前編
スマホの着信音が鳴り響く。
軽い曲調が短時間で何度も繰り返していた。
電話だ。とのしかかっている眠気を払いのけるように頭を振るう。
そして重い右手を伸ばしスマホを手にし、応答ボタンを押した。
「ぁーい、もしもし……」
「あ、もしもし? 俺だけど」
スマホから聞こえる男の声。
「俺じゃわからん。誰だ」
「有馬だよ、てかお前に電話をかける男はこれまでに俺くらいだろ?」
使い古されたビデオテープのようにオレオレ詐欺をする奴は誰かは知っているが、一応通過儀礼のようなものだ。許せ。
乾いた笑い声を引きつらせたあと、落ち着くために一度深呼吸をする。
「そうだったな。で、どうしたんだよ」
寝ぼけ眼で時計を見ると時間はまだ短針がまだ六時を示してなかった。ついでに閉じられた遮光カーテンから覗く窓の外を見ると、日は傾き始めの橙色が見えた。
「お前忘れたのかよ。今日はミーティングだろ? ようつべの!」
「あー、そうだったな」
「六時に居酒屋で待ち合わせだって言ったのお前だろ。ちゃんとしろよ」
「え、有馬どこにいるんだよ」
「お前ん家の前」
時計をもう一度見ると五時五十五分だった。
ため息を漏らしながら起き上がる。
「五分前行動とかキモいぞ」
「うるせぇ。さっさと用意してこい」
はいよ。と答えたあと俺は終了ボタンを押した。
実況動画。
それは俺の趣味だ。
元々の始まりはニコニコ動画の実況動画が始まりだった。いろんな実況者がゲームをしたり雑談交えながらしたりと楽しそうにやっていた。
それに憧れを持った俺はいつしか実況者になれたらいいなと夢を持ち、そして数ヶ月前に実況者としてデビューをした。
今はまだ始めたばかりだからファンも少ない弱小ではあるがいつかは大手の実況者になることを夢見ている。
「とりあえずどんなやつ作るよ」
「ゲームの実況をやろうにももう先駆者がいるわけだから後を追うようにやっても視聴者は面白いとは思わないだろう? なんかヒットしそうな奴を作らないと」
居酒屋で俺と有馬はビールを片手に話し合っていた。
「でも、マイナーのゲームとかやっても面白くないじゃん。そもそもお前、何が得意なんだよ」
有馬が赤い顔をして俺に問いかけてくる。
「FPSとかは正直得意じゃない。かといってポケモンとかの通信対戦が得意というわけでもないし……」
「お前実況者になりたいといった割には得意分野ないよな」
「うるせーよ」
ビールを飲み干し、店員にお代わりを頼んだ。
だいたいゴリ押しのスタイルしか知らない俺はゲーム実況には向いていなかった。
「こういう時はお酒の勢いに任せて何か案を出すのがいいのさ!」
酔った勢いで俺は大声を出すと有馬はニヤリと笑った。
「ほほう? じゃあ咲とチャコも呼ぼうぜ」
「おー、おー、それはいいな」
その数分後に咲とチャコが来る。
ちなみに咲は俺の彼女で、チャコは有馬の彼女だ。俺たち四人は大学の同期でずっと仲良くしている。
「有馬君、こんばんわー。あ、まーたお酒飲んでる!」
「咲ちゃん。いらっしゃーい」
有馬が回らない口で咲を迎える。咲は俺の隣に座ると有馬がニヤニヤと笑いながら俺を指差した。
「こいつ、へべろけだから咲ちゃんよろしくね?」
「え? 私が送るの!? うわ、酒くさ!」
そう言って咲は水を取りに席を立つ。
多分俺の酔いを醒ますためだろう。
「有馬ー。私たちを呼んでなにするの?」
咲を見送ったチャコは有馬に呼び出した理由を聞いてくる。
それに対して有馬はビールを一口煽るとジョッキをドンっと机に置いた。
「何か面白いネタがないか提供してもらおうかなってな」
「面白い……ネタ?」
咲が水が入ったガラスのコップを四つ持ってきた。
有馬はコップを受け取ると一口だけ口に入れた。
「そう、面白いネタ。こいつと俺はいま実況者でさ面白いゲームとかを実況してるんだけど、こう、ばっかーん! ってヒットする動画を撮りたいのよ!」
俺はぐわんぐわんする頭を縦に振る。
「しかし、俺たちだけじゃ全然面白い話が浮かばない」
そこで君達だ! と言わんばかりの矢印をチャコと咲に向けた。
「というわけでなにか面白い話題とかないか?」
二人は顔を見合わせる。
「んー、私はちょっとないかな」
と申し訳なさそうに言ったのは咲だ。
そっか残念。と有馬が呟くと、今度はチャコをみる。
「チャコは?」
有馬の問いかけにチャコは不敵な顔を浮かべた。
「ひとつだけ、面白いのがあるんだけど」
「お? どんなのだ?」
俺と有馬はチャコに詰め寄った。
「臭い臭い! 酒臭い!」
「いいからおしえろよー減るもんじゃないだろー?」
「その言葉冗談でもやめてよね」
こほん。と席を一つした後、チャコは真面目な顔をして口を開いた。
「鮫島事件ってしってる?」
俺と有馬、そして咲は顔を見合わせた後チャコに知らない。と答えた。
「実はネットがない時代の時に、鮫島っていうやつが二十人かかりでリンチにされたらしいんだけど、実はそのリンチされたやつは鮫島ではなくて鮫島の親戚だったらしいんだよ。で、それを見た鮫島がブチ切れてリンチした二十人の奴らを殺害しようとするわけ。で、三人くらい殺されたとかだけど、そのあと鮫島は捕まったんだって。今は出所しているとかなんとか」
「うわぁ……」
「なんていうかやばいな鮫島」
でしょ? ってチャコがいう。
「で、それのなにが面白い話なんだ?」
「実はこれジョークなんだ」
「はあ?」
俺と有馬は変な顔をした。
「それ面白い話じゃないじゃん。損した」
「待って! これからが面白いんだから!」
チャコが弁明する。
「実はこの鮫島事件ってやつは本当にあったのかわからないっていうのがミソなんだよ。そもそもの話は誰かが鮫島事件ってなに? って聞いたらいろんな人達が嘘をついて言って広がって言った言わば嘘八百、尾ひれがついてできたものなの。だけど、もしかしたらその嘘の中に本当のことがあるかもしれないし、もしかしたら嘘かもしれないっていうやつなのよ。今じゃ都市伝説としてあげられるくらいなんだから」
「へぇ……」
都市伝説……ねぇ?
「で、それでなにするんだよ」
有馬がビールが入ったジョッキの口をなぞる。
「私たちがオリジナルの事件を作って、その真相にたどり着いた時に冗談ですとかってどうかなって」
「なるほどなー。それ面白そうだな。なぁ、有馬」
「そうだが、オリジナルの事件ってどう作るんだよ」
チャコはビールについてきた枝豆を一つ口にした。
「そりゃ私たちがサクラになればいいのよ」
「なるほど、一つの事件に対して俺たちがその事件について語り、そしてその事件があったように見せかけるのか」
それはいいな。と有馬も言う。
「じゃあ、その方向でいきますか」
「了解」
有馬と俺、そしてチャコはビールを持ち乾杯をした。
本インタビューは、この地域で起きたとある事件の当時を知るためのものである。
インタビュアーは俺。
インタビューを受けたのはA、C、Dの大学生三人。
三人は当時、その事件について知っているものだが、警察に秘匿にするようにと言われていた。しかしこの度、その沈黙を破り個人的にお答えしていただくことができた。
尚、個人情報が漏れてしまう恐れがあるため、音声を変更させていただいております。
※大学生Aとの会話。
―――まさかお答えいただけるとは思いませんでした。
「どうしてですか?」
―――どうしてって、それはあなたもご存知でしょう。あの事件について語る人は古今東西あなたを含めて三人ですよ?
警察にも止められて誰も状況について話をしないためにあの事件はプロパガンダと言われていたくらいなんですから。
「僕達三人はその当時のあれについて警察に止められていたので三人でぜったい口外しないと誓い合っていました。ですが、やはり真相を言わないとダメだと僕達は話し合いその時やってきた貴方に話そうと思ったのです」
―――そう考えると僕はラッキーだったのですね。
「いいえ、不幸です。僕達が封じ込んでいた事件の真相について聞く一人目が貴方なんですから」
―――……ではその事件についてお聞きしてもよろしいでしょうか?
「……はい」
―――当時、今から七年前に起きた【未成年無差別殺害事件】……【一宮市事件】の時、貴方は?
「僕はその時まだ十二、小学校六年でした」
―――なにがあったのか詳しく教えていただけますか?
「あの時僕は、友達と遊ぶ約束をして待ち合わせの公園へ行きました。その途中で男に声をかけられました。どこに行くんだい? って。
僕はその時は疑うことをあまりしておらずその人に遊びに行くんだ。と答えたのです」
―――確かにあの時代はまだ誘拐犯が浸透していなかった時代ですしね。
「えぇ、そして気づいた時には僕は目隠しをして両腕を縛り上げられていました。あの時は……本当……」
―――大丈夫ですか?
「大丈夫……です。すいません」
―――その時なにがあったのですか?
「かちゃかちゃと食器を鳴らす音と、肉が焼ける音。あと……子供の叫び声が……。すいません。この話はもうやめてもいいですか? まだ気持ちの整理が付いてなくて……」
―――わかりました。わざわざインタビューに参加していただき当たったと思った?残念!エレサールでしただきありがとうございました。
大学生Aの会話より
Aとの会話を終えた後日、Bに連絡を取りインタビューができることを確認した。
※大学生Cとの会話
―――こんにちわ。お名前の確認をしてもよろしいですか?
「こ、こんにちわ……Cです……」
―――そわそわしてますね。大丈夫ですか?
「え、えぇ、大丈夫……です」
―――前日はAさんとの話をしてきました。最初にお聞きしますが、Aさんとのご関係は?
「知りません。ただあの事件の生き残りが私と、AさんとDさんで、私たちは同じ病院に入院したのでその時に知りました」
―――そうですか。本題に入りますが貴方はあの時、なにがあったのか教えていただけますか?
「詳しくは覚えていません。凄惨な事だったので今は雲のようなモヤモヤしたものな記憶になっています」
―――相当ショックな事だったのですね。
「でも、染み付いていて抜けない事があって。あの時は私と知らない女の子が寝転がっていて……私とその子はあの人(以降Bとする)に暴力を受けていて、痛めつけられて逃げ出す力も、叫ぶ声も出なくて。その時に隣にいた女の子は諦めたらダメだよ。って必ず助けが来るからって私を励ましていたんです」
―――他にも子供がいたのですね。
「……はい。私はなにも答えず、ただぼんやりとよく見えない目でその子を見つめていたと思います」
―――その子はどうなったのですか?
「ある日、その子がBからの暴力を受けていた時に、抵抗をしたんです。その時までBは殴る蹴るの暴力で私たちを痛めつけていたのですが、その抵抗があった日、あの時、Bの視線が変わったんです」
―――視線……とは?
「その子は、犯されました。目の前で苦痛の声を上げてだけど、声を上げれば歯が折れるくらいに殴られて……私は涙が止まらず目を閉じてしまいました」
―――酷い。
「それが終わった後。その子はゴミのように捨てられていました。声をかけても何も言わずにただ捨てられたようになっていて……言ったんです。一言だけ。死にたいって……私は、なにも言えなかった。きっと助けにくるって、頑張ろうっていっていた子が死にたいっていったから、もうそこには希望もなかった」
―――その子は……。
「自殺……しました。近くに引っかかっていたベルトに首をかけて座っていまし……」
その後堰が切れたようにCは嘔吐を繰り返し、インタビューを中止する。
大学生Cとの会話より
※大学生Dとの会話
―――こんにちわ。今日はよろしくお願いします。
「よ、よろしくお願いします」
―――どうかされましたか? とても落ち着いていない様子ですけど……。
「え、えぇ、ちょっと」
―――よければなにがあったのか教えていただけませんか?
「……え、えっと。実はここにくる前に自宅に一通の手紙が来ていたんです」
―――手紙ですか。
「私の家には滅多に手紙なんて来ないので違和感があったのです。いつもくるのはガス使用量とかだったので……でも今回のは違った。白い封筒に一枚の便箋が入っていて」
―――何が書かれていたのですか?
「……わ、私はまた殺される!」
―――ちょ、Dさん!?
大学生Dとの会話より
その大学生Dが持ってきた手紙を見るとインタビュアーは凍りついた。
『ボク』は帰ってきたよ。
「かんぱーい!」
俺と有馬、そしてチャコはビールジョッキ片手に乾杯の音頭をとる。
「いやぁ、お疲れさん! なかなかの迫真の演技に俺も脱帽したよ」
「へへー、そうでしょ! 私これでも演技派なんだから!」
「あんなに演技できるなら俳優も夢じゃないな!」
俺と有馬、チャコは笑っていた。
そんな俺たちを見ていたのは咲は心配そうな声を出す。
「でもあんな話よかったのかな?」
「……なんで?」
「だって、ほら。最近の動画とかってプライバシーがっていうじゃない? そのうち私たちもばれちゃうんじゃないかって……」
「んなもん大丈夫だって!だって嘘なんだし。その後ジョークでした! っていうんだし!」
俺は上機嫌に話した。
「それに本当の犯人Bは架空の人物なんだからいるわけないじゃん」
「……そうだね」
「そうだって! だから咲も飲もうよ!」
「だけど、あれはびっくりしたぜ。有馬策士だったなー」
「だろー? お前には何も教えないで置いて、俺たちも曖昧な情報しかないようにしてインタビューするんだ。そうすればリアリティーもあるしいい感じだっただろ?」
「だけど私の出番だけなんか少なくなかった?」
ムッとした表情をするチャコに有馬はけらけらと笑う。
「そんなの当たり前だろ。チャコはキャピキャピしていてさぁ、シリアスにしても全然シリアスっぽくならないんだから」
「ひどくない? だからといって手紙を私の家に送りつけるのほんとやめてよねー」
チャコはビールに口をつけた。
「手紙? なんのことだ?」
有馬は不思議そうな顔をする。チャコはそれに対して嫌そうな顔をした。
「手紙。あんたが送ってきたんでしょ? もう本当やめてよ。最初びっくりしたじゃない」
「いやいやなんのことだよ。俺はそんなもの送っていないぞ?」
「いやでも話を作ったの有馬だろ?」
「だけど、手紙のことについては知らない……」
「チャコちゃん。その手紙今持ってる?」
咲がチャコにその手紙を持っているか尋ねる。
「え、えぇここにあるわ」
チャコの鞄から取り出された封筒。
その中には変わらず短い文章が書かれていた。
「これあんたが書いたんじゃないの?」
「書いてねえって。お前書いたか?」
有馬が俺に聞いてくるが、俺も首を振った。
「ねぇねぇ、みんな」
咲は真っ青な顔をしてその封筒を持っていた。
「これ消印がないんだけど……」
俺たちはその事に理解をした。