ウィリデ魔術組合
魔術学校実用コースが終わってから数日が経った朝。
ポロシャツとジーンズに着替えて腕時計をつけてから、宿舎を出てエルネスのところへ向かうことにした。
近隣の地形はだいぶ覚えたので、細い路地に入りこんだりしなければ迷子になる心配はなかったが、手持ちの地図があるわけではないので、不便がないといえば嘘になる。
エルネスは弟子を取り始めて日が浅く、組合の仕事を兼業中だと聞いていた。
待ち合わせをしなくても組合に行けば会えるらしい。
あらかじめ聞いていた目印を確認しながら、おぼつかない足取りで進んだ。
10分ほど歩くとエルネスがいる組合のところにたどり着いた。
周囲の建物と同じく西洋風の佇まいで二階建ての建物だった。
看板には、“ウィリデ魔術組合”と書かれていた。
丈夫そうな分厚い扉の取っ手をつかみ、力をこめて引いた。
「――お邪魔します」
中には二人のエルフと数人の人間がいた。
広いスペースに数台のテーブルが置かれ、皆が椅子に座って会話の最中だった。
「おはようございます、何か用ですか?」
高校生ぐらいに見えるエルフの少女が戸惑った様子でたずねてきた。
「ええっと、エルネスに用事が……」
「ミーナ、僕への来客だ。カナタさん、ようこそ。エルネスです」
もう一人のエルフが立ち上がってこちらを見ていた。
すらりと伸びた手足、金色の長髪と細く長い耳。
麻で作られたような自然な風合いの上下の服に紺色のベストを羽織っている。
知性を感じさせるような風貌はどことなくエレノア先生に似ている気がした。
表情と立ち振る舞いから、誠実そうな印象を受ける。
「はじめまして、カナタです」
「どうぞ、こちらへ」
彼に促されて椅子に腰かけた。
「妹から聞いています。異国から来られている身で魔術を学びたいとは積極的だ。今ならちょうど時間もあるし、早速出かけてみましょう」
「……ええと、分かりました」
少しばかり唐突な提案に同意して組合を後にした。
彼に連れてこられたのは、組合から離れた距離にある森と街の境界線だった。
城壁を挟んで内側が街で外側が森にあたる。今いるのは外側の方だ。
「ここなら通行人もいないし大丈夫でしょう」
エルネスはストレッチをするように背中を伸ばした。
「あの、どんなことをするんですか」
「マナ焼けを起こさないように少しずつ出力を上げる練習がいいでしょう。属性は何でもいいので、最少出力で発動してください」
エルネスは近くの岩に腰かけてこちらを窺うように視線を向けていた。
そんなに見つめられると緊張してしまう。
「最少出力、ですか。とりあえずやってみます」
――周囲は森。
火は燃え移る可能性があるのでそれ以外。
俺は少し考えてから、水属性の魔術を発動することにした。
そもそも、水と火以外のやり方を習っていないというのもある。
――全身を流れるマナに意識を向ける。
修練から少し時間が空いたせいか、曖昧で掴みづらい感覚だった。
さらに意識を集中させて、全神経全細胞に流れる気のようなものを感じる。
まずは目の前にコップ一杯分ほどの水が現れるようにイメージした。
それからそこに向けてマナを練り上げていく。
魔術を発動するとマナの流れは明確さを増していった。
「……おそらく、これで」
何もない空間に透明な液体が浮かび上がる。
それは出現してすぐに草の生える地面に落下した。
背丈の低い草の上に水滴が広がっていく。
エルネスの反応が気になり、彼の様子を窺った。
「うん、お見事。異国の人とは思えない」
彼は軽く手を叩き、ほめているように見えた。
「ですが、基本がいまいちできてませんね」
彼は予想に反して少し険しい表情を浮かべた。