5.ごめんなさい
わたしはベッドに飛び込み、枕に顔を埋める。
皇太子様の元を離れてから、もっと涙が溢れ出す。
皇太子様は優しい。
わたしはそんな優しい人と関わってはいけない。
きっと皇太子様と一緒にいれば色々なことを知れて、幸せと感じれる日々が過ごせるだろう。
でもそれはダメ、だってわたしは幸せを壊してしまうから。
「お父様、お母様、ごめんなさいっ、ごめんなさいっ、ごめんなさいっ」
お母様が病気になって日に日に痩せ細っていくお母様のことを見るに堪えなかった。
だからお母様の元へ行かなくなった。
行かなくなってすぐ、お母様は亡くなった。
わたしはそんな姿を見たくなくて、お葬式には行かなかった。
何度も、何度も耳にした言葉がある。
「最後だというのに、母親に会わないなんて、酷い娘だ」
と。
そしてお父様からは罵倒を浴びせられた。
あの優しかったお父様から「リエリアは我とマエリアの娘ではない」という言葉を。
それ以来お父様とは一度も話すことなく、お父様も亡くなった。
その言葉がトラウマとなり、お父様のお葬式には行けなかった。
今でこそお母様お父様のことを考えれるようになった。
だけれど考えれば考えるほど、わたしだけどわたしではない、もう一人のわたしと言えるような人がわたしのことを責めてくる。
わたしがずっと寝ているのはお母様お父様のことを考えないようにするため。
「わたしだけ生きてて、ごめんなさいっ」
生きる価値がないからここに居る。
殺す価値もないからここに居る。
会う価値がないからここに居る。
価値のないわたしの元へ来てくれた皇太子様。
あの人はわたしにとって手を差し伸べてくれた王子様みたいな存在。
でもわたしの元にいれば死んでしまう。
ならば近づかない方がいい、傷つけないために傷つかないために。
「ごめんなさい、皇太子様」
『眠れ』
耳元で誰かの声がした。
とても優しい声。
わたしはその声をその言葉を聞いたすぐあと自然と瞼が閉じた。
『お前には俺様が居る。助けが欲しいなら言うといい。俺様の名はーーー』
優しい声がわたしの味方をしてくれる。
けど肝心の名前は聞こえなかった。
そしてそのままわたしは眠った。
『まだ力が足りぬか、お前も俺様も』
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オレは何故リエリアが泣いてしまったのかが分からないまま部屋へと戻る。
そしてすぐに専属の執事であるギアルを呼び出した。
「ギアル、リエリアのことについて調べろ」
「もうとっくに調べています。そもそもラディウス様は皇太子なのですから、好きな女性が出来たとしても先に身元調査をするべきなんですから」
ギアルは胸ポケットから手帳を取り出し開いた。
オレはその間にソファに座る。
「名前はリエリア・ウィース・ネプ。ネプ王国の第一王女で、現国王の従兄妹です」
「そのくらいは分かっている」
「随分と慌てていますね。何故かは後で聞くとしましょう」
オレは何故泣いてしまったのか、その理由を知りたいのだ。
そのために聞いているのに、そんな当たり前過ぎる情報は要らない。
けれどオレが最も信じている執事なのだから、きっとその情報にも意味があるのかもしれない。
「父親は前国王、母親は一般市民ですが『夜の守り人』です。両方とも亡くなっており、最後の場にリエリア王女は立ち会わなかったそうですね」
「それは事故か?」
「いいえ、母親は病で亡くなり、それを追うように父親も病を患い亡くなったようです」
事故ではなく二人とも病死か。
なら最後の場に立ち会えないのも無理はない。
なにか感染するような病の可能性もあるかもしれないんだからな。
「感染症などの可能性があるから仕方ないんじゃないのか?」
「いえ病気自体は感染症ではないそうです。シャネル王国は火葬が主流なので遺灰になる前に感謝を伝えるのが慣しのようですが、その場にリエリア王女は立ち会わなかった。だからそのことで様々な人から陰口を言われていたみたいですね」
両親を失った後に陰口を言われ続ける。
それは精神的に追い込まれても仕方がない。
しかもそれが幼い頃なんて、オレがその立場にいたら生きていただろうか。
「それと前国王にリエリア王女は自分達の子ではないと言われたという証言を得られました。前国王の八つ当たりみたいなもので、血はちゃんと繋がっています」
「どこからの情報だ?」
「リエリア王女の元専属侍女です。探すのに苦労しましたよ」
「その侍女はここで働いてはいないのか?」
「ええ、今は我が国の騎士と結婚しています。リエリア王女の専属侍女なだけあって裏では他の侍女たちからは虐められていたみたいですからね」
前国王がいた頃は『夜の守り人』に対しての扱いは大分改善されていたはずだが、やはり他の者たちの根底にある意識までは変えることができなかったか。
まあその扱いも今は改善前より悪化しているがな。
その専属侍女をリエリアの元に呼び戻せば少しは心を広いてくれるだろうか。
……いや、やめておこう、過去を思い出させるようなことはしたくない。
「でも良い情報も得られました。今この国に訪れています」
「どういうことだ!?」
オレは思わず声を上げて立ち上がった。
でもリエリアに過去を思い出して欲しくないと思いつつ、リエリアが心を広いてくれる可能性があるかもしれないと思ったからだ。
リエリアを優先するか、それとも自分を優先するか。
「落ち着いてください」
「ああ、すまん」
「夫の騎士がラディウス様直属の近衛騎士団団長ジェラルディアですから」
近衛騎士団団長ジェラルディア・コークスは我が国の伯爵家の出で、剣の扱い優れた若き騎士団長。
オレの騎士になるがために爵位を捨て騎士団長まで成り上がった人物だ。
オレとギアルとは同い年で昔から仲良くしていた。
この国に来る前に結婚をしたと言っていたな。
式を上げるのは国に帰ってからだったか。
だから是非オレも式に来てくれと誘われた。
「ジェラルディアの妻がリエリアの元専属侍女だと」
「はい。他の侍女たちから聞いた名前特徴出自などと、ジェラルディアから聞いた名前特徴出自が完全に一致しました。それにジェラルディアの妻がある人の元専属侍女をしていたという話も聞けました。ジェラルディアからは惚気話を聞かされましたが」
今すぐジェラルディアとその妻を呼びたい。
けれど流石にこんな夜中に呼び出すのは気が引ける。
「明日の朝呼んでくれ。流石に妻一人を呼ぶのはジェラルディアに悪いから、二人一緒にと」
「了解しました。明日の十時に連れて参ります」
「ああ、よろしく頼む」
「はい。お休みになられた方がよろしいですよ、酷い顔してますから」
「そんなにか?」
「ええ、そんなにです」
「分かった。今日は一旦休むことにする」
そう言ってオレは隣にある寝室へと移動した。
「これで二度目、か」
思い出すな、あの時のこと。
あの時は子供だったから良かったものの、傷付いているリエリアを見ると……。
女性は分からないな、今も昔も。