限界の戦い その2
「――こうなれば、イチかバチかだ」
どういうわけか俺の存在に気づいたコウモリがこちらに飛んでこようとした。
それを阻止するべく、魔術を発動する。
「当たれえええ!!」
掌を目一杯広げた大きさの火の玉を排出した。
かかげた手の先から対象に向かって飛んでいく。
火球が直撃するとコウモリは耳につくような甲高い叫びをあげた。
それに目まいを起こしかけるが、どうにかこらえた。
密閉された空間に肉の焦げる不快な匂いが漂う。
歓迎できるような好ましいものではない。
俺は左手で鼻を覆いながら前方を確認した。
コウモリのジャンプ攻撃は失敗に終わり、地面に落下しているようだ。
こちらの一撃で絶命させることはできず、その場でのそりと立ち上がった。
俺は咄嗟にマナの感覚に意識を向けた。
――どうにか数発、できればあと一発だけでも。
右手をかざして、同じように火の玉を発現させる。
水魔術ではどうやっても倒せそうにない。
火の玉をひたすら繰り出すだけだ。
「……おい、なんでだ……なんでだよ!?」
どれだけ出力を上げようとしても、炎が大きくなる気配がない。
全身に緊張が走る。
――これはまずいぞと直感が告げていた。
動揺を感じながら正面に目をやると、コウモリが足を運ぶのが見えた。
松明の炎でその影がシルエットのように揺らめいている。
逃げ出したい衝動にかられながら、どうにか踏みとどまった。
これはさっきと同じ状況だ。賭けに出るしかない。
どうにもなりそうにないことを悟りながら、諦め半分で火の玉をコウモリに向けて放つ。
今度も外れることなく直撃した。
ぶすりぶすりと何かが焦げるような音と臭いがした。
「――やったか!?」
しかし、敵は短い悲鳴を上げただけでそのまま突き進んでくる。
必死の攻撃は意に介さなかったのか。
もう一度マナの感覚に集中して火の魔術を発動する。
俺はすがるような思いで右手をかざした。
「……なんだ?」
今まで確かに感じていたマナの感覚が曖昧になっていた。
どれだけ発現しようとしても、指先ほどの大きさにしかならない。
それにひどく頭が痛む。
鉱山の洞窟で酸素不足になったのか、理由は分からない。
俺はどうにか火の魔術を放ってみるが、その程度の攻撃では足止めすることすらできず、コウモリはすぐ目の前まで迫っている。
苦痛、悪寒、恐怖。そんな感覚が全身を支配していた。
「……くっ、来るな!!」
必死に距離を取ろうとするが、膝に力が入らず上手く動けない。
どうにか立ち上がったところで近くにあった岩に足を取られる。
……これだけの大きさのコウモリに血を吸われて平気なのか。
そんなことが頭をよぎった瞬間だった――。
コウモリの身体に何かがぶつかるような衝撃が加わった。
何事かと思っていると、そのまま正面に倒れてきた。
「いやはや、危ないところでしたね。よくできました」
声の主はエルネスだった。
「エルネス、無事だったのか」
興奮のあまり声が裏返る。
「大したことはないです。もっとも、僕一人だったらどうなっていたことか」
彼は涼しい様子でいった。
「……こいつで最後なんですか?」
「はい、おそらく。ここまでの巨体が二頭以上いるとは考えにくいでしょう」
エルネスは足元に横たわるコウモリに目をやった。
死骸の胴体からは血液が流れ出し、周囲に血溜まりを作っていた。
息の根を止めるのに成功したようでピクリとも動かない。
「さすがに心配しましたよ。まさか、あんなに突き飛ばされるなんて」
「お恥ずかしい限りです。完全に油断していました」
俺とエルネスは松明を回収して、コウモリの残りがいないか調べることにした。
複数のコウモリがいた広がりを確かめていく。
「あそこですね。ちょうどあの横穴に飛ばされてしまって、戻るのに時間がかかってしまいました」
エルネスはそういってある場所を指さした。
そこを覗いてみると、急斜面が穴の奥深くまで続いていた。
「……すごい、ここを上ってきたのか」
「洞窟の最奥はこの周辺ですが、横穴にはオオコウモリはいなかったので、やはり退治しきったようですね」
エルネスの言葉を耳にしながら、頭痛がひどくなっているのを感じた。
全身を流れる血液が脈を打つように暴れるような感覚がしていた。
「……大丈夫ですか? やはり魔術を使いすぎてしまったようですね。完全に僕の責任です」
エルネスは申し訳なさそうに顔を落とした。
「いや、気にしなくて大丈夫ですよ…………」
俺の身体がもしコンピュータなら、この感覚は強制終了みたいなものだった。
そんなことを、しばらく経ってから振り返った。