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孤独なひだる神

 奈崩(なだれ)は奈良のひだる神の末裔だ。


 けれど、淫崩(みだれ)須崩(すだれ)、わたしとはいつも違う場所にいた。


 保育所は自由講義制だったので、わたしたちひよこ三姉妹はそろって同じ講義を受講していたけれど、いくら思い返しても奈崩と講堂を同じにした記憶がない。

 彼はいつもわたしたちと違う場所で、違う子たち相手に潰し合いをしていた。


 幼少期の奈崩は弱かった。

 やたらと強い細菌ばかり取り込もうとして、結果、吐血をして、いつも死にかけていた。

 わたしには淫崩たちがいて、淫崩たちにはわたしがいたけれど、死にかけでも戦闘でも、彼には誰もいなかった。


 孤独が辛いのは、誰かといる温かさとの温度差が辛いからだろうと思う。


 あの男には誰もいなかったので、そういう辛さとは無縁だから、彼は底辺同士の潰し合いに没頭できていたのかもしれない。

 いや、そもそも誰かに温かさを感じる機能が脳から欠落しているかもしれないし、真相は分からない。


 わたしが彼について分かるのは、いつもボロボロに破けた服を着ていたこと。

 服は戦闘で破けたこと。

 それと、総白髪の下のつりあがった眼で、常に周囲を警戒していたことくらいだ。


 昼食の時間、彼はいつも食堂の隅っこで、ヨーグルトと生理食塩水を摂取していた。

 これは斑転(はんてん)の回復薬である。


 斑転(はんてん)はひだる神の呼び名である。

 文字通り、(まだら)にして転ばせる者、という意味だ。


 転んだ者はもれなく転げ回るように悶絶し、使う菌によっては二度と起き上がることがない。

 こういう、恐るべき因果を持つ斑転の彼らにも呪いがある。


 腸の中にビフィズス菌などの善玉菌を保持できない。

 だから、常にヨーグルトなどの発酵食品を摂取する必要がある。

 あまり切らすと体内の免疫細胞が暴走し、強く急激な自己免疫疾患によって全身、特に脳に炎症が起きて死亡する。

 

 これは恐ろしい呪いだ。

 けれど、体内に取り込んだ細菌を自在に使える。

 それに、ヨーグルトを摂取すれば、大抵の怪我は治ってしまう。

 この祝福と呪いの差し引きが、どうなのかは、わたしは斑転ではないのでわからない。

 けれど生理的に()まれる因果であることは確かだ。


 まあ、駆他(かるた)も忌まれ恐れられる点では、似たような因果であるので、わたしは淫崩と仲良くなれた。

 避けられるもの同士という縁である、


 なのでわたし自身は駆他(かるた)であることを、特段不幸には思わない。


 でも、あの男はどうだったのだろう?


 わたしと淫崩はお互いを補い合い共助をすることで、常に保育所の最高階層に君臨していた。

 けれど彼にはそういう仲間もいなく、しかも大して強くなかった。

 

 総白髪になるほどの悶絶を繰り返しながらも、取り込めた菌はほとんどなかった。

 いつも青い顔をして、常に誰かに潰されかけていた。


 保育所では強者は強者と、弱者は弱者とそれぞれ潰し合う。


 これはわたしの偏見だけれど、弱者同士の潰し合いは見てて痛々しい。

 だからなのか、淫崩はあの男を完全に無視していた。

 そもそも保育所の全員が、彼をのけ者というか空気扱いをしていた。

 それこそ保育士たちすらも。


 でも、彼らに悪意があったわけではない。

 単純に、すぐ死ぬと予想されるものを相手にしない、という不文律に、みんなが従っていただけなのだ。


 それでも奈崩はそんな孤立などどこ吹く風で、瀕死な時以外は一日も欠かさずに講義に出席していた。

 逆に言うと欠席の日は必ず死にかけていたので、わたしは彼の居室の前に、ヨーグルトと生理食塩水をのせた盆を置いておいたりした。


 あくまでこっそりと、である。

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