#記念日にショートショートをNo.18『この空に、響け、私の音』(In this Sky,Resonate,My Sound)
2019/8/6(火)甲子園開幕日 公開
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「この空に」シリーズ
私は野球が嫌いだ。
メジャーリーグが嫌いだ。
野球を選んだ塁生が嫌いだ。
幼馴染の塁生は、幼い頃から野球をやっていた。運動神経抜群で、野球以外のどのスポーツをやっても上手く出来た。おまけに頭脳明晰で成績優秀、優しくていつも笑顔、高身長で顔も良し、と来るもんだから、塁生はいつも女子に囲まれていた。私が入る隙間などないくらいに。バレンタインでは毎年、塁生が見えなくなるくらい、チョコの山が彼を埋め尽くしていた。
小学校・中学・高校と一緒に成長するにつれ、私はいつしか塁生に特別な想いを抱くようになっていた。
幼馴染じゃない、それ以上の関係を望むようになった。部活動で中高6年間も吹奏楽部に所属していたのは、もともと音楽が好きというのもあったが、塁生の試合を応援しに行くことができるからだ。グラウンドにバットを持って真剣な表情で立つ塁生に向かって、ユーフォニアムを吹いた。塁生を精一杯応援したくて、必死に毎日ユーフォニアムを練習した。
高校卒業後、塁生はメジャーリーグからの推薦でアメリカへ、私は普通に国内の私大へと、進路は別々になってしまったので、塁生がアメリカへと飛び立つ前に、私は彼に告白しようと考えていた。
塁生がアメリカへと飛び立つ日、私は彼を空港へ見送りに行った。なんでもない会話で談笑し、別れの挨拶を交わしたあと、塁生が出国ゲートへと向かう直前、私は彼を呼び止めた。
「塁生、待って」
「なに?」
「あのね、ずっと言ってなかったんだけど」
「うん」
「私、塁生のことが好きだよ。」
意外とすんなりとその言葉は出てきた。緊張はまったくなかった。
「えっ?」
半分驚き、半分怪訝な表情の塁生に、笑顔で言う。
「ずっと幼馴染で、ずっと近くにいたけど、私はそれだけじゃ足りないと思ったの。私は塁生が好きなんだって。」
徐々に赤くなっていく塁生の顔。自分も赤くなっているのがわかるけど、不思議と落ち着いていた。塁生が深呼吸する。
「ありがとう。嬉しい。でもちょっと待って。俺は、お前とは幼馴染でずっと過ごしてきたから、そうゆうの考えたことなくて。だから、時間が欲しい。」
「うん。」
「答えが決まったら、お前のところに帰って来るから。待っててくれるか?」
「うん。わかった。頑張ってね、塁生。」
「もちろん。じゃあ、お前も頑張れよ、響生。」
塁生が私の頭に優しく手を置いた。
それから2週間が経ったある日のことだった。私大の法学部に通い、司法関係職に就くために日々勉強に励んでいた私は、ひと息つこうと思い、テレビを付けた。
「速報です。先程、アメリカ・ニューヨーク発、東京行きの便が、燃料トラブルにより着陸に失敗し、東京湾に墜落しました。ただいまのところ、乗員乗客の安否はわかっていません。」
アナウンサーが、墜落事故のニュースを伝えていた。飛行機事故なんて珍しいな、と思い、テレビを見る。画面には空から撮影したであろう、海に墜落した飛行機の映像が映っていて、それは見るも無残な姿だった。アナウンサーがちょうど今、横から渡された資料を見ながら続ける。
「ただいま入ってきた情報です。飛行機には、メジャーリーグに今年選出されたばかりの、桐早塁生選手も搭乗されているようですが、まだ安否はわかっていません。」
思わず持っていたペンを取り落す。スマホをひったくるように掴み、彼の番号を呼び出す。
「この携帯は電源が入っていないか電波の繋がりにくいところにあるため、お呼び出し出来ません。ご用件のある方は、ピーという音のあと、メッセージを入力してください。ピー。」
鍵とお金を引っ掴み、走るように家を飛び出す。ピーという音のあとに、走りながら叫ぶようにスマホに話しかける。
「塁生!大丈夫だよね?無事だよね?塁生、塁生!…」
駅まで走り、電車に飛び乗る。スマホに流れて来た飛行機事故のニュースを端から端までチェックする。まだ乗員乗客の安否は確認出来ていないらしい。
墜落現場に着き、救助隊の人に駆け寄る。
「塁生は!塁生はどこですか!無事ですよね?」
焦っている私を、落ち着かせるように救助隊の人が宥める。
「お嬢さん、落ち着いて。彼との関係を示せるようなものはお持ちですか。」
そんなこと言われても、何が塁生との関係を示すものになるの?
「幼馴染です。会わせてください!お願いします!」
ピンチになった時に耳たぶを触る癖だって、試合に疲れて帰りのバスで寝ちゃった時の寝顔だってわかるのに。
「しかし…」
男性が困ったように眉根を寄せる。
「隅田さん!これ…」
奥からやってきた救助隊が、私と話していた男性を呼ぶ。失礼、と言って、隅田さんと呼ばれたその人が、自分を呼んだ救助隊の元へと離れた。
何かを見ながら二言三言話し、少しして隅田さんが戻って来た。
「お嬢さん、名前をお聞かせ願えますか?」
「高瀬響生です!塁生は!大丈夫ですよね?」
「付いて来てください」
少し苦しそうな表情の隅田さんの後ろを、ほぼ確信に変わった嫌な予感を抱えながら付いていく。少し離れたところにある仮設テントまで歩く。テントの中に入るより先に、泣き叫ぶ悲痛な声が耳に響く。テントの中を、隅田さんの後ろを一番端まで歩く。隅田さんが足を止めたそこには、シーツで顔まで覆われた何かが、横たわっていた。心臓がドクン、と、大きく音を立てた。
「お顔のご確認を、お願いします。」
隅田さんが顔にかけられたシーツをめくり、促されるように見る。塁生じゃなければいいのに、その顔は何年も一番近くで見慣れた塁生の顔で、塁生じゃなければ良かったのに、と、思った。
「桐早塁生です…」
隅田さんに告げた私の声は、どんなだったのだろう。ご確認ありがとうございます、という隅田さんの声は、どこか遠くに聞こえた。
「…先程死亡が確認されました。助けられなくて申し訳ない。誠に、ご愁傷様です。」
ふらふらとしゃがみ込み、地面に敷かれたシートの上に横たわる塁生を見る。そっと塁生の体に触れる。まだかすかに温かくて、いろんな思い出が脳裏に蘇り、ぽろぽろと涙が落ちた。最後に交わした言葉が2週間も前だなんて思いたくない。最後に触れた塁生の手の温かさだって覚えているのに。なんで、どうして、塁生が。まだ返事だって聞いていないのに。
「遺体のそばに、これが落ちていました。先程お名前を確認した際に、外側のペットボトルには触れましたが、中身には触っていません。」
隅田さんから渡されたペットボトルを、受け取る。空のペットボトルには、折り畳まれた紙切れが入っていて、紙の外側には文字が書かれているのが伺えた。私と塁生の名前だ。
ペットボトルを開け、少し丸まっている紙を取り出す。「高瀬響生へ 桐早塁生より」もう一度文字を眺め、四つ折りにされた紙を、震える手でゆっくりと開く。
「響生へ
この手紙を読んでいるということは、俺は助からなかったということなのかな。
いま、飛行機の中で手紙を書いています。
揺れが激しくて、上手く書けないから、文字が読みにくいと思う。ごめん。
もし言えなかった時のために、告白の返事、ここに書いておきます。
俺も好きだよ。
響生のことが好きです。
こんな形になってしまいすまない。
響生といると、いつも楽しかったし、すごい安心した。響生のユーフォニアムが好きだった。もっと演奏しているところを見たかったし、聴きたかった。響生の音があったから、響生がいたから、野球も勉強も頑張れた。だから俺も、幼馴染じゃなくて、俺と恋人になってほしいと思う…ってもう無理なのかな。
ごめんな。ごめんな。野球よりも響生のことが好きなのに。ごめんな。もっと一緒にいたかった。
でも俺のことなんか気にかけないで、新しいやつ見つけて幸せになれよ。
今までありがとう。
この手紙は、念のためにペットボトルの中に入れておきます。
塁生」
嗚咽が漏れる。涙が止まらない。胸が苦しい。
「塁生…塁生…」
なんで返事しないんだよ。目の前にいるのに。返事してよ。声でその言葉を聞かせてよ。好きだ、って、塁生の声で聞かせてよ。目を覚ましてよ。笑顔を見せてよ。塁生がいなきゃ、幸せになんてなれるわけないじゃん。塁生とじゃなきゃ、幸せになりたくないよ。ねえなんで動かないの。嫌だよ。死んじゃ嫌だよ。置いていかないでよ。一人にしないでよ。
「うわあああああああああ!!!!!!」
響かせたくない声が、海に、空に、響いた。
2019年8月6日火曜日。塁生が居なくなってから一年が経ったこの日、甲子園が開幕した。
グラウンドに塁生はいないけど、私は今日も、ユーフォニアムを吹く。
私は今日も、きっとこれからも、野球が嫌いだ。それでも、立ち止まっている暇なんてないから、このグラウンドに、この大地に、この空に、塁生に、私の音を届け続ける。私の音を終わらせたくない。塁生の好きな音を終わらせたくない。
【登場人物】
○高瀬 響生(たかせ ひびき/Hibiki Takase)
●桐早 塁生(きりはや るい/Rui Kirihaya)
【バックグラウンドイメージ】
【補足】
◎作品テーマについて
2019年7月18日に発生した京都アニメーション放火殺人事件の追悼作品です。京都アニメーションの代表的作品である『響け!ユーフォニアム』の主題歌(TRUE『DREAM SOLISTER』)が当時の甲子園の応援歌に起用されていたため、吹奏楽と甲子園を絡めた作品にしました。
【原案誕生時期】
公開時