7.私がいますから
客室へ戻ると皇太子様達が座って待っていた。
正確に言うと皇太子様だけが座っていて、他の二人は皇太子様の後ろに立っていた。
「リエリア、二人っきりでの会話、楽しかったか?」
「はい。とても嬉しく楽しい時間でした。皇太子様達がいなければもっと話せたんですけどね」
わたしは意図的に本音を嫌味風に言った。
本当はシーリルと二人っきりでもっと話したかったけれど、皇太子様達がいるのでできない。
皇太子様達に気を使う必要はないと思うがシーリルにそんなことさせるのは気が引ける。
「ははっ、そんなことを言われるのは初めてだな」
「そうですか。それは良かったですね」
正直しょうもない会話をしながら皇太子様の前に座る。
前を見ると皇太子様の後ろに立っている二人が呆れた顔をしていた。
なぜそうなったのか分からずシーリルを見てみると、紅茶を渡し終えたシーリルはぽかんとして驚いている表情だった。
「リエリアお嬢様、今の発言は大丈夫なんですか?」
「ラディウス殿下、その発言はいかがなものかと」
わたしはシーリルに、皇太子様は騎士様に注意のような心配を同時にされた。
「同時に同じ内容のことを主人に言うあたり仲が良い証拠だな。結婚をするのに必要な要素の一つかもしれない。なぁ、リエリア」
「なんでわたしに振るんで……ちょっと待ってください。シーリル……」
わたしは皇太子様の発言に少し疑問を持ち、シーリルに確認することにした。
もしかしたらシーリルはあの騎士様と……。
「シーリル、結婚したの?」
「はい。伝えるのが遅れてすみません」
「おめでとうっ! 相手は騎士様なの?」
「そうです」
わたしはシーリルが選んだ男性だから良い人なんだろう。
それにしてもシーリルが結婚か。昔はあんなに可愛らしかったのに、結婚する年齢にまでなったなんて。
確かにわたしと最後に会った時に比べて大人びた感じはする。
「騎士様、シーリルをよろしくお願いします」
「……はい、スペス神に誓い、絶対にリルを守ります」
「ちょっと、ディア、やめてよ。恥ずかしいから……」
「自分は本当のことを言っただけだからな」
「うぅ」
わたしは何を見せつけられているのだろう。
二人がとても幸せそうで良かったけど、ここの空気に砂糖が混ぜられているのかと錯覚するくらい甘い雰囲気。
それにしてもリルとディアか。そんなに短い愛称で呼び合えるのは本当に仲の良いということが伝わってくる。
仲の良い人達が2〜3文字の短い愛称で呼ぶのはスペス神に愛を誓っているということを言った証拠。
「この二人の惚気は置いておくとして」
「はい、そうしましょう」
「では単刀直入に聞こう。オレは何をしたんだ? 教えてほしい。無理ならシャリシーリルに言ってくれればいい」
昨日泣いたことに対しての発言だろう。
正直に言うべきなのだろうけれど、言おうとすると言葉が出ない。
多分言えないのはわたしのため。なぜなら皇太子様に深く関わることを恐れているから。
深く関われば傷つくし傷つけてしまう。だったら関わらなければいいんじゃないかと考える。だから拒絶する。
「…………。教えたいとは思っていますけど、それは難しいです。すみません」
わたしは言葉が詰まった。
でもそれを少しでも感じさせないように、作り笑いで誤魔化す。
「……謝らなくていい。オレではまだ無理だということか」
「っ」
わたしの作り笑いと言葉で傷つけてしまった。
だけどこの傷つける行為はわたしのなかでは正しい行為。だってこれをすればもう傷つけることはないということだから。
「リエリアお嬢様、少し気分転換しに行きませんか?」
「気分転換? どうやって?」
「外に出ましょう! 殿下もお許しになってくれるはずです!」
ああ懐かしいな、この感じ。
こうなったシーリルはもう手がつけられない。だってシーリルはわたしのために良いと思うことは何が何でもやらせるから。
それにわたしもそういうシーリルの行動にはついていく。だってわたしはシーリルのことを信じているから。
でも、怖い。外は怖い。
だってあの人達に見つかったら……。
だけどシーリルがいてくれる。でも怖い。怖いのは絶対変わらない。あの人達の目が言葉が行動が、全てが怖い。
「…………」
「リエリアお嬢様、私がいますから」
シーリルがわたしを立ち上がらせるために手を差し出す。
これだ。
このシーリルの暖かな目、優しい言葉、勇気をくれる行動。
あの人達に対する恐怖を一瞬で無くしてくれる。
「うん」
わたしはシーリルの手を取り、勇気を出して一歩を踏み出してみる。
他人から見れば普通の行為。わたしから見れば何よりも大きい行動。
「ということで殿下、少し待ってもらっていいですか」
「あ、ああ」
シーリルは殿下に許可を願うと、返事をもらう前にわたしの手を引き客室から出ていった。
再び感じることができたこの優しさをわたしは一生忘れない。
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リエリアとシャリシーリルはオレ達を客室に残していなくなった。
オレと話していた時はどことなくキツそうだったリエリアは、シャリシーリルの言葉と行動で少しだけ明るくなった気がする。
「これは、ものすごく心にくるな」
「仕方ないですよ。今のラディウス様とシャリシーリル様では何もかもが違いすぎますから。負けて当たり前です」
「確かにリルの可愛さには流石のラディウス殿下も勝てませんよ」
「ジュラルディア、惚気話はよせ。それ以上やればラディウス様が死んでしまう」
ジュラルディアの言っていることはどうでもいいが、ギアルの言っていることはごもっともだ。
オレとシャリシーリルでは共に過ごした時間も絆も信頼も何もかも足りなすぎる。
「どうするべきか」
「一つアドバイスを差し上げます。今の期間はこの王宮に多くの人、もっと言えばこの王国の貴族の多くがいます。そんな中にリエリア様がいたらどんなことをされるか。しかもそばにいるのは王宮に入ることすらできないシャリシーリル様」
「!? そうだ、なぜ気づかなかったんだ。それにギアル、お前は知っていてなぜ止めなかったんだ」
「そこで助けるのが、ヒーローというものですよ。ただしこっそりあとをつけないと、ただの変態に成り下がりますからご注意を」
「ああ、分かった。今すぐ行くぞ」
そう言ってオレ達はこの場から離れた。