6.会いたかった
翌日の十時前。
昨日のうちにギアルがリエリアの元専属侍女にオレの元へ来るように言ってくれた。
オレは椅子へ座り、元専属侍女を待っている。
「ラディウス様、少し落ち着いてください」
「ああ、分かってはいるんだが……」
今の焦りを表には出さないように心がけてはいたんだがどうしても落ち着けない。
昨日のことを引きずっていることが自分でも分かるほど、全く落ち着くことができない。
「昨日、何があったかは知りません。ですが昨日の花火は喜ばれなかったんでしょう?」
「ッ! 何故それを? もしかしてどこかで見ていたのか!?」
ギアルは優秀な執事だが本人曰く面白そうなこと(オレからしたら意地悪的なこと)をやる。
決して人の恋路を邪魔はしないだろうが、意地悪は絶対にしてくる。
「見るわけないですよ。ラディウス様の逢い引きなんて」
「そうだよな」
時計を見ると丁度十時になった。
その瞬間、ドアからコンコンとノックをする音が聞こえる。
「入れ」
部屋に入って来たのは、騎士姿の男とオレに会うに相応しい服を着た女性だった。
男はジュラルディア。女性の方がリエリアの元専属侍女だろう。
「ラディウス殿下、お久し振りでございます」
「初めまして、殿下。ジュラルディアの妻、シャリシーリル・コークスです」
「ひとまずここに座れ」
リエリアの元専属侍女の名はシャリシーリル・コークスか。
ジュラルディアの妻になったから同じ姓を名乗っているのだろう。
シャリシーリルは瞳は碧眼だが髪は王国では珍しい青色。
「シャリシーリル。君を呼んだのはリエリアに会ってほしいからだ」
「リエリアお嬢様に、ですか?」
シャリシーリルはリエリアの名を言うとすぐに反応した。
その様子からしてリエリアのことを気にしていたんだろう。
シャリシーリルが王宮を追い出されたのは突然のことだったと聞いた。つまりリエリアと別れの挨拶すらできていないということ。
「そうだ。オレはリエリアを妻にしたいと思っている。が、オレ一人の力では心を開くことが厳しい。だから君の力を借りたい。お願いだ」
オレは自分の想いを伝え頭を下げた。
その姿を見ると三人は驚いた。何故なら身分の高い者が身分の低い者、それも平民に頭を下げることはしてはならない。
それは貴族平民共通の常識だ。
「殿下っ、どうか頭をお上げください。リエリアお嬢様に会えるなら私も会いたいと思っていましたから」
「ああ、そうか。ありがとう」
良かった、本当に良かった。
他力本願になってしまうがこうでもしないといけないと感じた。
オレは嫌われたかもしれない。嫌いな相手に会いたい奴はいない。
オレがリエリアに会うためにはこうするしかないのだ。
本当は自分の力でリエリアに会いたいのだけれど、時間があまりにも足りなさすぎる。
「急だが、今から行けるか?」
「行けますけど……。リエリアお嬢様が起きているかが分かりませんけど、それでも大丈夫ですか?」
「大丈夫だ。リエリアが起きていなくとも、起こしてみせるさ」
やはりシャリシーリルはリエリアのことをきちんと理解している。
それにリエリアがイエア人だということを気にもしていないようだ。
彼女はイエア人という外見ではなく、リエリアという中身をしっかり見てくれる。リエリアの侍女に相応しい者だな。
そしてオレ達四人はリエリアのいる離宮へと移動した。
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いつの間に、眠ったんだろう。
こういう時はいつも眠れないのに、なんで昨日はすんなりと眠れたの……。
でも優しい声でなにかを言われたのは、微かだけど覚えている。
それが誰なのかは分からないけど、今はまだいいかなって思っちゃう。
そんなことを考えながら起き上がると、ドアをノックする音と昔よく聞いた声が聞こえた。
「リエリアお嬢様、起きていますか?」
「!?」
えっ……今の声。
いや気のせいだと思う。
だって、シーリルは、ここから追い出されたはず、だから……。
わたしは自分の勘違いだと思いつつもどこかでシーリルが来てくれたのではないかと期待をしていた。
駆け足でドアへと急ぐ。
そしてバッとドアを開けると、そこには彼女がいた。
少し大人びた顔で背も高くなっている。
わたしが最後に会った時とは変わっているけど、そこにいたのは紛れもないわたしの元に最後までいてくれた人だ。
「シー、リル……なの……?」
「はい、そうです。リエリアお嬢様」
わたしはすとんと座り込み、自然と涙が溢れてきた。
そんなわたしを見てシーリルはそっと抱きしめてくれる。
暖かい。
最後に感じた人の暖かさ。二度と感じることができないと思っていた暖かさ。もう一度感じれたこの幸せな暖かさ。
「会いたかった。会いたかったよぉ、シーリル」
「私も会いたかったです、リエリアお嬢様」
わたしはわたしを愛してくれている人にもう一度会えた喜びで思いっきり大声をあげて泣いた。
「落ち着きましたか?」
「うん、ありがと、シーリル」
「リエリアお嬢様、中に入ってもいいですか? お話ししなければならないことがありますので」
「分かったよ。皇太子様達もどうぞ」
わたしはシーリルの話を聞くために、シーリルと皇太子様達を離宮の中に入れた。
そして一応ある客室へと案内した。
皇太子様達は椅子に座る。
「リエリアお嬢様、キッチンを借りてもよろしいですか?」
シーリルはわたしに話しかけてくれて、キッチンの場所を聞いてくれた。
「うん、いいけど……どうして?」
「ちょっとしたプレゼントのためです」
そう言って詳しい内容ははぐらかされたけど、わたしはシーリルをキッチンへと連れて行った。
「綺麗に掃除されてますね」
「掃除のやり方はシーリルに教えてもらってたから」
まだお父様とお母様がいた頃、お父様の執務室が汚れていたからわたしが綺麗にしたいと思ってシーリルに掃除の仕方を教えてもらったことがある。
それからは定期的に離宮の掃除をやっていた。幸いにもそこまで部屋数は多くないので、一人でこなすことができた。
「リエリアお嬢様が頑張った成果なんですね」
「うっ、うん!」
キッチンに着くとシーリルは手際良く紅茶を淹れる準備をし始めた。
「わたしがやるよ」
「いいえ、これは私の仕事ですから。それにリエリアお嬢様に紅茶を淹れるのは久しぶりなので、ぜひやらせてください」
「それなら、分かった」
本来ならばわたしがやらないといけないことなんだけど、シーリルは嬉しそうに準備をしている。
そんなシーリルを見るとわたしは幸せな気分になった。
しばらく待っていると懐かしい香りがする。
「これ……」
「気づきました? もしかしたらって思って持って来てたんです」
「そうなの……ありがとう」
この香りはわたしとシーリルとの思い出の紅茶の香り。
初めてシーリルがわたしに淹れてくれた紅茶。
なかなか上手にできないからと紅茶を入れてくれるのを渋っていたシーリルが、わたしが無理をしてお願いして淹れてくれた。
最初はお世辞にも美味しいと言える味じゃなかったけど、毎回作ってくれる度に美味しくなっていった。
わたしのために上手になろうと頑張ってくれた最初の思い出の紅茶。
それからはわたしに辛いことがあると、絶対にこれを淹れてくれて話を聞いてくれる。
シーリルを思い出す紅茶だから、別れてからは避けていた。
それにこの紅茶を淹れてくれるのはシーリルだけって決めていたから。
「出来ました。行きましょうか、リエリアお嬢様」
「うんっ!」