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第16話 休日の過ごし方

「早く早く、お兄ちゃん!」


 僕は真夜に急かされリュックを下ろした。


 リュックの中には図書館から借りて来たばかりの本が十冊ばかり入っている。


 娯楽が二人の会話以外何もなかったのだが、本好きな真夜が図書館という手を思いつき、こうして無事借りる事が出来たというわけだ。


 保険証の住所が違っても、手紙や公共料金の支払い用紙なんかを持って行って引っ越したばかりですって言えば作ってもらえる、なんてレア過ぎる情報を提供してくれた野崎さんには感謝である。


 ちなみに僕はそこまで本は読まない。ゲームとか漫画なんかが主体だった。


「あの図書館、一応ボーイズラブの本も置いてあったけど借りなくて良かったの?」


 僕は悪戯心を起こして真夜をからかった。


 案の定、真夜は即座に顔を赤くして突っかかってくる。


「もうっ。そんな本ちょっとしか読まないもん」


 ちょっとは読むんだ。なんて突っ込みをすると、真夜が拗ねてしまいそうだったので止めて置く。


 僕は苦笑しながら本を取り出し、テーブルの上に並べていった。


 真夜はそんな古めかしい本の数々を、まるで宝物でも見る様なキラキラした目で見つめると、ほぅっとため息をついた。


「真夜、嬉しそうだね」


「うんっ、嬉しいよっ」


 こんなに喜ぶんならもっと早くに行けばよかったと軽く後悔する。


 今度真夜のやりたいことを聞き出しておこうと僕は心に誓った。


「じゃあお兄ちゃん、早く一緒に読もうよ」


「待って待って。まず手洗いうがいが先だよ」


「ふふっ、お兄ちゃん、お母さんみたいな事言ってる」


「季節の変わり目だからね、注意しないと。薬は高いんだから」


「はぁ~い」


 僕らは手早くそれらを済ませ、ついでにお茶も淹れて二人だけの休日を満喫する準備を整えた。


「じゃあお兄ちゃん、座って」


 真夜はそう言って壁際の席を指さした。


 例によって、お互い背もたれのある場所を譲り合う恒例行事である。いつもは譲り合った結果、二人で狭い思いをするのだが……。


「いいから。私に考えがあるの」


 真夜が強引に背中を押して来たため、僕は仕方なく壁際に座った。


 もし真夜が遠慮してるならこっちに引き込めばいいや。


「真夜はどうするの?」


「私? 私はねぇ……」


 真夜は悪戯っぽく笑うと、テーブルの位置をずらし、僕とテーブルの間に十分な空間を確保した。


「ま、まさか……」


「うん、お邪魔しますっ」


 僕が止める間もなく、真夜は猫のようにするりと先ほど作ったばかりの空間に体を滑り込ませ、僕を椅子にしてしまった。


「あ……えっと……真夜?」


 今、僕の胸の中には真夜が居る。そしてそんな真夜は上機嫌でむっふっふ~と笑いながら僕に体を預けて来た。


 真夜の柔らかい黒髪が僕の胸や首筋をくすぐり、甘い香りが理性を溶かしていく。正面から抱き合うのとはまた違った趣がこの体勢にはあった。


「こうゆうの、小さい時はよくやったよね」


「そうだったかな……?」


「そうだよ。私、すっごく嬉しかったから覚えてるもん」


「僕は覚えてないけど……」


 僕は真夜の体に手を回して軽く抱きしめ、真夜の頭にキスを落とした。


「ふぇっ!?」


「今日のは忘れないように、いっぱい真夜を感じたいなぁ」


「もうっ、お兄ちゃん。そんな事してたら本読めないよ?」


「真夜を感じられるからいいの」


「も~、私はお兄ちゃんと一緒に本を読みたいのっ」


 そんなにも~も~言ってると牛になっちゃうんじゃないかってお兄ちゃんは心配だよ。いや待てよ。牛の角と牛柄ビキニを着た真夜……。うん、最高に可愛いじゃないか。


 なっちゃってもいいかもしれない。


 一瞬、牛になるにはおっぱいが足りないなぁとか思ってごめんね。


「……お兄ちゃん。何か変な事考えてない?」


 す、するどいな。胸が小さいと感度がいいって言うけれど……ってなんか思考がセクハラっぽすぎないか、僕。


 ダメだな。膝の上に真夜が乗って居るせいで、つい思考がそういう方向に流れて行ってしまうみたいだ。自重しないと。


「真夜が可愛いなぁって考えてたけど、変な事?」


「今は変な事だよ。本読むんだから、本の事考えてっ」


 真夜は好きな事をやろうとしているためか、僕の軽口に一切乗ってくれなかった。……ちょっと悲しい。


「はいはい」


 僕は適当に返事しつつ、本に手を伸ばして……。


「お兄ちゃん。これだよ、これ読もっ」


 その手に真夜が一冊の本を預けて来た。


「シートン動物記……」


 申し訳ないが、ちょっと対象年齢が低すぎる本に思えるんだけど?


 真夜は僕の表情からその不満を読み取ったのか、人差し指を左右に振りながらちっちっちっと舌を鳴らした。


「甘いね、お兄ちゃん」


 ちょっと偉そうにしてる真夜も可愛い。


「お兄ちゃんは本をあまり読まないでしょ? だから、そういう人でも読みやすくて楽しめる本を選んだんだよ」


「それだったらラノベとか……」


「ライトノベルも面白いかもしれないけど!」


「けど?」


「……えっと……」


 何故か真夜は頬をバラ色に染めて俯いてしまった。


「あの、あのね?」


「うん」


「お、お兄ちゃんと一緒に読めないから……」


「一緒って……つまりこの体勢で、二人で一つの本を読むと? 同じ部屋でそれぞれ本を読むんじゃなく」


 僕の確認に対し、真夜は無言でこくんと頷いた。


 真夜が黙っているのは間違いなく甘えている事が恥ずかしいからだろう。その証拠に、耳が真っ赤になっていた。


 僕は真夜のあまりの可愛さに絶句していたのだが、真夜は呆れられたのかと思ったのか、赤い顔をチラリとこちらに向けて、小さな声で、ダメ?なんて聞いてくる。


 その愛らしさに僕はたまらなくなって、思いっきり抱きしめてしまった。


「お、お兄ちゃん!?」


「一緒にしたいだなんて……真夜は可愛いなぁ。もちろん一緒に読もう。ぜひ読もう」


 今なら百科事典でも読める気がする。というか真夜と一緒ならどんな本を読んでも楽しめる自信があった。


 何故なら、真夜が楽しんでいるだけで僕も楽しいからだ。


「じゃ、じゃあお兄ちゃんがページをめくってね」


 真夜はそう言うと机の上に本を広げて準備を整えると、僕の腕を取って自分の肩に回し、まるで半纏はんてんか何かを着る様な感じで僕と密着した。


 僕は、こんな真夜とくっ付いてて本を読めるかな? なんて思ったけれど、とりあえずされるがままになっていた。


「ねえ、真夜」


「なに?」


「真夜っていい匂いするね」


「もう、お兄ちゃん。今は本を読むの!」


「はいはい」


 僕は生返事を返すと、本のページに視線を走らせる。


「狼王ロボ」


「声に出さなくていいのっ」


「はいはい」


 そんなじゃれ合いをしつつ、僕らは物語の世界へと旅立っていた。


 そして……いつの間にか本に没頭してしまった僕は、時間を忘れて読みふけってしまった。


「…………正直。シートン動物記舐めてた。こんなに面白いなんて思わなかったよ……」


 さすが名作。対象年齢が低いんじゃないかとか馬鹿にしてごめんなさい。大人が読んでも滅茶苦茶楽しめました。


「でしょ? でしょ?」


 真夜は、僕がシートン動物記を面白いと感じたことがよほど嬉しかったのか、無邪気な笑みを浮かべて何度も頷いていた。


「特に奥さんを殺されて自暴自棄になる狼王ロボが共感出来てさ。もうなんかすっごい気持ちが分かるっていうか。僕も真夜を無くしたらああなるよ、うん」


「……あう……ありがと……」


「お礼を言うのはこっちだよ。面白いもの教えてくれてありがとう。あ、そういえば僕のペースでページをめくっちゃったけど……」


「だ、大丈夫だよ。私はお兄ちゃんより読むの早いし」


「それじゃあ、待ってる間つまらなかったんじゃ……」


「ううん」


 真夜は頭を振ると、僕の胸に体を預けた。そして猫のように顔をこすりつけて甘える。


「お兄ちゃんと同じことしてる時間が嬉しかったから……」


「ん……そうなんだ……」


 僕は真夜の頭を撫でる。


 そんな風に、ゆっくりと僕らの時間は進んでいった。



読んでくださってありがとうございました。

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