この世界の現金
「ミノルウサギは基本的に穴暮らしなので視覚や聴覚が敏感です。さっきの炎でショック状態になっています。今のうちに仕留めてしまいましょう」
エルネスは極めて自然な動作で鞘からナイフを抜き取った。
鋭利な抜き身の刃が光を反射する。
これから何をしようとしているのか。それは考えるまでもない。
一方の俺は狩猟生活に縁があったわけではないし、魚を捌いた経験すらなかった。
たとえここが異世界という特殊な空間であったとしても、目の前で起きていることは現実であり、今からエルフの青年はウサギたちの息の根を止めようとしている。
一見、残酷に見えてしまうが、他方でこれが自然な行動なのだと思う。
エルネスがウサギたちの横たわる場所に着くまでの間、時間がやけに長く感じられた。俺は遅れてその後に続いた。
彼の動きには淀みも躊躇いもなく、一番近くにいたウサギの胸にさくりとナイフが突き刺さった。
急所を捉えているのか、一撃でウサギは身動きしなくなった。
そのまま流れ作業のようにエルネスはとどめを刺していく。
気がつけば、6、7匹のウサギが絶命した状態で横並びになっていた。
「……子どもでも殺さないとダメなんですね」
「どのみち、子ウサギだけ残したところで生き残ることはできません。……失礼ですが、カナタさんの目には野蛮な行為に映るでしょうか」
エルネスは少し悲しそうな目をしていた。
思いがけない彼の反応に心が痛んだ。
「いえ、そんなことはないですけど……なんというか、依頼のために動物をやっつけるってこういうものなんだと痛感しました。母国でも同じように害獣駆除はあるので、特別おかしなことではないですよ」
「そうですか、それは安心しました」
エルネスは目を細めて微笑んだ。
こちらも誤解が生じずに済んで安心した。
「これだけあると、イノシシみたいに運べませんよね?」
「一度街に帰って、買い手に運んでもらうようにします。これだけの数のミノルウサギなら喜んで取りにくるでしょう」
ウサギたちの遺骸が別々の位置にあったので、エルネスと共に整頓して一列に並べた。
一仕事終わり、俺とエルネスは街へ戻ることにした。
その足で魔術組合に入ると、ミーナの他に数人の男女が座って話していた。
ミーナは受付のようなところに座り、何やら事務作業をしているところだった。
「ミーナ、畑のミノルウサギは退治できた。記録を頼む」
エルネスが声をかけると、彼女は素早い作業で書類に手を入れた。
俺は少し疲れが出てきたので、空いた椅子に腰かけた。
すると、近くにいた男性が話しかけてきた。
「来賓だってのに魔術を学ぼうなんて奇特なもんだ。エルネスは面倒見がいいし、ウィリデにいるうちにしっかり教わりなさいな」
男性は片手に杖を持ち、顎には白い髭をたくわえていた。
ひとつなぎのローブのような服装は、いかにも魔法使いといった雰囲気だ。
「……ええ、分かりました」
俺は年長者の言うことはとりあえず聞いておくタイプだ。
「――カナタさん、ちょっといいですか」
エルネスが近くにきた。
「はいはい、なんですか」
「さっきの依頼の報酬が20ドロン。半分ずつで10ドロンでいかがでしょう」
明らかにいい仕事をしたのは彼なのに、そんなにもらっていいのだろうか。
いや、それ以前にこの通貨の相場が分からない。
「大した仕事をしてない気もするんだけど……何だか悪いですね」
「一人だったら穴を出たミノルウサギに逃げられてましたよ」
そういってエルネスは小さな布袋を手渡してきた。
中世を舞台にした作品に出てきそうな見た目だった。
袋を開くと、中には青銅色をした光沢のある小銭が10枚入っていた。
初めてお小遣いをもらった時のような初々しい気分だった。
「おおっ、これが通貨」
「1ドロンが10枚です。確認はよろしいですか?」
「これが1ドロンなんですね。実物を触るのは初めてなんです」
恥ずかしながらゼロ円ならぬゼロドロン生活が続いていた。
なるべく話題にしたくないことだったが。
「おや、そうでしたか。その中に入っている一番小さいものが1ドロン、そこから10ドロン、100ドロンと数が大きくなるほど硬貨も大きくなります」
エルネスの話は参考になる部分が大いにあった。
10ドロンあれば一般的な食事なら十分に足りると聞いたので、フランツのところへ行くことにした。