
グッと両手を握り締め、所信表明を発したそのとき、正面に設置された古い鏡が目に入った。
一歩二歩三歩と近寄り、鏡面に映る自身の容姿を確認する。
「……よく似ているなぁ」
ルナ・スペディオ、十五歳。
身長は百五十八センチで、ほっそりとした体型。
背まで伸びる銀色の長い髪、大きくてクルンとした空色の瞳、健康的で瑞々しい肌。
転生したこの体は、生前の自分とそっくりで、まるで生き写しのようだった。
(名前も同じで肉体の構成も近いから、魂がこの器に吸い寄せられたのかな……?)
ルナがそんなことを考えていると、コンコンコンとノックが響き、ゆっくりと扉が開かれる。
「――ルナ様、晩ごはんの用意ができました」
彼女の名前はロー・ステインクロウ、ルナの身の回りの世話を任せされた侍女だ。
ロー・ステインクロウ、十五歳。
身長は160センチ、すらっとした体型。
肩口で揃えられた美しい黒髪と鮮やかな真紅の瞳が特徴的な美少女で、正統派のメイド衣装に身を包む。
ステインクロウ家は、長年スペディオ家に仕える一族。その長女であるローは、ルナと同い年ということもあって、侍女の任に就いていた。
「カルロ様とトレバス様がダイニングでお待ちです。どうぞこちらへ」
「ありがとう」
ルナはお礼を言いつつ、足元に置いておいた松葉杖を拾う。
本当はこの手の補助具がなくとも歩けるのだが……。馬車に轢かれた直後の今、いつも通りスタスタと歩いていては、さすがに不審に思われる。
そう判断したため、しばらくの間は松葉杖をついた生活を送ることにしたのだ。
ローと一緒に書庫を出たルナは、松葉杖を突きながら廊下をひょっこひょっこと移動し、ダイニングへ続く階段へ差し掛かったそのとき――。
(……はっ!?)
ルナの脳内に電撃が走った。
(これ、小説で読んだところだ……。間違いない、『悪役令嬢チャンス』!)
一つコホンと咳を鳴らした彼女は、冷たい表情を作り、悪役令嬢っぽい口調を意識する。
「……ねぇロー、ちょっといいかしら?」
「はい、なんでしょう」
「ここ、きちんと掃除ができてないんじゃなくて?」
ルナは小説で見た悪役令嬢の真似をして、階段の手摺にスッと指を走らせた。
しかし――。
(……あれ、綺麗だ)
屋敷の掃除は完璧に行き届いており、指先には埃一つとして付かなかった。
「ルナ様、どうかなされましたか?」
「な、なんでもありません!」
羞恥に頬を赤らめながら、バッと明後日の方角を向くルナ。
(くっ……。この私に『悪役令嬢ムーブ』をさせないとは、中々できる侍女ですね……っ)
彼女の中で、ローに対する評価が少し上昇した。
「なんと言いますか……少しお変わりになられましたね」
「え゛っ!?」
ルナの喉から悪役令嬢から程遠い声が鳴る。
(もしかして……私が本当のルナ・スペディオじゃないことが、転生したことがバレた!?)
大きく深呼吸をして、気持ちを落ち着かせる。
(ふぅー……大丈夫大丈夫、まだ慌てるような時間じゃない)
ゆっくりと呼吸を整えた彼女は、努めて冷静に極々自然な感じで問い掛ける。
「そ、そそそそそ……そうかしら? 参考までに、どんな風に変わられましたか?」
言葉尻は上がっており、敬語も崩れている。
明らかに尋常の様子ではない。
「率直に申し上げれば、少々お間抜けになられました」
「はぅ゛!?(なんという剛速球、中々いい肩をしているじゃないですか……っ)」
「ただ……個人的には、今の方が親しみやすく、魅力的に感じます」
「そ、そうですか?(この娘、いい子!)」
ルナの中で、ローに対する好感度が極大上昇した。
「出過ぎた発言、お許しください。――さぁ、どうぞこちらへ」
その後、ダイニングルームに案内されたルナは、カルロとトレバスと一緒に夕食を取るのだった。
■
それから数日が経ったある日、ルナはスペディオ家のフィッティングルームで、ドレスの着付けを行っていた。
「ちょっ、ロー……コルセット、これ絶対、締め過ぎ……っ」
「ルナ様、もう少しお腹を引っ込めてください」
「無理無理無理、これ以上は内臓が飛び出ちゃうってば……!」
「我慢してください」
「はぅ!?」
今晩ルナは、とある夜会に出席することになっていた。
エルギア王国主催のこのパーティは、伯爵以上の地位を持つ者のみが出席を許される、『超ハイステータスパーティ』。
ここに招待されること自体が大きな名誉であり、家の名前を売るまたとない好機だ。
ルナ自身あまりそういう場には、出たくなかったのだが……。
(出席しないとみんなに迷惑が掛かっちゃう、よね)
スペディオ家のような辺境の貴族が、王国主催のパーティを欠席したとなれば、王族との間で角が立ってしまうかもしれない。
もしもそうなれば、スペディオ家はもちろんのこと、その領民たちも割を食う羽目になる。
そもそもの話、この夜会は、ルナが転生するよりも前に決まっていたイベント。三百年前からひょっこりと転生してきた自分が、スペディオ家とその領民に迷惑を掛けることは、彼女の性格的に許せなかった。
(まぁそれに、悪役令嬢たるもの『家格』は大事ですからね)
最下位の男爵家に生まれた令嬢と最高位の公爵家に生まれた令嬢、理想の悪役令嬢的セカンドライフを送る場合、もちろん後者の方が望ましい。
家格が高ければ高いほど、実現可能な『悪役令嬢ムーブ』の幅は広がるのだ。
(スペディオ家の爵位は伯爵、五爵におけるちょうど真ん中。でも、治めている領地が王都からかなり遠い……。多分、伯爵の中でも下の分類、もしかしたら子爵に近いぐらいかも。『至高の悪役令嬢ムーブ』をするためには、もうちょっと家格を上げておかなきゃ)
今後のことも見据えて、スペディオ家の地位向上も視野に入れなくては……ルナがそんなことを考えていると、ドレスの着付けが終わった。
フィッティングルームのカーテンがサッと開かれ、カルロとトレバスに華やかな装いを披露する。
「えっと、どう……かな?」
ルナが纏っているのは新雪のような純白のドレス。
胸元に光る真紅のネックレスが、ワンポイントとしてよく映えていた。
「おぉ! 我が娘ながら、なんと美しいのだ……!」
「やっぱり白を選んで正解だったわ……! あなたには昔から、白がよく合うのよ!」
「大変お似合いでございます」
カルロ・トレバス・ローから絶賛されたルナは、
「そ、そう? えへへ、ありがとうございます」
どこか気恥ずかしそうに頬を掻いた。
それからしばらくすると、屋敷の前に迎えの馬車が到着。
「――それじゃ、行ってきます」
「あぁ、気を付けてな」
「楽しんでいらっしゃいね」
「行ってらっしゃいませ」
豪奢な馬車に乗り込んだルナは、王都にあるパーティ会場へ向かうのだった。
■
馬車に乗ってしばらく揺られた先は、王城近辺にあるセントルイス宮殿。
受付に招待状を渡し、衛兵の守護する門をくぐり、会場へ続く長い階段を上り、背の高い扉を開けるとそこには――美しく煌びやかな上流階級の世界が広がっていた。
(こ、これは……っ)
床に敷かれた真紅の絨毯・壁に掛けられた高名な画家による抽象画・天井から吊り下げられた黄金のシャンデリア、まさに豪華絢爛という言葉がぴったりと当てはまる会場だ。
(凄い豪華……。どれぐらいのお金が使われているんだろう)
ルナは気圧されながらも、会場の中に踏み入っていく。
今回のパーティは立食形式となっており、肉・魚・酒――この世のあらゆる贅を尽くした豪華な料理が、これでもかというほどにズラリと並んでいる。
しかし、あそこに飛びつくのは愚の骨頂。
夜会における目的は食ではなく、男。それも自分の家より家格が上の『優良物件』探し。
この華やかな社交の場は、女にとっての戦場なのだ。
(あそこの煌びやかな集団は……多分王族、かな? ローの話によれば、アリシアっていうお姫様が参加しているんだっけ)
ルナがそれとなく周囲を見回していると、右の方から華美な衣装をしたためた女性たちの笑い声が聞こえてきた。
「おっほほほほ。実はこちらのドレス、王都の有名デザイナーが誂えたもので――」
「こちらの宝石は、オルド山脈で採れた希少金属を――」
「当家は、先祖代々国王陛下に仕えた由緒正しい血筋で――」
聞かれてもいない衣装や宝石や家柄のことを、まるで周囲に聞かせるかのように大声でペラペラと語る。
(うわぁ……早速やり合っていますね)
あれは前哨戦――ドレスや装飾品や血統といった自身のストロングポイントを前面に押し出し、ほんの1ミリでも相手より上に立とうとする、熾烈なマウント合戦だ。
ここで後れを取ろうものなら、その後はまさに『悲惨』の一言。
あれよあれよという間に会場の隅へ追いやられ、夜会の添え物として寂しい一夜を過ごすことになってしまう。
だから、彼女たちは着飾り、自らの衣装を喧伝する。
美しい肌と透き通った髪は、最強の剣。
艶やかなドレスは、鉄壁の鎧。
豪奢な宝石は、飛び道具。
これが夜会における女の武装だ。
(はぁ……。300年経っても、こういうところは全く変わりませんね)
前世におけるルナは、貴族の女性から殊更に嫌われていた。
ルナは元々貧しい農民生まれということもあって、美しく着飾るという習慣がない。
それにもかかわらず、彼女の美貌は『傾国』と称されるほどであり、実際に大勢の男たちを魅了した。
人一倍美しいのに人一倍美に興味がない――そんな姿勢が貴族令嬢の気に障った結果、ルナは裏で陰湿ないじめや嫌がらせを受けた過去を持つ。
(マウント合戦に巻き込まれても面倒だし、あの一帯には近付かないようにしよう)
ルナは自らの意思で会場の端へ移動し、『壁の花』という敗者のポジションに陣取った。
第一線から退くことで、激しい戦火に巻き込まれることなく、無難にこの夜会を乗り切ろうという考えだ。
そうして安全地帯へ避難した彼女は、ぼんやりと窓の外を眺めながら、小さな吐息を零す。
(はぁ……例の小説、見つかるかなぁ……)
ルナは侍女のローにお願いして、古書店巡りをしてもらっていた。
お目当てのブツは、三百年前に人気を博した悪役令嬢の小説。
ルナが処刑される寸前、物語の続きを気にしていたアレだ。
(悪役令嬢のアルシェは、ちゃんと幸せな生活を送れたかな? 実は腹黒い正ヒロインは? 意地悪な隣国の王子は? 片思いに苦しむ幼馴染は? ちょっと間の抜けた魔具屋さんは? うぅ……話の続きが気になり過ぎて、こんなんじゃ夜しか寝られないよ……)
ルナがため息をついていると、向かいの集団が騒がしくなった。
「あちらの物憂げな少女……。どこの家の御令嬢だろうか?」
「ん……? おぉ、なんと美しい……っ。あの表情は間違いなく、恋患いをしている顔ですな!」
「ほぉ……どれ、ボクが声を掛けてみよう」
この夜会における『顔役』の一人が、音もなく静かに動き出した。
「――そこのお嬢さん、よろしければボクと一緒にダンスでも……っと、これは驚いた。ルナじゃないか」
「……ハワード、公爵……っ」
ルナがツッと視線を上げた先には、先日婚約破棄されたばかりの相手――ハワード・フォン・グレイザーの姿があった。
【※とても大切なおはなし】
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ほんの少しでも
「ハワード公爵、ムカつくなぁ…!」
「ルナには幸せになってほしい!」
「面白いかも! 続きが読みたい!」
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