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天国と罪悪

 俺は6歳の頃から、ずっと多濡奇たちを避けていた。

 あいつらは保育所でも一等強えやつらだった。

 けど、一番ムカつくやつらでもある。


 淫崩は俺がデキナイ事を平然としやがる。

 豚みたいな顔してる癖にだ。

 俺が欲しい強さを、全部手に入れている。

 それは体術も含めての話しだ。

 俺の戦い方は、特攻だ。肉を切らせて、喉を噛みちぎる。

 だが奴は、豚のくせに蝶みたいに舞って、相手をぼこぼこにする。

 一切の容赦はねえ。


 あいつは豚女だが、戦い方はほれぼれする。

 むかつくがな。


 多濡奇は。

 ……。

 くそ。綺麗すぎるものは、光は、俺みたいなクズにはまぶしいんだ。

 けど、蟲が火に吸い寄せられるみたいに、視線は寄ってく。

 これは仕方ねえ。

 俺はあいつの事が好きだ。


 でも、こんな事をいうと、俺は俺を殺したくなる。


 まあ、そういう訳で、俺はあいつらとは別の授業を選んでいた。


 当たり前だよな。

 あいつらは、世界の神話とか、美味しい中華の作り方とか、ダンスダンスダンス! 世界の舞踊とか、

栄養学:丈夫で元気になりましょう! とか、裁縫教室:これで身なりはばっちりです、とか、紳士淑女の振る舞い:気分はリッチピープルとか、まあ、そんなのを選んでいた。

 

 傾向としては、あれだ。

 生活系が多い。

 村人は家族を作らねえが、なんつうかよお。

 あいつらは、


 素敵な奥さん


 を目指していた気がする。

 淫崩の豚野郎については、ヒヤヤカナ笑いしかでてこねえが。

 

 多濡奇については、……。

 胸が苦しい。これは、今でもだ。


 今でも、俺はやつについて、胸が苦しくなる。

 それは、俺がやつのことを好きだというのもある。


 けど、違うんだ。


 あいつは、本当は、普通のやつらの中で生きて、普通にケッコンってやつをして、

普通に温かな家庭ってやつを築くべき、女なんだ。


 優しいのも、裁縫上手なのも、情が強すぎて煮え切らねえ性格も、村人じゃなければ問題はない。

 問題っつうか、それは、幸せになれる条件だ。


 強い因果を抱える女は子供を産めない。

 けど、問題はねえだろう?

 里子をひきとりゃいい。

 あいつは子供好きだ。今回の案件だって、他人の餓鬼を救うって条件で受けやがった。


 子供好きなあいつが結婚して、養子を育てて、子守唄はうたえなくても、皆の歌のCDきかせりゃいいじゃねえか。

 お母様と一緒、だって一緒に見ればいい。

 問題はねえんだ。

 あいつが幸せになるのに問題はねえ。問題はただ、村人ってことだけだ!


 ……熱くなっちまった。


 悪い癖だ。

 

 講師に飛び掛ったのも、熱くなったからだ。


 あの講師の名前は、悪忌(あき)と言った。


 屍鬼の子孫だ。

 死体を貪る鬼のマツエイってやつだ。


 身なりはしゃきっとしてた。

 なんせ、休みのショクギョウは医者だからな。


 監察医だ。

 検死ってやつで、運び込まれた死体を解剖して、ついでに食べてる鬼野郎だ。


 歳は50代だったかな。

 にやけた面して、講釈を垂れてた。


 やつの担当は、神学:カソリックからプロテスタントまで、ってお題目だった。

 人気がねえ講義で、受けるのは俺くらいだった。

 

 そりゃそうだ。

 保育所の餓鬼どもには、妙な希望がある。


 因果で人殺さなきゃいてもたってもいらんねえ怪物どものくせによお、休暇に夢みてるんだ。


 教師になりたい。

 学者になりたい。

 漫画家になりたい。

 バスの運転手がいい。


 俺は。俺には夢なんてなかった。

 ただ、そうだな。

 願望はあったぜ。

 多濡奇を……幸せな奥さんってやつに、してやりたい。


 相手は俺じゃなくてもいい。

 むしろ、俺だと、俺が死ぬだろう。幸福な俺ってやつを、おそらく俺は受け入れられない。


 だから俺は、休暇に関わる講義は受けなかった。

 役に立たないが少しでも生き残りのヒントになりそうなやつを、選んで受けていたんだ。


 悪忌(あき)の講義も、その1つだった。


「キリストの自己犠牲が、全人類を救ったという妄想ですね。神学の根幹は、ここです」

 

 その日、奴はこう始めた。

 それから、こう訊いて来た。


「自己を犠牲にしてまで、救いたい人はいますか? 奈崩君」


 俺は片肘で頬杖をつきながら、けっ、と言った。

 頭に浮かんだのは、もちろん、奴だ。

 悪忌は苦笑した。


「まあ、子供のうちから、そんな事を考える子は、異常ですね。ですが。……話しはそれますが。私は屍鬼の子孫なのです」


 自分語りかよ。


「ですから、ヒトについてはよく分かる。ライオンが獲物以上に、獲物の機微に精通するようなものです」

 

 ライオンは好きだ。


「そういえば、この保育所にも変わった子がいますね。村人らしくない」


 俺の心臓は跳ねた。

 舎弟を使う時間もなかった。

 戦闘態勢ではなかったからだ。


「あの子は、善意だけでできているように見えます。キリスト教の博愛、慈愛、そういったものを体現したような精神が、滲んでいますね。神の国に最も近いのでしょう。神の国、天国、つまり、死ですね」


 楽しそうに話しやがる。

 何をいってやがる?

 

「あいつはここで一番強い。だから、死なねえよ」

 

 馬鹿だな、このおっさん、と思って、俺は吐き捨てた。


 悪忌は困った。

 それから、にやけた。



「多濡奇さん、でしたっけ。セイレーンの子孫の女の子。あの子は死にますね。すぐに、あっさり死ぬでしょう」


 俺は、この言葉の意味が、分からなすぎて、講師の奴に飛び掛った。


 やつは俺をあっさりかわした。

 俺は黒板に激突した。


 奴は俺から、ふわりと飛びすさり、そのまま講堂の机に腰をかけて、ユウガに足を組み、続けた。


「保育所は、ゆりかごのような物です。ここで死と苦痛、憎悪、非情と罪悪を修めたものは、強くなる。因果は関係ないのですよ。ライオンは最強ですが、それは動物園の中での話しです」


 死と苦痛、憎悪、非情と罪悪、全部あいつには無いものだった。

 俺の視界は、セカイは真っ暗になった。

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