傀儡の魔女
──《傀儡の魔女》とは通称、人形使いとも呼ばれる。彼は巧みに人を操る術を持つ。故に常に警戒されている。元は《無名の魔女》の一人であったと言われている。《魔女の国》崩壊後、突如として頭角を現した人物である。
✣✣✣
ゆらゆらと蝋燭の炎が揺れている。
部屋は薄暗く炎の灯りだけがその部屋を照らしていた。
人影は何処から出したのか手に人形を抱えていた。それは美しく精巧な作りの磁器人形。陶器のつるりとした質感の中に人の肌の質感を漂わせる不思議な人形。
『──まるで生きている様だ!』
そう人々を感嘆させる人形の会心の出来に一人ほくそ笑む。
男がすっと手を動かすと、人形はぴくぴくと動き出し直立した。それから自身のスカートの端をちょこんと掴み淑女の礼を取った。
男が手をすべらず様に動かすと今度はてくてくとひとりでに歩き出し、最初からそこにはあるべき者のように棚の中に鎮座した。
灯が大きく揺れて棚を照らすとそこには数多の陶器人形が同じ様に棚に収まっている。
──ズルッ、ズル………。
男が満足そうに棚を眺めている背後で部屋を這いずりまわる音がした。暖炉の火に照らされたそれはちろちろと赤い舌を覗かせて男にすり寄る。その正体は男の身長を遥かに超える大蛇である。
男は驚きもせず、白い大蛇の好きにさせている。
「くくく」
男の笑い声が静かな部屋に木霊した。
✣✣✣
──チリンチリン
可愛らしい音を立ててドアベルが鳴った。
「こんにちわ! ウォルター子爵」
老紳士──ウォルターがドアを開けると外には小さな女の子を連れた夫婦がいた。
「こんにちわ。ご予約頂いたものは既に出来ておりますよ」
ウォルターは人好きのする笑みを貼り付けると親子を店内へと案内した。店内は革張りのソファと机が置かれているだけの質素な内装だ。
ウォルターは親子をソファに案内すると、自分は店の奥に入った。
一つの箱を持って来ると机の上に置いた。
「わぁ!」
ウォルターが箱を開くと少女は目を輝かせた。少女の目の前には愛らしい桃色のドレスを纏った陶器人形が箱の中に寝かされている。
「気に入ってくださった様ですね」
「待ったかいがあります」
少女の両親は顔を綻ばせた。
「いえいえ、此方こそしがない老人の趣味に付き合って頂いて感謝しております」
「まぁ、ご謙遜を。ウォルター子爵のご評判は伺っておりますのよ」
そう言って、母親は微笑む。きっと、ウォルターの人形を手に入れたと言う話は暫く彼女の自慢話になる事だろう。
ウォルターは静かにほくそ笑んだ。
✣✣✣
ウォルターは異色の魔女だった。
彼がどういう風に異色かというと、他の魔女と違い爵位を持ちである事が一つ。ある時は子爵、ある時は伯爵と時代、場所によって姿形を変えていた。それを可能にしていたのは彼の能力だ。
彼は傀儡師──自ら魔道具の人形を作り、ほか貴族に潜り込ませる事で有用な情報を得ていたのだ。
彼が何故、貴族として潜り込んでいるか理由は簡単。都合が良いからである。
元々、彼は貴族の子息として生を受けた。彼は少年時代は至って普通の少年だったのだ。
だが、彼はある時から彼の運命は変わった。
それは遥か昔、ウォルターがまだ純粋な少年だった時の話だ。彼は森の中で倒れている青年を見つけた。
「──だ、大丈夫ですか!」
ウォルターが駆け寄ると倒れているのは枯草色の髪のひょろリとした青年だ。
──きっと盗賊か何かに襲われたんだ!
ウォルター少年はそう思った。彼が何もない森の中で荷物一つ持っていなかったせいだ。
彼はその青年を自身の家に連れ帰り、看病してやると彼は直ぐに回復した。青年は助けてくれたお礼にとある事を教えてくれた。
「実は、僕は《魔女》なんですよ」
ウォルター少年は最初、彼の言葉を信じなかった。嘗てあったとされる《魔女の国》は既に崩壊して何十年と時が経っている。その間には、魔女狩りも行なわれ、多くの魔女とされる人々が無惨に散っていった。
──変な人拾っちゃったなぁ。
ウォルターにとって、魔女を名乗る青年は変わり者でしかなかった。
けれど、その青年は回復すると、何を思ったかウォルターに魔道具の作り方を指南し始めたのだ。青年の作る魔道具は一風変わっており、《魔女の国》が健在だった頃に流通していたものと大差ない程の出来だった。
ウォルターの家は貴族であったが、貧しい暮らしをしていたので、彼の作る魔道具は非常に役に立ち、徐々に豊かになっていった。
その頃には、ウォルターも魔道具の中でも人形作りにその才を発揮し始め、彼もまた、《魔女》となっていたのだ。
しかし、《魔女》であることを隠すために時間をかけていたにも関わらず、情報というのは漏れてしまうものらしい。
ある時、「魔女を出せ」と帝国の兵がやって来たのだ。
帝国の兵がやって来るのがわかっていたのか、直後に青年は忽然と消えてしまっていた。
ウォルターの家族はまだ若いウォルターを逃がす事を優先した。彼は他の魔女達と違い貴族特有の金の髪を持っていた為、逃げ仰せるのは簡単だった。けれど、家は取り潰されウォルターの家族は皆還らぬ人となった。
それなりに裕福な暮らしをしていた彼は、何もかもをなくしてしまった事で気づいたのだ。身分は重要だと。情報を得る事はもっと重要だと。
その頃、帝国は各地で戦争を繰り広げていた。彼は戦争の混乱の中、目ぼしい男に成り代わり、怪しまれない様にありとあらゆる用意をした。
元々、彼は慎重で用心深い性格だった事も功を奏したのだろう。
──そして、現在に至る。
彼は今日も薄暗い部屋の中、人形を作り続けている。