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黒疫(くろえ) -異能力者たちの群像劇―  作者: くろすろおどtkhs
多濡奇(たぬき):カラカス9
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幸せな写真・ヴィクトルさんの遺したもの3

 先ほどまで、ヴィクトルさんとプロビオさんは対照的に思えた。

 ヴィクトルさんは黒百合ちゃんの斬撃によって死亡。

 プロビオさんは5体満足だが、心音は痛みと喪失を刻み続けている。

 写真立ての中で笑うヴィクトルさんは、全てが与えられた人みたいに満ち足りた笑顔で、視線をこちらに向けいる。

 死せる者と生ける者。充足と喪失。幸福と悲哀。

 全てが対照となって、わたしの目に際立っていたのが、先ほどまでの話だ。


 ヴィクトルさんの遺した報告書、ワードの表に人名として浮かんだバジャルド君。

 彼の容姿がわたしの脳内で高速再生される。

 一重の中肉中背。顎の張った褐色の顔。実際よりも面長に見える彼の醸す雰囲気は木暴君に似ていた。

 小心で、自分より実力が下だと思う者には容赦がないナイフ使い。

 自尊心を弱者への攻撃で表すタイプ。


 彼もそんな感じなのだろうと思ったりした事を思い出しつつ、わたしはその推測が正しい事を確信した。

 

 バジャルド君は20代後半の青年。指導力というか商才に長けていた彼は、中央の青年たち相手に質屋という形で、金貸しの仕事を始める。表向きは健全営業をしていた彼は、実は真っ黒で、何人もの青年たちを借金地獄(逃亡されない範囲で)に落としていた。

 が、彼の目的は青年たちを借金地獄に落とす事ではなく、部下を増やす事であり、実際借金を帳消しにする事で言うことを聞かせる。あるいは別の債務者を紹介させる。

 そうすると帳消しにされた債務者は『元債務者』になり、新たな債務者が地獄に(おちい)る。落とすのは、つまり地獄の取り立てを行うのはバジャルド君と『元債務者』。

 そしてバジャルド君は債務者の債務を帳消しにし、新しい債務者を……。

 という方法には限界があった。ガブリエルさんより上の幹部さんたちにこの話が知れれば、仲裁されてしまう。元々が暴利なのだ。結局何も残らない。それに、バジャルド君がしたかった事は……影響力を広げる事。

 

 バジャルド君は彼の願望と限界の境目を、冷静かつ注意深く見つめ続けた。

 それはナイフ使いの木暴君が、彼が切り刻んでいた奈崩の血液を、丁寧に避け続けていたように。

 

 借金のカタにはめる形で中央の1部を取りまとめることに成功をした彼が次に取り掛かったのは、新規事業の開拓だった。

 まず彼が着目したのは、中央(セントロ)(スーロ)(ちがい)と断絶。


 中央と南は伝統的に殺しあっている。交流は絶たれている。

 がバジャルド君は南を毛嫌いするヒトではなかった。確かに南は麻薬を売る。

 もちろん中央でもマリファナは流通しているが、これはオランダで売られているものと大差がない。

 つまり煙草よりも無害で、せいぜい頭を悪くして酒より酔うくらいの効果しかない。

 一方の南は、コカインやヘロインなどといった、人間を確実に蝕む薬物類を販売している。しかも定期的に新しい薬物を開発。

 それはタブレットだったりキャンディーだったり、チョコレートに混ぜたり色々だ。

 重いものから手軽でスタイリッシュに。けれど依存の総量は変わらない。


 この点において中央は伝統的に南を軽蔑してきた。が、バジャルド君は違った。彼は独自に南の人物たちをコンタクトを取り、商談を開始。南から『試作品』を仕入れ、配下の青年たちと、その姉妹たちに流す。依存度の実験。評判の聞き取り。つまりデータの収集。が、それでも中央という枠には限界があったため、バジャルド君は商売の手をバリオスの外に広げることにした。


 薬漬けにした若い娘たちをバリオスの外に出し、南に売る。

 南が手を染めていた事業に、売春クラブというものがある。これは(ノエロ)も手を出しているが、安宿を使用しているオーソドックスで大阪、台北、ジュネーブにムンバイ、とにかくありとあらゆる国の都市にある売春宿と大差がない。

 これに対して、南が打ち出していたのは高級路線。大企業の裏接待用に麻薬を用いたパーティをプロデュース。綺麗どころのお姉さんたち、高級娼婦も提供。

 これが近年大当たり。社会主義化のあおりを受けるまで羽振りの良かった企業勢はまるでバブル時代の日本人みたいにオイルマネーを燃やしつくし、パーティに明け暮れ、需要は増大。足りないのは人手。

 娼婦たちは消耗品であり、パーティで乱用される強い麻薬によってどんどん潰れて行く。欠員を埋めるためには娼婦の育成をしなければならない。まずは人材の輸入。が、人身売買ルートはクレトさんが握っていた。彼の機嫌(というより冷徹な計算)1つで買取り費用は乱高下。


 ここに目をつけたのがバジャルド君だった。彼は麻薬漬けにした女性たちにバリオスを脱出させ、南に売った。


「あれ?」 

 わたしはそこまで読んで、首を傾げた。


「どうした? 綿貫雫」

 プロビオさんがモニターから顔を上げて、わたしを見た。


「中央は女性に客を取らせない、と聞いたことがあります」

「師匠はたまに頓珍漢だ。が、許していただきたい。愚鈍師匠に悪気はないのだ」

 淡々と頭を下げる黒百合ちゃん。というか、いいのか。まだ13歳の女の子にこのレポートはきつすぎはしないか。


「黒百合ちゃん、貴女にこれは」

「俺は色々な場所で色々な方々を見てきた。携わった事はないが、日々を真摯に生きておられる御仁が大体だ。家族のために身を尽くすあの方々の待遇に不満を覚えこそはすれ、生き方に口を出すほど傲慢ではない」

 ふん、と黒百合ちゃんは綺麗な鼻を鳴らした。


 色々と思うところはあるが、今議論するべきではない。それは分かる。けど……。

 と、戸惑うわたしの隣でプロビオさんが口を開いた。


「バジャルドは中央の慣例をあえて破る事で物事を打開しようとしていた。つまり、女性に客を取らせないという慣例も、奴には非合理的なしきたりに過ぎなかったのだろう」

 プロビオさんの視線はモニターに戻っている。 


「そうですか。納得はしかねますが、認識はしました」

 そう言って、わたしも報告書の読み取りを再開。

 

 しばらくして、黒百合ちゃんが小さくため息をついた。

「カランサ殿は不幸な御仁だな。いや、幸福なのか。人生経験の浅い俺には、正直よく分からん世界だ」

  

 わたしも分からない領域である。

 彼女もバジャルド君に売られた女性の1人だった。

 その頃バジャルド君の商売は限界に近づいていて、つまり供給する女性も尽きて、このままだと商売がばれて南に逃亡するはめに……なる前に、彼はまた商売を変えた。

 麻薬漬けにした女性を売るには限界がある。商売というものは持続可能でなくては意味がない。大切なのは顧客。リピーター。

 という事で彼は南の担当と交渉。パーティに使用する麻薬を軽いものにして、その分女性の接客クォリティを強化。

 整形手術も受けさせて、白人好きな顧客のために脱色素(アンチメラニン)手術の専門医も海外から招聘(しょうへい)

 とにかく女性たちのクォリティを上げて、かつ、麻薬販売の新規ルートも開拓させる。


 カランサさんがバリオスから出たのは、この時期。褐色の肌だった彼女は白人にさせられ、知識と技術を仕込まれた上で、デビュー……したパーティに、潜入捜査の名目で訪れたのが、ヴィクトルさんだった。

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