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異世界キャンプ

 メルディスを出てから、エルネスの荷物がずいぶん増えていることに気づいた。

 もともと彼が使っていた布袋は見当たらず、二回りほど大きな麻の袋みたいなものを背負っている。まるでエベレスト登山に同行するシェルパみたいだと思った。


「エルネス、そんなに持って平気なんですか?」

「いえいえ、ご心配なく。リサも運んでくれているので大丈夫ですよ」

 

 彼は余裕のある笑みで応じてくれた。

 たしかにイノシシを担げる体力なら問題ないのかもしれない。


「もう、エルフは召使いじゃないのよ」

 

 少し前を歩くリサが不満そうにいった。

 彼女はエルネスよりも小ぶりな袋を背負っている。


「リサかエルネス、どちらかの荷物を持つよ」

「あらっ、持ってくれるの。それじゃあ、お願い」

 

 リサが立ち止まって、その場に荷物を下ろした。

 さあ、運べと言わんばかりの視線を向けている。


「これぐらいなら、どうってこと……」

 彼女が背負っていた袋を持ち上げてみると、意外に重かった。


 この荷物と長旅を続けるのは厳しいだろう。普通に考えて。

 申し訳なく思いつつ、足を引っ張りそうなので素直に降参することにした。


「ごめんなさい、お願いします」

「ああっ、もうしょうがないわね」

 

 リサはすぐに背負い直した。

 エルネスと同じで、彼女も筋骨隆々というわけではないのに力持ちだ。

 

「ところで、どっちがテントでどっちが食料?」

「僕の方がテントで、リサの方が食料です」

 

 エルネスがそう説明してくれた。

 どちらも置いていくわけにはいかない重要な荷物だ。 


 集落の近くはエルフが生活していることもあってか、危険なことはなかった。

 昨日歩いたような永遠に続きそうな森の中をひたすらに歩いていった。


 途中で休憩をはさみながら進んでいたが、歩き続けるうちに夕暮れになった。

 薄闇が広がりつつあるので、エルネスの許可をとって魔術の火を灯した。


「だいぶ暗くなってきましたね。そろそろ、野営の準備をしましょうか」

「もう少し歩くとちょうどいい場所があるから、そこにしましょ」

 

 この手の知識はゼロに近いので、リサとエルネスに任せるしかなかった。

 

 そこからしばらく歩いたところで、リサが立ち止まった。

 森の真っ只中ではあるが、少し開けた場所になっている。


「ふうっ、見つかってよかった。ここにするわ」 

 リサは安堵するような声を上げて荷物をおろした。


「たしかにここならテントを立てやすいですね」

「何も手伝えないのは申し訳ないから、明かり係をします」

 

 俺はそう宣言して、魔術の火を少し大きくした。


「一応、松明は用意してあるけど、カナタにも汗をかいてもらわなきゃね」

「役に立てなくてごめんなさい」

 

 リサの悪戯っぽい言葉が心に突き刺さった。

 彼女は、時々こちらをからかってくる。


「――はい、できました」

 二人でそんなやりとりをしていると、エルネスの声が上がった。


「……もう完成? は、早すぎる」


 たしかに布と布が組み合わさり、三角形をした定番のやつが立っていた。

 この世界でも同じような作りなのは少し驚きだった。


「エルフ式テントです。古来より森の民であるエルフはテントを重用してきました。街育ちの僕でも野営の経験はあるので、テントを作るのは慣れています」

 

 解説のエルネスさん、ありがとうございます。


「……というわけで、あとはどうすれば?」

「焚き木にする木の枝が必要だから、私がとりに行くわ」

 

 そういってリサはそそくさと森の中に入っていった。


「リサが一人で行っちゃったけど、大丈夫そうですか?」

 少し心配な気持ちだった。


「森に慣れてますから、それに暗くなったのでそう遠くへ行かないでしょう」

「そういうことか。他に手伝えそうなことはありますか?」

「食事の準備をしてもよいですが、リサが戻ってからにしましょう」

 

 エルネスはそういってから、地面に転がっていた棒で穴を掘り始めた。

 手慣れた様子で浅くて丸い穴を完成させると、手早く近くにあった木切れを拾って中に並べていた。手際のいい作業だと思った。

 

「魔術の練習と思って、左手で火の魔術を発動してみましょう」

 焚き火の準備に区切りがついてから、エルネスは自然な雰囲気で提案した。


「……えっ、左手でもできるんですか?」

「はい、やり方は右手と同じです。今は右で発現しているところなので、それを点けたまま左手で着火するための火を出してください」

 

 エルネスはそういってにこりと微笑んだ。

 初めての挑戦ではあるが、両手で魔術が使えるのは魅力的だった。 

 

 何かの事情で右手が使えない時に左手で魔術が発動できるなら、色々な状況に対応できるようになるだろう。単純計算で威力が二倍になるはずだ。

 

 俺は松明代わりの右手を維持したまま、左手をかかげて意識を集中させた。

 途中で右手の様子が気にかかるが、仕切り直してもう一度意識を傾ける。


 ――全身を流れるマナに意識を向ける。


 右手にマナの流れを維持したまま、左手にもマナのバランスを振り分ける。

 一対一に保たないといけないと思ったが、そこまでシビアではなかった。

 

 見事狙い通りに、着火する程度の火を左手の先に発現させることができた。

 それを用意されたところに燃え移らせると、少しずつ火の勢いが増している。

 

「おおっ、意外にできるもんだな」

「お見事です。初めてにしては十分ではないでしょうか」

 

 エルネスは満足しているように見える。

 その様子を目にして、少し誇らしい気持ちになった。


「お待たせ。適当に見繕ってきたけど、これで一晩分は足りるはずよ」

 リサが両腕いっぱいに広がるほどの枝木を抱えて戻ってきた。

 

 彼女の素早い行動に驚くばかりだった。

 リサは少し離れたところに焚き木の山を置いて近くに腰かけた。

 

「ありがとうございます。それだけあれば保つはずです」

 エルネスはリサが置いた中から枝を抜いて、焚き火の用意を進めていた。


 彼が木を組んでいくと、そこに少しずつ下側の火が燃え移っていく。

 少しの時間を置いて立派な焚き火が完成していた。


 燃え上がる火を囲むようにして、俺たち三人は座っている。

 荷物の運搬や色々なことを準備してもらったりしたので、心なしかエルネスとリサに疲れの色が見える気がした。夜のうちは彼らがなるべく休めるようにしなければと思った。


「過去に見聞きした知識では、獣は火を怖がるから焚き火を絶やさなければ大丈夫とかいうけど、それって本当に当てはまるのかな」

「うーん、どうでしょう。ほとんどの動物は火に近寄らないと思いますが、絶対とは言い切れないので、夜の間も警戒しておいた方がいいのではないでしょうか」

 

 エルネスが焚き木をくべながらいった。

 適度に火の勢いが維持されている。


「エルネスの言う通りよ。火を怖がるって決めつけるのは危険だわ。なかなかおもしろい話だけど、それってあなたの国の豆知識? お年寄りの知恵みたいな?」

 

 リサは珍しく興味深そうにたずねてきた。

 記憶をたどってみるが、いまいち詳しいことが思い出せない。 


「あれ、日本だけなのかな。どうなんだろう……」


 地球という単語を出しそうになってすぐに口をつぐんだ。

 彼らが“チキュウ”という言葉を聞いても意味が伝わるはずないが。


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