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家族が家族で在った時

 僕らは些細な勘違いから始まって、どうしようもない衝動で結ばれてしまった。それはとても罪深くて、切ない、二人だけの関係だった。


「んっ……」


 ゆっくりと僕は唇を離した。


 目の前には未だ目を閉じたままの真夜が居る。


 湯だる頭は正常な思考をもたらさず僕は夢心地であったが、間違いなく彼女に、血の繋がった妹に口づけをしてしまったのだ。


「…………」


 ゆっくりと真夜は目を開き、僕に微笑みかける。


「しちゃった、ね」


「……ああ、した……ね」


 踏み出す前はあれほどあった後悔と罪悪感が、不思議と消え去っていた。


 あるのは真夜への純粋な想いだけだ。


 ああ、そうだ。僕は真夜が大好きだ。誰に何を言われようと、嘘などつけないし止まれない。これが僕の真実だ。


「夢みたい」


 真夜は少し俯くと、先ほどの行為を確認するかのように、そっと唇に触れた。


 僕は真夜の赤い唇を見て、一際大きく心臓が跳ねるのを感じた。


 先ほど、僕は確かにこの唇にキスをしたのだ。


「夢じゃないよ」


 自分に言い聞かせるように、そう断言する。


「し、信じられないんだったらもう一回しようか?」


 しようか、なんて言い方しているが、実は僕がしたいだけだ。今まで諦めていた想いが噴出した分、真夜に触れたくて触れたくて仕方がなかった。


「……お兄ちゃん、目が怖い」


「ぐはっ」


 しかしその想いは、ジト目の真夜自身に撃墜されてしまった。


「ふふっ、冗談だよ」


 がっくりと肩を落とした僕をいたわるように、真夜が悪戯っぽく笑う。


「もうすぐお母さんが帰ってくるから……」


「……そうだね」


 その言葉で僕は一気に現実に引き戻された。


 母さんが帰ってくる。つまり僕らはまた普通の兄妹に戻らないといけないのだ。


 気のない振りをして、乾いた会話だけ交わし、目も合わせずすれ違う。そんなどこにでも居る普通の兄妹に。


「お兄ちゃん、酷い顔してるよ」


「……そうかな」


 いつの間にか笑いを収めた真夜が、今度は切なそうな表情で僕を見ている。その胸元で握りしめられた片手は、微かに震えていた。


 きっと、真夜も僕と同じ想いなのだ。


「……我慢、出来るかな」


「……するしかないよ。大丈夫、今まで出来てたんだから出来るよ」


 真夜の声は震えていた。今まで出来ていたのはお互いの気持ちを知らなかったからだ。


 それを知ってしまった今、本当に我慢できるだろうか。


 僕はその自信が持てなかった。


「そうだね」


 でも、やるしかなかった。


 大丈夫。僕が大学に行って一人暮らしをすれば、きっとチャンスだってやってくる。


 あと一年とちょっとの辛抱だ。まあ、その前に受験があるけど。


「真夜」


 僕は胸元で固く握られた真夜の手を取り、両手でそっと包み込んだ。


 真夜は軽く頷いて、その上から更にもう一方の手を添える。


 そんな真夜の、黒真珠の様な瞳を正面から見据えて、


「大好きです。結婚は出来ないかもしれないけど、人生の伴侶になる事を前提に、僕と付き合ってくれませんか?」


 そう告白した。


 先ほどのただ感情をぶつけ合うだけの告白とは違う。お互いに人生を決めるための告白だった。


 ボッと火が付いたように、真夜の顔が赤く染まる。それでも真夜は目を逸らさずにいてくれて、真剣な表情で、


「はい、喜んで」


 そう返してくれた。


 真夜の瞳からは温かい涙が一筋、零れ落ちた。







「ただいま~」


 大きな声を張り上げて、母親が帰って来た。


 そのままドタドタと大きな足音を立ててリビングまで入ってくると、ドアノブをガチャガチャと鳴らす。


「ちょっと真昼、アンタ居るならドア開けて」


「入ってくればいいじゃん。今テレビ見てるんだけど」


「買い物袋下げてて開けらんないの!」


「へいへい」


 僕はゆっくりと座っていたソファから立ち上がり、母さんのためにドアを開けてやった。


「ありがと。パッパとご飯作るからね」


「今日は何?」


 僕は問いかけながら、スーパーの袋を受け取った。


 ……うっ、見た目より重い。


「急ぐから野菜炒めとお総菜とかだねぇ」


 いそいそと冷蔵庫に向かう母さんの後を着いて行く。


「そっかぁ……手抜きじゃない?」


「アンタが手伝ってくれたらもっと手の込んだ物作れるけど?」


「美味しいよね、野菜炒め」


 コロッと手のひらを返した僕に、母さんはため息をついた。


 いやだって、面倒じゃない?


「まったく、ちょっとは料理出来る様になってないと、一人暮らしする時に大変よ?」


「ん~、まあ、そうなんだけどね」


 そういえば真夜もあんまり得意じゃなかったっけ。ちょっとは練習しといた方が良いかなぁ。どっちも出来ないってやっぱり拙いだろうし。


「分かったよ。じゃあちょっと手伝う」


「あら珍しい。えっとじゃあ~……」


 母さんは適当に荷物を突っ込みながら、冷蔵庫の中身を探っていく。そしてあらかた検討を付けたのか、満足げな様子で頷いた。


「よし、今日は炊き込みご飯と焼き鮭、みそ汁と筑前煮を作ろうか」


「うわぁ、ずいぶん豪勢だね」


 その分労力も凄そうで、僕の顔は思わず引きつった。


「炊き込みご飯は素にちょちょっと追加するだけだからそんなに大変じゃないわよ」


「なんか僕がする事前提になってる言い方な気がするんだけど」


「アンタに任せるからね」


「え~~」


 僕は思わず盛大に顔をしかめたのだが、母さんにぽこんと軽く頭をはたかれてしまった。


「人参や椎茸刻むだけなんだから文句言わない! 母さんは毎日やってんのよ。ほら準備」


「はいはい」


「真夜も手伝ってくれたらもっと楽になるんだけどねぇ」


 真夜、という名前を聞いて、鼓動の音で母さんにバレてしまわないかと思ってしまうくらい鼓動が高鳴ってしまう。もちろん、そんな事あるはずないが。


 僕は努めて平静を装いながら、キッチンの流しで手を洗う。


「真夜帰ってるの?」


「アンタね、自分の妹でしょ。もっと興味持ちなさいっ」


 持ってるよ。母さんが思ってるよりずっと。


 誰よりも、何よりも、僕は真夜に夢中なんだ。


 ……なんて絶対に言えるわけないけど。


「へいへい」


「靴あったから帰ってるはずよ」


 母さんに言われるまでもなく知っている。だって母さんが帰ってくる車の音を聞いて、慌てて真夜は二階に上がったのだ。それまで僕らは二人でソファに座ってぼ~っとテレビを眺めていたのだから。


「そうなんだ」


 僕は会話を続けながらまな板を並べたり、母さんに渡された食材を流し台に並べていった。


 そんな作業をしてないと、僕は表情を保てる自信が無かったから。


「それじゃあ切ってみなさい。私がサポートしてあげるから」


 そう言って母さんはピーラーで人参の皮をむき始める。


「ど、どれ?」


「タケノコ。そのパックのヤツ」


 手の早い母さんに色々支持されながら、僕はぎこちなく料理を作っていった。

読んでくださってありがとうございました

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