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がらくた小噺  作者: miyuri
3/7

あした天気になあれ

霧に包まれた街での話。


「即興小説トレーニング」https://t.co/7a88tscaMI

↑以前書いたこれを改訂したものです。

情景描写を練習するために書いたのですが、文章の繋がりが不自然でやや読みにくいかもしれません。




 濃い霧が街を覆ったのは、今から30年前のことだ。それ以来、この街は霧に覆われたままだ。


 小さな港町だったが、昔は美しい景勝地として名を馳せていた。この街は湾の端に位置している。湾はU字に大きくカーブしていて、晴れていれば、港から海越しに反対の陸地の山々が見える。霧に覆われる前は、美しい山々を背に海を望めると評判だった。


 幼い頃はよく堤防から海岸へ降りて、その光景を目に焼き付けた。1番好きなのは冬の晴れた日だ。

  夏の間は観光客で浜辺は溢れかえり、じっくり景色を楽しめない。しかし、冬は寒いのか滅多に人が寄り付かず、閑散としていた。

 冬は夜更け前から家を出て、日の出を待つ。夜の浜辺はかなり冷え込むので、服の内に懐炉を入れ、その上にさらに防寒具を着込む。海向こうは闇に包まれ、はっきりと見えない。漁船の灯りだけが、漆黒の海にぽつりと浮かんでいる。

ぼうとその光を眺めていると、次第に空が明るくなり始める。山の輪郭が日の色に染まり、海の闇と山陰の境がはっきりと分かたれる。しばらくすると、海の向こうの山からゆるりと朝日が顔を出す。

 寄せかえる波が、漏れ出た朝焼けに照らされる。はねあがる水飛沫がひと粒ひと粒、宝石のように輝く。まるで空にあった星が朝焼けとともに地に落ちてきたようで、とても美しかった。


 しばらくして、山肌から完全に日が顔を覗かせると、街並全てが朝焼け色に染まる。この時寂れた港町が黄金色の都のように輝くのだ。私は、この朝焼けの美しい、僅かな時間がとても好きだった。 夕暮れの景色も格別だった。夕日が沈むと共に、街は夕闇に沈み、山々がオレンジ色に照りががやく。今度は漁村は寂しい色になるけれども、その姿もまた愛おしかった。どの時間帯でも、常に街は美しかった。


 街が霧に覆われる瞬間を今でもはっきりと思い出せる。

 その日はよく晴れた日曜日で、空には雲一つもなく、透き通るような空だった。


 当時私は年端もいかぬ子どもで、その日もいつものように朝焼けを見に行った。

 薄暗い空の中、堤防の下へ降りると、山向こうの空が明るく灯っていた。しばらく待つと、美しい空が私を迎え入れた。海のそばで朝焼けを眺めながら、その美しさを堪能する。海向こうの山頂から太陽が完全に顔を出した頃、家に帰った。


「ただいま」


 家に帰ると、母が台所で目玉焼きを作っていた。


「おかえり。手を洗ったら、レタスちぎってね」


「またレタス? 」


「たくさん取れたんだから、しょうがないじゃない」


流しの上では、今朝父が裏の畑で収穫してきたレタスがこんもりと盛られていた。


「だってスーパーのより苦いじゃん」


 顔を顰めてみせると、文句言わないのと軽く頭を小突かれた。


「その分お父さんの愛と栄養がたっぷりよ。余計な口を動かせるなら、ちゃっちゃと手を洗って手伝って」


 洗面台で手を洗い、しぶしぶ台所へ向かう。


「1口サイズにちぎってね」


「はーい」


 キャベツを1枚1枚剥き、数センチの大きさにちぎる。途中でめんどくさくなって、途中からはやや大きくちぎった。まあ、このくらいなら食べれるだろう。むき終わると、母から皿に盛り付けるよう言われた。その他の食材は盛り付けられていた。


 食卓に座り、いただきますと手を合わせる。黄身を箸で開くと、半熟だった。黄身の部分に塩をふりかけ、軽くひと混ぜする。箸に着いた黄身を舐めると、とろみに塩見が混ざって美味しい。レタスは噛みごたえがあって美味しかった。朝食を食べ終えたあと、せっかくのお天気なので公園に出かけることにした。


 公園では、同年代の子供たちがひしめき合うようにして遊んでいる。公園には友達もいた。


「おはよう」


 友達と挨拶を交わした。


「何して遊ぶ?」


遊具には列が出来て、すぐに遊べそうにない。


「うーん。じゃあ、靴占いしよ! 」


 こどもの頃、友達の間でこの遊びが流行っていた。私の地域では、大まかに靴を飛ばして表なら晴れ、裏面であれば雨、側面をむけば曇りといったルールだった。

 ただ、占いの結果は個人でまちまちで、子どもによっては右横が出たら雪、果てには槍が降るという子もいた。

 結果が外れることは日常茶飯事。表が出て、明日は晴れだと喜んだら、翌日は雨ということはざらにある。


「じゃあ、私からするね」


 靴占いは大好きだったから、1番に手を挙げた。私は靴紐を緩め、浅く履く。


「あした天気になあれ」


 唱えながら、靴を蹴飛ばす。靴は緩やかに地面を転がり、また裏面が出た。結果は雨。明日は体育なので、雨だととても困る。飛ばし方がだめだったのかもしれない。


今度はブランコにのって勢いよく靴を蹴飛ばすことにした。ブランコには、五人くらいの子どもが並んでいた。


「いーち、に、さーん……」


列に並んでいる子どもが秒数を数えている。


30秒数えたところで、

「二十九、三十!はい交代ね!」


と先頭に立っている子が言った。どうやら30秒ずつで交代するようだ。列の後ろに並び、一緒に秒数を数えながら、自分の番を待った。


「いーち、にー、さーん……」


 何回か数えたところで、ようやく私に順番が回ってきた。

ブランコに乗れる時間は限られている。ブランコの板に足を乗せる。膝を屈伸させ、ブランコを勢い良く漕ぐ。あっという間に揺れ幅が大きくなる。このまま一回転出来そうだ。


「あーした天気になーあれ!」


 そろそろ頃合だと、揺れが頂点のところで、靴を思い切り蹴飛ばした。いい手応えだ。


 靴は青空をすいすい泳ぎ、公園の柵を飛び越えた。

 10m程飛んだところで、失速し地面に落ちる。そのまま勢い良く転がり、公園の柵に当たり止まった。

 

 つま先部分を下に向け、トランプタワーのような精密なバランスを持って、靴は直立していた。表面でも側面でも裏面でもない、どの面ともいいがたい面が出た。

 もちろん、そんな面なんて出たことがないので、結果は決めていなかった。


 凄い凄いとみんなが騒ぐ。私は得意げになって、ブランコから飛び降りた。着地も上手く決まった。片足跳びで、靴の元へ向かう。


「ねぇ、結果は何?」


 友達が聞いてきた。


「うーん」


 晴れでも雨でも曇りでもない。ふと、頭に今朝見た朝霧の情景が頭に浮かんだ。


「霧だと思う」


「あたしは雪だと思う! 」


「絶対霧だよ。多分」


 明日の天気は、きっと霧だ。私には、不思議とそんな確信があった。


 結果を伝えたところで、 正午を知らせるサイレンが聞こえる。午前中ずっと公園で遊んだからか、お腹はもうぺこぺこだった。

 友達とまた午後遊ぶ約束をし、家に帰った。


 家に帰ると丁度天気ニュースがやっていて、明日は冷たい空気が湾内に流れ込むため、霧が発生しやすいとお天気キャスターが話していた。


 翌日。町は見事に霧に覆われていた。

いつも当たらないのに、見事に的中率させてとても嬉しくなった。しかし、次の日、一週間と経っても霧が晴れることはなかった。


「あした天気になあれ!」 


 段々とブランコに乗ったり、学校のベランダから靴を飛ばしたり。とにかく必死に色んな方法を試したが、いつも同じ面が出る。

 逆に天気占いをしなければ良いのだと、辞めてみたが天候はずっと変わらない。

 その日からいくら経っても、街は霧に覆われたままだった。


 霧に覆われてから、数ヶ月が経ち。収まらない異常気象に、気象庁の本格的な調査が入った。

 調査によると、不思議なことにこの湾内のみ霧に覆われ、山の向こうや湾外は霧はすっかり晴れているとの事だった。


 だが、これ以上のことは何もわからなかった。

液体炭酸や、ドライアイスを用いて人工的に霧の散失を試みたが、霧は晴れなかった。

 今では気候の観測のみ続けられているが、ここ数十年特に何もない。実質調査は打ち切られた状態だ。


 その他にも、神秘的な現象だと民話を調べたり、色んな方面から原因を調査が入ったが、解明には至らなかった。


 30年の間に、見通しの悪い海に、漁業や観光業は廃れていった。どんどん街から人がいなくなり、町は活気を失った。

 景勝地としての名も聞かなくなって久しい。


 今日も太陽は、厚い霧に覆われ朧気にしか見えない。

どんどん寂れていく港町に歯がゆい思いをしながら、それから30年間、毎日靴を飛ばし続けた。

 だが、どんなに靴を飛ばしても、いつも結果は同じだった。


 あれから30年前。晴れていないかと、期待して浜辺に向かうが、いつも向こう岸は霧に覆われたままだ。そのまま浜辺で天気占いをするのが日課となった。


 人影のない浜辺で、靴を蹴飛ばす。角度が悪かったのか、海の方へ飛んでいった。数ヶ月前に新品の靴が波にさらわれたのを思い出し、青ざめた。靴は波際すれすれで止まった。ほっと息を着く。靴はまた、つま先を底に直立していた。


 代わり映えの無い結果に、釈然としない気持ちになる。

 仕切り直して、もう一度。今度は海と反対側、堤防に向かって思い切り飛ばそう。

 脚を思い切り、空に向かって蹴りあげた。急な動きにふくらはぎが悲鳴を上げたが、構わない。堤防を超えていくような気持ちで、靴を思い切り飛ばす。


 靴はいつもより綺麗な線を描いて、宙を泳ぐ。あの時のように。


 だかしばらく飛んだところで、靴は勢いよく堤防へ当たり、跳ね返った。残念ながら堤防を超えることは出来なかったが、我ながらいい蹴飛ばしができたと思う。

 靴はころころ砂浜を転がる。恐らく中は砂まみれだろう。幼い頃は靴の中を砂まみれにし、怒られたな。雨の日はもっとどろんこに……等と感傷に浸っていると。


 靴がぴたりと止まる。表が出た。結果は――晴れだ。



 はっとして空を見上げる。

 今日も視界は厚い霧に覆われたままぼんやりとしている。太陽の光は薄く、空を遠くまで見通すことは出来ない。

 海は空の色を映すことは無く、その向こうは深い霧が広がっている。海の向こうには霧が広がり、空の色を映すことない波だけ変わらず寄せて返し。


 いつもと変わらない情景だ。だが明日は晴れだと、私は確信していた。明日の朝焼けを心待ちにしながら、今の情景を目に焼き付けた。

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