第六十二話「魔術試験その後」
「素晴らしいわ、アイエルさん! その歳で高位魔術を扱えるなんて!」
状況を逸早く把握した魔術師の女性教官が、驚きと賞賛の声を上げる。 流石にアイエル様の高位の特級魔術を目にして、魔術の教師としては賞賛しない訳には行かないのだろう。 魔術の女性試験官は、目を輝かせてアイエル様を手放しに褒め称える。
褒められたアイエル様だが、周りの視線を一斉に浴びて、顔を真っ赤にして縮こまってしまった。
下を向いて居るが、目を回して涙目になっているのは明白だ。 ずっとスカートの裾を握り、今にも逃げ出しそうだ。 必死に絶えているのが覗える。
「いったい誰に師事を受けたの? もしかして英雄のお父様かしら?」
アイエル様の無言の態度から肯定と受け取ったのか、魔術師の女性教官は嬉しそうに手放しで喜ぶ。
「流石カイサル様の娘さんだわ! これは学長に報告しないといけないわ!」
アイエル様はそれどころではないと言った様子で完全に混乱している。 試験官のその言葉はアイエル様の耳には届いていない見たいだ。
と言うか、もう限界だった見たいで、アイエル様は顔を真っ赤にしたまま、飛行魔術で空に浮き上がると、文字通りこの場から飛んで逃げ出してしまった。
「あっ! まってアイエルさん!」
もはや受験生達もポカンと口を開けて、事の成り行きを見守る事しかできない。 アイエル様が飛び去った方向をただ見つめているだけで、誰も何も言おうとはしない。 唯一、勇者の少女だけは、何か思いつめた表情で、アイエル様が消え去った方向を見つめていた。
「凄いわ! その歳で浮遊魔術まで扱えるなんて!」
魔術の女性試験官は、才能の固まりの様なアイエル様に、その場から逃げ出した事などどうでも良いと言わんばかりに今度は浮遊魔術に食いつき、興奮して更に手放しで褒める。
それどころではないと思うのだが、最早誤魔化しようのない状況に、僕はどうしたものかと考える。
仕方ない、ここは執事として場を取り持たなければ駄目だろう。 僕はクロをセシラ様にあずけ、手を挙げて試験官の先生に発言の許可を求める。
「試験官の先生。 発言、宜しいでしょうか?」
僕がそう声を上げて立ち上がると、皆の視線が一斉に僕に移る。
「貴方は?」
「はい。 グローリア家に仕えている者で、アイエルお嬢様の家臣を務めて降りますロゼと申します」
僕はアイエル様の家臣として、まずは胸に手を当てて頭を下げ、家臣の礼をとる。
「アイエルさんの家臣… 丁度良かったわ! アイエルさんを連れ戻して来てもらえるかしら」
「はい。 そのつもりで名乗りでました。 しかし、今から追いかけて直ぐに戻って来れるか分かりません。 もう試験は終わりですよね?」
「ええ、そうね。 あとは試験の結果の発表日と今後の連絡事項を伝えるだけだわ」
「それでしたら後日、教員室かどこかにお伺いさせて頂く、と言う事では駄目でしょうか?」
「理由を窺っても?」
「はい。 実はアイエルお嬢様は少し人見知りな所が御座いまして、大勢の目のあるところでは緊張してしまう傾向があるのです。 それに、こうして注目を集めてしまった以上、皆様の目の無い所の方が、落ち着いてお話できるのではないかと愚考いたした次第です」
僕はそう言って頭を下げる。
「なるほど、あなたなかなか出来た子ね。 確かにその方がこちらとしても都合が良いわ。 この現状の説明も含め、学院長に直接会ってもらった方が何かと話が早いでしょう。 明日にはある程度結果は出ているからちょうど良いわ。 明日朝に教員室まで来てもらえるかしら」
「ありがとう御座います。 それではその様に手配いたします」
僕がそう言って了承の意を伝えると、我に戻ったのか魔術の女性試験官は訓練場の惨状を見て溜め息を漏らす。
「それはそうと… この惨状… どうしたものかしら…」
そして、近くの突き出した氷の柱を、コンコンと叩く。
まだアイエル様の後ろに試験を控えた受験生達も、この後どうなるのか気が気ではないだろう。
そんな受験生達を他所に、一考した魔術の女性試験官は、徐に呪文を詠唱し、最上位の生活魔術ソル・シュトラールを発動させ、訓練場を覆った氷を光の力を使って全て溶かし、蒸発させてしまう。
流石、帝国学院の魔術教師だ。 さっきまで氷で覆われた空間が嘘の様に元に戻った。
「コレで試験を再開できるわね」
「お手数をお掛けしました。 では僕はアイエルお嬢様を追いかけさせて頂きます」
「ええ、お願いしますね」
僕がそう言って試験会場を出て行こうとすると、成り行きを見守っていたセシラ様とニーナ様が、慌てて駆け寄って来た。
「ロゼよ、妾も探すのを手伝うのじゃ」
「ありがとう御座います。 では一緒に行きましょうか」
「ロゼ様、私もお手伝い致しますわ」
セシラ様に続いてニーナ様もそう名乗り出る。 セシラ様はココに残して置く訳には行かないが、ニーナ様はココに残ってもらった方が良いだろう。
「ニーナ様、ありがとう御座います。 ですが、アイエル様がもし僕達とすれ違いでココに戻って来られた時、誰も顔見知りが居ないのでは、また何処かへ行ってしまうかも知れません。 ニーナ様はココに居てもらっても構いませんか?」
僕がそう理由付けてお願いすると、ニーナ様は渋々と言った感じで了承してくれた。
「…… わ… 分かりましたわ。 そう言う事なら仕方ありませんわね」
「有難う御座います。 もしかしたらそのままカイサル様の元へ戻るかも知れません。 僕達が戻らなければ、ニーナ様もそのままお帰りになられても大丈夫ですので、お手数をおかけして申し訳ありません…」
「そんな事無いですわ」
「それでは行って参ります」
僕はそう言い残すと、セシラ様を伴って試験会場の訓練場を後にし、アイエル様が飛び去った方へと向かった。
◆
僕達は訓練場を後にしてから、すぐにアイエル様は見つかった。
学院の外をぐるりと囲う防壁の上で、膝を抱えて蹲っていた。
僕とセシラ様はそっとアイエル様に歩み寄ると、そんなアイエル様に声を掛ける。
「アイエル様。 探しましたよ」
僕がそう語りかけると、アイエル様は顔を上げて僕達を見ると、僕の胸に飛び込んで来て頭を僕の胸に押し当てて必死に謝る。
「ごめんなさい、ロゼ!
私… 私… ロゼの言いつけ破っちゃった…」
そう言って顔を上げると涙目で訴える。
僕は落ち着かせる様に軽く頭を撫でてあげる。
「よく頑張りましたね… アイエル様、失敗は誰にもつき物です。 いつまでも僕達の実力を隠し続ける事は難しいでしょう。 ただちょっと実力が露見するのが早まっただけにすぎません。 僕は気にしてませんから安心してください。 それにアイエル様は一生懸命馴れない人前に立って、精一杯やったじゃないですか。 僕はそれが何よりも嬉しい事です。 最後は逃げ出してしまいましたが、これから慣れていけば良いのです」
「そうなのじゃ。 見事な魔術じゃったではないか」
僕の言葉に付け足す様にセシラ様がそう言って褒める。
「うぅ…」
「さぁ、みんなの所に戻りましょう」
僕がそう言うと絶望した様な顔をするアイエル様。 よほど皆の前に顔を出すのが嫌らしい。
僕はそんなアイエル様の反応に笑みを漏らし、「冗談です」と悪戯っぽく言う。
「でも、これからアイエル様は学院に通うのです。 少しづつでも知らない人でも気後れしない様に慣れて行きましょう。 僕もお手伝いさせて貰いますから」
そう諭す様に言う。
アイエル様は渋々と言った様子で、コクリと頷く。
「さぁ、試験の方はあれで終わりですので、今日の所はカイサル様とアリシア様のところへ帰りましょう。 試験官の先生には許可は貰ってありますので」
僕がそう言うと、アイエル様の顔がパッと明るくなる。
「うん! ありがとロゼ」
久々にカイサル様とアリシア様に会えるとあって、アイエル様も嬉しい見たいだ。 旅から直接入学試験になってしまい、カイサル様やアリシア様と会う時間が作れなかった。
やはりアイエル様も心の何処かで寂しい思いをしていたのかも知れない。 今の所は明日朝に学院に顔を出さなければならない事は伏せて置いた方が良いだろう。 魔術試験での事もカイサル様に報告しないといけないですしね…
「では、ランエルさんとメラお姉ちゃんと合流しましょうか」
「うん!」
僕達はその後、学院の門の近くで待っていたランエルさんとメラお姉ちゃんと合流し、帝都にあるグローリア家の別邸へと向かった。




