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黒疫(くろえ) -異能力者たちの群像劇―  作者: くろすろおどtkhs
志骸(しがい):バルセロナ
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200mの先

 雷太鼓を千個集めて一斉に鳴らしたみてえな、もの凄え音。

 くっそ、痛え。

 耳がやられた。

 何した? フラカンか? 羽根の音が一瞬した。

 あれが防がなかったら、オレの内耳はズタズタだった。

 潜水艦の音響爆弾みたいなもんだ。

 羽根が防いだ。盗聴器も無事ってことは、九虚も守ってくれたんだろう。

 ありがてえ。

 

 続くでけえ音。

 竜巻みたいな音だ。

 すげえ力が2つ、絡まりながら、離れてく。

 ……なるほど。

 ケツァルクアトルは羽根が生えた蛇。学者がそうだったんだな。

 フラカンは、これでいくと、ジャガーか。

 どちらも化けもんで、因縁がある。


  

 ルカの野郎が来やがった。

 ……今なら助けに行ける。

 行くか。

 

「ミゲル」

「ああ」

「大学に行く。九虚の野郎が敬虔な野郎に捕まった。オレは走る。後からついてこい」

「分かった」


 オレとミゲルは立ち上がる。

 一度深く息を吸う。

 

 盗聴器のイヤホンを、しっかりと固定。

 それから、駆け出す。

 無呼吸。

 

 景色が、街路樹が、石畳の街が、潮風が、カサ・ミラのサイレンが一緒くたになって、でこの髪を跳ね上げて、後ろに流れていく。

 無呼吸。

 

 イヤホンが流す拷問。

 くそ。こいつら全員殺してやるからな。待ってろよ九虚。


 ルカがホセって奴を呼んだ。

 若い男の声がした。

 駄目だ。九虚。そいつはもう、違う。お前も分かっているだろう?

 九虚。駄目だ。それは攻撃だ。

 九虚。



 ……オレの足は、ゆっくりと速度を落とした。

 バルセロナ大学の校門が、200m先に見える。

 もう、全力疾走ではない。

 無駄だからだ。

 ゆっくりゆっくり、景色は止まっていく。

 そして、完全に止まった。

 もう、後ろには流れない。

 わき腹が痛え。

 だが、もっと痛えのは、そこじゃねえ。


 オレは踵を返した。

 状況は変わった。


 しばらく歩くと、ミゲルが走ってきた。

 針金みてえな、ひょろ長い体が、景色に、にじんでいる。

 

「……大学に行くんじゃないのか」

「……いや、もう行っても無駄だ。九虚は『教化』された」

「そうか。というか、意外だな」

「どうした」

「あんたでも、泣くんだな」


 ちと、びっくりした。

 オレは泣いていた。だから景色もにじむわけだ。

 とりあえず、手の甲で涙をぬぐって、歩き出す。

 後ろをミゲルがついてくる。


「悪いな」

 と言うから、振り返らずに訊く。

「何がだ」

「ハンカチを渡してやれなかった。あんたは見かけは子供だが、実は立派なレディだ。レディが涙流してるのに、ハンカチ1つも出してやれない。俺は随分と気がきかない男になってしまった」

「いや、おしゃべりになってくれるだけ、気遣いは伝わってる。それくらいは分かる。オレは30歳だからな。こう見えても、中年女だ」

「……俺からしたら、お嬢さんだよ」

「そうか」

「そうだ」

「ミゲル」

「なんだ」

「お前は、タフで、色々できて、しかも優しい男だ。だが、オレは死人と男を取り合う趣味はねえ」

「ああ」

「そうだ。オレとお前はビジネスライクな間柄だ。じゃねえと、オレが上手く動けなくなる」

「……自分を責めているのか。あんたらしくないな。弱気だ」

「30女だかんな」

 今、後ろから抱きしめられたら、オレは落ちるな。

 と思った。

 12歳の見た目でも、オレは女だ。

 歌野郎の悪口を言えねえ。

 

 ミゲルは返事をしない。

 オレは振り返らずに、歩き続ける。


「……住友三井銀行43-3733○△251。暗証番号は7777だ。覚えろ」

「何の番号だ?」

「口座だ。2億入っている。もう、ここまででいいぜ。お前が死ぬ機会は、いくらでもあった。随分と助かった。ここからは、100%死ぬ領域だ」

「そうか。まあ、俺は傷ついたレディをほってくスペイン人じゃない。アルゼンチン人でもない。そういう事は習わなかった。これは、死んだ女房とは別の話だ」

 オレは立ち止まり、ミゲルを振り返って見上げた。

「……そうか。ミゲル」

「なんだ」

「お前は馬鹿だな」

「否定はしない」

 オレの口元が、自然にほころぶ。

 こいつは、本当に良い男だ。九虚だって悪い奴じゃない。

 こうなるかも知れない、と知っていて、オレはあいつに盗聴器を仕掛けた。

 

 ミゲルが首を傾げた。

「疑問がある。金は全部終わってからでいいから、これだけ教えてくれ」

「なんだ?」

「九虚の若造と別れるとき、何故笑った? 俺はあんたが死を覚悟していると思った。だが、あんたは生きて、あいつは色っぽいソフィの虜になっちまった。そういう事も見越していないと、盗聴器なんて仕掛けないだろう。あんたはクールだが、矛盾がある」

 ミゲルの問いに、オレはため息をついた。

「色々ある。お前も分かっているとおり、こういう特殊任務ってのは、あらゆる事が起きる。だから、何が起きても一番の対応ができるように、仕込んどくわけだ。オレがあいつに笑顔を作ったのは、あいつがオレの死で、心が折れねえためだ。自暴自棄になって、自爆されても困る。実際それが一番怖かった。あいつは実力は規格外だが、メンタルが弱すぎる。だから、心の負担を少しでも減らしてやりたかった」

「あんた、お母さんみたいだな」

 オレは吹きだしかけた。

「そこはお姉さん、と言えよ」

「すまん」

「いや、いい。九虚は9歳まで、外部と隔離されていた。地頭はかなり良い奴だから、そうも見えねえけどな。その後も酷え仕打ちを受けながら生きてきた。そういう意味じゃあ、あいつは15歳の少年(がき)と変わらねえよ」

「色々あるんだな」

「そうだな。オレの組織は、色々ねえ奴なんかいねえ。で、盗聴器はまさに、こうなった時のためだ。どんぴしゃりになっちまったがな」

「追うのか」

「発信機があるからな。GPSって奴だ。衛星から追える」

「なら、やる事は決まってるんだな」

「そうだ。九虚は十三教会の信徒になった。あいつの能力は奴らからしたら、奇蹟に見えるだろう。学者も現れた。口ぶりでは教会とも関係がある」

「そうか、やる事が決まっているのなら、俺もあんたもやるだけだな」

「そうだ」

 オレは頷きながら、思う。

 その通りだ。

 やるべき事の中に、あの馬鹿狐を引き戻すって事が増えた。

 信徒になってもあいつは村人だ。仲間だ。

 引き戻す。

 ぎりぎりまで、努力する。

 ただ、場合によっては、()る必要がある。

 その時、オレはためらわないだろう。その後で泣くし、死にたくなるだろう。

 それでも、オレはあいつを殺すだろう。


 何故なら、それが村人だからだ。

 でも、それはギリギリまで分からない。

 今はとにかく奴を追う。

 そして機会を探す。それが、やること、だ。

 

 

「うし、行くか。まずは機材だ。羽根野郎とか色々分かったことがある。歩きながら話そう」

「ああ」

 ミゲルは淡々とした口調だ。

 こいつの感情のない感じは落ち着く。もし、……おっと、これ以上は私情だ。

 まあ、一応女だからな。


 オレとミゲルは、バルセロナの街、潮風と光の中を歩き始める。

 おそらく、明日以降はロシアだろう。

 ロシアに着いたら、まず……オリーブオイルを探さないとな。

これでバルセロナ編は終わりです。

一週間お休みをいただき、次回から

「多濡寄:カラカス」開始予定です。

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