魔術学校への勧誘
俺たちは城壁を抜けて街の中へやってきた。
遠くから見た時と同じように、そこには中世ヨーロッパの街並みにしか見えない景色が広がっていた。
実はこれがどっきりで、リトルワールドのようなテーマパークにつれて来られたといっても信じてしまいそうな気がした。
……とにかく不思議すぎる。
地球とは別次元にこんな街があるなんて。
出発前はあんなに楽しみにしていたのに、今はまだ頭の整理が追いつかない。
事前勉強にと、普段は読まないような異世界ファンタジーに目を通してきたが、物語の登場人物のように浮かれることのできない自分がいる。
「……どうした、夏井? 表情が堅いぞ」
「いや、何というか、まだ別の世界に来たっていう実感がなくて」
「僕も初めてここに来た時はそうだった。アメリカ行きの飛行機に乗って、初めてアメリカに着いた時のようなもんさ。そのうち慣れる」
「……そういうもんか」
村川は深刻に考えなくてもいいとフォローしてくれているようだった。
そのまま、おぼつかない足取りで不慣れな街の中を歩いていった。
辺りを眺めると、ちょっとした商店や宿屋、食堂が道沿いに建っている。
八百屋みたいなところでは、新鮮な野菜や果物が軒先に並んでいて好奇心が刺激されたが、近づく勇気はまだなかった。
「二人で王様に会いに行こうと思っていたが、その調子だと余計にがちがちになりそうだな。もう少し散策して、空気に慣れてからにしよう」
「あ、ああっ、気をつかわせて悪いな」
「いいさ、気にするな」
俺たちはウィリデの街中をあっちへこっちへと歩き回った。
村川は地理を把握しているようで、道に迷うことはなかった。
「……魔術学校?」
通りを歩いていると、一つの看板が気にかかった。
「どうした、何か気になるものでもあったか」
「いや、魔術って何かと思って」
「そういえば、まだ説明してなかったが、この世界には魔術、いわゆる魔法が存在するんだ。なかなか信じられないだろうな」
「へえ、なるほど」
大人になってからはそうでもないが、子どもの頃はRPGが好きだった。
それにハリーポッターも嫌いではない。
俺は何となく興味を惹かれていた。
「あら、何か御用ですか?」
看板のかかった建物から、金髪の女性が出てきた。
白く透明感のある肌と細く長い耳が特徴的だった。
たしか、こういう特徴の人は……何だったか。
目の前の女性が美しすぎて、頭が上手く回らない。
「異国の人がいらしていると聞いてたんですけど、あなたたちがそうなんですね」
女性はまるで芸能人と街で鉢合わせたかのような反応を見せていた。
微妙にテンションが高い。
「はじめまして、ユキオといいます」
「こちらこそはじめまして、エルザです」
村川が名字を伝えなかったのを見て、こちらでは家名のつく人はほとんどいないということを思い出した。
「……カナタといいます。よろしくお願いします」
「ユキオさんとカナタさんですね。魔術学校に興味があるんですか?」
「はい、そうですね。どんなところかなと思いまして」
頼りない気持ちになりながら、たどたどしい現地語で会話を続ける。
「それなら、今度入門コースに参加してみてはいかがですか? 簡単な内容ですよ」
「へえ、入門コースか。……でも、お高いんでしょう?」
「王立なので、王様の客人であればお代はけっこうです」
「えっ、それは魅力的かも……」
いきなりのことに決めていいものか悩んでいた。
「いいんじゃないか。ここの生活に慣れるのにちょうどいい気がする」
「入門コースが終われば、人気講師のエレノアの指導も受けられるので、今の時期に始めるのはおすすめですよ。彼女の指導は分かりやすいと評判なんです」
「……じゃあ、入ってみようかな」
元営業マンが異世界でセールストークに乗せられてしまった。
とりあえず、良心的な売りこみだったのでよしとしよう。
村川には、このお姉さんが美人だから決めたと思われないことを祈る。
そう思われるのは何となく恥ずかしい。
「私の見立てではカナタさんは素質がありそうなので、異国の人であっても魔術が向いている気がします。意外に思われるかもしれませんけど」
「へえ、何か理由が?」
「いいえ、私の勘です。えへっ」
エルザとの会話で、いつの間にか緊張がほぐれていたことに気づいた。
こんな感じで現地の人と交流していけばいいのかもしれない。
こうして、異世界で魔術を習い始めることになった。