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「僕はヒーローになるんだ!!」
〝Change Horse〟
トオルがそう叫ぶと歪んだ機械音と共に彼の身体は馬の化け物のような姿へと変貌した。
そのさまを目撃したリョウは絶句した。朽端の言葉も不良達の証言もいまいち信用できなかったが、それを証明する物が今目の前に存在しているのだ。
「この力があれば僕だってヒーローになれるんだ! だから手始めにお前をやっつける!」
怪物へと変化したトオルは拳を構え、朽端に飛び掛かる。それを見たリョウはとっさに飛び出し朽端を庇う。
「ぐあぁあっ!」
トオルの攻撃をまともに受けたリョウは吹っ飛ばされ、人が出せる威力ではない衝撃が体を走る……が、思ったほどの痛みは無い。
不良達の様子から骨の一つ二つは覚悟していたが実際は今までに会った喧嘩が得意な不良より数段強い程度。強力なことに違いはないのだが骨折に至るまでではなかった。
リョウがそのことに困惑していると、ふとポケットに違和感を感じ先ほど拾った板を取り出す。板はほんのりと輝きを放っていた。
「まさかコイツのおかげなのか……?」
現状を飲み込めていないリョウに対しトオルが不愉快そうな口調で話しかける。
「辰飛君……なんで邪魔をするのさ!? そいつは悪者なんだ!」
「確かにやってることも言ってることも怪しいヤツだけどよ、そこまで全力でやる程なのか?」
一方で朽端はリョウの取り出した物に反応を示す。
「ワイバーンのレリーフ!? 少年それをどこで……いや、それよりも君は彼の知り合いなのか?」
「まぁそんなところだ」
「そうさ友達さ! でも辰飛君、邪魔をするなら君にだって容赦はしないよ!」
トオルは標的を朽端からリョウへと変更し、彼に殴りかかる。リョウはそれを回避しようと地面を蹴るが、自分の意思とは裏腹に高く跳び上がってしまった。
「うぉっととぉ!? なんだ、これもこの板のせいなのか?」
またも困惑するリョウに、関心した様子で朽端は言う。
「どうやら君はそのレリーフと相性が良いらしいな」
「これがアンタが言ってた影響って訳か。冗談じゃなかったのかよ」
「しゃべってる暇があるのかい!?」
隙を見せたなと言わんばかりにトオルが突進してくるがリョウはそれをいなし背中に蹴りを入れる。突進の反動に加えレリーフの力で強化された脚力によりトオルは大きく突き飛ばされるが、ダメージを受けた素振りはない。
そうした攻防を見ていた朽端は驚愕と歓喜が混ざったような表情で口を開く。
「生身で獣化闘士とやりあうとは大当たりを引いたな少年」
そんな朽端の態度にリョウは少しイラつきながらも状況をも飲み込むべく疑問を投げる。
「そろそろ何が起こってるか説明してくれねぇか? アンタが言ってたことが本当だってんならあの腕輪のこととか相馬がバケモンになった理由も知ってんだろ」
「そうだな、長話をする暇はないし手短に行こう。彼のつけている腕輪はメタブレスと言って、レリーフの能力を体に纏わせることでその力を扱える『獣化闘士』へと変化させる代物だ。強力な戦闘力を得られる反面、デメリットとして……」
朽端がそこまで言いかけたところでトオルが叫び声を上げる。
「もう許さないぞ辰飛君……まず君からやっつけてやる!!」
彼のみせていた興奮は、高揚から苛立ちへと変わっていた。その様子を見ながら朽端は説明を続ける。
「精神面に大きな影響が出る。彼もあんな性格じゃなかったんだろう?」
「あぁ、もっとおとなしいやつだった」
完全に頭に血が上ったトオルはリョウに飛び蹴りをかますがリョウはそれを余裕でよける。トオルは立て続けに攻撃するもレリーフの身体強化に慣れ始めたリョウには当たらない。しかしリョウも反撃として数発のパンチを入れるが獣化闘士の表皮は頑丈で有効打にはならない。
「クソッ、いい加減埒が明かねぇぞ! あいつを元に戻す方法とか無いのか!?」
「あるぞ。獣化闘士に大きなダメージを与えればそれがブレスにフィードバックされ破壊できる。そうすれば変化は解除できるだろう」
「こっちの攻撃が効いてないのわかってて言ってんのかよ!?」
「あぁ、だから君には覚悟を持ってもらう必要がある」
そう言って朽端は白衣のポケットから何かを取り出しリョウに投げ渡す。リョウの受けとったそれはトオルのつけている腕輪と似たものだった。
「覚悟って……俺もバケモンになれってことかよ!?」
「それはビーストランサー。レリーフの能力を鎧と化し装着することで使用者への悪影響は最小限となっている。それを使って彼のブレスを破壊するんだ」
「本当に使っても大丈夫なんだろうな?」
リョウの問いに朽端はまじめな表情で答える。
「ただ一つ覚えておいてほしい、レリーフの力は強力だ。心が弱ければ力に呑まれる、だが強いだけなら獣と同じだということを」
「どの道バケモンになりかねないじゃねぇか!」
「見せてみろ少年、君はどっちだ!」
選択を迫られる辰飛であったがその答えを選ぶまでもなかった。いや、選択肢など最初からなかったのかもしれない。人間、本心からの行動なら覚悟はあっさり決まってしまうものなのだから。
「他に手は無いんだろ? だったら見せてやろうじゃあねぇか!」
リョウは受け取ったビーストランサーを装着し、握っていたレリーフをセットした。
〝ArmsUp Wyvern〟
機械音が響くとともにビーストランサーから装甲が展開されていき、飛竜の意匠を持った銀色の鎧がリョウに装着された。
しかし朽端の忠告通り簡単に呑み込まれてしまいそうなほどのパワーが体中から溢れる感覚が襲う。あまりに凄まじい力にリョウは恐怖を隠せずその場で立ち竦んでしまう。そんなリョウに、朽端は檄を入れるように声をかけた。
「獣装闘士ワイバーン……できればビーストランサー自体使いたくはなかったが状況が状況だ。さぁ行け少年! 力をものにし友を助けてみせろ!」
今は恐怖に竦んでいる場合ではない、力に溺れた友人を助けなければならないのだ。朽端の声で我に返ったリョウは身構え、トオルとの戦闘を開始する。
リョウが装甲を纏ったことにより拮抗していた戦況は一変。両者の間に大きな差がなくなったことで次第にリョウがトオルを圧倒し始める。
超えられると思った人物が自分と同質の力、それもより強力な物を得た事実がトオルの怒りを加速させた。
「なんでいつもそうやって、僕の前を行くんだ!! やっと超えられると思ったのに!」
トオルは可視化された馬の形をしたエネルギーを纏いリョウ向かいに突進する。しかしリョウは両腕から翼を展開し、高く飛び上がってそれを回避する。
「そんなモンを使って超えたところで、何の意味もないだろ!」
そしてリョウは脚に爪型のエネルギーを発生させ、相馬に向かって急降下する。トオルは正面から迎撃しようとするが、落下の加速によって増した蹴りの威力には敵わず大きく吹き飛ばされてしまう。
その衝撃によってつけていたブレスは砕け散り、地面に打ち付けられたトオルも元の姿へと戻った。
「相馬! 大丈夫か!?」
装甲を解除したリョウがトオルのもとへ駆け寄って安否を確認すると、幸いなことに大きな怪我はなく無事であった。
「うぅ……あれ、辰飛君? そもそも僕は何でこんな所に?」
「お前、何があったか覚えてないのか?」
「何があったって、辰飛君に助けてもらった後、帰り道を歩いてたら怪しい黒い人に話かけられて、それから……あれ?」
不思議なことにトオルはレリーフを渡された前後の記憶がなくなっているようであった。
「思い出せないなら無理に思い出す必要もないだろう。そっちの方が良いこともある」
そう言いながらブレスの残骸からレリーフを回収した朽端が二人の側へやってくる。
「辰飛君、その人は?」
「えー、なんて言えばいいか……」
「気にしないでくれ、ただの通りすがりさ。彼が倒れている君を見つけて慌てていたからその手助けをしていたんだ」
朽端がそう誤魔化すとトオルは感謝と謝罪を述べた。
「そうだったんですね、すみません迷惑をかけたみたいで。 辰飛君もごめん……」
「大丈夫だって、気にすんな」
「体に異常は無いようだし、だいぶ日も暮れているからもう帰った方が良いだろう」
「そうですね。ありがとうございました。それじゃあ、さようなら」
トオルは最後に礼を言って帰っていく。それを眺めつつ朽端はリョウに話を始めた。
「君も分かっただろう、レリーフの持つ力の恐ろしさが。私は元々これらの技術を研究する科学者だったんだが、その内容が軍事利用が目的だと気づいて逃げてきたんだ。幾つかのレリーフと最大の研究成果であるビーストランサーをもってな」
「そんな大事な物なら返さないとな」
リョウはビーストランサーを外そうとするが、腕輪部分がガッチリと固定されていて外せない。そんな彼を無視して朽端は話を続ける。
「君の友人を見るに奴らは一般人を使ってのテストを始めたらしい、これからああいった人物が増えていくだろう。だから少年、君に戦力として協力してほしいんだ」
「ちょっと待ってくれ、コレ外れないんだけど」
戸惑うリョウに朽端は完全に失念していたという顔をして返す。
「そう言えば伝え忘れていたね。ビーストランサーは一度使用者登録をすると専用の装置を用いなければ外せないんだ」
「は? その装置ってのは……」
「逃げ出す際に置いてきてしまったな」
「ふ、ふ、ふ……ふざけんなぁ!」
リョウの怒声が辺りに響く。
「この時間では近所迷惑だぞ少年。にしても少年呼びのままでは不便だな、思えば名前を聞き忘れていたね」
「辰飛リョウだコンチクショウ!」
辰飛リョウ、彼に襲い来る受難はこれから激しさを増すのであった。
読みきり風の通り今回で終わらせていただきます。
腕試し感覚で書きましたが学ぶことも多く良い経験となりました。
短い作品でしたがお付き合い頂きありがとうございました。