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第1話 桜吹雪く季節の中で

 桜の花吹雪く季節に、僕は、僕たち兄妹は一つの決断をした。


 この決断が父さんや母さんを傷つける事だっていうのは分かってる。分かってるけど、僕らはこの気持ちに嘘をつき続ける事が出来なかった。


 僕が妹を、逆月真夜さかつき まやを。妹が僕を、逆月真昼さかつき まひるを。


 互いに無視したり、気の無い振りをし続ける事が、辛かった。身が引き裂かれると思うくらい痛かった。


 そして、ある事が起きた。僕らの仲が、未来が、無くなってしまうようなことが。


 このままだと僕らはきっと狂ってしまう。そう気づいてしまったから。


 だから僕らは――駆け落ちした。


 許されない恋だという事も、先の無い逃避だという事も、分かっていたけれど……。






「お兄ちゃん、素敵な部屋だと思わない?」


 ボロっちい家具がいくつか据え付けてあるだけの狭苦しい一Kの部屋の中心で、妹の逆月真夜がそれでも嬉しそうにくるくると回っている。


 長い、性格と同じく捻くれたところのないまっすぐな黒髪を体に纏って、どんぐりのようにくりくりっとして愛らしいつぶらな瞳を輝かせて、柔らかい笑みを周囲に振りまいている。


「そうだな」


 それが何ともまぶしすぎて、僕は思わず目を伏せてしまった。


「でしょ? 同じ考えで嬉しいな」


 この部屋は単身者用で、二人で住むには狭すぎる。


 それでもこんな大したお金もない、素性も知れない駆け落ちしたての恋人二人に、好意で部屋を貸し与えてくれた社長さんには本当に頭が上がらなかった。


 今日、この時から僕らの生活が始まる。


 誰にはばかることなく、妹を、真夜を好きだと言える生活が始まるのだ。


 いくら部屋がボロくても、二人の未来が詰まったこの部屋は、間違いなく素敵な部屋だった。


「お兄ちゃん?」


 いつの間にはしゃぎ終わったのか、真夜は僕の正面にまで来ており、腰を曲げて下から僕の顔を覗き込んでいた。


 その瞳に、真夜と同じ色の髪と瞳を持ち、真夜と雰囲気が似ているなどと言われる――それって実質似てないってことだよね――よく言えば人畜無害で柔和な顔をした僕が映り込んでいた。


「何でもないよ。ただ、その……さ。真夜が可愛かったから……なんて」


「お、お兄ちゃん!?」


 心配させないようにと思ってポロリと零した言葉は、予想外に真夜の心を撃ち抜いた様で、真夜はその態勢のまま顔を真っ赤にして固まってしまった。


「あの、さ……。こ、こういう事も言えるんだよね。この部屋だとさ。というか、今だと、かな」


 きっと僕の顔も真夜と同じように、恥ずかしさと嬉しさで真っ赤に染まっているに違いない。


 それでも僕は誤魔化したりしなかった。今までは誤魔化さないといけなかった分、もっと言ってあげたいから。


 夢じゃなく現実なんだと確認するためにも。


「ほら真夜、きちんと立って」


 僕は柔らかい真夜の頬を両手で包み、ゆっくりと持ち上げていく。途中、ふみゅっ、なんて奇妙な悲鳴が上がったけれど、気になんかしない。気にしたら多分、鼻血を噴き上げて倒れちゃうから。


「真夜にも言ってほしいな」


 柔らかい真夜の感触をもっと楽しみたかったけど、これ以上触れていると間違いなく僕の理性が切れてしまうから、名残惜しく思いながらも手を放した。


 真夜はもっと触っていて欲しそうだったけど。あまつさえ、もっとすごいことを期待してそうな視線を僕に送って来たけれど。


 頭一つ分とちょっと下にある真夜の目をまっすぐ見て、僕はそうお願いしてみた。


「え、えっと……な、何を言えばいいのかな?」


「言わなきゃ分からない?」


 分かってるよと真夜の顔に書いてある。羞恥心が真夜の口を塞いでいるだけだ。


「じゃあ、もっと違う事から始めようか。僕の事を呼んでくれる?」


「…………」


「………………」


「……………………」


 改まって言うとなると、それはそれで気恥しい。しばらく二人して何も言わずにじっと見つめ合っていた。


「お……」


「お?」


「おにい……ちゃん」


「はずれ~、ぶっぶー不正解です」


「なんでっ!?」


 せっかく頑張って僕を呼んでくれたのは嬉しい。


 もじもじしながら、視線を色んな所に彷徨わせて、必死にこみ上がってくる羞恥心と戦いながら、僕の事を呼んでくれたのはとっても嬉しかった。


 でもそれじゃダメなんだ。


「真夜がさっき、社長さんの目の前でお兄ちゃんって呼んじゃって誤魔化すの大変だっただろ」


「うぅ、それはそうだけど……」


 僕たちは兄妹だ。血の繋がりのある、家族だ。


 その二人が愛し合う事は、大昔の国家でもない今のご時世、世間一般的に許されてはいない。


 社長さんだって、僕たちが普通の駆け落ちカップルだって思ったから優しくしてくれたのだ。


「だから、お兄ちゃん以外の呼び方をすること。いい?」


「そ、外だときちんと名前で呼ぶから、部屋の中はお兄ちゃんじゃダメ?」


「ダメ。壁薄いんだし、隣に聞こえちゃうだろ?」


「そんなぁ~」


 もしかしたらそういうプレイをしているのかなって思われるかもしれないけれど、今度は僕に変態というとんでもなく不名誉な称号が贈られることになってしまう。


「だから、早く呼んで?」


「あうぅぅ~……」


 決してもじもじしている真夜が見たいだとか、名前で呼んで貰って新婚さんみたいな雰囲気を楽しみたいわけではない。必要だから、うん。絶対、間違いない。


「真夜、早く」


「そんなぁ~。お兄ちゃんのいじわる~」


 そういう風に手をぶんぶん振って我が儘言うのはやめようね。お兄ちゃん出血多量で死んじゃうから。


 はい、こんな危険な両手はお兄ちゃんが封印しておきます。


 これ、一応傍から見たら軽く抱き合ってる感じになっているんだけど、名前を呼ぶことに必死になっている真夜は、そこまで思考が及んでいないみたいだ。


「じゃあ僕も真夜のこと呼ぶから、その後に続けて言って」


「お兄ちゃんは呼び方が何も変わらないから平気なんだよぉ~」


 そこに気付くとは、僕の妹は天才じゃないだろうか。


「真夜。我が儘言っちゃダメだろ。僕たちの生活を少しでも長く続けるためには必要な事なんだ」


「そ、それは……そうだけど……」


 よし、もうひと押し。


 真夜は僕の言い方が変わらないって文句言ってたから……。


「そ、それにさ。名前で呼んで貰えたら……ま、真夜が、お、お……」


「お?」


 僕は一旦口の中に溢れ出しまくっている生唾を飲み下し、勇気と根性を振り絞る。


「奥さん……」


「おおお、おくおきゅっ!?」


 ボッと音を立てて、まるで火が付いてしまったかのように、真夜の顔を含め、全身が赤く染まった。


 きっと僕も似たような感じだろうけど。


「うん、お、奥さんに、なってくれたみたいで……う、嬉しいなって……」


「あ~う~え~っと、え~っと……」


「だから、ね? 真夜」


 お願い、と視線で告げる。


 真夜がそう言ってくれるという事は、僕は君の旦那さんになれるんだよ。


 誰からお祝いされている訳じゃないし、これで認められるというわけでもない。


 でも僕たちの間では確かに変わる事なんだ。始まる事なんだ。


 僕たちの新婚生活が。


「真夜に言って欲しいな」


 もう一度、僕は気合を入れ直す。そして今度はそれ以上に別の感情を、大好きという感情を籠めた。


 胸の鼓動は休む事を忘れてしまったかのようにドクドクと脈打ち続ける。


 呼吸だって不自然なくらいに荒くなって、変な病気にかかってしまったんじゃないかと思ってしまうほどだ。


 それに加えて目眩まで発症したらしく、世界はグルグルと真夜を中心に回り続けていた。


 それでも僕は、決心してもう一度真夜に告げた。


「僕の、可愛い奥さん」


「…………!」


 効果は劇的で、真夜の思考は完全に停止してしまったみたいだ。


 全身がコチコチに固まってしまっている。


 ……しまった、これじゃあ名前を言わせる僕の計画が台無しじゃないか!


「ま、真夜?」


 軽く力を籠めて真夜を左右に揺さぶる。


 まったく反応がない。固まったままだ。


「真夜、おーい!」


 声をかけても相変わらずだ。


 よっぽど刺激が強かったらしい。


 うん、しばらく奥さんと可愛いを併用するのは止めよう。


「真夜、真夜ってば!」


「…………ふ」


「ふ?」


 フってお鍋とかすき焼きに入れる? 確かにすき焼きで豪勢にお祝いしたいけどさ。


「ふ……」


「うん」


「ふにゅう…………」


「うわわわわ」


 真夜の思考回路にかかった負担はショートさせてしまうほど大きいものだったらしい。


 真夜の体からは唐突に力が抜け、板張りの床に崩れ落ちてしまった。


 真夜の腕を握っていて本当に良かった。おかげで痛い想いをさせずにすんだから。


 真夜がショートした原因の一つかもしれない事は、考えない様にする。


「さて……と……言ってほしかったんだけどなぁ、僕の名前」


 二人の時に名前を呼んで貰えるのは、まだまだ先になりそうだった。



妹っていいですよね…

私は大好きです


本日は五話投稿予定です。


読んでくださってありがとうございました。

最新話下部にあります評価をしていただけたら非常に嬉しいです。よろしくお願いします。

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