表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
12/203

魔術の手ほどき

「実用コースで教わったことでは足りないと」

「あれは建て前でやってるだけですから、あそこで習っただけでは炊事洗濯に役立てるのが関の山でしょう」

 

 エルネスは顔に手を当てて何かを考えるような仕草をした。

 彼は知的な雰囲気なので様になっている。


「……しかし、ふむ。僕の一存で決めていいものか」

「何か問題でもあるんですか?」


 彼の様子を見て何だか不安な気持ちになってきた。


「魔術はこの国の国防の中心であり、我々エルフの技術の集大成でもあります。あなたは平和的な人物だとお見受けしますが、異国の民に武器を与えるようなことをしてもよいのか……」

「無理に教えてほしいということはないですけれど……」

 

 こちらの生活を楽しんでいるのに、面倒くさいことになるのは避けたかった。

 知らないうちにルールに抵触しそうな不安もある。


「……それでは少々良心が痛みますが、魔術の基本を教えるため、そして性質を探る意味でもあなたのマナを見せてください。そうした後なら問題ないでしょう」


 エルネスは迷いが晴れたような表情をしていた。


「えっ、どういうことです?」


 ずいぶん踏みこんだニュアンスに取れて動揺が隠せなかった。


 ちょっと待ってくれと言いたくなる。


「安心してください。上位の魔術師同士では手の内を見せ合うことになるので、絶対にしませんが、師弟関係を結ぶ際には必ずしていることです」


 エルネスのかしこまった顔から、自分を信じてほしいというメッセージを見て取った。


「……わ、わかりました。それじゃあ、お願いします。痛くないですよね」


 かなり迷ったものの、エレノア先生の兄ということもあって信じることにした。


「痛くはないです。ご安心を」


 俺はゆっくりと地面に横たわり、エルネスがこちらを見下ろしていた。

 彼は右手をかざして慎重な動きで近づいてきた。


「目を開けたままだと意識が揺れて吐き気を催します」


 そういって目を閉じるようにジェスチャーで示した。


 俺は緊張した状態で目を閉じた。

 曖昧な感覚ではあるものの、エルネスがさらに近づく気配がした。

 

「――身体の力を抜いてください」


 まるで彼の言葉が催眠術かのように全身から力が抜けていく。

 

 目をつぶっているのに、そこら中で何かが明滅するような眩しさを感じた。

 それでも、目を開きたくなるのを我慢してエルネスに身を任せた。


「……うっ」


 身体の中を極細の針が通るような感覚がした。

 それも一瞬のことで、今度は全身が浮かび上がるように軽くなった。


「ふむっ、あなたは信頼に足る人のようだ」

「……口で言っても信用してもらえなかったんですか?」

「言葉では何ともで言えるでしょう。お互いに違う国の人間なのだから、多少は警戒するものです。……あなたは平和な国で育ったようだ。幸いなことに危害を加えるような要素を持ち合わせていない」

 

 エルネスは感慨深げにいった。

 自分のことを説明されて少しは恥ずかしかった。


「それはどうも……」

「エレノアから話を聞いた時、あなたのマナの発現方法に違和感がありました。でも、それは仕方のないことです。これから本当の基本を教えます」


 エルネスはそう言うと胸のあたりに手を置いた。俺は目を閉じたままだった。

 何か熱源を置かれたような感覚と共に、強いエネルギーが流れこむのを感じた。


「……ぐっ」


 時間にして数秒ほどだろうか。

 己の肉体がたしかに存在しているという感覚が消失していた。


「そろそろ、目を開けていいですか」


 その恐怖に抗う自信がなかった。


「もう少し、もう少し待ちましょう」


 エルネスはそっと俺の瞼に手の平を乗せた。


 ――目をつぶっているはずなのに、それはたしかにそこにあった。


 純粋なるエネルギー、とでも呼べばいいのだろうか。

 原初のマナ、水、火、雷、いくつもの光景が目まぐるしく流れていく。


 水道の水、ライターの火、そんなものをイメージするのは邪道だった。

 あるいは、正式な方法は魔術学校では教えてくれないことだったのだろう。


「さあ、目を開けてください」


 エルネスに促されて目を開く。

 光の戻った世界は目がくらむように眩しさを感じた。


「あれが本当の……」

「ええ、そうです」

 

 全てを言うまでもないと彼の目が語っていた。

 不思議な余韻が全身に残っている。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ