ドワーフとの出会い
街の中に出ると、改めて人の多さや街の発展具合に驚きを隠せなかった。
ウィリデから大森林を挟んだだけで人口や規模がずいぶん違う。
遠くの空にゆっくりと太陽が沈んでいくところで、夕焼けと周りの建物の白い外壁が美しいコントラストを生み出していた。そんな街並みを歩くのはちょっとした贅沢に思えた。
俺とエルネスやリサでは美への関心が異なるのか、二人はさほど気にしていないように見える。あるいは夕食のことで頭がいっぱいなのだろうか。
ここに着くまでの移動とは異なり、俺たちは三人で横並びに歩いている。
「前に来た時は適当に済ませたから、レギナのお店は詳しくないのよね。そもそも、森の生活だからウィリデで食事をすることも少ないのよね」
「へえ、そうなんだ。俺は二人が食べたいものでいいけど」
「僕もお二人にお任せしますが、できれば肉料理がいいですね」
当然ながら俺も詳しくないので、エルネスの希望に沿うかたちが無難な落としどころだと思った。肉料理ということならそれなりに幅はあるので、これだけ栄えた街ならどこかにあるだろう。
「リサはここの地理は詳しいって聞いてたけど、お店は知らないのか。それじゃあ歩きながら探すことになるのかな」
「水の宮殿や用事があった場所は覚えてるけど、あとは全然」
「それはそれは、また歩くことになりそうだな」
宿屋の主人にたずねに行こうかと思ったが、引き返すのもそれはそれで面倒だ。
せっかくだし、レギナの街を散策してみるのも悪くない。
気を取り直して、夕食をとる店を探すことになった。
宿屋を出てから看板に注意しているが、精肉店、魚屋、八百屋みたいなところはあるが、不思議と食堂を見かけなかった。
たまたま、見当たらないだけなのか、ここがそういう区画ではないのか。
地図をもたず、地理に明るくない俺たちが闇雲に探すのは時間がかかる。
仕方がないので、通行人にたずねることにしよう。
こういう時はなるべく親切そうな人に聞くのが一番だ。
そう思って声をかけようと試みるが、行き交う人がそこそこいるので、上手く的を絞れずに通過した人数ばかりが増えていく。簡単なはずなのに意外とむずかしい。
これはエルネスに助け舟を出してもらおうかと思ったところで、前方で何か騒ぎになっているのが目に入った。
「……どうしたんですかね?」
子どもぐらいの背丈の人に二、三人の大人が絡んでいるように見える。
ケンカというよりも一方的に難癖をつけているような印象を受けた。
「あれはもしかして……」
エルネスは途中まで何かを口にしようとして言いよどんだ。
いつもの彼ならすぐにでも助けに行きそうな雰囲気だが、今はどこか違和感ある反応を見せている。リサに関してはどうすべきか決めかねているように見えた。
「……ちょっと助けに行ってきます」
「えっ、カナタ!?」
普段の自分ならそんなことはしないはずのに、自然と身体が動いていた。
そして、こういう時に役に立つアイテムを持っている。
「カルマンの犬がレギナを歩いてんじゃねえ!」
「こんなところに何しに来たんだ!」
母国語ではない自分が聞いても耳を塞ぎたくなる罵詈雑言だった。
ディスる言葉はニュアンスだけでも伝わってしまうイヤなところがある。
「――ちょっと待った。その辺にしておきなさい」
どう切り出せばいいか分からず、変な言葉になっていた。
とりあえず、そこは気にせずやるべきことは一つだった。
「……あっ、ウィリデの王族関係か。おい、やめとこうぜ」
俺が勲章を見せると、男たちは散り散りに離れていった。
タダ飯以外にも使えて良かった気がする。有効活用というやつだ。
「あ、あの、大丈夫ですか?」
「悪いな。……助けられたと思ったら、ウィリデの者か」
絡まれていた人は突き飛ばされたようで、よっこらせっと立ち上がった。
その姿は近くで見たら子どもではなく、ずんぐりむっくりなおじさんだった。
立派な顎髭を蓄えて筋骨隆々な体つきをしている。
軽装の防具と衣服を身にまとっているが、ウィリデとフォンスのどちらでも見たことがない様式の出で立ちだった。カルマンのと聞こえたのは彼がカルマン人ということなのだろうか。
「どうしてあんなことに……」
「それはわたしがドワーフだからさ……」
彼は少し悲しげに言葉を口にして、その場を立ち去ろうとした。
これ以上できることはないだろうと思い、遠巻きに見ていたエルネスたちのところへ戻ることにした。
「――ちょっと待ってくれないか。あなたの名は何という」
彼は振り返って、声をかけてきた。
「……カナタです」
「そうか、カナタ殿。わたしはリカルドと申す。ウィリデの王族につながりがあるのなら、どうかわたしの頼みを聞いてほしい」
リカルドと名乗った男性は丁寧な態度でこちらを向いていた。
「頼み……とりあえず話は聞きましょう」
「……失礼」
リカルドはそういって俺の近くに歩み寄り、周囲を窺うように視線を向けた。
明らかに何かを警戒している。
「カルマンはフォンスを攻める準備をしています。わたしは戦争を望まないので、それを伝えるためにフォンスへ来ました」
「――えっ!?」
彼の言葉に我が耳を疑った。
そんな重大なことが己に知らされたことも信じられなかった。
リカルドとの出会いがこれから起きる騒乱の前触れとは、この時の俺は知る由もなかった。
カルマンは人族とドワーフの国で、ドワーフが武器や鍛冶の技術を提供しています。