白い魔女
──《白の妖精》。
それは精霊信仰教会女教皇の通り名とされている。
しかし、彼女にはまことしやかに囁かれる噂があった。
──かの教皇は《魔女》である。精霊信仰教会内部には、《魔女の国》の末裔がおり、教皇は奴等を率いている。
この噂は、かの女教皇の出自が謎であった事、若年にして教皇の地位を得た事、人前に姿を見せぬ事、突然の退位等が要因だとされている。
それ故、彼女を訝しむ者も多かった。
しかし、彼女は後に4大精霊の一人と契約を結び、永きに渡る平安を盤石にした教皇を選定するという功績も残している事から信者からは多大な信頼を得ていた。
敵の多い彼女であったが、不思議とその真実を探ろうとする者はいなかった。
✣✣✣
私──レアは生まれた時から《魔女》だった。何故そうなのかなどと考えた事は無かった。
強いて言うならば、私の師とする人が言ったからだろう。
私は人間が嫌いだった。
──気味が悪い。
私を見た者は影で皆そう言ったのだ。言葉で言わずとも表情がもの語っていた。白髪、白い肌──神聖視されている色を持つ私を皆気味悪がっていたのた。
「──人間なんてそんなものよ。自分と違う物を嫌うの」
そう斑な髪を持つ私の師匠は言った。
真っ白な肌、真っ白な髪、琥珀色の瞳そして高い魔力。それが私。
神聖な色か、或いは高い魔力のお陰か、害されたことは無かった。
けれど、私は何時も一人だった。
ある日、うっかり貴族の屋敷の庭に入り込んでしまった。その屋敷はひっそりと隠れる様に建てられておいた。様々な花が植えられているが、あまり手入れはされていないようだった。
人が住んでいる様には見えなかったのだ。
「──誰? 誰かいるの?」
荒れた庭園を散策中に女の子の声がしたのは驚いた。
私は関わり合いになるのが面倒で、隠れようとして茨の棘で皮膚を切ってしまった。
「いっ!」
思わず声を挙げてしまってから「しまった!」と思った。
けれど、草木をかき分けてひょっこり顔を覗かせた少女の顔を見た時そんな気は失せてしまった。淡い金の髪に空色の瞳至って平凡な顔の少女の顔は余りにも間抜けだったからだ。
「「………」」
少女は空色の瞳を大きく見開いて固まっている。私達は暫く見つめ合っていた。だがすぐに、その顔も歪むだろうと思われた。
しかし、それは違った。
彼女の視線がすっと私の腕に移った時、彼女は私の腕から流れる真っ赤な血気付き顔を真っ青にした。
「──怪我してるの!? 早く手当しなきゃ!」
はっとした少女は私を掴んでグイグイと引っ張っていく。予想外に強い力で引っ張っられ、私は引きづられて泉の近くまで連れて行かれた。彼女は私を無理矢理座らせると、綺麗なハンカチーフを巻いて言葉通り手当をしてくれた。
「手当はこれで良いわね! 貴女お名前は?」
「……」
私が答えるのが面倒で黙っていると、「私はルシアよ」と、聞いてもいないのに彼女の方が名乗った。
「ねぇ、私のお友達になってくれないかしら?」
彼女は無邪気に微笑んだ。その彼女の表情からは、敵意や悪意は感じれず、それが余計に私を落ち着かなくさせた。
その出会いから、私は時々彼女の元を訪れるようになった。不思議と彼女といるのはとても心地良かった。
時折、彼女を溺愛する彼女の兄──アーノルドが友人を連れてやって来た。彼は私達の間に割って入って来ていたが、此方も気味悪がったり、悪意は不思議と感じられなかった。
──彼女と出会って8年が経った頃、彼女はアーノルドの友人の一人──アルヴィスと婚姻した。知らせを聞いた時、正直ショックではあったのだが、幸せそうな彼女の顔を見たら何も言えなくなった。
それから更に一年後、彼女は息子を産んだ。父親似だった。ルシアにそっくりな女の子なら良かったのにと、思った事は秘密だ。
その後9年間は何事もなく幸せな時を過ごした。
──9年後
異変は起きた。彼女にとてつもない魔力を持った子供が宿ったのだ。恐ろしい程の精霊の祝福を受けた子供だ。
私は動揺した。
当時、精霊信仰教会内外で精霊使い見習い──それも高い魔力を持つ──子供が狙われる事件が起きていたからだ。その毒牙が彼女に向かないか内心不安だった。
だから、私はその事件解決すべく自ら動いた。けれど、私は彼女に付いていなかった事を酷く後悔した。
私の奮闘虚しく、彼女は攫われ、アルヴィスは殺された。
幸いにもルシアは見つかり、命は助かったが、心は壊れてしまっていた。
産まれてきた筈の子供は行方不明になり、私でも探す事は出来なくなっていた。
───許さない。彼女を傷付けた者達を。
私に中に復讐の炎が燃え上がった。そして私はこの時初めて自覚した。
私は《魔女》なのだと。