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第15話 野崎さんはやっぱりからかうのがお好き


 二人で手を繋いで夜道を歩くなんて事、僕らが駆け落ちする前には絶対できなかった行為だ。


 でも今はできる。


 僕らの事を誰も知らないこの場所だからこそ、兄妹の僕らがしてはいけない事が、誰に見とがめられることもなく出来るのだ。


 隣を向けば、真夜が僕に笑顔を向けてくれる。僕はこの上なく夜の散歩を楽しんでいた。


 まあ……。


「真昼くん。二人きりだったらなぁって顔に書いてあるんだけど」


「そそそ、そんな事ありませんよ」


 なんでこんなに鋭いんだよこの人!


「そう? まあ、そういう事にしといてあげるわ」


 野崎さんはそういうと、僕らの方を向いて後ろ向きに歩き始めると、無遠慮な視線を僕らに向けた。


 嘗め回す様な視線に晒された僕らは、知られてはいけない何かを見透かされてしまう様な気がして少しだけ怯んでしまう。


「あのさ~」


「な、なんでしょう」


「な、なんでしょう」


「真昼くんは高校何年生だったの?」


「今年で高三のはずでした」


「って事は真昼くんとちょうど十歳違うのかぁ……」


 ってことは、野崎さんは二十七歳か。


「あ、女の子の年齢を考えるのは失礼なんだゾ」


「すみません、野崎さんと僕は同い歳だったんだなって考えてました」


「ぷっ、あっはっはっはっ。良いね、その冗談」


 野崎さんは豪快に笑うと僕に向けてサムズアップする。


 さっきつまらないって言われたから咄嗟に変化球を投げてみたけど良かったみたいだ。


「でも露骨過ぎるゴマすりは減点」


「……今度は及第点取れる様に頑張ります」


 善処したまへ、と野崎さんは腕組みをして鷹揚おうように頷いた。


 なんだか野崎さんは本当に師匠か何かの様な気がしてくる。色んな事も教えてくれるし、とても不思議な人だ。


「あっ、そういえば野崎さんが教えてくれた料理、さっそく真昼さんにご馳走できました。ありがとうございますっ」


「あらそう、それは良かったわねぇ」


「はいっ。美味しいって喜んで貰えたんですよ」


「は~は~、それでお礼に真夜ちゃんも食べて貰えたのね」


「……はい?」


 言っている意味が全然分かりませんよ?


 真夜も理解が追い付いていないのか、僕の隣で小首を傾げているし……。


「え? だってさっき滅茶苦茶ギシアンしてたじゃない。ダメよ~、声抑えないと。壁薄いんだから」


「な、な、な……」


 つまり食べるってそういう意味ですか!?


 なんでどうしてそんな唐突にシモの話になりやがりますか!?


 というかギシアンって……あ、まさかあのふざけた時のか! 確かに聞こえようによってはそういう誤解を生みそうな声だったけど……。


「でも真昼くん、淡白な顔してるくせにあれだけ真夜ちゃんを喘がせるなんてやるわね~。しかも死んじゃう~って言わせちゃうなんて、実はすっごいブツを持ってるのね」


「ち、違いますっ」


「あれはそういうのじゃありませんっ。お……真昼さんがくすぐって来ただけですっ」


 僕と真夜は顔を真っ赤にしながら必死に弁解した。


「恥ずかしがらなくてもいいのよ? 愛し合う二人が一つ屋根の下に居るんだから、そうなるのは普通のことよ?」


『本当ですっ!!』


 僕と真夜の渾身の抗議が重なって大声になってしまい、野崎さんは思わず顔をしかめた。


「分かった、分かったから今は……」


 口に人差し指を当てた野崎さんに諭され、僕らはようやく今が夜なのを思い出した。


「すみません……」


「とにかく僕らはまだプラトニックな関係ですから」


 二人で一緒のベッドに入ってちゅっちゅした仲がプラトニックなのかは分からないけど。


「プラトニックねぇ……」


「本当ですって、信じてくださいよ」


「ああ、あなた達の事を疑ったわけじゃないのよ。ちょっと、プラトニックなんて言葉に引っ掛かりを覚えただけよ」


 そういうと野崎さんは少し遠い目をして夜空を見上げた。


 そんな普段の彼女からは想像できないような表情に、僕の胸は少し痛んだ。


 僕は真夜に視線で問いかける。


 真夜は僕に大きく頷くことで答えを出した。真夜の瞳は、こんなにお世話になっている人なのだから、私達も野崎さんの力になろう、と言っていた。


「の、野崎さん……。あ、あの、うまく言えませんけど元気出してください」


「わ、私も力になりますから」


「いや、別にそんな深刻な話はしてないんだけど」


 ちょっと力が抜けてしまい、肩をこけさせる。


「勘違いさせちゃったかな? ちょっと昔の事思い出してただけだから」


 という事は思い出すような何かがあったわけだ。人に物語あり、なんて言うけれど、野崎さんもそういう話があったのかもしれなかった。


「そうそう真夜ちゃん。男って結構信用ならないから、たまには体を使って発散させてあげないと、誘惑に乗ってふらふら~っと浮気しちゃうなんてことあるわよ~」


「えぇっ」


 僕が目の前に居るのになんてことを言うのだ野崎さんは。というかプラトニックな関係を全否定じゃないですか。


「しませんから! 浮気は絶対しません! 僕は真夜一筋ですっ! 安心して、真夜」


「はうぅ……」


 野崎さんの言葉で気落ちしたかと思えば、僕の言葉で真っ赤になる。真夜はコロコロと表情を変え、ずいぶんと忙しそうだった。


 そんな中、野崎さんが何か思いついたのか、にんまりといやらしい笑みを浮かべる。


「ねえねえ真昼くん」


「なんですか?」


 嫌な予感しかしなかった僕は、最大限に警戒心を働かせて身構える。


「はい、むぎゅ~」


 野崎さんはいきなり自分の両腕を使って自前の豊満な胸を両脇から押し潰した。


 それによって柔らかなバストはぐにゃりと扇情的に形を変え、深くて魅惑的な谷間を作り出した。


「ぶほっ」


 突然僕の目の前に現れた蠱惑的な光景に、一瞬だけど思わず注視してしまった。


「な、何するんですか!」


 慌てて目を逸らしたけれど、僕が野崎さんのおっぱいに熱視線を送ってしまったことは完全にバレてしまっていた。もちろん、真夜にも。


「ね、真夜ちゃん。男ってこういうもんよ」


「うぅ……。男の人ってそんなに大きい胸が好きなの~?」


 得意そうな野崎さんの嗤い声の下、本当に、本当に悲痛な真夜の恨み節が響いた。


 うん、真夜はおっぱい無いしね……じゃない。


「い、今のは驚いたから見ただけで、それで僕がおっぱい好きだなんて思わないでよ。僕はおっぱいが好きなんじゃなくて、真夜の胸が好きなのであって、それが大きいとか小さいとかそんなの関係なくて……って何を言っているんだ僕は」


「そんなにおっ……恥ずかしい言葉連呼しないでよぉ」


「とにかく大事なのは僕は浮気なんてしないってことでね?」


「でも野崎さんの胸見たくせに」


「うっ」


 それを言われると僕には立つ瀬がなかった。


 僕が真夜をどう説得すべきか思案していると、意地悪く忍び笑いをする野崎さんの姿が目に入った。


 どうやら場を引っ掻き回して楽しんでいるらしい。


 なんて人だ。


「野崎さんっ。何でこんなイタズラするんですかっ。真夜に変な事吹き込まないでくださいっ」


「いやいや、真昼くん。君は私に感謝するべきなのよ」


「いきなりなんですか真面目な顔して。騙されませんよ」


「考えてみなさい。今のあなたは真夜ちゃんに激しく嫉妬されているのよっ」


「はぁ」


 野崎さんはこぶしをググッと力強く握り込んでみせる。


 その訳の分からない迫力に押され、僕はつい相槌を打ってしまった。


「裏を返せばそれはもの凄く真夜ちゃんに愛されてるのっ! それを表に出したのよ、私は」


「……なるほど、さすが野崎さんですね。ありがとうございます」


 野崎さんの素晴らしい教えに、僕は即座に改心した。……別名手のひら返しとも言う。


 あれ、さっきまで僕は野崎さんに何を言おうと思ってたんだっけ?


「言った傍から騙されてるっ! も~、真昼さんのばかぁ」


「はっ、そうだった。それとこれは話が別ですよ。確かに僕はおっぱいを見てしまったかもしれませんが、それで僕が浮気する証拠にはなりませんよ」


 野崎さんにそう言い放つと、今度は真夜に目を向けた。


「真夜、僕を信じて。僕は生涯真夜しか愛さないよ」


「…………分かった」


 ふう、良かった……。


「じゃあ、信じさせて」


「……え?」


 真夜はちょっと恥ずかしそうに俯いた後、上目遣いで僕を見て、


「ぎゅってして」


 なんてとても可愛いお願いをしてきた。


「喜んで」


 僕は即座に真夜の体を両腕で包み込んだ。


「うわ~」


 野崎さんの声が聞こえても、僕らは無視して抱きしめ合った。


「あっついわね~っと…………あ~っ!!」


 唐突に野崎さんが悲鳴を上げる。


「何ですか、いきなり」


 そう問いかける僕に、野崎さんは真っ青な顔を向け、ゆっくりと手に持ったスマホの画面を見せてくれた。


 そこにはある数字が映し出されていて……。


「八時十五分……。多分もう半額のお惣菜売り切れてる……」


「え……」


 野崎さんの地獄の宣告に背中を押され、慌ててスーパーに向かった僕らを待っていたのは、空のワゴンだった



読んでくださってありがとうございました。

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