吸血人狼設定説明用メモ①
はれすけさん向け。
ボードゲーム用メモ
①死鬼
②死鬼ーなりかけ
の世界観説明のため。
最初に感じたのは鉄さびの臭いだった。
眼を開けて身体を起こそうとしたところ、背中と手首のひどい痛みに顔をしかめた。
腕を何かで縛られている。
「……ここは」
身体が痒い。
納屋か何かだろうか。乱雑に敷き詰められた藁の上で、両手を背中で縄か何かで縛られている。尋常ではない状況に戦慄した。
「お前達には検査を受けてもらう」
部屋の奥から現れた男はそう言った。
中年太りの腹を隠そうともせず、しみのついたシャツを着た醜い男だった。
「検査?」
「そう、検査だ」
有無を言わせずに、男は私の首を鷲づかみにした。
喉が圧迫されて息ができない。
「やめ・・・」
男は試験管に入ったさび色の液体を取り出した。
「これを飲めば、お前が吸血鬼なのかどうかすぐに分かる」
「吸血鬼・・・?」
「こんな時期に旅行者が村に訪れるなんてあるはずがない。吸血鬼はお前らに間違いないんだ」
捕まれた首に、よりいっそう力を込められる。
よだれをまき散らしながら私は嗚咽した。
「飲め、飲め、飲め」
得体の知れない液体。
嫌だ、こんなもの飲みたくない。
拒もうとすると強く頬を殴られた。男はぐったりした私の喉に、無理矢理液体を流し込む。
ドクン、と心臓がはねる音が聞こえた。
私が飲んだのを見届けると、男は満足したように鼻をならし、私を床の上に投げ捨てた。
ドクン、ドクンと。
心臓がはねる。
うるさい。うるさい・・・。
一体、私に、何を飲ませ・・・。
「これは、真祖の吸血鬼の血液と聖水を混ぜて作った秘薬だ」
男は私を見下ろして言った。
「吸血鬼・・・真祖の下僕達にとってこれは劇薬でね。飲めばすぐにその本性を現すと言われている」
吸血鬼とか真祖とかライトノベルのような言葉が飛び交う。
とても正気とは思えなかったが、真面目な口ぶりから、彼がそれを真実だと信じ込んでいるのは確かだった。
奥の部屋からもう一人の男が入ってきた。
「赤ん坊にも飲ませましたよ。すぐに判別できるでしょう」
ひょろ長い男が、やれやれとした様子で歩いてくる。ひどく激しく泣く声が遠くから聞こえた。
その声を聞いて、血の気が引いた。
「あの子に何をしたの」
私と同じように捕まってしまった、私の子供。
あの子にも私と同じ薬を飲ませた似違いない。
何かあったら絶対にこいつらを許さない。
怒りでどうにかなってしまいそうだった。
男は私の髪の毛を掴み顔を引き寄せる。
「お前と同じだ。吸血鬼の疑いのある人間には検査をしないといけない。それは大人だろうと赤ん坊だろうと同じだ」
私は男達をにらみつけた。
「あの子に何かあったら絶対に殺してやる」
「この薬を、普通の人間が飲んだらどうなるか、気になるか?」
身体が熱い・・・。
どうにかなってしまいそう。
「これだけ待っても何も起きないってことは、どうやらお前は人間だったようだな」
男は下卑た笑みを浮かべる。
「もう許して・・・」
「ダメだ」
男は掴んだ私の髪を引きちぎらん勢いで力を込める。
「普通の人間がこれを飲むと、やがて人の心をなくした『鬼』になると言われている。死鬼ってやつだ」
「死鬼・・・?」
「吸血鬼にもなりきれず、本能のままに血を求めて人を襲う本物の化け物さ。伝承では、完全に死鬼になるまでに、真祖の吸血鬼を殺せば元に戻るって話だがな」
男の口からは、まるでライトノベルのような言葉が飛び交う。
「お前が吸血鬼だろうがそうでなかろうが、お前らの運命は変わらんよ。村の秘密を知ってしまった以上、生きて帰すことなどできん。なぶり殺しだ」
「アアアアアア!」
何でこんなことに。私達がどうしてこんな目に。
私は怒りと絶望のあまり金切り声を上げた。
殺してやる、絶対に、この男を殺してやる。
しかし手を縛られた私には、どうすることもできない。ただ狂ったように声を上げることしかできなかった。
男はさもおかしそうに笑うと、私を壁にたたきつけた。
痛みでうめく私を、彼は汚い手で押さえつけ、覆い被さってくる。
「死鬼に変わるまでしばらくかかるらしい。どうせ死ぬんだ、それまで少し愉しませてもらってもバチは当たらんよな」
吐き気を催す息の臭いに私は嘔吐しそうになった。
ヤメロ、ヤメロ、ヤメロ。
ユルサナイ、ゼッタイにユルサナイ。
「おい、お前も押さえろ」
「はいはい。後で俺にもやらせてくださいよ」
二人がかりで押さえつけられ、何度も殴られて抵抗する気力も薄れ欠けてきた。
持てる力の限りで拘束から離れようとしたが無理だった。
赤く染まる視界の中、さっきまでずっと聞こえてきた私の子の声が途絶えていることに、私は気づいていた。
私はどうなっても、どうかあの子だけは・・・。
絶望の中で私はギュっと眼を閉じた。
その時。
「ギャッ」
と短く、私を押さえている男が悲鳴を上げた。
熱い何かが私の顔にかかる。
「まずいハンス。このガキ、吸血鬼だ!」
何事だろうと眼を開けると、彼の顔面の半分が剥がされていた。
そうとしか表現できない。
熊か何かの爪に引き裂かれたかのように、片側の眼球が落ち、肉片がぶらんと垂れ下がっている。
吹き出した鮮血が、私に雨のように降り注いでいた。
「う、わあああああああああ」
何かが、いた。
私を犯そうとしていた男が悲鳴を上げる。私に入れようとしていた汚いイチモツを慌てておさめて、男は慌てて逃げ出した。
しかし、そこにいた何かがヒュンと動く。
男は履きかけていたズボンに足を取られ倒れた。
「やめ、やめて・・・」
鮮血が上がる。男はピクピクとけいれんして、やがて動かなくなった。
「・・・」
私は呆然とその光景を見ていることしかできなかった。
そこに立っているのは、確かに我が子だった。
大事な大事な私の子供。
ただ一つ違っていたのは。
紅い眼。
薄暗い納屋の中で、紅い眼が二つ、ぼんやりと浮かんでいた。
「ママ・・・」
息子はそういった。気のせいだったかもしれない。
でも確かにそういった。そんな気がした。
やがて息子はきびすを返すと、恐ろしい速度でその場を去った。
「待って・・・!」
すぐに追いかけようとしたが、胸の痛みで立ち上がることができなかった。そのまま意識を失った。
そして再び眼を覚ました時。
辺りには二人の男の死体。消えてしまった我が子。そして鼻をつく血の臭い。そのおぞましい様子が、惨劇が夢ではなく現実であると告げていた。
私は恐る恐る立ち上がった。
男達の死体を見る。そしてその男が言っていたことを思い出す。
「完全な死鬼になる前に・・・真祖の吸血鬼を見つけ出す」
男がいっていたことが、ただの妄想である可能性もある。
しかし。
身体の内側が。心臓の疼きが。血流の流れが。
自分が何か違う存在に置き換わっていくような感覚が確かにある。
本能的に、自分にはあまり時間が残されていないことを感じた。
真祖の吸血鬼を探し出す。
そして、いなくなってしまったあの子を探しだす。
私の心が完全に消えてしまう、その前に。