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救いのない救済

 とまあこんな感じで、わたしたちひよこ2姉妹は自然解散となった。


 だけれど、問題が一つあった。

 

 須崩とわたし間には見えざる鉄のカーテンができてしまった。

 彼女は行動を共にすることを毛嫌いするようになったのだけれど、周りは、つまり保育所の子たちは角が一つ欠けた三位一体を、放っておいてはくれなかった。


 保育所(ここ)は強肉強食であり、強さこそ至高である。

 なのに淫崩という戦力を欠いたわたしたちはとても弱かった。

 いや、わたしに挑むことが自殺行為なのは変わらなかったのだけれど、食堂の一件で、『須崩(ひだるがみ)人質(しち)に取れば、多濡奇(かるた)は無力化される。』という事実が(おおやけ)になってしまった。


 実際この手法は有効だった。

 わたしはこれをされると、もう、罪悪感で何もできなくなる。

 須崩はわたしの告白の後、部屋から出て引きこもりを止めたけれど、一人で行動するようになった。

 それこそ助け合う友人の一人も作らず。


 ……1人。

 彼女と同い年の女の子が情けをかけてくれた。

 真ん中で分けて肩の先まで伸ばした黒髪がきらきらしていた。

 黒めがちな瞳が大きくて、お人形さんみたいにくりくりとしてるけど、ちょっと下がった目じりが印象的だった。

 もしそのまま育っていたら、ものすごい美人になるんだろうな、と思えるくらいには、美しい女の子だった。



 それは、食堂で一人でヨーグルトをスプーンですくって口に運ぶ須崩に、その女の子が、

「一緒に食べねえか?」

と声をかけた次の瞬間である。


 この黒髪の美しい少女は、吐血して悶絶した。


 つまり、須崩は拒絶の意思表示として因果を使ったのだ。

 悶絶した子は一命をとりとめたけれど、結局意識は戻らなかった。


 保育所で寝たきりになった子供は、18歳になるまで回復をしなければ、安楽死の処置を取られる。


 殺処分と言えば分かりやすいだろうか。


 ……その出来事以降、ひだる神に話しかける勇者は現れなかった。


 けれど、手はいくらでもあるのだ。

 わたしや淫崩が強すぎただけで、彼女の因果などいくらでも封じ込めることができる。

 必然、幾多の因果の切っ先が彼女に向かい、実際彼女は何度も(さら)われて、同じ数だけ攫い主たちから呼び出しを受けた。


 けれど、呼び出された先。

 体育館、ため池、橋のたもと、登山口、神社。

 ……そして、炭焼き小屋などに到着した時には、現地はいつも死体だらけだった。


 みんな北欧トロールアニメのムウミンに出てくるうにょうにょだらけで、全身イソギンチャクみたいになっていて、カビまみれで真っ白だった。

 わたしの聴覚はいつも自然に研ぎ澄まされ、そういう時はもれなく、ひだるの男神の心音を遠くに知覚する。

 それは、雨に沈黙する鉄のように無感情な響きだった。


 警戒を解かないまま、須崩の手首の縄をほどくたびに、キリストの聖痕(せいこん)のような釘の(あと)が視界に飛び込んでくるので、そのたびに心を痛める。


 縄から自由になった時の須崩は懺悔(ざんげ)後の常日頃と変わらず、つまりわたしなどいないかのような面持ちで、いつもそのまま立ち去った。

 本当に何の言葉も口から出さなかった。

 けれど、その無言が、彼女の言葉だったのだろう。

 

 彼女の言葉はわたしが卒業するまで続いた。


 こう書くと彼女は酷くつんけんした感じの女の子になってしまったように思われるかもしれない。

 けれど、酷く(すさ)んだのはこちらも同じである。


 ある夜のことだ。

 酷い殺気に満ちた子が歩いてくるなあ、と思って呼吸を整え、戦闘の準備をすると、その子も同時に口をかすかに開いた。


 仕方がないので構えをとると、相手さんも寸分たがわぬ構えをしてくる。

 瞳から酷く暗い殺気を放っているが、しかし心音も呼吸音も聴こえない。


― 心臓を止める因果? もしかして、お化け? ―


 と、ぞわっとしてから……。


 その子が、夜の窓の硝子(かがみ)に映った影だと、はたと気づいた。


 これにはかなりの衝撃をうけた。

 わたしは居室に戻り、しばらく対策を思案してから、明るい黄色の布とはさみと針と糸と針金を引っ張りだす。

 いざ工作を始めようという段になって、3人分の材料であることに気づき、酷い無常を覚えながら、要らない分を戻して、作業を再開した。


 終了は明け方で、試行錯誤が汲み取れる、ちょっぴり寂しげなひよこのかぶりものが完成した。


 その朝から、わたしはこのひよこをいつも(かぶ)るようになった。

 このおかげでわたしは顔を隠すことができ、無自覚で無駄な殺気を振りまくとか、はしたないことをしなくても済むようになった。

 それに、口元で歌い出しを読まれなくてもすむようにもなった。

 つまり抑止力は向上した。


 しかし残念なことにそれは、須崩を守るまでには至らない力だった。

 彼女はわたしの庇護を拒否し続けた。

 代わりに、奈崩が彼女を救い続ける。

 ひだる神の救う、という行為は裏を返すと、あらゆる敵の屠殺(とさつ)だったので、わたしの卒業年度の卒業生はとても少なかった。

  

 彼がひたすら(ほふ)った結果である。


 ……何故、彼は須崩を救い続けたのか?

 わたしが考え続けた結論は、先ほど述べたように、彼は淫崩を想っていたのだろう、ということだった。

 だから、彼女の大切な妹分である須崩を守り続けたのだ。


 守られ続けた彼女は、わたしや奈崩が卒業した後も、何とかその身を守り続けた。

 けれど、そもそもそんなに強くもない斑転だったので、卒業後に臨んだ最初の案件で死亡した。


 わたしはというと、あれだけ酷い初体験をしたせいか、いや、したせいだろう。

 案件で必要と思われた男にはみずからすすんで股を開くようになった。


 すすむ、というよりも、()き立てられる、の方が言葉として正しいのかもしれない。


 淫崩を救うために間に合わなかった分を補うみたいに、早く関係してしまいたいと思うのだ。

 そこに相手の容姿や性格は関係しない。


 ただ、()き立てられる。


 それから、相手が絶頂に達する時の心音に、わたしの心は、あの炭焼き小屋に引き戻される。

 そして酷く(いた)む。

 この傷みは、交わる彼が、どれだけの器量よしだとしても、あるいはどれだけ性格が魅力的でも、必ずわたしの全てをえぐる。


 けれどさすがにいつまでも10代の女の子ではないので、ポーカーフェイスも上手くなり、幸福の演技もさまになる。


 それでも、引き戻された翌日はトイレなどで用をたしながら、両手で口を押さえて、歌が漏れないようにして、静かに泣く。



 ……そういう日々の果て、つまり特殊任務である案件と休暇(おふ)の繰り返しのある日。

 わたしは案件を1つ引き受けた。

 

 この案件で組んだ嘘月という男は、強く、粗暴だが優しく無邪気な男だったので、それなりに愛着を覚えたのだけど、結果は同じだった。

 傷は傷なのだ。

 わたしはこの傷に痛み、そして救済されるのである。


 それでも、少なくとも、共にすごして快いと思える嘘月と、案件に臨めることは、幸せなことだった。


 案件は、人身売買組織の壊滅。

 依頼は、別の闇ブローカーからのもので、要は同業者同士の抗争である。


 わたしの因果は、無条件殺戮なので、こういった類の案件には、よくお呼ばれする。

 そういう意味では、これは特段かわった案件ではなかった。

 けれど、現在につながる大きなきっかけとなることを、この時はまだ知らなかった。

 

今回で多濡奇さん過去パート終了です。

奈崩さんは結構好きです。

多濡奇さんはダメダメですね。

でもその駄目さが気に入っています。

ちなみに一番可哀想なのは須崩だと思っています。

自業自得ですけどねorz


そのうち番外編「奈崩」書こうと思ってます。


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