夢見の魔女
──《先見の魔女》の能力はその名の通り先の世を見る事である。その方法は多岐に渡る。
未来予知の能力は各国の権力者達が挙って手に入れたい力であった。
それ故、《先見の魔女》は否応なしに権力闘争や戦火に巻き込まれていたという。その能力以外に特質した力の無い魔女はただその戦いの渦に身を委ねるしかなかった。
ある時までは──。
✣✣✣
ユリウスは戦争の絶えない国で産まれた。
彼の両親も物心付く頃には戦火巻き込まれ亡くなり、孤児となった彼は孤児院で育てられた。
この国ではそれ自体が珍しい事ではなく、同じような境遇の子供は大勢いた為、彼はそれを特別不幸な事だとは思っていなかった。
しかし、彼は明らかに普通の子供達とは異なっていた。それに彼が気付いたのは些細な出来事だった。
「──あら、ユリウス何の絵を描いてるの?」
「マシューが怪我する夢を見たの」
ユリウスは夢で見た内容をただ絵に描いただけだった。
しかし、数日後──。
マシューが怪我をした。ユリウスが絵に描いた通りの出来事が起こったのだ。幸い怪我自体は大した事はなかったが、周囲でユリウスを訝しむ様にきっかけになった。
最初はただの偶然だと思われていたが、それ以降、ユリウスが夢を見る度同じ様な事が起こったのだ。
流石に似た様な出来事が何度も続くと皆、ユリウスを気味悪がる様になった。優しかった人々の目が不気味な物を見るような目に変わっていくのをユリウスも幼いながらに肌で感じていた。
唯一年老いたシスターだけは彼に優しく接してくれた。
『──精霊女王様どうかこの子に祝福をお与え下さい』
そう祈る姿がその目がユリウスを可哀想な子供だと物語っており、ユリウスはそれが嫌で堪らなかった。
その後、戦争が激化し、暴徒と化した民衆に寄って孤児院が燃やされた。
真っ赤に燃える炎と逃げ惑うは人々、ユリウスもその中に紛れ無我夢中で逃げたのだ。
居場所が無くなって初めて、幼かったユリウスにも憐憫でも同情でも、そのおかげで彼が飢える事も、寝床を失うことも無かった事を知ったのである。
浮浪児として町を彷徨よい、奴隷として売られた。彼は非常に美しい容姿をしていた為、他の労働奴隷の様に鞭で打たれることは無かった。
けれど、この先に何が待っているのか考えると恐ろしくて堪らなかった。
──そんなある日、彼は夢を見た。
美しい森の中を僕は何処かに向かって歩いていく夢だ。
その森は朝日を浴びて露が煌めき、緑は青々と繁っていた。生命力に溢れる風景はとても美しかった。
どんどんと森を進んでいくと野原に人影が佇んでいるのが見えて──。
そこで夢は終わっていた。
その夢に思いを馳せた。何度も同じ夢を見ようと祈ったが、結局その夢を見る事は無かった。
それからどれ程経っただろう。
とある女性──ハンナがユリウスを尋ねて来たのだ。
「──随分と酷い目にあったみたいだね」
「僕を何処かに連れて行くの?」
怯えながら尋ねると女は鼻を鳴らした。
「アタシはあんたを連れてくるように言われただけだよ。でも、まあ悪いようにはしないから安心しな」
──僕は売られてしまうのかな……。
ユリウスは半ば諦めにも近い感情を覚えたが、一体どんな方法を使ったのか彼女は言った通り彼をあっさりとその場から連れ出したのだ。
「──あんた名前は?」
ハンナは何気なく聞いただけだろうが、ユリウスが自身の名を口にした時、彼女は目を大きく見開き何とも形容し難い顔をした。
その理由はその時のユリウスにはわからなかった。
ハンナに連れられ彼女の住む森へやって来たユリウスは、湖の辺りにある小さな小屋に案内された。その小屋には小さな老人が寝台に横たわっていた。
「──初めまして、新しい《先見の魔女》」
「《先見の魔女》?」
ユリウスが老人に尋ねると彼は《先見の魔女》とは何かを教えた。そして、ユリウスが夢を通して先の世を見ているのだという事も。
「──もっと早くお前を見つけていたら……すまなかった。だが、最期にお前を見つけられて良かった」
そう老人に告げられユリウスは困惑した。ユリウスの頭を撫ぜる手は枯れ枝の様に細かったが、優しかった。
ユリウスがこの小屋での生活に慣れた頃、再び夢を森の中を歩く夢を見た。
その翌日、ユリウスは森を散策していると、見覚えのある場所に行き付いた。夢の通りに森を進んでいくと森の深くの野原に確かにその人影はたたずんでいた。
彼は2mはある背丈に枝の様に細い腕と指。その指からは長い爪が生えている。もっとも目を引いたのはその頭部ある筈のものが無い。首から上が無かったのだ。
彼は人では無かったが、不思議な事にユリウスは恐ろしいと感じなかった。
──彼は誰かを待っている。
ただ静かにその場に佇む彼を見たユリウスの印象だ。
ユリウスはその夜夢を見た。
予知夢ではなかった。遥か昔の彼の記憶だ。
首を無くして悲しむ彼に人々は刃を向け、彼の足元には死体の山が出来た。人々は彼を恐れ、近づかなくなり、この森で彼は悲しみに暮れていた。
ある時、一人の少女が彼の前に現れた。
「──貴方は此処で何をしているの?」
無邪気な少女は彼に尋ねた。彼は答える事は無い。答える為の口が声が無いのだから。
「私にはすべき事があるけど、それが終わったら一緒に来ない? 私、貴方を迎えに来るわ」
その時見えない筈の彼の目にはっきりと輝く黄金の髪とエメラルドの瞳の美しい少女の姿が浮かんだ。
その瞬間、ユリウスは雷に撃たれた様な衝撃を受けたのだ。それは夢の中の彼の感情だったのかもしれない。
──これぞまさに天啓。
それ以来、彼は約束を守り彼女を待ち続けたのである。深い森の奥でただ静かにひっそりと。
目が醒めて、ユリウスは心に誓った。
僕も彼と共に待ち続けようと──。