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異世界の森

 リサとエルネスに警鐘を鳴らされたばかりだが、何も起きない状況だと警戒心が緩んでしまいそうになる。

 指示に従って魔術を発動できるようマナに意識を向けていたものの、そこまで危険だろうかと油断しそうな自分がいた。


 街道から大森林に入っても、整えられた道が続いていた。地ならしされたように比較的平らで歩きやすく、木々がそこまで密集していないおかげで適度に明るさもある。この調子ならそこまで苦戦しないで済みそうなのだが。


 道を挟むようにして左右に木々が広がる景色がずっと続いていた。

 そのほとんどが背の高い木で、下側の地面には丈の短い草や苔むした岩がある。


 木々の合間から降り注ぐ木漏れ日を浴びながら歩いていく。

 この光景だけを切りとればハイキングのように見えるかもしれないが、実際はそこまで気楽な状況ではなかった。


 リサとエルネスのどちらも口数が少なくなり、ややピリピリした感じがする。

 エルネスは隣を歩いているが、特に用事もなかったので話しかけなかった。

 

 リサのペースはそれなりに早いので、こちらにきて身体を動かす習慣が身についていなければ長時間はついていけそうにない早さだった。常に同じぐらいのスピートで進んでいる。


 そう考えるとエルネスに修練のために連れ回されたことはプラスに働いている。

 ずいぶん遠くまで歩くこともあったし、それなりに体力を使うこともあった。

 

 遅れないことに神経をつかいながら、ずいぶん歩いた気がする。

 念のためにと着けてきた腕時計を確認すると、森に入ってから二時間近く休憩なしで歩いていることに気づいた。時間の感覚としてはあっという間だった。


「……リサ、エルネス。俺に休憩をください」

 周囲の森を刺激しない程度に抑えた声でいった。


「……そうよね、歩きっぱなしだものね。一度休みましょう」


 俺たち三人は道沿いの大きな岩がある場所で休むことにした。

 道に勾配がついていて、ちょうど腰を下ろしやすいように斜めになっていた。


 喉が乾いていたので、バックパックから水筒を取り出して水を飲んだ。

 出発前に宿舎で用意していたものだ。


「この調子なら日が出てる間に集落につくわね」

 リサは明るい調子でいった。


「それはよかった。がんばってペースを落とさずについてきた甲斐がある」

「集落まではゆっくりで間に合うかもしれないけど、そこからフォンスまで同じペースで進むとすごく時間がかかるわ。それなら最初から合わせてもらう方がいいと思ったの」 

 

 彼女はスパルタコーチのようなことを口にした。

 この世界にフィットネスジムがあれば、いいコーチになれるだろう。

 

「エルネスもリサも厳しいよ。エルフはみんなそう……エレノア先生はそんなことないか」

「皆、カナタさんに期待しているのでしょう。僕自身は魔術の面で成長していることが喜ばしいです。それに今回フォンスへ行く旅でさらなる成長を期待していますから」

 

 エルネスが遠回しにプレッシャーのかかることをいった。

 俺の伸びしろはどれだけあるものなのやら。


「エルフでも魔術が苦手な人はいるから、ちゃんと扱えるだけでカナタはすごいわ。私はぜんぜん適性がないから体力勝負って決めてるのよ」


 リサはそういって両腕に力をこめるような動作をした。

 卑屈ではない姿勢に好感が持てる。


「マナの感覚が掴みづらいという人は一定数いますね。魔術のルーツはエルフであっても、今は全員が魔術を使えなければいけないほど危険もありませんから」

 

 エルネスは彼女に同意するようにいった。

 たしかに危険がなければ魔術の必要性は下がるだろう。


「そういえば、通りやすい道なのに他に人を見かけませんでしたね」

「ああっ、それはきっと――」

 

 リサが何かをいいかけて、何かに反応するような素振りを見せた。

 すぐに俺とエルネスも周囲を警戒した。


 さっと見渡した限りでは何も見当たらない。

 彼女が警戒を解いたのを確認して、俺たちは腰を下ろした。


「森に住む動物が危険だからよ」

 リサは抑揚の少ない声でいった。


「行商人がウィリデとフォンスを行き来することはありますが、馬車を何台か率いて護衛つきでここを通ります。団体で動くなら便利でも、少数で動く場合は馬が狙われることで危険が増します」

 

 エルネスも真剣な様子だった。

 そんな彼の様子は珍しい気がした。


「馬を使って日が沈むまでに突っ切るのは?」

 下らない発想かもしれないが、それが可能なら短時間で通過できる。


「それはどうかしら? もしかすれば一日中全速力で走らせたら、フォンス側に出られるかもしれない。でも、そんな馬を潰すような使い方をする人はいないわ」

「なるほど、そういうことか」

 

 どちらにせよ、時間をかけて歩いていくしかなかったのだ。

 移動だけのために馬を潰すのはコストパフォーマンスが悪いし、馬の扱いとしてほめられたものではない。


「さあ、休憩は終わりにしましょう。集落まではまだまだかかるわ」

 リサは立ち上がって俺とエルネスに呼びかけた。


 俺たち三人はそこからまた歩き始めた。

 この先も似たような景色が続いており、道のりの長さに疲れを覚える。

 

 リサは最初と同じぐらいのペースで前を進んでいた。

 すると、彼女が足元の何かに気づいて立ち止まった。


「……モルスヒョウの足跡がある。さっきの気配はこれだったのかしら」

 リサは屈んで地面を何度か確かめてから、すっと立ち上がった。


「この人数なら撃退できますが、ヒョウはなかなかに危険ですよ」

 エルネスはそういって、リサと同じように足跡を眺めた。


「さあさあ、先を急がなくちゃ。夜で暗い状況ならともかく、こんなに明るい森で襲ってくる可能性は少ないわ。ただ、気は緩めないでね」

 

 リサは辺りの様子を再確認しながらいった。

 こういう時の彼女はある種の鋭さを感じさせる。


 リサは伝達係をしていると話していたが、森と街の行き来は一人で行っているようなので、身を守るための自衛手段を備えていると考えるのが自然なはずだ。


 それに森で育ったのなら、俺やエルネスよりもこの場所で起きることへの対処能力は高くて当然といえる。野性のヒョウがいるようなところでは死の危険も隣り合わせということになるのだから。


 そして、森の中に入ってからリサに対する認識が改まりつつある。

 美しいエルフであることは彼女の一部分にすぎず、その立ち振る舞いからは芯の強さに近いものを感じていた。それがなお一層、彼女の魅力を引き立てているのかもしれない。

 

 移動距離が伸びるにつれて徐々に疲労が蓄積しているが、まだまだ先へ進めるだけの体力は残っているように思えた。

 俺たちは口数の少ないまま、黙々と先へ先へと足を運んだ。


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