ガラス玉
二年前書いたものを少し手直ししたものです。
太陽がじりじりと皮膚を焦していく。少しでも涼しい場所を求め、あちこちの川を探索する。日が高くなるにつれて、空気がさながら灼熱地獄のように変わっていった。いつもは涼しげな土手も、ゆらゆらと熱気が立ち込めていた。
あまりの暑さに、木陰で休憩することにした。しばらく涼んでいると、土手の上で幼馴染の美咲が何かを太陽に透かしていた。その時、美咲の手のひら辺りで何かが輝いた。彼女は何か強く念じていた。美咲は何をしているんだろう。そう思いじっと見つめる。すると、こちらに気がついたのか、美咲は顔を真っ赤にしながら陽介を睨んだ。
「ちょっと陽くん、もしかして今の見てたでしょ」
「変な儀式をやってた以外は何も見てない」
陽介は肩を竦めてみせた。
「やっぱり見てたじゃん!」
美咲は今にも逃げ出しそうな面もちであた。
「見られたらまずい儀式だったとか…」
「そんな訳じゃないけど…。あれはジンクスみたいなもんだから」
「ジンクスって?」
ほら、と美咲は手を開いてみせる。美咲の手のひらの上には、綺麗なガラス玉が乗っていた。先ほど美咲の手で光っていたのはこのガラス玉らしかった。
「硝子玉を毎日磨いて、光に透かして覗くと願いが叶うっていう、おまじない。ちっちゃい頃に作った、効き目不能なやつだけどね」
それから美咲は人差し指を口にあて、こう続けた。
「これあげるから秘密にしてくれないかな」
そう言って美咲はガラス玉を手渡した。
「別にいらないんだけど…」
「貰っておいてよ、こういうおまじないって人にばれたら効能ないっていうし」
「じゃあもう意味ないじゃん」
困った顔をする陽介に、美咲は笑ってみせた。
「秘密の共有ってことでセーフということで」
そんないい加減で良いのか、何まあいい加減だと思いつつ陽介はガラス玉を透かし覗きこんだ。いつもは大きく見える街の風景が、ガラス玉の中にすっぽりと収まっている。
ガラスを通して見る世界はまるで自分だけのもののような気がした。
「何をお願いしたの?」
突然美咲がガラスの中の景色に入ってきた。陽介は慌ててガラス玉をポケットにしまい、前に立つ美咲にこう言った。
「教えない」
「えー、けち」
「そういうお前は何を願ったんだよ」
「教えたら叶わないし」
美咲は先程とはうってかわり、言っていることが正反対になった。
「じゃあなおさら教えたら駄目じゃん」
「ならいいよ、教えてくれなくても」
美咲が口をすぼめた。その時、ちょうど正午を伝えるブザーと美咲のお腹の音が鳴った。
「えっと、そろそろお昼だし帰らなくちゃ」
美咲はそそくさと帰り道を駆けていく。
「じゃあその石大切にしてよね」
「ちょっとまっ―――」
声を掛ける暇もなく、彼女はあっという間に遠くへ駆けていった。
「……そんなこと教えられるかよ」
陽介はポケットからガラス玉を取り出し、その姿を見ていた。ガラスの中に映る彼女はキラキラと輝いていた。
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
懐かしい夢を見た。故郷に向かう電車の中で、陽介はいつの間にか寝てしまったのであった。あれから十数年。美咲とはあんなに仲が良かったのに、いつの間にか疎遠になってしまった。あの時に貰ったガラス玉も大切な思い出であったはずなのに、いつの間にか忘れていたようだ。
実家に着いたとき一度探してみようか。
電車を降り、駅の改札口を出たとき、後ろから声をかけられた。
「もしかして陽くん?」
後ろを見ると、そこには美咲がいた。
「久しぶり、元気だった?」
昔と変わらない笑顔で、陽介に話しかける。
「元気にしてるよ、そっちは?」
「元気だよー!」
あんな夢を見た後であるためか、何かただならぬものを感じる。
「お前も相変わらずだな」
「ふふふっ」
美咲はまたひまわりのような笑顔を陽介にみせた。
「どうして笑ってるんだよ」
「だって、またこうして陽くんと仲良く話せるなんて夢みたいだなーと思ってさ」
そういって美咲はくるりと一回転した。
「いつ以来だろうな、こうして話すのは」
「小五以来だよー。なんかいきなり陽くん話してくれなくなったじゃん」
「そうだっけ?」
「そうだよ、いきなり避けられてで悲しかったんだからね」
ゆっくり当時のことを思い出してみる。確か、そのときはからかわれるのが嫌で美咲を避けていたような気がする。
「ほら、その年頃特有の恥ずかしさみたいなのがあるからさ。とにかく、そのことは本当にごめん」
両手をぱんっと合わせて謝罪する。美咲はうん、許すと笑った。
「それで、これとか出来た?」
美咲が小指をピンと立ててにやにやした。
「いつの時代だよ。残念ながら先日別れた」
「……まぁ陽介はいいやつってことは分かってるから」
美咲が陽介の背中をポンと優しく叩いた。
「余計なお世話だ。そういうお前はどうなんだよ」
「えっとねー、今度結婚するんだ」
美咲は、頬を熟れた桃のような色で染めて微笑んだ。その表情は、今まで陽介が見たことの無いくらい美しいものだった。
それにしても、結婚するとは初耳だった。驚いた顔した陽介を見て、美咲はおばさんから聞いてないの?と笑った。話を聞くと、高校生時代から付き合っていた人と結婚するらしい。
「結婚おめでとう。」
「ありがとう。陽くんも早くいい人見つかるといいね」
「余計なお世話だ」
「じゃあまた今度ね」
「――あのさ」
「何?」
「ガラス玉ってどうしてる?」
「ガラス玉?何それ」
「いや、何でもない。また今度紹介してくれよな」
そういって陽介は足早に駅を出た。何だか、急にあのガラス玉を覗きたくなった。
実家に着くと、挨拶も手短に早速自分の部屋へ急いだ。何とかガラス玉を見つけようと、部屋の隅々を必死に探す。本棚の中、ベットの下から、机の引き出しまで丹念に確認していく。
それは、机の奥深く眠っていた。十年前と同じようにガラス玉覗き込む。しかし、ガラスは霞み、何も見えなかった。
叶わなかった想い、期待を持ったが……みたいな感じです。多分諸行無常的なことが書きたかったのかも知れません。
微妙な読後感でごめんなさい。