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4.すみません

 起きてしまった。

 皇太子様が来るよりも早く。

 もう一回寝ようと思って、ベッドへ行ったのに中々寝付けない。


「眠れない……」


 皇太子様の話を聞いて、街の様子が気になる。

 “差”という言葉が本当なのか、街が皇太子様の言う通り変わってしまったのか。

 それがとても気になって仕方がない。


「街、か。久し振りに行きたいな」


 昔は堂々と髪や眼を隠さずに歩けていた。

 何故ならお父様がお母様と結婚したから。

 それによってイエア人への差別がされないようになり、イエア人への偏見も殆ど無くなっていた。


 お父様は色々な改革を進めてきたが、特に力を入れていたのがイエア人を対等に扱うというものだった。

 そのお陰でわたしもお母様も毎日が楽しく暮らせていた。


「力の使い方、教わっておけばよかった」


 イエア人には特別な力を持っているらしい。

 『夜の守り人』と『日の守り人』には特別な力を持っている。


 それは神から授かったもので、『夜の守り人』は18時から6時まで使用できて、人を守る力。

 『日の守り人』の場合は6時から18時まで使用できて、人を癒す力。

 けれど両方とも効果は人それぞれ、使う人の定義によって様々な効果が発揮されるみたい。


 そんなことを考えていると前日と同様、トンっ、トンっという音がした。

 わたしは窓へと行き、下を見ると皇太子様が来ていた。

 開けるかどうか迷ったけれど、皇太子様を無下に扱うのは流石にと思ったので窓を開けた。


「昨日言っていた時間より早い気がするんですが」

「そうか、まあ昨日より長く話せるのだからいいだろう」

「いえ、長く話す気はないので」


 わたしは素直な気持ちを言った。

 すると皇太子様はハハッと笑う。


 この人の感性があまり理解できないのだけれど、こういうのが普通なの?

 わたしが長期間誰とも話していなかったから、話し方を忘れてしまったのかな。

 でもこの人が少しズレているというのはなんとなく分かる。


「今日は早く終わったから来たというわけだ」

「昨日みたいではないと?」

「ああ、当たり前だ。いくら帝国が王国より強いとは言え、友好な関係を結んでいて損はないからな」


 皇太子様が言うことは最もだと思った。


 確かに帝国は様々な面で王国より優れている。

 けれど戦争にでもなれば多少なりとも被害が出るだろう。

 ならば友好的な関係を結んでいて損はないということには合点がいく。


「今日は国王と話してきたぞ。リエリアの従兄妹だ。現在は国王になっているからな」


 そうだよね。

 お父様が亡くなったのだから、わたしの従兄妹であるベレードさんが国王になっている。

 わたしをここに閉じ込めたのも恐らく国王だろう。


「まあ個人的には嫌いなタイプの人間だったな。父上が歳が近いからという理由だけで、国王と話をさせられるなんて最悪な気分だ。まあしかし、リエリアと会えたのはそれ以上に良かったと思うよ」


 少しため息をついた皇太子様だけれど、わたしのことについて話し始めると嬉しそうな顔になっていた。


 国王と話すのがそんなに嫌だったのか。

 わたしはベレードさんとは片手で数えれるくらいしか会ったことがないし、話したことは一度もない。

 お父様がわたしとベレードさんを会わせたくなかったからなのか、向こうが一方的にわたしのことを嫌っていたからなのか、どっちか分からない。

 だからベレードさんがどんな人なのかをわたしは知らない。


「愚痴を聞いてあげたので、寝てもいいですか?」

「ああ、待った待った」


 わたしは前のようにすぐに窓を閉めようとはせず、確認してから閉めることにした。

 皇太子様を無下に扱い、ここを追い出されてしまうかもしれないと思ったから。


「国王との会談の時、リエリアについて尋ねたよ」


 わたしのことを直接聞くとは、皇太子様はやはり凄い。

 わたしだったら絶対にそんなことできない。


「まあ、リエリアの名前は出してないから安心していい。オレが聞いたのは、ここ、つまりこの離宮にイエア人が幽閉されていると聞いたのは本当か、ということだ」


 噂で聞いたような感じで質問したってこと。

 わたしと関わっていることは言っていないのか。


「リエリアを幽閉していることをあっさりと言ってくれた。それにリエリアを買い取らないか、なんて言ってきた」


 少し怒り気味で話している皇太子様。

 なんで怒っているのかがわたしにはいまいち分からないけど、ベレードさんが皇太子様に対して不快な行動をしたのだろう。


 わたしを買い取ったのかな?


「皇太子様、わたしを買い取る件はどのような返事をしたのですか?」


 わたしを買い取れば、結婚は置いておくとして、わたしという帝国のなかでは大きな影響力を持つかもしれない人を得られるのなら良いと思うけど。


「オレが買うと言うと思うか?」

「……はい、と言いたいところですが、いいえと言ったんじゃないですか?」

「正解だ。国単位で見れば間違った行為だが、人としては正しい判断だろ。オレのこと、分かるようになってきたな」


 分かるようになったわけではなく、皇太子様が分かりやす過ぎるだけ。

 でも納得してしまうし、心のどこかで嬉しいとも思ってしまう。

 わたしのことをきちんと考えてくれているんじゃないか、なんて思うから。


「ありがとうございます」

「別に大したことはしていない。もしもそこで買い取ったら、オレがリエリアのことをその程度にしか想っていないということになるだろ? だからオレはそんなことする気はさらさら無い」


 確かに今の状況で皇太子様が買い取ったら、皇太子様に対してのわたしの評価は地に落ちると思う。

 今でさえ、マイナス方面の評価なのに。


「皇太子様って、馬鹿なんですね」

「オレに向かってそんなこと言ってきた奴は初めてだな。まあ、リエリアから見れば馬鹿と思われるかもしれない。でもオレからしたら英断と言ってもいいくらいの判断だよ」


 わたしから見たらつまり客観的に見たら悪手と言える選択だけど、皇太子様の主観から見れば良い判断なのだろう。


 でもちょっとだけ、ほんのちょっとだけ、皇太子様が良いなと思ってしまった。

 こんな感情、持っても意味ないのに。


「もうそろそろか」

「もうそろそろって、なにか用事でもあるのですか?」


 左手首に付けている腕時計を見て、空を見上げた皇太子様。


 今日は『星無きの日』と言って、邪神がこの世に現れるという日。

 月に一度月の終わりの日にあり、あくまでおとぎ話のようなものだ。

 邪神が現れる『星無きの日』に『夜の守り人』が邪神と戦って追い払ったらしい。

 でもそんなのは所詮おとぎ話なだけで、信じている人は誰一人として居ないだろう。


「『星無きの日』に祈り星という花火を打ち上げる。それが帝国の恒例行事だ。今回は国王に許可をもらってやることにしたんだ」


 帝国はそんなことをしているんだ。

 やっぱり『夜の守り人』を丁重に扱う帝国は、こんなおとぎ話も信じているってことなのかな。


「来るぞ」


 皇太子様の一言と同時に、花火が打ち上がる時に鳴るのであろう独特な音が鳴り、様々な色の花火が空を明るくする。

 色は様々だけれど、一貫して全て星模様の花火だった。

 暗い夜空がいつもと同じ明るい夜空へと一瞬で変わっていく。


「綺麗……」


 自然と言葉が湧いてくる。

 言ってしまえばただの花火でしかないのに、こんなにも綺麗と思えるのは何故だろう。

 星模様の花火が本当に綺麗だからか、久しぶりに見たからか、それとも……。


「だろう? リエリアのために用意したんだ。苦労したけど、リエリアの可愛らしい顔が見られてオレは満足だ」


 この皇太子様は、何故わたしのためにここまでしてくれるのかな。

 ただ『夜の守り手』ってだけの存在のわたしのために、こんな大変なことまでしてくれて。

 本当に皇太子様はわたしのこと……いや、それはないかな。


「すみません、皇太子様」


 わたしは思わず謝ってしまう。

 嬉しいのに嬉しいはずなのに謝ってしまった。

 だってこんなわたしのためにここまでしてくれるなんて、申し訳ない。


 ぽろぽろと涙が溢れ出てくる。

 頑張って止めようとしても止まらない。


「何故謝るんだ?」

「……」


 理由は言えなかった。

 だって言ってしまったら皇太子様なら慰めてくれると思ったから。

 でもそんな風に優しくされたら、わたしが罪悪感で押し潰される。

 これは逃げ、これ以上罪悪感で押し潰されないようにするために選んだ逃げる行為。


「オレはリエリアの許可がないと、リエリアのもとには近づけないと思っている。でも、リエリアの涙を拭き取りたい。駄目か?」

「……すみません。おやすみなさい、皇太子様」


 わたしはこれ以上泣いている姿を皇太子様に見せたくなかったから、急いで窓を閉め部屋の中へと引きこもった。

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