初めての攻撃魔術と防御魔術
「ええと、どうしましょ。人数が合わないので、カナタさんの相手は私がします」
たしかにペアを作ると半端が出るわけだが、もしかして来賓扱いということで忖度されたのかとも思った。実際のところどうなのだろう。
「……お願いします」
俺とエレノア先生は立った状態で向かい合った。
「カナタさん、まずはリラックスして。私なら多少強くても防御できるし、初心者のうちはそんなに大きな魔術は発動できないから」
エレノア先生は優しかったが、ビギナーなんだからとにかくやってみろというふうにも受け取れてしまった。
微妙なニュアンスが分からないので日本語で話したい。
悠長にしていると他の生徒たちの視線も気になる、発動しなければ……。
「……あれ、どうしちゃったの」
「すいません、上手く発動できなくて……先に防御でもいいですか?」
どういうわけか、昨日のように上手くできなかった。
マナを元に火や水に変換させるイメージはできても、それを他人へ向けることに躊躇したからかもしれない。
「うん、そうしましょう。私が攻撃魔術を発動するから、しっかり防御してね」
「……はい、すいません」
エレノア先生が身体の前に右手を突き出すと、その周りだけ空気が歪んでいくように見えた。
次の瞬間、小さな水の塊がゆっくりと飛んできた。
――これが直撃しても大したケガにはならないだろう。
そう直感したものの、咄嗟のことで思考が追いつかなくなっていた。
盾だ、盾、盾のイメージだ。
そう、盾だ、盾のイメージ――。
必死になるうちに、脳裏には機動隊の皆さんが使う金属製の盾が浮かんでいた。
――そうだ、これなら防御できる。
水鉄砲のような攻撃を機動隊の盾で防ぐ。
やりすぎのようだが、これなら確実だと思った。
ペシャリと柔らかい破裂音がした。
俺は見事、防御に成功した。
「……や、やったぞ」
「カナタさん……何かちがう物をイメージした?」
「……えっ、いや、その」
どうして分かったんだ。
「とりあえず、上手くいったのでよしとしましょう」
エレノア先生は感情が読み取れないような複雑な表情を浮かべていた。
そして、次は攻撃魔術を試す番だった。
防御魔術はできたのだから、攻撃もできるはずだ。
俺は一度成功したことで、徐々に自信を持ち始めていた。
「それでは、次は攻撃の番ね。さあ、いつでもどうぞ」
エレノア先生は余裕のある表情で構えてすらいなかった。
「は、はい、それじゃあいきます」
――全身にマナが流れるイメージを浮かべる。
そのエネルギーが目の前に収縮して、水の塊となって飛んでいく。
俺は右手の掌を正面にかざして、その先から発動するようにイメージした。
すると、次の瞬間に10センチほどの大きさの透明な液体が飛んでいった。
「……やった!」
俺は姿勢を維持したまま、エレノア先生の方を見た。
彼女は容易に防御魔術を展開したようで、ずいぶん手前で水しぶきがあがった。
生徒たちから、おおっとどよめきのようなものが聞こえた。
「はい、よくできましたね」
そういってエレノア先生は微笑んでいた。
「……あの、もう一回試してみたいんですけど」
「そうですね、練習のためにやってみましょうか」
もう一度、右手の掌をかざして、エレノア先生の方に向けた。
マナの感覚は掴めていて、あとは水をイメージするだけだ。
……そうだな、連続で同じサイズじゃつまらないから、もっと量の多そうな……放水車みたいなのはどうだろう。
俺は太いホースの先から水柱が飛び出るイメージを浮かべて、そこにマナが集まるように意識を集中した。
「……あっ、これはいけそうだ」
時間にすれば秒にも満たない刹那。
かざした手の先から水が飛び出していく感覚をつかんだ。
発動された水柱がエレノア先生に向けて飛んでいった。
「――えっ、どうなってるの。ちょ、ちょっとやめて、やめなさい!」
水の勢いが激しすぎたのか、あるいは防御が間に合わなかったのか。
彼女が防ぐまでの間、全身をずぶ濡れにさせてしまった。
「この度は大変申し訳ありません」
現地語でもっとも重い表現の謝罪の言葉を述べた。
「練習相手が私だったからよかったものの、十分に防御ができない相手だったらケガをさせてしまうところだったわ」
金色に輝く髪から地面に水滴が落ちた。
「あんた、ホント信じられないわね。力の加減も分からないの」
近くにいたアリシアが冷ややかな視線を送っていた。
すでに今日の修練は終わり、エレノア先生はアリシアの上着を借りて羽織っていた。
服はまだ乾かないようで、彼女の歩いた後はカタツムリが這った跡みたいになっている。
「大変申し訳ありません……」
「カナタさん、謝るのはそのへんでいいから。まだ始めたばかりなのに、あれだけ魔術が発動できるのは素質があるといっていいけれど、身体に負担がかかるものなの。明日は修練がないから、魔術医に一度診てもらうといいわ」
エレノア先生は険しい表情をゆるめていった。
多少は怒りが収まったようだ。
「……ええと、魔術医ですか」
「ただ、私はエルフ同士の集まりがあるから……アリシア様、カナタさんを案内してもらえませんか」
「えっ、わたしが!?」
アリシアは困惑したような顔を見せた。
そこまで露骨にしなくてもと思ったが、口には出さなかった。
「不慣れな民を案内したり、他人に親切にするのは身分の高い者が率先するべきことだと思いますけれど……無理にとは言いません」
「仕方がないわ、ノブレス・オブリージュね」
アリシアは胸を張るような姿勢でいった。
異世界の言葉で元の世界と同じ表現があることに驚いた。
間違いなく、たしかにアリシアはそんなようなことをいった。
「というわけで、わたしがつれてってあげるわ……」
語尾に小さいな声で仕方なくと聞こえたが、聞き流すことにした。
「アリシア様、よろしくお願いします」
「様はいらない、アリシアでいいわ」
「……それじゃあ、アリシアで」
三人で歩いていると、遠くの空でゆっくりと夕日が沈んでいくところだった。
俺は街に戻ってから、フランツの店で食事を済ませた。
エレノア先生の説明通り、魔術の使いすぎで疲れが溜まったようで宿舎に戻ってからはすぐに寝てしまった。
お読み頂き、ありがとうございます。
チートはありませんが、カナタは魔術師として着実に成長していきます。