宿屋での情報交換
宿に向かって歩いていると、雲が晴れてその切れ間から陽光が降り注いでいた。
ここから少し離れた場所にルースを襲ったイノシシたちが引き返していった林が見える。周囲に他の建物はなく、草原の緑と木々が広がる場所だった。
俺は歩きながら氷魔術の感覚を思い返していた。
まだ自信が持てるほどの手応えはなく、しばらく修練が必要だと感じている。
戦うことに対する心の準備はできないものの、今後のために身を守る手段は必要だと考えていた。生きること――己の命を生かすことにここまで意識が向いたのは生まれて初めてかもしれない。
ルースの宿に戻ると店主は引き続き忙しそうにしているところだった。
おそらく、料理の準備をしているようで、何かを刻む音や水で洗う音が聞こえてきた。少し空腹を感じていたこともあって、夕食が何になるか楽しみになった。
リサは上の階で休んでいるようで、同じ場所にはいなかった。
彼女に繊細なところがあることに驚いていたが、殺人現場を見れば一定のショックを受けることは理解できる。今はそっとしておいた方がいいのかもしれない。
俺とエルネスは同じテーブルの椅子に腰かけた。
取り立ててやるべきことはないので、空いた時間に何をするか考えている。エルネスはてきぱきと荷物の整理をしていた。
「明日の朝までのんびりできますね」
「ええ、何回か魔術を使いましたから休んでおくのもいいでしょう」
疲れは溜まっているはずだが、エルネスは余裕のある表情を見せた。
「そういえば、フォンス自体は安全なところなんですか?」
「ウィリデよりも人口が多く、栄えていることもあって、多少治安が悪いところもあると聞きます。ただ、そういった場所はごく一部で、平和で安全な街と聞くことが多いです」
エルネスと話していると、ルースがこちらにやってきた。
取っ手のついた手作り感のあるマグカップを二つ持っている。
「うちで取れた薬草のお茶だ。頭がすっきりするぜ」
「ああっ、これはどうも」
マグカップがテーブルに置かれた。
中には薄い黄緑色の飲み物が入っていて、ふわりと湯気が浮かぶ。
今まで感じたことのない豊かな香りがした。
匂いが鼻孔を抜けるだけでさわやかな気分になる。
まだ熱そうだったので、そっと口をつけて中身をすすった。
香りと同じく飲み味もさわやかで、心洗われるような風味だった。
「あんまりこういうお茶を飲むことないけど、けっこう美味しいですね」
「おう、そいつは嬉しいな。薬草は料理にも応用できて便利なんだよ」
ルースが得意げに話した。
俺はハーブや薬草の類はあまり詳しくなかった。
「――ルース、米を持ってきたぞ」
俺たちが話していると誰かが入ってきた。
振り返ると、先ほどすれ違った人たちと似たような雰囲気の男性が立っていた。
田園地帯で働く農夫らしく、麻袋に入った作物を配達に来たようだ。
「今日はいつもより遅いな。ええと、代金はこれでいいか」
「ああっ、毎度あり。そういやあ、物騒なことがあって田んぼの近くで盗賊が殺されてたんだと。誰がやったのかわからんけど、あんなことがあると怖ろしいな」
男性は大げさな身振り手振りを加えて話した。
それから、二言三言かわすと男性は去っていった。
ルースは麻袋を厨房に運んで、こちらに戻ってきた。
「あんたら大丈夫だったのか。森林から来たなら通り道だったろう」
少し前に同じことを訊かれた気がする。
「いや、怪しいやつと森ですれ違いましたけど、特に問題なかったですね」
「怪しいやつか、詳しく聞かせてくれよ」
ルースは興味津々な様子で椅子に腰を下ろした。
「短い時間でそんなに覚えてませんけど、馬に乗って青い髪をした男でしたね」
エルネスやリサのように相手の細かい気配までは感じ取っていなかった。
「馬に乗ってたなら、フォンスじゃなくてカルマンだろうな」
「やはり、そうですか」
様子を見守っていたエルネスも会話に加わった。
「ただ、カルマンが何の用があってウィリデ方面に向かったかは分からんな」
「フォンスを通過できているのも謎ですが、そのことも推察できませんね」
エルネスとルースの二人とも頭を抱えるような状態だった。
彼らが分からないことを俺が分かるはずもない。ただ一つ疑問があった。
「フォンスとカルマンが争っていたのってだいぶ前なんですよね?」
「ああっ、そうだ。俺が子どもの頃だからずいぶん前の話だな」
「それが今になって、怪しい人物がフォンスの人たちに知られずに闊歩しているって、けっこうヤバいじゃないですか」
思わず地球というか、日本にいた頃の世界情勢を基準に話していた。
フォンス周辺を暗躍しているなら警戒すべきことだと感じる。




