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Cirque du abime

狐の余興

時系列としては、ムーンライトノベルズに投稿した「怠惰の目覚め」 https://novel18.syosetu.com/n0663ei/ から繋がっていますが、「怠惰の目覚め」を読まずとも、十分お読み頂ける内容となっております。

 ちょうど太陽が中天に差し掛かった頃、(しき)は漸く自室を出た。女を見送ってから、少しの間仮眠をとって、忍び込んできたスタッフの相手をした。それから再び一眠りして、起床したのが一時間ほど前の事である。

 適度に部屋を片し、自身も水を被って汚れを落とした。衣服は比較的布地の多いものを選んだ。客から贈られた白のロングワンピースである。宵座の集落にそぐわぬ純白と、軽やかに揺れるレースの裾が、色の琴線に触れた。

 しかし、それも今夜のうちに汚されてしまうのだろう。ここは、そういう場所なのだ。

 集落を徘徊する事に、特別な目的はなかった。個人の報酬の他に、演者やスタッフのための施設は十分に配備されており、生活に困らない。趣味のための材料も、Killersのスタッフのおかげで容易に手に入る。言うなれば、ただの散歩である。

 仕事をするもしないも、色の自由だ。公演時間は決まって夜中。それまで稽古をする者もいるが、色はそこまで熱心な演者ではなかった。自分に求められているのは、洗練された上品な仕草ではなく、女狐のような下品な色気だと分析しているのだ。

 だから、好みの相手を見つけた時は、迷わず誘う事にしていた。Cirque du abimeに売春を禁ずる掟はない。そもそも人間らしい規則など作るだけ無駄だった。

 薄暗い道の向こうから、男が此方へ歩いてくる。最近、重量挙げの演者として入った大入道だった。身体の大きさが起因しているのか、歩みは遅々としている。急いでいる様子がないのは、色にとって都合がよかった。歩調を早め、男の正面で立ち止まる。

 大入道の方も、それに気づいて足を止めた。訝しげな視線を真っ向から受け、色は小首を傾げながら、微笑んだ。


「初めまして、旦那。あたいは色と申します」

「……あ? 何か用か」


 大入道は警戒しつつも応えようとしていたが、色は構う事なく、その首に縋り付いた。身軽に肩まで這い上がり、身を寄せ、腰をくねらせ、口付ける。相手が驚いて硬直しているのを良い事に、舌で唇を割り、口内へと侵入した。

 口腔を犯す異物によって、大入道は我を取り戻したらしい。強い力で色の首根っこを掴むと、できる限り腕を伸ばして引き剥がした。色は大人しく、それに従う。


「いきなり、何をするんだ」


 嗄れた声が、冷静に咎めた。茫とした印象だった眼が、今は驚愕のために見開かれている。


「あたい、旦那のような人がタイプなんです。買いませんか?」

「お前、踊り子の色だろう」

「あい、芸の肥やしというやつで。どうです? 溜まったものがございましょう?」


 自分を捕らえる大入道の太い腕を、細い指で辿る。上目遣いで見つめて、悟った。ああ、これは、靡かない。

 案の定、大入道は色を地上に下ろして、静かに首を横に振った。


「駄目だ。私には、妻も、子どももいる。他を当たってくれないか」


 この集落にいて、そんな断り方が罷り通るはずがない。他の売り手であれば、食い下がる事もあっただろう。しかし、色はそれをしなかった。

 好みであれば男も好きだが、女は皆好きだ。子どもも好きだ。妻子がある男を無理に誘惑する事は、できなかった。この男を誑かす事で、女や子どもが悲しむのは、色の心情に反するのだ。


「残念です」


 潔く、引く事にした。狭い集落に身を置く者同士、どこから悪評が立つか、分からない。客でなくとも、他人には愛想良く。色が、この一座で生きていくために、必要な事だった。


「また舞台でご一緒する事があるやもしれません。その時は、どうぞ蜜に絡んでくださいまし」

「すまなかったな」


 大入道がもう一度、色へと手を伸ばした。大きな掌が、頭の上を撫でて、通り過ぎていく。

 いったい何が、すまないのか。聞く暇もなく、彼はその場から、立ち去っていた。





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