第十八話「誘拐犯との攻防」
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司令室を飛び出してすぐ、俺は人気のない路地裏へと駆け込んだ。
索敵魔術を応用すれば、アイエル様の気配を追えるかもしれない。 そう思い、マナを操作してアイエル様の気配を探る。
人が多すぎてアイエル様だけを探知するのが難しい… 情報量が多すぎるんだ…
「このままじゃ駄目だ… 特定の人物だけを探すには、索敵魔術じゃ不向きだ…」
何か良い方法は… 俺は必死で考えた。
そして、マナを一定方向のみに飛ばして索敵を試みる。 それで必要な情報が絞れると思ったからだ。
案の定、方向を絞る事でより詳しく情報を得る事ができた。 これでいろんな方向に飛ばせば、どこかでアイエル様を発見できる筈だ。
そう思い、マナを色んな方向に飛ばして精密索敵を行う。
「居た!」
何度かの索敵の後、グローリアの街外れにアイエル様の反応があった。 俺はすぐさま浮遊魔術で遥か上空まで飛び上がると、その場所を確認する。
そこは森に囲まれた、山小屋の様な小さな小屋だった。 俺はすぐさまその場所に飛び、索敵魔術で周囲の反応を確認する。 小屋の中にはアイエル様とは別に二人。 周囲には反応はない。
俺は森の陰に着地すると、小屋に忍び寄り、開いた窓から中の様子を覗う。 勿論身長が足りないので、軽く浮遊魔術を使ったのは御愛嬌と言ったところか…
窓の隙間から中の様子を覗き見ると、手足を縛られ、猿轡をされ、首輪をつけられたアイエル様の姿があった…
どうやら気を失っている見たいで、ぐったりとしている。 その近くには体格のいい男が一人、ソファーに腰掛けている。 扉の近くにはもう一人、細身の男が壁にもたれ掛かり、外の様子を覗っている。 おそらく見張りのつもりだろう。 しまったな、慌てて探しに来たから、武器も何もないや…
「魔術で吹き飛ばすしかないかな… アイエルさまに当てない様に気を付けないと…」
俺は小声で呟き、救出の段取りを考える。
暫く聞き耳を立てていると、男達は何やら中で話している様だ。
「おい、ほんとうに大丈夫なんだろうな?」
細身の男が、体格のいい男に話しかける。
「ああ、例の宮廷魔導士の娘対策はできている。 このブレスレッドがあるかぎり、マナを使用した攻撃は防げるはずだ。 だが、まさかあの魔物の群れを殲滅する程とは思わなかったがな」
「そうだな、あまりにも早く混乱が収まったせいで、かなり焦ったぜ」
「本当にな…」
「偵察に出たデュオ様が戻られたら、一刻も早くこの街を離れた方がいいな。 このガキを人質にするにしても、居場所が特定されたら後々面倒だ」
「兄貴、このガキどうするんすかね?」
「俺が知る訳ねぇーだろ」
男達のやりとりを聞いて、俺は内心焦った。
男達の話からすると、何らかの方法で魔術を阻害するアイテムを保持しているらしい。 それに、この場から移動される可能性があるから、応援を呼びに行くこともできない。
「どうすれば…」
俺は必死に考えた。
「そうだ!」
俺はある考えに思い至る。 そうと決まれば行動あるのみだ。
俺は目標を定め、マナを集めて地属性中級魔術のアースフォレストを改変し、一本の巨大な岩柱を出現させる。
――ゴガガガガガッ!――
轟音と共に、小屋近くにそそり立った岩の柱は、この場所の目印になるはずだ。
今の魔術で街まで轟音と地響きが伝わったはず。 これでカイサル様たちが異変に気付いてくれれば、事態を打開できるかもしれない。 それに、その轟音で小屋の中に居る男達の注意をそらす事ができる。
俺はすぐさま中の様子を覗うと、予想通りに男の一人が外の様子を見に向かった。
「今だ!」
俺はすぐさま窓から侵入し、驚いて立ち上がり、音がした方に気を取られていた男の背後に忍び寄る。
背後から男の腰にささっていたナイフを抜き取ると、そのまま男の背中に飛び乗り、首筋を一気にそのナイフで引き裂いた。
血が吹き上がり、男はその場に倒れる。
仲間が戻ってくる前にアイエル様を連れ出さないと… 俺はすぐさまアイエル様の元へと向かい、拘束をナイフで解く。 そして、アイエル様を揺さぶり、呼びかけた。
「アイエルさま! 起きて下さい」
何度か呼びかけると、アイエル様は「うぅ…」と声を漏らして目を覚ます。
俺の顔を見て、疑問符を浮かべながらも「おはよう?」と呟いた。
「アイエルさま、助けにきました。 アイエルさまお怪我はありませんか?」
俺がそう問いかけると、何かを思い出した様に表情を強張らせ、目に涙を浮かべ俺に抱きついてきた。
「うぇえええ ろじぇえー」
よほど怖い目に合ったのだろう。 俺は優しく頭を撫でてやり、アイエル様を落ち着かせる。
「ひっく、こわかったよぉ…」
「ぼくがアイエルさまをお護りしますので、ご安心してください」
そして、少し落ち着いたのを見計らい、アイエル様に提案する。
「アイエルさま、ここは危険です。 今すぐココから逃げましょう」
アイエル様は涙をぬぐいながら「コクリ」と頷く。
しかし、アイエル様を宥めるのに時間がかかったせいか、相方の細身の男が部屋に戻ってきた。
そして、床に倒れる相棒の男を見て驚き、そして俺達に視線が移る。
「ガキ… お前が兄貴を殺ったのか?」
男は剣を抜き放つ。
俺はアイエル様を俺の後ろに庇い、ナイフを構える。
そして、小声でアイエル様に指示を出した。
「アイエルさま、目をつぶって居て下さい」
俺がそう言うと、アイエル様は目を見開き、そして思いっきりギュッと目を瞑る。 俺はそれを確認すると、無詠唱でライトの魔術にマナを多めに使用し、閃光へと変質させて発動すさせた。
いきなり目の前が光に包まれた事で、細身の男は視界を奪われ、腕で顔を覆い隠す。 俺はその隙を逃さず男の背後に回りこみ、そのまま背中に飛びついて首を掻き切った。
「――ッ…」
細身の男は抵抗すらできず、首から血を噴出して絶命する。
倒れた男達を背に、俺はアイエル様に歩み寄り、囁きかける。
「アイエルさま、そのまま目を瞑っていてください」
目の前の死体をアイエル様に見せるのは良くない。 そう判断した俺はそう言うと、アイエル様の手を引き小屋を飛び出した。
小屋を出て直ぐ、俺はアイエル様を連れてグローリアの街へと駆ける。
俺もアイエル様が転ばない様に、気を使いながら走っていたので、もう目を開けてもらった方がいい。
「アイエルさま、もう目を開けて大丈夫ですよ」
俺の言葉にアイエル様は目を開け、辺りを見回す。 勿論足は止めずに俺に手を引かれたままでだ。
状況は理解できていない見たいだが、俺の必死さが伝わっているのだろう。 俺の背中を追い、必死に着いて来る。
しかし、その逃亡も直ぐに終わりを告げる。
突如として俺に向かってナイフが飛んで来たからだ。
俺は咄嗟に男から奪ったナイフでそれを弾き、アイエル様を自分の後ろへと誘導して庇う。 そしてナイフの飛んできた方向を警戒した。
「ほう… 今のを捌くか… ただのガキじゃ無さそうだ…」
そう言って森の中から、一人の男が姿を現した。
そして、状況を整理する様に周囲の様子を伺い、愚痴を零す。
「しかし、あいつ等は何をやってやがる…こんなガキに出し抜かれやがって…」
俺は隙を伺い、マナを操作していつでも魔術で攻撃できる様に備え、男に問う。
「なにが目的で、アイエルさまを狙う!」
「知れた事。 邪魔者を排除する為の人質に決まっているだろ」
「卑怯な…」
「さぁ、大人しくその子を渡して貰おうか。 その子は大事な人質だ」
俺は「断る!」と叫ぶと同時に氷の杭を精製して男に向けて放った。
不意を突いたはずの攻撃を、男はいとも容易く捌くと、驚いた表情を浮かべた。
「はっはっ! お前ヤルな! まさかガキの分際で無詠唱魔術を使うとは思わなかったぞ」
男はそう言って嬉しそうに笑う。
「その歳でそれほどの腕、流石英雄カイサルの関係者か… 面白い。 どうだお前? 俺の下に着く気はないか? 俺がお前を鍛えてやる」
「冗談は顔だけにしてください」
俺はそう言って挑発する。 感情に身を任せれば隙は生まれやすい。 それを狙ったのだが男はあっさりと流した。
「はぁ… なら仕方ない。 言って分からないなら体で分からせるまで」
そう言うと男は一瞬で動いた。
俺は咄嗟にアイエル様を結界魔術で囲い、安全を確保すると、少しでもアイエル様から距離を取る為に男に向かって駆けた。
アイエル様の位置から少しだけ距離を詰めた付近で、俺と男は刃を交える。
俺は男の刃をナイフで受け止め、後方へと自ら飛んで衝撃を和らげる。
流石に体格差がありすぎて、とてもじゃないが受け止めれ切れるものじゃない。
俺が男から少し離れた位置で着地すると、またしても男は驚いていた。
「これは驚いた。 魔術だけじゃなく体術もなかなかのモノだ…」
俺は次の攻撃に備えながら、マナを操作し、空中に巨大な水を生成し、圧縮した。
訓練場の壁を破壊したこの魔術なら、世間で知られていないオリジナルの魔術だ。 初見で対処できるほど生易しくないはずだ。
俺は男に狙いを定めて、超水圧ビーム(仮)を放った。
流石の男も初見で躱す事ができず、モロに直撃した… はずだった。
男は咄嗟に体を逸らし、半身で攻撃を受けたことで射線から少しはずれ、何かが弾ける音と共に横へと吹き飛んだ。
しかし、それだけだった。 男は平然と体勢を立て直すと、状況を確認する。
俺が放った超水圧ビーム(仮)の射線上にある森の木々が吹き飛ばされ、見るも無残な状況になっていた。
「やるじゃねーか。 アーティファクトのブレスレットが無ければ、今ので俺も死んでたな」
そう言って男は油断なく武器を構える。
アーティファクト? 小屋に居た男達が言ってた、イリナ先生対策のアイテムか?
そして男は一息置くと、一気に俺との距離を詰めてきた。
俺はナイフで迎え撃つ。 幾度となく繰り出される剣撃を逸らし、紙一重で避け、持ちこたえる。
この男、隙がない…
「オラオラオラオラッ!」
連続で放たれる剣撃に、次第に体力が奪われていく。
そして、男の剣を受け止めきれず、ナイフを弾き飛ばされてしまった。
俺は咄嗟に後方へと跳び、距離を取ろうとする。 しかし、それを読まれていたのか、男も前に詰め寄り俺を斬り付けた。
咄嗟に体を捻って避けようとするも、避けきれず俺は左目を斬られる。
そして男は、そのまま俺を押し倒した。
「捕まえたぜぇ 糞ガキ!」
片目が潰され、激痛が走り、血が止めどなく流れる。
クソッ! ここまでなのか…
せめてアイエル様だけでも、コイツから護らないと… 俺は咄嗟に最後の力を振り絞り、大量のマナを圧縮して結晶化させ、アイエル様に貼った結界を強化した。
これで俺が作ったマナの結晶の力が無くなるまでは、結界は維持されるハズだ。
そして、振り上げられる男の剣。
スローモーションの様に、俺はその光景をただ見つめる事しかできなかった。




