第九十五話「皇帝と姫」
◆
陛下はカイサル様から事の顛末を聞き、再び僕達を見て溜め息を吐いた。
「カイサルよ…… 俄かには信じがたいが、事実なのであろう?」
「はい。 私もロゼより報告を受けた時は耳を疑いました。 しかし、伝説にあるとおり、彼女の血でイザベラ様の病が治った事は、後に報告を受けております」
「カイサルの報告を信じるのであれば、サンチェリスタ帝国として、彼女を国賓として迎えねばならぬ。 我らがいくら大帝国であろうとも、他国の姫をないがしろには出来ぬ。
セシラと申したか。 カイサルの言う事に相違ないか?」
陛下はセシラ様に確認を取る。
「うむ。 大方その通りなのじゃ。 妾は幼い故な、こうしてロゼに頼んで見聞の旅に同行してもらっておるのじゃ。 暫くはこの国の世話になるが、妾が龍族の姫だと言う事は内密に頼むのじゃ」
皇帝陛下の前だと言うのに、臆する事もないセシラ様。 やはりセシラ様は王族なのだと実感する。
「承知した。 しかし、其方が伝説の古代龍の娘だと言うのが事実であれば、その血を我らにも少し譲って貰いたい。 どうだ? 別けては貰えぬか?」
「「陛下!!」」
見据える様にそう言う陛下に驚き、カイサル様と宰相様の間に緊張が走る。 セシラ様は言わば他国の王族。 いくら皇帝陛下とはいえ、その発言は失礼にあたる。 セシラ様はそんな陛下を気にするでなく、引く事なく笑みを返すと答える。
「断ると言えばどうするのじゃ?」
正直セシラ様が本気を出せばこの城くらい一瞬で崩壊させれるだろう。
二人の間に沈黙が流れ、陛下は面白そうに笑みを零すとセシラ様に言う。
「どうもせぬ。 余は其方が真の龍の姫かを確かめる術として、その血を欲したまで。 ここでカイサルを始めとした其方等と事を構えるつもりはない。 まして龍族と事を構えるなぞ、帝国が滅ぶような道は選ばぬ。 愚帝になるつもりはないのでな」
陛下はそう言っているが、本心ではあわよくばと思って居たのだろう。 流石一国の主、セシラ様を試しているのだ。
「妾の真の姿を知りたいというのであれば、この場で竜の姿をとってみせても良いのじゃがのぅ…」
セシラ様はそう言ってニヤリと笑い僕を見る。
今までずっと街では竜の姿になる事を禁止していた。 セシラ様的にはずっと人の姿で居るのを窮屈に感じていたのかもしれない。
「セシラ様。 ここで竜の姿になれば城が倒壊してしまいます。 それに人々に竜の姿を見せれば、混乱は必至です。 ご遠慮下さい」
「なんじゃつまらぬ。 せっかく窮屈な思いをせぬで済むと思うたのに…」
セシラ様は残念そうに口を尖らせて呟く。
これにはカイサル様も陛下も苦笑いだ。 帝城の中庭であれば城に被害は出ないだろうが、その姿は確実に民衆の目に晒される事になる。 知らない者が見れば混乱は必至。 騒ぎになってまで確認する事ではないし、今後のセシラ様の存在が公になってしまっては元も子もない。
「まぁよい。 何れにせよ帝国として、龍の姫君を歓迎せぬ訳には行かぬ。 カイサルよ、この件は其方に一任する。 何かあればすぐに報告せよ」
カイサル様は「はっ」と短く返事を返し、頭を下げた。
「さて、次は賊についても話しておかねばなるまい。
今兵士に調べさせているが、情報が上がってくるまで今しばらくかかるだろう。 勇者よ、賊について何か知っている事はないか?」
皇帝陛下の質問に心当たりがあるのか、シュエは答える。
「ええっと… 多分なんですけど、私を狙ってきた事から邪神教徒が絡んでるんじゃないかと思います」
「邪神教徒?」
「はい。 魔神を信仰する組織です。 先代の勇者様が魔神を封印した事から、彼らにとって私の存在は神に仇なす敵なんです。 恐らく私の存在を聞きつけて襲撃してきたんだと思います」
「なるほどな……」
陛下はそう言って納得する。 確かにあの時賊の目的は皇帝陛下ではなく、明らかにシュエだった。 そんな組織が存在していたとは……
「分かった。 その線で調べるよう兵士達には通達しておこう。 それから皇国から其方を預かった身としては、客人を危険に晒す訳には行くまい。 学院にも兵を増員し、警戒に当たらせよう」
「ありがとう御座います」
「しかし、邪神教徒か… 厄介な相手の様だな……」
陛下はそう言って黙り込んだ。
◆
謁見は無事に終わり、色々あったがシュエとラフィークさんは襲撃の一件があった事もあり、この日は厳重な警備の下、帝城に泊まる事になった。
シュエはこれからの学院生活を寮で過ごすつもりだったみたいで、学院側と協議して護衛のしやすい場所であったり護衛の手配であったりと、授業が始まるまでに色々と帝城でやる事があるみたいだ。
しかし、命を狙われているとなると、僕としてもなんとかしたい…… 色々調べてみるか……
僕達は謁見を終えると馬車に乗り、帝都にあるグローリア家の屋敷へと向かう。 途中、僕はふと疑問に思って居た事をカイサル様に聞いてみた。
「カイサル様。 少しお聞きしても宜しいでしょうか?」
「なんだ? ロゼ。 急に改まって…」
「はい。 何故陛下に僕達の事を包み隠さず報告されたのですか?」
カイサル様は僕の疑問に、正直に答えてくれた。
「ああ、それはもうお前たちの事を隠し通す事が無理だと判断したからだ。 だったら条件を付けて陛下を味方につけた方が、後々やりやすい。 そうは思わぬか? ロゼ」
「はい。 僕もそう思います。 ですが、セシラ様が古代龍だと言う事まで話しても良かったのでしょうか?」
「問題ない。 むしろそれが抑止力になる」
「どう言う事ですか?」
「古代龍と言えば天災級の魔物… いや神獣だ……」
カイサル様は魔物と言ってから、すぐに訂正する。
「一国の軍隊がそう易々と対抗できる存在ではない。 その神獣と懇意にしている我々と敵対すればどうなるか、皇帝陛下は分からないお方ではない」
つまり、前世で言う核兵器と同じで、国家そのものを人質にとった状態と言う事か……
しかも相手は龍の姫様。 下手をすると竜の群れを相手にする事になる。 核弾頭が大量に飛んでくるのと同じ事。 確実に国が亡ぶ。 だからあえてセシラ様の事を報告したのか……
「なるほど、流石カイサル様です。 そこまで見越しての報告だったのですね」
「それに、これからお前たちの味方になる存在は作って置いた方が良いと考えたのもある。 陛下は聡明なお方だ。 必ず助けになってくれるはずだ」
「陛下を信頼されておられるのですね」
「ああ。 陛下は実力と忠誠心させあれば、平民であろうとならず者であろうと、寛容なお方だ。 必ず味方になってくれよう」
「わかりました」
僕はカイサル様の言葉に頷き、色々あって整理しきれていない頭を必死に整理し、これからの事に思いを馳せた。




