幻の神花(しんか)
境間さんの言葉が終わると共に会議室の照明が落ちた。
室内全体が薄闇に沈む。
ブラインドの隙間から午後の白い陽が斜めに差し込み、志骸だけを照らした。
境間さんの後方にスクリーンが下りる。
それからプロジェクターが一輪の花を白布に映し出す。
ふっくらとした白い花弁が可憐な花で、少しすずらんに似ていると思った。
「これは、不悪と言います。
可愛らしいですね。高山植物の一種です。
ちなみに普通の不悪は、黒い花を開きますので、白い花は稀です。
そして白い花しか薬草としては使えません。
四葉のクローバーしか使えないようなものです。
でも困ったことにですね。クローバーと違ってこの花は、母数が極端に少ない。環境の変化にも弱い。
しかもですね。今年の豪雨災害で、壊滅的打撃を受けました。
……駆悪の因果は、みなさんご存知ですよね。
2.5倍の速さで歳を取るという因果です。
隔世遺伝ですから周期的に大量に発現します。
彼らは現実年齢で12歳、体内年齢30歳の時に、悪という致死性の遺伝病を漏れなく発症します。
この悪の治療に使われるのが、不悪なんですね。
これを使うと治癒率100%です。
しかしあまりにも数が少ない。
さらにこの豪雨災害だ。このままでは白どころか、黒の不悪すら全滅してしまう。
そこでわたくし境間は、村の智恵者達と対策を考えたのです。
まあ、ご存知のとおり村には、趣味で大学教授などもしている方々がいらっしゃいますからね。
ある智恵者の一人が提案をしました。
『種を取っておいたらどうだろう』
栽培技術が整う遠い将来まで、種を発芽させずに取っておく。合理的な案ですが、その間に生まれた駆悪はもれなく12歳で死ぬでしょう。
別の智恵者が提案をしました。
『外の国から類系を取ってきて掛け合わせたらどうだろう』
気候というものは、大きな時間の中で移り変わるものですからね。
不悪の育ちやすい気候の時期が到来するまでのつなぎに、外来種を探すことは、そこまで悪くないのかもしれません。
成功すれば駆悪たちは、12歳以上の年齢を生きることが出来るのです。
ああ、もちろん、九虚君に治してもらっても良いのですが、これは100年単位の話ですからね。
わたくし境間はこの二つの案をばば様に上奏しました。
結果、外の国から探す事になりました。
と言っても不悪自体が特殊ですからね。
類系もめったに在るものではありません。効能も神の領域。
つまり幻の神花という表現が、大げさではないのです。
それでも智恵者達と奔走に奔走を重ね、やっと見つけたのが、こちらです。
白い花弁の先のうっすらとした青が綺麗な花でしょう。
南米の火山地帯の花だそうです。
出所は不明ですがね。
というのも、この花の存在が発表されたのは、はい、切り換わりますね。
このフランスの遺伝子工学学会。外人ばかりですね。
ここでなんですね。で、発表したのは、この画面中央の、はい、この男性。
カルロス・フィッツ・サントスというお名前の方です。
歳は35歳。
バルセロナ大学遺伝子工学部の教授です。
元々はベネズエラからの移民だそうです。
ここまでの話は平和なんですがね。
わたしたちの村は、このカルロスさんにコンタクトを取って、この花の出所を伺う。
それだけのはずだったんですが、いささかきな臭いなと思う事が起きました。
まずこちらの画像。これは復元されたファイルです。動画は消されました。
それなりに大きな学会ですし、保管先は多数に渡りますが、その全てから、この学会のビデオは物理的に消されました。
電子保管サーバーにも攻撃があって、やはり記録は消去されています。
それから、カルロスさんは、失踪しました。
もちろん彼を探す必要があります。
で、誰がこんな悪戯をしたのだろう、という話です。
犯人は現場にいるものですから、画像をくまなく探しました。
するとですね。この端。この人。
学者じゃないんですよ。服装は一見、係りの人なんですがね。
この方の手首、拡大しますね。逆十字の刺青でしょう。
ちょっと覚えがあるマークでして。で、分かったわけです。
この方、かなり昔に村とやり合った組織、ロシアのカルト教会の方です。名前は十三聖教会といいます。
きっちり壊滅させたはずだったんですけどね。世代を越えて、復活していたんですねえ。
おそらくデータの消去はこの教会のお仕事でしょう。
カルロスさんについては分かりませんが。
というのも、逆忌さんにですね、彼の捜索を案件としてお願いしたんです。
で、逆忌さんは、カルロスさんのスペインのアパートに赴いた先で、珍しい物を見つけました。
それをわたくし境間に空輸してから誰かと戦闘をして、負けて心臓を抉り取られて死にました。
で、これが、その珍しいものです。
綺麗な羽根ですね。青い空のように美しい。
しかし、動物に詳しいわたくし境間でさえ、この羽根には覚えが無い。
新種の鳥でしょうか。
と、疑問符を頭に浮かべながら、違和感に気づきました。
煙草の臭いがするのです。
クンクンとしているうちにですね、ああこれは『危ない種類の煙草』だと分かりました。
俗に言う麻薬ですね。
という事は、麻薬を嗜む人物に飼われていた鳥の羽根なのか、はたまた、ということで、遺伝子検査に出してみたんですね。
戻ってきた結果に驚きました。
この羽根は、99.999999999%、ヒトゲノムと一致します。
つまり、ヒトの遺伝子からできた、ヒトから生えた羽根なんです。
おそらく、この羽根の持ち主と、逆忌さんの死には、強い関係があるでしょう。
もちろん、カルロスさんにも。
麻薬も成分分析に出しました。結果、ベネズエラで回り始めているドラッグだと分かりました。
名前は『HC』と言います。
まとめますと、不悪の維持のために、薬草が必要なわけです。
これの情報は、カルロスさんが握っています。
カルロスさんを狙っているのは、ロシアのカルト教会と、おそらく、青い羽根のヒトです。
彼らか、またはカルロスさんと、潰し合う事になるのでしょう。
この案件の生存確率は25%ですが、皆さんの組合わせが一番高い。そういう点も含めてわたくし境間は、皆さんがベストメンバーであると信じています。
要は薬草さえ手に入れば良いのです。皆さんには大いに期待しています。全員が生き残る事も含めて、これが最強の布陣だからです」




