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洞窟のオオコウモリ

 ――てください……。――きてください……。

 誰かが呼んでいるような気がした。


「――カナタさん、起きてください」

「うーん、うっ……」

 

 眠気を感じたまま目を開くと、ぼやけた視界の先にミチルの顔があった。

 意識がまどろみの中にあるせいか、いまいち頭がすっきりしない。


「エルネス様が迎えにきていますよ」

「うん? エルネスが?」

「さあ、起きてください――」

 

 ミチルに布団をがばっとはぎ取られた。

 おかげで眠気が一気に覚めた。


「わかった、起きるから……ちょっと待って」


「目覚めの鐘が鳴ってだいぶ経ちます。怠惰は敵と思えです」


 彼女らしい一言だった。


 俺は慌てて起き上がり、水瓶で顔を洗った。

 鏡をちらりと見て寝癖を直し、適当なTシャツとジーンズに着替えた。


「朝食が無駄になってしまうから、これからはちゃんと起きてくださいね」


 ミチルはどこか含みのある微笑みを浮かべていた。


 ああいう子は意外と肝が座っていて怖ろしいと思う。

 部屋を後にして宿舎の出入り口に向かうと、エルネスが立っていた。


「おはようございます、カナタさん。なかなか来ないから心配しましたよ」

「すいません、昨日はお腹いっぱい食べたら熟睡してしまって」


 昨日のデンスイノシシが美味しかったんですと言いたかった。


「ははっ、気にしないでください。体調を崩していたら心配だと思って、エレノアから場所を聞いてきました。元気そうで安心しました」


 エルネスはその男前ぶりを遺憾なく発揮していた。


 流れるような金の髪と美しい白い肌。端正で知性を感じさせる面構え。

 中肉中背の平たい顔族としては、生まれ変わりたい美貌だった。


「……僕の顔に何かついてますか?」

「いえいえ、お気になさらず」

 

 俺が笑顔を作るとエルネスは微笑み返してくれた。


「それでは今日の活動を始めるとしましょう。まずはついてきてください」 


 彼はその場から歩き始めた。特に疑問を挟まずそれについていく。


 今日はそれなりに快晴で雲の少ない天気だった。

 どんなメニューをこなすにしても、修練日和な日といえるだろう。


「エルネス、今日は何をするんですか?」

「今日も依頼消化のためにひと仕事するつもりです。もちろん、僕とカナタさんの二人で向かいます」

「魔術のトレーニングは後回し……なのかな」

「この前、ミノルウサギと対面させて閃きました。カナタさんは実戦で鍛えた方が伸びるタイプだと」

 

 彼は確信に満ちた表情をしている。

 その期待を無下にしたくないと思った。


「実戦、ということはまたあんな目に遭うのか……」


 ほぼ無害なウサギさんたちを前に無力だった記憶が蘇る。


「ははっ、そう構えないでください。今日はまた別のタイプが相手ですから。いい経験になると思いますよ」

「イノシシ、ウサギと続いて今度は何ですか? クマでも出てきますか? あんまり気持ち悪いのは相手にしたくないですね」


 だんだん何でもありな気がして、少し不安を感じる。 


「ああっ、コウモリです。街外れの牧場でオオコウモリに家畜が襲われて、牧場主が困り果てているようなんです。血を吸うぐらいならかわいいものですが、丸っと一頭連れ去られることもあるそうで」


 牧場主は気の毒だと思うが、その一方で説明しているエルネスは依頼があることに活き活きしているようにも見える。


 それは吸血生物というよりチュパカブラみたいだなと言いそうになったが、エルネスに通じるはずもないのでやめておいた。実は地球で起きている事件も同一犯の可能性があるかもしれない。


「今は思いっきり日中なのに、コウモリは見つかるもんかな」

「ご心配なく、アエス鉱山にできた洞窟に寝ぐらがあることまでは調査済みです。あとは僕たちが現地で退治すれば仕事が完了します」

 

 エルネスは任せろと言わんばかりに親指を立てて笑顔を見せた。


 ――修練日和は前言撤回。洞窟に行くなら天気はあんまり影響しない。


 オオコウモリの“大”という部分の大きさが気になるところだが、積極的に確かめたいと思わなかった。イノシシやウサギがラージサイズだったことを鑑みれば、そのコウモリがそれなりのサイズであることはほぼ間違いない。


 エルネスの案内で城壁まで行き、今まで通ったことのない出入り口から街の外に出た。ここからさらに歩くという話だった。


「今回のコウモリは今までみたいに買い取ってもらうんですか?」

「いえいえ、その予定はないですね。僕もオオコウモリの肉がどんな味なのか分かりません。そもそも吸血コウモリなので、積極的に食べようという人は滅多にいないでしょう」


 無言のまま歩くのは退屈だったので、エルネスと会話をしながら歩き続ける。

 街を離れると周囲の建物は徐々に減って、辺りの景色は草原や畑が多い。


 鉱山と聞いていたが、目的地は先の方に見える山の麓にでもあるのだろうか。

 標高の低い山が連なり、波形を作るように横並びになっている。

 

 本格的な登山というよりはハイキング感覚で行けそうな雰囲気に見える。

 もっとも、危険なコウモリが出没しなければという話だが。


 しばらくは寝起きで注意力が散漫だったものの、時間が経つにつれてエルネスの荷物がいつもより多いことに気づいた。シンプルな作りで担ぎやすそうなバッグを背負っている。


「今日は何だかいろいろと持ち合わせてるんですね」

「洞窟内は何があるか分かりませんから、今回は万全の装備です」

 

 隣を歩くエルネスが前を向いたままいった。

 彼の荷物のことが気にかかる。


「この棒みたいなのはトーチ……じゃなくて松明たいまつか」

「そうです。これに火をつけて明かりを確保します。着火ぐらいなら魔術の技量は問われないので、カナタさんにもお願いしますよ」

「まあ、それぐらいなら……」

 

 戦闘で貢献できていないので、何かの役に立てるのは安心する。

 今のところ、俺の貢献度は低かった。 


 洞窟の明るさは想像できないが、ライトの類がなければ真っ暗なはずだ。

 参戦することになるのか、着火係だけでよいのか。それは謎だった。


「洞窟のある場所まであと少しです」

「徒歩ではなかなか時間がかかりますね」

 

 俺は歩きながら一息ついた。


 体感的には日本でいうところの秋ぐらいの気温だったこともあり、移動を続けるうちにやや汗ばむぐらいの暑さを感じていた。


 車はおろか自転車も存在しなさそうなので、不満をこぼしても仕方がない。

 馬ぐらいならどこかにあるかもしれないが、まさにどこの馬の骨とも分からない人間に貸してくれるのか疑問が残る。


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