ヨセフたちとの別れ
「おそらく、この先についての話でしょう」
「そうだ、エルネス。これありがとう」
俺は釣り竿を彼に返した。
「いえいえ、こちらこそ。カナタさんの国の話が聞けてよかったですよ」
「さてと、それじゃあ戻りますかね」
俺とエルネスは小川を離れて、集落の中心へと足を運んだ。
途中でリサが待っており、こっちこっちと案内された。
朝食をするのは宴をした場所で、テーブルに食事が用意されていた。
ヨセフだけが待っているのは昨日と異なる点だった。
「やあ、おはよう。昨日はよく眠れたかい」
ヨセフは穏やかな表情をしていた。
「おはようございます。はい、おかげさまで。昨日はせっかく食事に誘っていただいたのに申し訳ありません」
せっかくのもてなしを断ったことに罪悪感があった。
「わははっ、いいんだよ気にしなくて。フォンスまで行こうという者は珍しくてね。手伝いたくて手伝っていて、歓迎したくて歓迎しているのだから、そうかしこまらなくていい」
ヨセフは、一貫してとても親切な人だと感じた。
「ご厚意ありがたいです。それではお言葉に甘えて」
俺は一礼してから席についた。
エルネスたちは緊張していないようで、いつの間にか席についていた。
テーブルに用意されていたのは見たことがない木の実とパンだった。
宴の時のような祈りみたいなものはなく、ヨセフは普通に食べ始めている。
それを見て俺もパンを手に取った。
「食事をしながらでいいので話をしよう」
ヨセフがそう切り出した。
「フォンスまで行くための三人分の食料、それからテントを用意しておいた」
「そこまで親切に……本当にありがとうございます」
あらかじめ聞いていた部分もあるが、改めてありがたいと思った。
「荷物でしたら僕が運ぶので問題ないでしょう。周囲への警戒が薄くなりやすいので、その辺りは身軽に動けるリサやカナタさんに任せます」
「体力がもたなくなるから夜の見張りは交代で頼むわ。焚き火を絶やさなければ問題ないと思うけれど、警戒するに越したことはないでしょ。何が起きるか分からないもの」
リサが俺とエルネスの顔を交互に見ていった。
「そ、それはなかなか危険なお仕事だ……」
脳裏にマナクイバナのグロテスクな姿が浮かんでいた。
「カナタさんが心配なら僕もついてますよ。あとは旅の都合とはいえ、女性とテントに二人きりというのも多少気が引けるので」
エルネスは少し照れているように見えた。
昨日のリサといい、彼らは貞操観念への意識が高いらしい。
どんな理由にせよ、一人で夜の見張りをしなくていいのは助かる。
何が起きるのか分からないから。
「ははっ、仲良くやっておくれ。それなりに距離がある道のりだからな。リサもせっかくフォンスまで行けるのだから楽しんでくるといい。なかなか行く機会はないだろう」
ヨセフは何だか楽しそうだった。
「ええ、そうします。でも、お土産は期待しないでくださいね。……さてと、カナタ、エルネス、もう少ししたら出発するわ。食事が終わったら準備を済ませて」
それから用意された食事を一通り口にした。
地球風の表現にするなら、オーガニックな感じの食べ物が多かった。
パンはプレーンに近い味わいで、木の実は癖がなく食べやすい味だった。
街のエルフはもう少し味のある食事を好む印象なので、森のエルフは健康でヘルシーな食事が中心なのかもしれない。とにかくさっぱりしていた。
俺は食事が終わってからヨセフに礼を言って、用意された部屋に戻った。
すでに着替えは済ませてあるので、バックパックを担ぐだけでよかった。
眠らせてもらったベッドを整えて、忘れ物がないか確認して外に出た。
すると、リサが部屋の前で待っていた。
「私も出発できるから、あとはエルネスだけね」
「そうか、わかった」
リサが集落の入り口に向かったため、それに続いて歩いていく。
風光明媚な場所だったので離れるのは名残り惜しかった。
絶景が売りの写真集でメルディスに近い風景を目にしたことはあるが、どれだけ同じようなところが地球にあるのだろうか。
おそらく、日本で生活していたら目にすることなく一生を終えていたはずだ。
たった一晩滞在しただけで、そこまで感慨深くなっている自分に驚いた。
それはきっと、集落の人たちが歓迎しようとしてくれたからなのではないか。
俺たちが入り口に着くと、少し遅れてエルネスがやってきた。
彼の後ろにはたくさんのエルフが一緒だった。集落の人たちだろう。
それから俺たち三人は一列に並び、集落のエルフたちと向かい合っていた。
おそらく、別れのあいさつでもするのだろうと察した。
「カナタくん、君は美しい心を持った青年だ」
一歩前に出たヨセフは慈愛のこもるような目をしていた。
「……老年のエルフは心が見えるといわれてるわ」
俺がきょとんとしているとリサが小声で補足した。
「さあ、皆で彼らの旅を祝福しよう!」
ヨセフの一声でリサとエルネス以外のエルフが歌い始めた。
その歌声は奥深くしみ渡るようで、心を揺さぶられるような響きだった。
美しいとか、胸が打たれるとか、この感覚をどう表現したらいいのか。自分の持ちうる言葉や知識では足りなすぎると痛感した。
「……あれ?」
それは余韻を残すように、不思議な陶酔とこみ上げるものがあった。
彼らの歌が終わるころ、自分の両目に涙が浮かんでいるのに気づいた。
涙を見せるのは照れくさかったので、そっと指先で拭っておいた。
「フォンスから帰る時はまた寄っておくれ」
ヨセフは笑顔で送り出してくれた。その顔には少ししわが浮かんでいた。
「ありがとうございました」
俺は手を振って、その場を後にした。
道の先には緑の濃い森がどこまでも続いていた。