戦いが終わったばかりの彼は穏やかに過ごしたい
カルマンとの戦いが終わり、今までと同じようにウィリデで過ごす日々だった。
帰ってきてからは静かに過ごせると思っていたが、女子エルフたちの豪邸トークに付き合わされることが多かった。
土地、資材、大工、建築士。
どれも潤沢にあるため、彼女たちのオーダーはことごとく通った。
これで数ヶ月もすれば、ウィリデに似つかわしくない建物が増える予定だ。
控えめな建物が多い土地に豪邸って……と思わなくもないが、口出しするつもりはない。
美観を損ねるという概念もないようで、同じように考える人はいないみたいだった。
肝心の予算については、フォンスから贈られた戦勝祝いで用立てられるらしい。
きっと、MVP級の彼女たちならかなりの報酬だったと想像する。
俺にも報酬が出されたが、ウィリデからの援軍という立場で高額ではなかった。
もちろん、金目当てではなかったので問題はない。
それから風のうわさで、クルトがフォンスの王になったと聞いた。
ちなみに、王といっても暫定的なものらしい。
今回の戦乱で、あと少しでカルマンに攻めこまれそうだったことが問題になり、内通者の件を黙認していた先王が失脚した。
その流れで、中心的な活躍を見せたクルトが王に選出されたようだ。
彼の父親がフォンスでは英雄的存在だったことも大きく関係しているらしい。
俺自身はそのことは初耳だった。
あれだけしっかりした人柄なら、英雄の息子であろうとなかろうと適任だろう。
彼は俺より若いのに、強い信念と高潔な精神を持っていた。
こちらの世界に来ることがなければ、彼ほどの人物とは出会うことはなかったと思う。
ところで、俺の日常にも多少の変化が起きていた。
上級魔術師になったことで弟子をとれるようになったものの、まだそこまでの域に達しているとは思えなかった。
そのため、丁重にお断りして、エルネスの弟子という立場を保持している。
エルフの女性、リサのことは気になっているが、しばらく見かけていない。
先日、人間とエルフの交際は上手くいきにくいという悲しい情報を耳にした。
残念なことだが、期待しすぎないようにしておこう。
そういえば、カルマンとの戦乱で魔術を使いすぎて、マナの許容量が増えすぎてしまった。
これで強力な魔術を使えるものの、周囲を破壊してしまう恐れがあって使えない。
歓迎できることなのに力を出せないのは悩みだった。
――カルマンとの戦いから一ヶ月ほど経ったある日。
俺は行きつけのカフェでハーブティーを飲んでいた。
転移装置にまつわる諸問題は村川が解決済みで、完全にこちらの世界の住人になりつつあった。
ストレスフリーで周りは穏やかで優しい人ばかり。飯が上手くて、空気は綺麗。
おまけに雨は少なく、宿舎にはミチルちゃんというお手伝いさんまでいる。
今の状況にいると、日本で生活するのが馬鹿らしくなってくるので、そろそろアパートを解約しておこうかなと考えたりする。
テラス席の上空には、澄んだ美しい青空。
芳しいお茶と麗らかな一時。
まるで、セレブにでもなったかのような気分だ。
「――ちょっと、失礼」
「……何か?」
最高の時間に浸っていると誰かに声をかけられた。
邪魔が入ったことにわずかな苛立ちを感じながら、声の主へと視線を向けた。
何やら深刻そうな雰囲気を感じさせる女性だった。
エルフ特有の細長い耳と肩まで伸びた白銀の髪が目につく。
年齢は人間でいうなら、二十歳前後といったところか。
リサほどではないが、綺麗な見た目をしている。
「カナタ、久しぶりですね」
「あれシモン、その連れは……誰?」
シモンは声をかけてきた女性に付き添っているようだった。
「私から自己紹介を。ここから遠く離れた地から参りましたカレンといいます」
「えっと、遠く……カルマンよりも向こう?」
「はい、もっと遠くです」
「それで、俺に何か用なんです?」
用件があるなら、早く済ませてくれと思った。
今はくつろぎの時間なのだ。
「実はドラゴンを退治してほしくて、腕の立つ人を探しています」
「……はっ、ドラゴン? ドラゴンって尻尾と羽が生えて、火を吹く」
「はい、そのドラゴンです」
「なんでまた俺に声を?」
質問しながら、シモンが話を勧めたのかもしれないと思った。
「街を歩いていたら、強いマナの反応を感じたので」
「ああっ、なるほど」
「否定はされないのですね」
「い、いや。別に肯定したわけでは……」
カレンは低姿勢なものの、会話の主導権を取られそうだった。
もしかして、苦手なタイプかもしれない。
第三章に入りました。
ここからドラゴン退治に向けて物語が進みます。