無名の魔女
──《無名の魔女》とは異名を持たない魔女の事である。
その他大勢の魔女であり、その中から強大な力を持つ者も現れると言う。
✣✣✣
カストルは名も無き魔女の一人であった。
大した力も無く、けれど魔女として追い出され行く宛もなく。そんな彼を受け入れたのは《魔女の女王》だった。
「──好きなだけいると良いわ。皆そうしているもの」
一見、10代のカストルと大差ない年齢の少女は実はカストルの何倍も長く生きているという。
真っ黒な髪に血のように赤い瞳、その瞳は知性を宿し何処までも静かな瞳だった。
──何か俺にもあの人の為に出来ないかな?
そう思い始めたのが魔道具作りだ。
魔力は低いが、手先の器用なカストルにはうってつけだった。
基本的に此処にいる人々は、カストルの様に魔道具を作ったり、薬草の研究をしたりと皆思い思いに好きな事ををしていた。何処かに行って、ふらりとと戻ってきたりする者もいる。
此処は《魔女の国》と呼ばれていはいるものの官吏や役人はいない。《魔女の女王》も名ばかりで統治している様子も無い。国と言ってしまうのは不相応な場所だった。
ただ一つだけ決まりはある。
──個を尊重し、他者の妨げになってはならない。
逆にこれさえ守れば後は何をしても良いのだ。外の倫理観等ない。
けれど、そのおかげでカストルは《魔女の国》の中で虐げられる事も追い出される事も無かったのだ。
✣✣✣
──数年後
すっかりこの場所にも馴染んでいた頃、立て続けに獣人達が襲われたのだ。
「──神狼族まで襲われたのか?」
「幸い近くの村の若者に手当を受け、大事にはならなかったそうだ」
「そりゃ、良かった。襲ったのは奴隷商人か?」
「酷い奴らだ」
そう言って鼻を鳴らすのは《森の民》だ。彼等は元々薬を売る為に獣人の里や小さな村や集落を訪れていた。情があるのだろう。
この頃、大陸の北側を有する国の貴族の間で獣人を奴隷にするのが流行っていたのだ。
獣人は元より戦闘能力の高い者達ばかりなので、そこまで不安視はしていなかったのだが、獣人でも抜きん出て強い神狼族が襲われたと知った《無名の魔女》達は焦った。
獣人達は《魔女の国》周辺に住んでおり、彼等のおかげで帝国からの侵略を免れていたのだ。
彼等はその神狼を救った青年に彼等の知恵を貸してやる事にした。誰から聞いたかは漏らしてはいけないと約束をさせて。
しかし、噂話は広がるもので瞬く間に《魔女の国》の話は伝わってしまったのだ。
そして、悲劇は起こった。
《魔女の国》は火の海となり、何も残さず燃え尽きてしまった。
カストルは完全に火が鎮火した後、帝国の兵士の目を盗んで家があった場所を探し、自身の作った魔道具を回収して東の国に向けて出発した。
その間、何度も魔女として追われた。
「──キキ!」
甲高い鳴き声がして、そちらを向くと猫程の大きさの鼠が梯子に引っ掛かっている。
その間抜けさが気に入りカストルが餌をやる内に、東の国に付く頃にはその鼠はすっかりとカストルに懐いていた。
「──? いや、あんたカストルかい!?」
東の国を転々としつつ、魔道具を売り歩いていた彼は一人の老女に呼び止められた。
カストルにはその老女に覚えは無かったが、よくよく見てみると魔女の国にいた無名の魔女の面影がある。
「あんた何で……姿が変わってないんだい?」
彼女は驚愕の表情を浮かべている。それはカストルにもよく分かった。分かっていた上で目を背けていた。
それは不老。
魔力の多い魔女や精霊使いには多い現象だが、魔力の少ないカストルには起こり得ないのだ。
「ところで、あんたあの子はどうしたんだい?」
「あの子とは?」
「冗談はよしておくれよ。あんたの──」
老女の言葉を聞いた瞬間、カストルは頭を鈍器で殴られた様な衝撃を受けた。
──何で忘れていた?
カストルは激しく動揺した。カストルが彼を忘れるはずが無いのだ。
──何が起こっている? 何時から?
自問しても答えは出ない。自身の変化もカストルは理解していると思っていた。しかし、それは思い違いだったのだ。
「──」
カストルは長年忘れていた彼の名を口にした。
──探さなければ……!
そう思うとカストルは踵を返した。
嘗ての故郷を目指して──。