うちの子は嫁には出せません
ゆるゆる設定です。
私は【マリアンジュ・モロー】
モロー侯爵家の夫人であり3人の子の母である。
主人であるレオナルド・モローとは貴族としては珍しい恋愛結婚で結ばれ、3人の子供達も私の手で育てている。
末っ子のカルマンはやんちゃ盛りの3歳で、最近は上の子達の真似をして剣を振り回してみたり、文字の勉強をしてみたりと好奇心が旺盛だ。
真ん中のシェリーヌは生意気になり始めた10歳で、最近は流行りのファッションに興味があるらしく、まだ似合わない大人っぽくセクシーなドレスをやたらと強請る様になって来ている。
1番上のアスリーンは15歳でとても大人しく控え目な子なのだが我が家の問題児だったりする。
本人の素行には一切問題はないのだが、それが問題と言えば問題なのかもしれない。
アスリーンは私のシルバーに水色が混ざった様な珍しい髪色とレオナルドの金色の瞳を受け継いだ、親の贔屓目を無視してもとても綺麗な顔立ちに生まれてきた。
下の2人もとても愛らしい顔をしているのだがアスリーンは群を抜いている。
本人はそんな事等気にも止めていないが、私と出掛けた際の周囲の視線がアスリーンの美しさを証明している。
老若男女問わず誰もが釘付けになるのだ。
それもそうだろう。
白い肌に肩で切り揃えられた美しい髪、パッチリと大きな瞳。
親の私から見てもお人形の様に愛らしく、また美しいと感じるのだから。
しかしそれが問題なのだ。
15歳でデビュタントを終えてからアスリーンへの求婚や婚約の打診が激増したのだ。
同列の侯爵家からの打診だけではなく、位の高い公爵家からも、噂を聞き付けた近隣の王家からの打診まで来てしまったのだ。
我が家はこの打診を受ける訳にはいかなかったので丁重にお断りを続けているのだが、皆どういう訳か諦める事なく打診を重ねてくる。
アスリーンは
「困りましたね。私は嫁ぐ事は出来ないのに。でも何故でしょう?何故私に求婚や婚約の打診が来るのでしょう?」
と困った顔をしつつ不思議そうに首を傾げるだけ。
その顔すら美しいのは困ったものだ。
別に我が家がアスリーンを囲っていたいとか、他にもっと凄い家と内々に婚約の予定があるだとかそんな話ではない。
アスリーンに気に入った方がいれば私もレオナルドも受け入れようと思っているし、身分が低いからと言って頭ごなしに反対するつもりもない。
現に私が侯爵家に入れた事すら奇跡に近いのだから。
私の生家【パディトン子爵家】は成り上がりで爵位を賜った商人の家系だ。
貴族としての歴史は浅く、また爵位は賜ったものの貴族としての生活には馴染めず、豊かな平民といった暮らしぶりをしてきた。
元を辿れば我が家は既に滅びてしまったパディトン王国の血筋だったが、100年以上前に滅びた王国の血筋等全く何の意味も持たない。
その血筋の証が私やアスリーンに受け継がれているシルバーに水色を混ぜた様な珍しい髪色なのだが、そんな髪色だって珍しいので人目を引いてしまう以外何の役にも立たない。
そんな私をレオナルドが見初め、熱烈なアプローチの末に結ばれる事になったのだが、その時のレオナルドのご両親の反対は凄く、周囲からの反感も恐ろしい程に強く、私は結婚等諦めようと思ったものだ。
「マリアンジュと結婚出来ないのなら侯爵家等継がない!」
と公の場で宣言した事と、滅びたとは言え元は王族の血筋であると言う事で渋々ご両親が折れ結婚まで漕ぎ着ける事が出来た。
初めてこの血筋が役に立った訳だ。
今ではレオナルドの両親、特にお義母様とは特に仲が良く、お茶会にお呼ばれしたり、2人でショッピングを楽しんだりと良好な関係を築けている。
本日も朝からマクズナーク公爵家の嫡男【ノーラン・マクズナーク】様が我が家に押しかけアスリーンに求婚にやって来た。
何度来られても無理なのだ。
そこに寝巻き姿でやって来たアスリーンを見てボンっと火を噴く様に顔を染め上げたノーラン様。
頭が痛い。
「何度も申し上げますが、そもそもアスリーンとノーラン様が結婚等出来る訳がないのです。アスリーンは男子なのですから」
「侯爵家は一体いつになったらアスリーンがご令嬢だと認めるのだ!この様に麗しい男子がいてたまるか!」
「目の前におりますでしょう?産みの母が男子だと言っているのですよ?この子は男子です」
「私は男ですよ?何度も言っていますが」
アスリーンが愛らしい声で口を挟んだ。
アスリーンは成長が遅い様で身長も小柄で声替わりもしていない。
しっかりと男の装いをしているのだがどういう訳か皆アスリーンを令嬢だと思い込んでいる。
我が家がアスリーンを嫁に出したくは無い為にわざと男装をさせて性別を誤魔化しているのだと言う嘘が流れていて、こちらが幾ら否定してもその嘘が何故か真実として囁かれてしまっているのだ。
「アスリーンと言う名からして女性の物ではないか!どう誤魔化しても誤魔化しきれない事実だ!」
「そう申されましても…」
『アスリーン』とは武神アスリーンから取った名前で、アスリーン神はそれはそれは立派な体の熊の様な男性の神様だ。
この国ではアスリーン神は全く有名ではないのだが、レオナルドが留学した隣国ではとても愛されている神様で、留学した際にすっかりアスリーン神を気に入ったレオナルドが生まれてきた長男に「アスリーン神の様に立派な男子に育って欲しい」と願いを込めて付けた物だ。
キャスリーン、アイリーン、マリーン等、後半部分にリーンの付く女性がこの国には多く、それも相まってアスリーンも女性名だと思い込まれている節があったが、実際には男の子だ。
生まれた時にキチンと付いているのは確認しているし、それがある日突然取れて女の子になる事もない。
隣国ではアスリーンと言う名は男子名として人気があるし、現に隣国の第3王子の名もアスリーンである。
それなのに信じないとは本当に頭が痛い話なのだ。
「本当に私は男子なんですよ、ほら」
アスリーンが寝巻きを捲って真っ平らな胸を晒すとノーラン様は噴火しそうな程に顔を染め上げ明後日の方向を見た。
「ま、まだ婚前のレ、レディが、そ、その様に肌を、その、晒すのは…私だったから良かったが…」
全く女性らしい膨らみもない、何なら鍛えていて男性らしい体付きになっているのにこれだ。
本当にどうすれば信じてもらえるのだろうか?
こうなれば最終手段しかないのだろうか?
アスリーンを見るとアスリーンも困った様にこちらを見ていた。
「はぁ…仕方がありません…アスリーン、男性の証を見せて差し上げなさい。私は向こうを向いていますから。ノーラン様、しっかりとご覧になってくださいませ」
そう言うと私はアスリーンに背を向けた。
衣擦れする音がした直後
「な、何故だー!!!!」
とノーラン様の大声が響いた。
「お母様、もう宜しいですよ」
アスリーンの声がしたので私はノーラン様の方を向いた。
この世の終わりの様な真っ青な顔で目を見開きアスリーンを見つめるノーラン様の姿があった。
「ですからずっと申し上げておりましたでしょう?アスリーンは男子です。名は隣国で有名な武神からアスリーンと名付けましたし、隣国ではアスリーンとは男子名です。ですのでどんなに望まれても婚約も結婚も無理なのです。ご理解頂けますか?」
その後ノーラン様はヨロヨロとした足取りで帰って行った。
この件が広がり、アスリーンが男子だと広まる事を期待したのだがそれは叶わなかった。
ノーラン様は御自身の恥になると考えたのか一切の口を閉ざしてしまって、ついでに屋敷にも篭ってしまわれたのだ。
その後も求婚や婚約の打診は続き、当家にいらした人にはアスリーンが最終手段として男性の証を見せたり触れさせたりしなければならない事態が続いている。
幾ら男同志とは言え人様に自分の恥部を見せたり触らせたりしなければならないアスリーンの気持ちを考えると本当に申し訳ないのだが、そこまでしなければ誰も信じてくれないのだ。
「アスリーン、あなたには辛い思いをさせてしまって…ごめんなさいね」
「え?何がですか?」
「その、ほら、アソコをね…」
「あぁ、見せたり触らせたりする事ですか?そんなの何て事ありませんよ。そうでもしないと納得しない方達ですし、あの人達が驚く顔が面白いですし」
何ともまぁ、図太く育ってくれたものだ。
「それに、私はまだ成長期です。これからアスリーン神の様に立派な体付きの男になりますので全く問題ありませんよ」
花も綻ぶ様な笑顔でそう言ったアスリーンの美しい事。
その後我が家はアスリーンが17歳になるまで色々と頭を悩ませる事になるのだが、17歳の誕生日を過ぎた辺りからアスリーンは宣言通り急激に身長が伸び、体付きもすっかり逞しくなり、ようやく男子だと認識される事となり、今度はご令嬢からの求婚や婚約の打診に悩まされる事になるのだ。
アスリーンは20歳になった頃に出会った伯爵家のご令嬢【ミランダ・スミス】様に一目惚れをし、私が受けたレオナルドからの求婚の様に熱烈にミランダ嬢にアプローチをする。
血は争えないものだ。