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2.ある日の病欠の話

「三八.二度、まあ風邪だわね」

 俺が渡した体温計を見て、おばさんは肩をすくめる仕草をした。

「学校には連絡しておくから、風邪薬のんでゆっくり寝てなさいな」

「すんません……」

 ひんやりシートを貼ってもらった頭を布団から覗かせて、わずかに顎をひいて謝意を伝える。

 熱で意識は朦朧とするのに、肘や膝の関節だけが妙に痛い。

 熱いので飲み物を飲もうとしても、喉に針が刺さっているみたいな痛みが走ってたくさんは飲み込めない。

「あたし今日は仕事で夜遅くなっちゃうと思うんだけど、お昼食べられそうなら冷蔵庫に何かしら入ってるから、好きなのを温めて食べてね。夕方にはりっちゃんが帰ってくるだろうから、夜はりっちゃんお願いね」

「うん……」

 おばさんの後ろでしゅんと気落ちした様子の莉々夏が、弱々しく返事をする。

「ん……俺は大丈夫だから」

 金属がひしゃげたような声が俺の喉から鳴る。

 言葉として伝わってるかは定かではないが、おばさんはひとつ頷くと、

「とにかく、ツラくなったら我慢せず連絡するのよ。どうしてもだったら救急車呼んでもいいから」

「はは、大袈裟すぎだよおばさん」

 空元気に笑おうとしたら喉につまって、大仰にせき込んでしまった。それでまたおばさんと莉々夏の眉間に皺ができる。そんな顔したら小皺の元ですよ。

 心配顔の二人を部屋から追い出して、玄関の鍵が閉まった音を聞いてから、俺は静かに目を閉じた。


   ***


 薄っすらと……意識が覚醒する。

 寝ていた時間は、たぶん二~三時間くらいだと思う。

 解熱剤が効いたのか、さっきまでの熱感やダルさはだいぶ遠くまで去っていた。

 ……だと、いうのに。

 体が熱い。さっきまでの内面の熱感ではなく、真夏に毛布をかぶって我慢くらべをしているような熱さ。汗で敷布団が湿っている。

 無意識に上掛けを剥ごうとして、また新たなことに気づく。

 体が動かない。

 これまたさっきまでの関節の痛みなどではなく、物理的に動かせない。がんじがらめに縛り上げられているようなカンジだ。

 やっとそこまで思考が追いついて、俺は目を開けた。

 俺の右側――髪が触れるくらいの距離に、莉々夏の顔があった。微かな寝息が俺の右耳をくすぐっていく。

 左腕は俺の首元にまわして、右腕は俺の上半身を抱えるように覆いかぶさっている。

 両足は俺のふともものあたりで交差させ、足を拘束されている。

 獲物を逃すまいと巻き付く蛇のように、莉々夏が俺に絡みついていた。

 ナンダコレハ……?

 状況を理解していくに連れ、鼓動が跳ね上がっていく。

 俺自身がまっすぐ気をつけのような体勢のままで抱きつかれているので、必然的に右腕にその感触が集中する。

 たいした無駄肉もなく骨ばっているはずなのに、妙に柔らかい感触。特に二の腕あたりに感じる、謎の固い突起物――。

 深く考えては駄目だ!

 ぎゅっと目を瞑って、意識をブラックアウトさせる。

 ――なんでこんなことになっているのか。

 おそらくは莉々夏が俺を心配して、学校には行かずに戻ってきたんだろう。そうして俺の寝顔を見て、苦しそうな様子を見かねて、温めてあげようとアホな気を利かせて布団に入ってきて、抱きついたまま自分が寝入ってしまった――とか、どうせそんなところだろう。

 莉々夏らしいといえば莉々夏らしい。昨日あんなことがあったというのに、こうして気にする素振りもないところもだ。

 でも俺にとってはたまったもんじゃない。なんだよこの生殺しは。

 少しでも動こうとすると感触を感じ取ってしまうため、身じろぎひとつできない。

 でもこのまま、いつまでも意識を閉じていることもできない。暴発してしまうのも時間の問題だと思われる。

 熱さも忘れて俺は必死に考えた。

 どうする? どうしよう? どうしたら? どうすれば?

「んっ……ふぅ」

 そのとき。

 寝言だろうか、莉々夏が吐息を漏らし、その息が直に俺の鼓膜を襲った。

 背筋をナニカがぞくぞくぞくっと走り抜ける。

 歯医者の治療で神経を触られたときのように、意識と関係なく体がビクッと反応してしまう。

 そうして動いたことで、肌感覚が戻ってきてしまった。

 よくよく感じ取ってみれば、莉々夏はいま制服を着ていないようだった。

 上はおそらくインナーとして着ているキャミソール。そして下は――「――っ!」

 俺の右手が、莉々夏のフトモモにきゅっと挟み込まれている。

 その質感は明らかに布地ではない。柔らかくてつるんとした、ナマの肌の感触。

 瞬時に、昨日の光景がフラッシュバックした。

 ほんのわずかな成長を主張する胸元。つるんとしたおなか。くびれのない幼児体系もとい腰つき。そして、本人は剃っていると主張する――。

「んん……っ」

 莉々夏が吐息まじりに体を動かした。

 俺に足を巻きつける体勢がつらくなったのか、交差を解いて圧し掛かってくるような格好になる。莉々夏の右膝の位置が移動し、ちょうど俺の股付近へと収まった。

 と同時に、挟み込まれていた俺の右手に柔らかな布地が触れる。

 想像しちゃ駄目だ――という意思に反して、その布地が、さらにその向こう側のカタチが、手を介して伝わってくる。

 この状況でまだ自制を保てるやつなんて、きっと聖人か神くらいしかいないだろう。

 ただの凡人である俺のアレは見事なまでに一〇〇パーセントの完全体へと変化を遂げていた。

 その成長しきった完全体が、莉々夏が乗せた膝と触れる。

 得も言われぬ感覚が、電流的な刺激となって脳に突き抜けた。

 心臓が口から飛び出そうなくらい飛び跳ねる。その鼓動が完全体をビクビク揺らして、それがまた莉々夏の足とこすれあう刺激となって脳髄を駆け巡る。

 感じるな。無になれ。我慢しろ。我慢しろ。我慢――

 念仏なんて知らないから、とにかくひたすら我慢ガマンと唱えつづけ――――、莉々夏がまた腰を少し動かした。俺の右手に……莉々夏のソレを押しつけるように。

 そして

「ぁん……」

 初めて聞いた莉々夏の声

 その声が 吐息が 鼓膜をくすぐる

 血がめぐる  頭がかーっと熱くなる


 ――そして俺は、また暴発した。


   ***


 みじめなもんだ。

 洗面所で、鏡に映る野郎の姿を見て俺は思う。

 真っ昼間から学校やすんで、なにが悲しくて自分のトランクスを手洗いせねばならんのか。

「はあ……」

 すっかり平熱に戻ったため息が落ちる。

 洗い終わったびしょ濡れのトランクスをそのまま洗濯籠に突っ込むわけにもいかず、ビニールに入れて自室に持ち帰る。とりあえず隠しておいて、乾いてから洗濯に回そう。

 部屋に戻ると、莉々夏はまだ寝ていた。

 あのあと、事が莉々夏に気づかれないよう寝返りをうつまで辛抱強く待ちつづけ、やっと拘束が解けたところで布団を抜け出せたのだ。

 大汗をかいた影響か、それとも過剰に血がめぐったからか、すっかり熱は下がって体調も快復していた。

 とりあえずシャワーを浴びて汗を流し、トランクスを洗って、自室に戻って現実に回帰する。

 コイツ、本当にどうしてやろうか。

 恨みがましく睨んでみるも、俺という熱源が無くなったからだろうか、呑気に安らいだ寝顔に怒気が削がれてしまう。

「…………」

 俺は無造作にベッドサイドまで歩み寄る。

 見下ろす先には無防備な下着姿を露出する莉々夏。

「くそっ、ふざけんなよな」

 はき捨てるようにつぶやいて、俺は雑な仕草で莉々夏の胸に手を伸ばした。

 ほにょん、と抵抗が返ってくる。

 ほんの小さな膨らみでしかないくせに。

 ちょっと厚着しただけで消え去る程度の存在感のくせに。

 その確かな感触は、いつまでも手のひらに残るようだった。

 次いで、そのまま莉々夏の下半身に指を這わせる。

 たぶん小学生の頃から変わらない三枚九八〇円みたいな生地ごしに、ソレの形があらわになる。

 たったこれだけのことで、俺のアレはまたしても完全体に進化していた。

 今しがたそのチカラを解放したばかりだというのに、秘めたるフルパワーを誇示するかのごとき力強さだった。

 俺は自室の隅っこで頭を抱えた。

 なんてこった……。

「りっちゃんを性対象として見るようになっちまった……」

 これがどれほどの問題か、異性のきょうだいがいる人になら理解してもらえるだろうか。

 これからどうやって生活すりゃいいんだよ……。

 嫌でも毎日顔を合わせるんだぞ。

 部屋が同室で、着替えを目にすることも日常茶飯事だ。

 昨日みたいに風呂に連行されたり、また今日のコレみたいに、そもそも莉々夏は距離感がバグってるところもあるし。

 そのたびに暴発するわけにもいかないんだぞ。向こうからすれば家族みたいなもんなんだから当然だろって。

「おばさんに相談……したところでだしな……」

 絶対に面白がって、さらに囃し立ててくるに決まってる。

 かくなる上は――。

「……よし、決めた」

 決意を胸に、俺は静かに拳を握りしめた。


※不定期更新ですが数日中に次話更新の予定です。また今後の参考、方向性決定のためにぜひ各話ごとの評価にご協力ください。

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